私の同居人(ペット)は狼女です。   作:凛之介

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君と炬燵と共食いと

 よいしょ、と声を漏らしながら手にしていたものを置き、私は腰をさすりながら立ち上がる。久しぶりの重労働のせいで、年末年始ですっかり鈍っていた身体が悲鳴をあげている。が、苦労の甲斐あって私は、私たちは楽園(エデン)を手に入れることができた。

 目の前に鎮座するそれを見下ろし、私は達成感からガッツポーズをとる。

 

炬燵(こたつ)、買っちゃった……!」

 

 ◆

 

「ただいま、外めっちゃ寒かったぞ……」

「おかえり〜、早く荷物置いておいで」

 

 買い物から帰ってきてリビングに入ってきたミカンを、私はひと足先に入った炬燵の中から出迎える。既に電源を入れてから時間が経っている炬燵の中はすっかり温まっており、私は骨抜きにされていた。

 ミカンはそれを不満げに見下ろし、文句を言いながらもぞもぞと炬燵に入り込んでくる。

 

「私がこの寒い中買い物に行ってる間、一人でぬくぬくしやがって」

「でも、私が全部やったもん。ダンボール開けて、組み立てて、片付けたし」

「むぅ……」

 

 私の対面に座ったミカンはしかめっ面を浮かべていたが、炬燵の熱に絆されて段々とその表情も和らいできた。

 寒い思いをしてからの炬燵は、それはもうさぞ幸福度が高いことだろう。まぁそのためだけにわざわざ寒い思いをする気は毛頭ないけれど。

 二人で向かい合ってぬくぬくとだらけていると、私は大事なことを思い出し、突っ伏していた上半身をガバッと勢いよく起こした。それに驚いて肩をびくっと震わせたミカンに、私は尋ねる。

 

「みかん買えた?」

「ん、買えたって、どれの話だ?」

「みかん」

「え?」

「だから、みかん」

 

 しばし二人で見つめあったまま、沈黙が流れる。

 

「みかん買って来てって、頼んだでしょ」

「みかん……あ、あぁ。みかんか。買えたよ」

 

 漸く理解したミカンは、半笑いで「そうか、そうだよな」と呟きながら、炬燵から抜け出した。すごいな、ミカンは。私だったら炬燵から出る覚悟を決めるのに、数分はかかるだろう。

 ミカンは台所に行くと、袋を抱えてそそくさと戻ってくる。そして、その袋の中から、赤いネットに包まれたオレンジの果実を取り出した。

 

「ありがと〜! やっぱり炬燵ではみかんだよね〜!」

「聞くところによると定番らしいな。それにしても、ややこしいったらありゃしない……」

 

 先程の誤解を引きずっているのか、ミカンが小さく呟く。自身の名前と果物である"みかん"は同音であるため、確かに紛らわしい。

 文句を言うミカンに、私はわざと落ち込んだフリをしながら謝罪を述べる。

 

「ごめんね、私が"ミカン"って名付けたばっかりに……」

「なっ、いや、違うんだ! 名前に文句があるわけじゃない!」

「路上に捨てられてたみかんのダンボールの中で見つけたからって、安直に名付けたせいで……っ!」

「待て、初耳だぞ。私の名前の由来そうだったのか!?」

「ごめん、ごめんねっ……っ!」

「いやいやいや、待ってくれ!」

 

 ◆

 

 散々騒いだあと、私たちは気を取り直して卓上のみかんに手を伸ばす。

 やはり炬燵といえばみかん。実家に炬燵はなかったので、これがずっと憧れだったのだ。

 

 適当に皮を剥き、一房摘んで口の中に放り込む。甘さと酸味の絶妙なバランスに、声にならない感動が押し寄せる。一方、向かいに座っているミカンは丁寧に丁寧に、綺麗に皮を剥いている。私の手元の剥き終えた皮とは大違いだ。こっちなんて世界地図みたいな形になっているというのに。

 綺麗な花形に剥き終えた皮に満足げに鼻を鳴らすと、その綺麗な指で口の中に果実を運んだ。

 もぐもぐと咀嚼するミカンを、私はじっと眺める。不思議そうに首を傾げたミカンは、ごくりと飲み込んでから「どうした」と私に尋ねた。

 そして私は、思っていたことを正直に口にした。

 

ミカン(・・・)みかん(・・・)食べてる……共食いだ」

「うるさい」

 

 渾身の冗談を一蹴された私は、不貞腐れてぶつくさ文句を言いながら体勢を崩した。組んでいた脚をぐーっと伸ばして解していると、足先が何かに触れる。

 顔を上げると、ミカンと目が合った。照れたように笑うミカンを見て、触れたのはミカンの脚だったようだと気づく。

 

 ミカンのはにかんだ笑顔を見ると悪戯心が湧くのは、私の悪いところだろう。 

 

 私はより脚を伸ばすと、ミカンの太ももあたりを狙って足先でつんつんと(つつ)いた。

 

「わ、ちょ、やめろよ」

 

 慌てながらも、くすぐったさからその顔には笑顔を浮かべているミカン。けれど、私はこの程度では止まらない。

 太ももの付け根よりもっと奥まで、足先でなぞりながら、到達点をぐりぐりと軽く刺激する。衣服越しに、ミカンの肌の柔らかさが伝わってくる。

 ミカンはいつの間にか、笑顔を保てなくなっていた。

 

「ちょ、そこ、林檎……っ!」

「ん、なぁに? ただのじゃれ合いだよ?」

「じゃれ合いって……そこ、だめ、だって」

 

 足先を動かすと、ミカンの肩も震える。

 炬燵の熱か、それとも別の理由か。ミカンの顔はすっかり蕩け、真っ赤に染まっていた。

 

「ふふ、どしたの? 顔、赤いけど」

「〜〜っ」

「あはは、ごめんって」

 

 突っ伏してこちらを睨みつけるその目線に、私は思わずゾクゾクしてしまう。口では謝罪するが、内心では全然反省などしていない。

 うちのお嫁さん(ペット)は本当に弄り甲斐があって、どうしようもなく可愛くて仕方がない。

 

 ◆

 

 その後、ミカンからは"向かい合っての炬燵利用禁止"が発令された。当初は抗議を唱えたが、正直今は別にどうでもよくなっている。

 なぜなら――

 

「向かい合ってがだめだからって、隣に入らなくてもよくない?」

「足がぶつからないようにするためだ」

「私の近くに居たいだけじゃなくて?」

「……うるさい」

 

 そう文句を言いながらも、私にぎゅうと抱きついてくるミカン。本当に、なんでこんなに可愛いのだろうか。

 愛おしいお嫁さん(ペット)と炬燵の温もりに包まれながら、私は卓上のみかんに手を伸ばした。




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