私は歯を食いしばり、頭の中で必死に素数を思い浮かべる。
「んっ、くっ、うぅ……っ」
林檎の苦しそうな声を聞かないふりをして、私は目を瞑った。
「ふぅ……んんっ!」
もう、もう……こんなの拷問じゃないか……!
◆
「筋トレ?」
「そう、腹筋したいから、脚押さえて!」
唐突なお願いに、私は読んでいた本を閉じて林檎に向き直る。一体急にどうしたのだろうか。普段は筋トレはおろか運動だってしたがらないというのに。
「前買ったあのゲームじゃなくて、普通の上体起こしがやりたいのか?」
私がそう尋ねると、少し罰が悪そうに俯く林檎。いつぞや買ったトレーニングゲームだが、買ったその日に少しやったっきり、林檎が遊んでいるのを見たことがない。私は……あれをプレイしたあとに林檎に襲われた印象が強すぎて、もう一度やる勇気が出ない。
「あれを乗り切れるほど体力がないから……とりあえず手頃な腹筋からやろっかなって」
体力をつけたいなら、まずはウォーキングとかランニングから始めた方がいいんじゃないだろうか。そう言いかけたが、私はぐっとその言葉を飲み込んだ。下手な指摘をして水を差すより、今ある意欲を大事にしてあげた方がいいだろう。
「分かった。手伝うよ」
「ありがと〜!」
意気揚々とカーペットに仰向けで寝転がり、膝を曲げて待ち受ける林檎。その膝を抱えるようにして、私は林檎の足の上に座り込んだ。
ぐっと膝を両手で支えてやると、林檎は「よーし!」と意気込んで、上体起こしを始める。
「んっ、くっ、うぅ……っ」
「……」
「ふぅ……んんっ!」
「……っぐ」
なんてことだ。脚を押さえているだけなのに、まるで拷問を受けているかのように辛い。思いもよらぬ苦難に、私は林檎にバレないように唇を噛み締めた。
上体を起こそうと頑張る林檎の口から漏れ出る声はなんだかセンシティブだし、着ているTシャツは汗で張り付いて身体のラインが浮き出ている。おまけに、林檎が上体を起こし切る度に、林檎の濃い香りが私のところまで漂ってくるのだ。
変態じみているのは自覚しているが、林檎の匂いが大好きな私にとって、これを我慢しながらサポートに徹するのは中々酷な事だ。
思考を逸らしたりしてなんとか誘惑に耐えていると、不意に「あーもう無理ぃ」とだらしない声で林檎が音を上げた。脚を離してやると、そのまま大の字になってぜはーと深呼吸をしている。
なんとか助かった……。そう安堵していると、「ねぇミカン」と林檎に呼ばれて顔をそちらに向ける。
私と目が合った林檎は息が整わないまま、ふにゃりと表情を崩した。
「えへへ、頑張ったでしょ……ほめてぇ……?」
その緩み切った顔と声で、私の我慢は限界に達してしまった。
顔を近づけ、汗で張り付いた髪の毛を優しく退けてから、そっと額にキスをする。いきなりのキスに戸惑う林檎を私はお姫様抱っこで抱き上げ、そのまま寝室に連行した。
ぼすん、とベッドに下ろすと、林檎はもう察したようだ。慌てた様子で私を制止しようとしてくる。
「ちょ、私腹筋したばっかで動けないし……しかも汗臭いって!」
早口で捲し立てる林檎の唇をキスで塞ぐ。そのまま押し倒しながら、私は林檎の目をまっすぐ見つめた。
「大丈夫だ、全部私がしてやるから。それに……」
林檎の首筋に顔を埋めて大きく息を吸い込む。汗をかいた林檎の濃い匂いが私の興奮をさらに刺激する。顔をあげて、赤面している林檎ににやりと笑みを向けた。
「林檎だって無理やりしただろ、そのお返しだ」
そういうと、林檎は何も言い返せずに顔を真っ赤にして口をはくはくさせている。私はその様子を可愛らしく思いながらもう一度キスをして、林檎の湿ったTシャツを捲り上げた。
次回は11/15(土) 13:00投稿です
トレーニングゲーム後に林檎に襲われた件については、74話 君から滴る雫 をお読みください