私の同居人(ペット)は狼女です。   作:凛之介

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君のお嫁さんについて

 不意に、煙草の匂いが鼻を掠めた。

 今日は食堂が混んでいたので外の広場でお昼を食べようかと、鈴木さんと歩いていた時だった。

 

「新田先輩、どうされました?」

「……鈴木さんって、煙草吸ってたかしら」

「へ? 吸ってないですよ」

 

 きょとんと首を傾げる鈴木さん。まぁそうよね、鈴木さんが煙草吸ってる姿なんて想像が――

 ……ちょっといいかも。

 

「さっき煙草の匂いがした気がして……喫煙者とすれ違ったのかしら」

「えー……あっ」

 

 鈴木さんはなにか思い当たることがあるのか、キョロキョロと目を泳がせてから少し声を潜めた。

 

「あー、私じゃないんですけど……」

「! ああ、同居人さん……いえ、今はお嫁さんだったわね」

「はい。昨日寝る前に煙草吸ってたので……。すみません、そんなに匂います?」

「いえいえ、今ふと気づいた程度だし、大丈夫よ」

 

 なんだか意外。鈴木さん、煙草吸うような人がタイプだったのかしら。てっきり、もっと落ち着いてて波長が合う人かと思っていたけれど……。

 陽当たりのいいベンチに並んで腰を下ろしてお弁当を取り出していると、ふと桃の話を思い出した。

 

「そういえば桃から聞いたのだけれど、ワンちゃんも飼ってるの?」

「あ、はい。……"ワンちゃん"」

「? ワンちゃんじゃなかったかしら」

「あ、いえ。新田先輩、"犬"じゃなくて"ワンちゃん"って呼ぶタイプなんですね!」

 

 鈴木さんの無邪気な笑顔を正面から喰らい、ぐっと声が漏れる。赤い顔を隠すように、ふいとそっぽを向いた。

 

「……桃の言い方に釣られただけよ」

 

 言い訳がましく呟いて、話を戻した。

 

「ワンちゃん―犬がいるのに、タバコって平気なものなの? 健康的にというか」

「え、あ、あー……大丈夫です! 換気扇の下とか、ベランダで吸ってくれるので!」

 

 そう説明する鈴木さんは、妙に目が泳いでいるし焦っている。そういえば桃に送られてきた新婚旅行の写真にも、お相手が映ってなかったし……。

 

「……気を悪くしたらごめんなさい。その……モラハラとか、受けたりしてない?

「……へ??」

 

 暖かな広場が、一瞬静まり返ったような気がした。

 私の問いかけに鈴木さんは目を丸くしてから、弾かれたように首を横に振った。

 

「ちちち違います! 炊事洗濯掃除諸々毎日やってくれる良妻ですよ!」

「そう……?」

 

 まぁたしかに、モラハラするような人なら鈴木さんのためにお弁当作ったりもしないか。早とちりで失礼なことを言ってしまった。

 

「ごめんなさいね。でも、もし何かあったら私でも桃にでも相談してちょうだいね」

「……はい、ありがとうございます」

 

 ふわりと微笑む鈴木さんの様子に少し安堵して、私たちは昼食を続けた。

 

「それにしても、お嫁さん煙草吸うのね。なんか意外というか」

「あー、去年定年退職された佐々木部長に、以前煙草を押し付けられたことがありまして」

 

 佐々木部長といえば、愛煙家で有名なおじさんだった。若い子に積極的に煙草を勧める様子を思い出した。

 

「私は合わなくて吸えなかったんですけど、嫁が気に入っちゃって。それからずっと吸ってますね」

「へぇ……そんな因果があったのね」

「新田先輩と桃は吸ってないですよね」

「そうね。桃はすぐに色んなものに影響されるから一時期カッコつけて吸ってたけど、気がついたら辞めてたわ」

「桃らしいですね」

 

 くすくすと笑う鈴木さん。どうやら桃の影響のされやすさは昔かららしい。

 

「しかも、何も言わずにしれっと知らん顔して辞めてるんですよね」

「そうなのよあの子。困った子だわ、ほんと」

 

 こうして鈴木さんと笑いあっていると不思議な感覚になる。惚気ているつもりは無いけれど、自分の恋人について知ってる人がいるというのは、妙な安心感があるのだ。

 

「……いつか機会があれば、鈴木さんのお嫁さんともお会いしてみたいわね」

 

 何気なく呟いた言葉だったが、鈴木さんがピシッと固まったのが視界に映る。今まで以上に目が泳いでいる。

 

「……あー、えっと、お気持ちは嬉しいんですが、人見知りなので」

「そ、そう……?」

 

 なにか地雷を踏んでしまったのだろうか。独占欲が強いとか?

 それとも――

 

『まだミカンちゃんと結婚したって言われた方が現実味ありますね〜』

 

 いつかの桃の苦笑いがフラッシュバックした。

 

「……ワンちゃんと結婚してたりする?」

「ごふっ」

 

 鈴木さんがお茶を吹きかけた。

 

「ななななんでですか? いやいや、ペットと結婚なんて、そんなまさか!」

「そ、そうよね、ごめんなさい。変なこと言って」

 

 あまりの狼狽え様に、私はすっと目を逸らした。

 

 ◆

 

「あ、苺さんおかえりなさーい」

「……ねぇ、桃。鈴木さんのことなんだけど」

「林檎がどうかしました?」

「いえ、やっぱりなんでも……。犬って、家事したり煙草吸ったりすると思う?」

「はい? それはもう犬ではないのでは?」

「……それはそう」

 

 ◆

 

「おかえり、林檎」

「……ねぇミカン」

「ん、どうした?」

「犬と結婚した女って新田先輩に疑われてるかもしれない」

「……あながち間違いではないな」

「……それはそう」

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