「夏祭りをやりたい」
日が暮れても蒸し暑さが消えなくなってきた八月上旬。うちの
私は食器洗いの手を止めてリビングを振り返る。
「やりたいって……行きたいじゃなくて?」
水で食器についた泡を流しながら尋ねる。
以前は家事を全てミカンに任せてしまっていたが、最近は簡単な食器洗い等は私もやるようにしている。
決して、お母さんに釘を刺されたからなどでは、断じてない。
ミカンはソファ越しにこちらを振り返って、背もたれに身体を預けながら口を開いた。
「流石に人混みに行くのはな。耳と尻尾バレる可能性高いし。隠すとなると蒸れて暑いし……」
「あー、まぁそうだよねぇ。それで
「そういうことだ」
「なるほどねぇ……」
私は小さく呟いて、手を拭きながらリビングに戻った。ミカンが抱きしめてきて当然のように労いの撫で撫でをしてくるが、今となっては習慣と化している。
その暖かい腕の中で、私は「よし」と呟いてミカンを見上げた。
「やろっか、夏祭り」
◆
その週の土曜日。
「これは……壮観だな」
ミカンがテーブルに並べられた数々の品を前に息を飲んでいる。
焼きそば、焼き鳥、焼きもろこし、枝豆にビール、瓶ラムネ等々……夏祭りの代名詞が勢揃いだ。
ちなみにかき氷機を買うことも考えたが、ミカンとの協議の末に諦め、代わりにラクトアイスが冷凍庫で待機している。
「どうよ、ザ・夏祭りって感じじゃない?」
「ああ、ありがとうな」
「ふふん」
ミカンに頭を撫でられながら、私はベランダの窓を開けた。生ぬるい風が家の中に吹き込むが、これでいいのだ。夏祭りは外の空気が無ければ成立しない。
私とミカンは並んで窓辺に腰掛け、素足をベランダに放り出した。
時刻は18時を過ぎているにもかかわらず、未だに外は薄ら明るい。日の長さで季節を実感するのは、なんだか心地よい。
膝上に焼きそばのフードパックを乗せて、割り箸を割る。
「ふふ、なんだかこういうの特別感あっていいな」
「当たり前じゃん、夏祭りなんだから! でも確かにこうしてベランダで食べるのいいね。今度またやろっか」
時折吹く柔らかな熱風にさらされながら、私達は他愛もない話をしながら夏祭りメニューをだらだらと楽しんだ。
焼きもろこしを齧ったり、ミカンが瓶ラムネを吹き溢したり、わたあめを二人で分け合ったり。気がつけば陽もすっかり落ちている。
夏祭りなので特別に解禁されたビールはプラコップに入れることで特別感が段違いだ。
「っあー! 焼き鳥とビールうんま! サイコー!」
「本当におっさんみたいだぞ林檎」
「仕方ない、この組み合わせには抗えないの。様式美なの」
ミカンは呆れた目で私の熱弁を聞き流しながら、瓶ラムネを煽っている。頬を伝う汗でさえ
私の視線に気がついたミカンは、赤くなった顔を隠すようにそっぽを向いてしまう。
「……そろそろお開きにするか?」
ご飯系もあらかた食べ終えて、フードパックや紙皿が山積みになっている。
しかし、夏祭りとしてはまだ終わっていない。
「まーだ。……もうすぐかな。座って待ってて、アイスとってくる」
時計をチラリと確認してから立ち上がる。キッチンへ小走りで向かう私の背中を、ミカンは不思議そうな目で追いかけていた。
手に二人分のラクトアイスを持って、ミカンの隣に腰を下ろす。
「はい」
「ん、ありがと。で、もうすぐって何がだ?」
「それはねぇ……向こう見て」
私が遠くの夜空を指差したその時、
ヒューーー………ドオン!!
色とりどりの花が、夜空に咲いた。
「……花火だ」
「そ。今日向こうの河川敷で花火大会なの」
せっかく夏祭りをやるなら花火もあった方がいいに決まっている。だから花火大会の日程を調べて、今日夏祭りができるように支度したのだ。
花火に目を奪われているミカンの横顔を眺めて、自然と笑みが溢れる。
「どうですか、夏祭りやってみて」
私の問いに、ミカンはこちらを振り返って満面の笑みを浮かべた。花火も霞むほどに明るい笑顔。
「最高だ。ありがとう、林檎」
「〜〜っ、どういたしまして」
不意打ちを喰らって、慌ててビールを煽る。が、火照った顔は簡単に冷めてくれなかった。
「……来年は浴衣着てやろっか」
「ふふ、いいな。それ」
肩をくっつけて寄り添いながら、色とりどりの花火を見上げる。
当たり前のように訪れる、来年の夏に思いを馳せながら。
次回は8/16(土)13時投稿です