私の同居人(ペット)は狼女です。   作:凛之介

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君の後ろ姿に囚われて

 晴れ渡る青空の下。目の前を歩く可憐な女性。その身に纏うワインレッドのワンピースが、風に煽られて裾をふわりと靡かせた。

 その美しさに私は思わず見惚れる。

 まさか、この世に天使が舞い降りたのだろうか。

 

「? ミカン、どうかした?」

 

 振り返った天使が不思議そうに首を傾げてこちらを覗き込んでくる。そこで私は漸くはっと我に返った。

 天使ではない、私のお嫁さん(飼い主)だ。

 

 気を取り直して歩き始めると、再び林檎が着ているワンピースがふわりと揺れる。

 

「林檎、そのワンピース最近よく着てるよな」

「うん! すごいお気に入りなの」

 

 それはワインレッドカラーの襟付きワンピースで、袖口とウエスト部分が絞られており、スレンダーな体型の林檎によく似合っている。

 確か、数週間前に通販で一目惚れして買ったものだったか。服装にそこまで強いこだわりのない林檎がこうして一着を特別気に入るのは、かなり珍しい気がする。

 

「好みの服に出会えて良かったな。よく似合ってるよ」

 

 素直に褒めると、林檎はくるりとこちらを振り返った。

 

「もう一声」

 

 悪戯っぽい笑顔でおかわりを催促する林檎。たまに見せるこういう無邪気な一面が本当に可愛らしい。

 しかし、私とて林檎に負け続けているわけには行かないのだ。

 

「世界一可愛いよ。愛してる」

 

 真正面から褒め、愛を伝える。ストレートな返答が来るとは思っていなかったのか、林檎は頬を染めて、小声で「……ありがと」と呟いて進行方向へ向き直ってしまった。が、残念には思わない。

 

 なぜなら今日の林檎は、後ろ姿もいつも以上に魅力的だからだ。

 

 普段はおろしているセミロングの髪の毛。それを今日は高めの位置で一つ結びにしていた。それにより、日頃見れないうなじが(あら)わになっているのだ。

 色白な林檎の肌と、ワインレッドのコントラストは美しく、いくらでも眺めていられる気さえしてくる。

 ぼうっとその後ろ姿を眺めていた私は、林檎の少し寂しそうな表情に気がつくことができなかった。

 

 ◆

 

 目的地のショッピングモールに到着。買い物を始めてからも、私は大抵林檎の半歩後ろに立っていた。動くたびに揺れるポニーテール。うなじとワンピースの相乗効果に、私はすっかり虜になっている。

 飽きることなく林檎の首筋をずっと眺めていると、ふと林檎が落ち着きなくソワソワしていることに気がついた。

 

「どうした?」

 

 横から覗き込んで尋ねると、林檎は何かを言いかけてから「……なんでもない」と引っ込めてしまった。何かあったのだろうか。心配で狼狽えそうになる私をチラリと見て、林檎は私の手をきゅっと握ると、そのまま歩き始めた。

 

「ちょっとお茶しよ」

「あ、あぁ。そうしようか」

 

 そのままツカツカと歩いた先は、チェーンのコーヒー店。昼過ぎという時間帯も相まって、そこそこの列が並んでいた。

 

「ちょっと並ぶけどいい?」

「勿論。全然気にするな」

「ありがと」

 

 列に並ぶのことは全く苦ではない。何故なら林檎の後ろ姿を合法的(?)に眺めていられるから。林檎がなにか落ち着かないように見えるが、コーヒー買って一息ついたら聞いてみよう。

 それにしても、本当に林檎のうなじは可愛い……。色白で陶器のように滑らかな肌。うっすら浮いて見える血管から髪の生え際まで、全てが愛おしく思えてしまう。

 結婚してからというもの、愛情が以前より重くなってしまった気がするが……仕方がない。林檎が大好きなこと自体は、何も変わっていない。

 

 首筋をじっと見つめていると、不意に林檎がもじもじと動き始めた。どうしたのだろう、体調でも悪いのだろうか。そんな心配をしたが、ふと、林檎の耳がその先っぽまで真っ赤に染まっていることに気がついた。

 私が硬直していると、林檎はちらりと顔だけをこちら向け、右手で自分の首筋を覆ってしまった。

 

「ミカン、どこ見てるのかずっとバレバレだからね」

 

 赤面した林檎にそう囁かれ、一気に自分の顔も熱くなるのが分かった。思わずよろけてしまい、後ろに並んでいた女性にぶつかりそうになったところを、林檎が咄嗟に腕を掴んで支えてくれた。

 そして、そのまま腕を引いて列を抜け、歩き始める。向かった先は、出口だった。

 

「コ、コーヒーは? 買い物はもういいのか?」

「うん。欲しいものはもう買えたし」

 

 短くそれだけ答えた林檎は、ショッピングモールから出ると私の横に並んで手を繋ぎ、体をぴたりと密着させてきた。

 そして上目遣いで私を見ながら、小さく笑って呟く。

 

「こうしていつも通りくっついてれば、首筋見れないでしょ」

 

 私の視線は本当にバレバレだったようで、「そうだな」と大人しく同意の言葉だけを返した。本当はもっと眺めていたかったのだけれど、仕方がない。

 しかし、本心では残念がっているなのがバレてしまったようで、林檎は困ったような微笑みを浮かべて、私の髪の毛を優しく撫でてくれた。

 

「……帰ったらまた好きなだけ見せてあげるから、ね」

 

 私は素直に大きく頷き、林檎に肩を寄せて歩き始める。帰宅後の楽しみに思いを馳せながら、繋いだ手をぎゅっと握り直した。




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