私の同居人(ペット)は狼女です。   作:凛之介

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前回の続きです


君と満天の星空の下で

 ざぷん、と広い浴槽に浸かると、疲労した全身がほぐれていくのを感じる。

 深く息を吐いて心地良さを味わっていると、「お隣失礼しますね」と声をかけながら桃がすぐ側で腰を下ろした。

 

「いやぁ、まさか苺さんが運動音痴だとは……」

「うるさいわね。誰にでも得手不得手はあるでしょう」

 

 結局あの後、私の負けず嫌いのせいもあってバドミントンは白熱したのだけれど、私から桃へ上手く打ち返せたのはたったの数本だった。

 日が沈み始めたところでいい加減切り上げ、キャンプ場内の大浴場に汗を流しにきたのだ。

 

 ふと、隣から熱い視線を向けられていることに気がつく。顔を桃の方へ向けるとばっちり目があい、桃はえへへと照れ臭そうに笑った。

 

「普段苺さんとお風呂入ることってないから、なんだか新鮮です」

「お風呂は普通一人で入るものじゃない……?」

「カップルだったら一緒に入ったりしますよ!」

 

 小さく「多分」とつけたのを聞き逃しはしない。訝しんだ私がじっと桃を見つめると、誤魔化すように肩を寄せて腕を絡めてきた。

 他の宿泊客も勿論この大浴場を利用するため、周りにもそこそこ人はいる。

 

「……近すぎるわよ。他の人に変な目で見られそう」

「ただの仲良い友達にしか見えませんよ」

「だからって、堂々と腕組むのは中々いないんじゃないかしら……」

 

 私だけならばいいが、桃まで変に勘繰るような目で見られてしまわないだろうか。気にしすぎかもしれないが、桃相手だと妙に慎重になってしまう。

 そんな私の心配は杞憂だったようで、桃はあっけらかんとした様子で笑い飛ばした。

 

「でも苺さん、高校生の頃は花梨さんと堂々と付き合ってたんでしょう? 周りの目なんて今更じゃないですか」

「……貴女も随分図太くなったわね」

 

 前から見せていた精神の図太さだけれど、より一層逞しくなっている気がする。

 私は何も言い返せずに、諦めて高い天井を見上げた。桃はそれを見て許可されたと認識したようで、私の腕に抱きついて上機嫌そうに鼻歌を歌い始める。

 

 まぁ、桃が気にしていないならいいか……。

 

 私はほんの少しだけ桃の方に身を寄せて、目を瞑って心地良さに身を委ねた。

 

 ◆

 

 大浴場を出ると辺りはすっかり暗くなっていた。

 昼間の雲はすっかり消え去り、空には星がチラホラと輝き始めている。

 都会よりも空が広く、星が明るく見える。これならば深夜にはさぞ綺麗な星空を見ることができるだろう。

 

 星空を見上げて歩きながら、テントへ向かう。慣れない環境と運動の疲労もあって眠気もだいぶ来ているが、まだ寝る訳には行かない。

 北欧風のテントに戻ってくると、私と桃は顔を見合せて頷き、持参したクーラーボックスを開けた。

 そして――

 

「それじゃ、カンパーイ!」

「乾杯」

 

 二人とも缶酎ハイで乾杯をして、ぐびりと1口飲む。

 テント外に並べられたロッキングチェアに腰掛けながら、私たちは並んで星空を眺めていた。

 キャンプの時は快晴が相場。昼間に自分で言ったとはいえ、こうも都合よく晴れるのなんだか逆に笑えてきてしまう。

 

「苺さん、随分ご機嫌ですね。楽しかったですか?」

 

 私の顔を覗き込みながら、にやけ顔を浮かべる桃。その頬は既に朱色に染まっており、表情筋も緩んでいるように見える。

 相変わらず酒に弱い子だ。酎ハイ数口でもこうなるのだから、コスパが良いといえば利点かもしれない。

 

「そうね。正直楽しかったわ。誘ってくれてありがと」

「……苺さん、たまに急に素直になるから心臓に悪いです」

 

 酷い言われようだ。私だって別に普段から――素直では、ないか。反論しようとした口を塞ぎ、酒を煽る。

 初夏とはいえ夜の風はまだ少し冷たくて、アルコールで火照った身体に心地良い。

 

「屋外でお酒飲むのもいいわね」

「じゃあ今度ビアガーデンとか行きましょうよ!」

「……そういう場所で飲めるほど貴女強くないでしょう」

 

 弱いくせに私より積極的に飲もうとする。仕事関係の場でいつか粗相しないだろうかと心配だが、担当編集の女性は桃が下戸であることを知っているため、無理させるようなことはないだろう。

 いつか私も一度挨拶をしておいた方がいいだろうか。いや、正妻面してるみたいでなんか嫌だな。

 なんなら向こうの方が私よりも付き合いは長いのだ。下手に干渉するのも良くないか。

 

「さてはまた面倒な考え事してますね?」

「別に」

「苺さん、そういう時下唇軽く噛むのでバレてますよ」

「……嘘でしょう」

 

 自分でも知らない癖を初めて指摘され、私は桃から顔を背けた。桃が寂しそうな声を上げて不満を唱えるが、この顔の熱さが冷めるまでは戻せない。

 

 今まで誰にも指摘されなかった癖に気がつくくらい、桃は私のことを見てくれている。それが何だか無性に嬉しくて、柄にもなく赤面してしまった。

 

「ちなみに、苺さん耳も赤くなるから、バレてますよ」

「……嘘でしょう」

 

 桃にどんどん隠し事ができなくなっていく。私諦めて正面に向き直り、満天の星空を見上げた。

 視界の端では、桃の心底幸せそうな微笑みを浮かべていた。

 

 ◆

 

 テントの中にはセミシングルのベッドが二つ並んでいた。

 適当に片方のベッドに入ると、当たり前のように桃も同じベッドに潜り込んでくる

 いつもなら「空いてる方で寝なさい」と素直じゃないことを言っていたかもしれないけれど、今日はもう諦めている。本心では同じベッドで寝ることを受け入れていると、桃にはバレているだろうから。

 

「えへへ、お泊まり会みたいで楽しいですね」

 

 ふかふかのベッドにご満悦で、こちらを向いて声音を弾ませる桃。

 

「前までは私の家に頻繁に泊まってたじゃない」

「今は同棲してるし、もうあそこは私の家でもありますもん」

「ふふ、そうね」

 

 幸せそな笑顔の桃が愛おしくて、その頭に手を伸ばして優しく撫でる。桃は目を閉じて、嬉しそうに私の手を受け入れてくれた。

 

「明日の朝、帰る前にまた大浴場行きましょうか」

「いいですね! 広いお風呂なんて中々入れませんし」

「じゃあ今度、桃が休みの時には銭湯に行きましょう」

「〜っ、はい! 楽しみにしてます!」

「その為に、帰ったら締め切りまで頑張ってね」

「……ぐぅ」

「ちょっと」

 

 満天の星空の下のテントで、私たちは夜遅くまで話して笑いあっていた。




次回投稿は5/16(土)13時投稿です
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