私の同居人(ペット)は狼女です。   作:凛之介

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君と夜桜を照らす月

 春が来て日中はすっかり暖かくなったけれど、夜が()けるとまだ少し肌寒い。

 突然ひゅうと吹いた夜風に私が小さく身震いをすると、肩に優しくストールがかけられた。

 横を向くと、穏やかな微笑みを(たた)えたミカンがこちらを見下ろしている。 

 

「寒いんだろ。それ使っていいから」

「ありがとう……でもミカン寒くない?」

 

 このストールはミカンが家を出た時から身につけていたものだ。ミカンの温もりが移っていて心が落ち着くけれど、我慢させていたら申し訳ない。

 

「私は基礎体温が高いからな。気にしなくて大丈夫だよ」

 

 しかしミカンはそう言って屈託なく笑い、私の髪の毛をくしゃりと撫でた。

 ぎゅっと手を繋がれ、優しく惹かれる。

 

「ほら、早く行こう。コンビニも寄らなきゃいけないんだから」

「うん! 楽しみだね、夜桜」

「林檎が楽しみなのは桜餅と酒だろ?」

「ちゃんと桜も見るよ!」

 

 そんな風に戯れ合いながら、私たちは夜空の下を歩く。

 目的地は、夜桜を見るために毎年訪れている、いつもの小さな公園だ。

 

 ◆

 

 コンビニの自動ドアを(くぐ)って外に出ると、風と共に数枚の花びらが舞っているのが目についた。

 淡いピンク色。桜の花びらだ。

 目的の公園にほど近いコンビニだから、きっとそこから舞ってきたのだろう。

 

「桜餅も買えたし、行こっか〜!」

「ウキウキなところ悪いが、あんまり袋揺らすと折角の酒が吹き溢れるぞ」

 

 気分の高揚に任せて腕を大きく振りながら歩く私を、ミカンが苦笑しながら諌める。

 いくら夜桜が楽しみとはいえ、我ながら子どもっぽい行動だったかもと反省し、私はきゅっと身を縮めて大人しくミカンに寄り添った。

 そんな私を、ミカンは頬を緩ませて慈愛に満ちた笑顔で見つめてくる。

 そして、いきなり私のおでこにキスをしてきた。

 

「な、なんで今ちゅーしたの!?」

「林檎が可愛すぎたんだよ。ほら、行くぞ」

 

 さらっとこちらが照れるようなことを言いながら、私の手を引いて歩き出すミカン。

 まったくもう、このお嫁さん(ペット)は……どれだけ私をときめかせれば気が済むのだろうか。

 

 

 ◆

 

「わー綺麗!!」

「ちょうど見頃だな」

 

 目的の公園に着いた私たちは、夜空を背景に咲き誇る桜の木を見上げて、その美しさに思わず歓喜の声を上げた。

 毎年見ているとはいえ、この景色の感動はいつまで経っても薄れそうにない。

 今年は例年より風がよく吹いていて心配だったが、桜が散る前に見に来れて本当に良かった。

 

 私たちはすっかり定位置となったベンチに腰掛け、それぞれ買った飲み物をレジ袋から取り出した。ミカンはペットボトルの烏龍茶だ。

 それからパックの桜餅を取り出し、開いて二人の間に置く。

 

「林檎のそれ、何買ったんだ」

「なんか桜フレーバーの缶酎ハイ」

 

 小さく乾杯をして、桜を見上げながらぐいと煽る。

 そよ風に吹かれて枝を揺らす桜の木にただ見惚れていると、不意に隣でミカンがくすくすと笑い出した。

 どうしたのかと尋ねると、「いや、ちょっと思い出してな」とミカンは笑いながら、懐かしそうに目を細めた。

 

「初めて夜桜しようってなった時、林檎が『夜桜見ながらお酒飲むのって、大人っぽい嗜みでしょ!』って、子どもっぽいこと言ってて可愛かったなぁって」

 

 数秒かけてその記憶を掘り起こし、当時のことを思い出す。

 私は恥ずかしくなって、ミカンを肘で小突いた。

 

「からかわないでよ! 今はもう恒例になってるし、大人ぶってるわけじゃないもん!」

「そうだな。林檎は充分、大人だもんな」

「絶対思ってないじゃん! 頭撫でながら言っても説得力ないよ!」

 

 わしゃわしゃと髪の毛を撫でくりまわされる。反抗してもやめてもらえなかったので、私は諦めてミカンの肩に頭を預けてもたれかかった。

 伝わってくる温もりが心地よく、夜桜の幻想的な光景も相まって夢見心地だ。

 

「林檎、眠いか?」

「んーん。幸せだなーって」

 

 思ったままを呟くと、ミカンはまた私のおでこにキスをした。素直に嬉しい。

 

 けれど、折角夜の公園で、周りには誰もいないのだ。

 

 私はじっとミカンの目を見つめる。しかしミカンには伝わらなかったようで首を傾げられたので、分かりやすいように私は目を瞑って唇を差し出した。

 「えっ」と短くミカンが声を漏らす。それでも目を閉じたまま待っていると、そっと頭を支えられ、優しく唇に口付けされた。

 目を開けると、照れ臭そうに微笑むミカンの顔がすぐそばにある。

 

 あぁ、なんて幸せなんだろう。

 

 ふと、愛しいミカンの笑顔を照らすその明かりに気がついて私は振り返り、空を見上げる。

 桜にばかり気を取られていたが、そこにはまんまるに満ちた月が浮かんでいた。

 満月と、夜桜と、愛しのお嫁さん(ペット)

 美しいものだらけの公園に私の心はすっかり満ち足りて、ミカンに寄り添って、月を見上げながら呟いた。

 

「桜も月も綺麗だねぇ、ミカン」

「綺麗だな。また来年もその先も、ずっと一緒に見ような」

 

 私たちは目を見合わせて、もう一度キスをした。




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