予期せぬ雨音が聞こえ始めたのは、ちょうど夕飯を温め直し始めた時だった。
「げ、今日は雨予報じゃなかったはずだが」
私は窓辺に駆け寄り、雨粒を降らし始めた曇天を睨みつける。そして、帰宅真っ只中であろう林檎は大丈夫だろうかと、最愛の嫁の身を案じた。
林檎からの「これから帰ります!」という定期連絡を受けた時間から逆算すると、今頃職場と自宅の折り返し地点くらいだろうか。帰ってくる頃には丁度夕飯の温め直しが終わるようにと動いていたけれど……
「これは、先に風呂だな」
夕飯の支度をしていた手をとめ、私は急いで林檎を出迎えるに取りかかる。とはいえ風呂掃除もお湯張りももう終わってはいるから、帰宅数分前に追い焚きをしておけば良いだろう。なので寝巻きや下着の用意と、玄関に身体を拭く用のタオルなどの準備に奔走する。
バタバタと動き回っていると、思っていたより早く玄関の鍵がガチャリと開いた。
「うえぇぇ、ただいま……」
うめき声を上げながら玄関に立ち尽くす林檎は案の定ずぶ濡れで、ジャケットからはポタポタと水が滴っている。私は急いで用意していたタオルを手に取り、林檎の元へ駆け寄った。
「おかえり、完全に予報が外れたな……」
「ほんとだよぉ……久しぶりに全力疾走しちゃった」
なるほど、道理で帰宅時間が早かった訳だ。脱いだジャケットと鞄をひとまず預かり、玄関で身体を拭く林檎をぼぅっと見守る。
……濡れている。
いや当たり前のことではある。こんな雨の中レインコートも着ずに自転車で帰ってきたのだから、濡れていて当然。想定済みだからこそタオルやお風呂の用意も事前にできた。しかし、そんな中でも予想できていなかった
ブラウスが濡れて、水色の下着が透けている。
ただでさえ濡れたことにより肌に張り付いてボディラインが鮮明になっているのに、それに加えてこんな……破廉恥すぎやしないか。別に下着姿なんて見慣れているが、透けて見えていると、こう……背徳感があるな。
「ん? ミカーン?」
夢中で見つめていた私に、ふと不安が
こんな状態で帰宅してきたということは、通行人にも見られていやしないだろうか。いやらしい男どもの視線に晒されていたとしたら許せない。
「おーい」
いや、外ではジャケットを羽織っていたから、幸い通行人にはそこまで見られてないはず。つまりこんな姿を見れるのは、嫁である私の特権といったところだろうか。
そんなことを考えていたら、不意に林檎の胸元が両腕で覆い隠される。
はっと我に帰ると林檎がこちらを覗き込んでいた。視線がぶつかると、 、私の胸の奥を読み取ったように林檎がニヤリと笑う。
「ねぇ、ミカン。さっきからどこ見てるのかな」
揶揄うようなその問いかけに、耳の先まで一気に熱くなる。
「んなっ……いや、ちが……っ!」
狼狽える私を他所に、林檎は胸元を隠してくねくねと身体を捩らせて「ミカンのえっち〜」等と
そしてご満悦そうな顔でにんまりと笑うと、
「透けてるのが好きなんて……ミカンってば変態さんだねぇ」
「〜〜〜っ! さっさと風呂入ってこい!!」
私は耐えきれなくなって、そんな言葉を捨て台詞のように吐いて足早にリビングへと引き返した。背後からは「は〜い」と呑気な返事が聞こえてくる。
一人になった私は夕飯の温め直しや、意味もなく食卓を何度も拭きあげたりと手をひたすらに動かした。
風呂場から聞こえてくる物音をできるだけ意識しないように、ブツブツと独り言を絶やさず呟いた。
そうしないと、脳裏にそれが浮かび上がってしまうから。
顔は、まだ熱い。
次回は12/13(土) 13:00投稿です