『仕事そろそろ終わりか? 気を付けて帰って来いよ』
『ありがと! ミカン大好き~❤❤ 今日のご飯なに?』
『餃子と炒飯だよ』
『餃子❤❤❤ 最高! すぐ帰る!』
◆
……気まずい沈黙が、最高に美味しいはずであるミカンの手作り餃子の味を隠してしまっている。私はミカンに気付かれないようにそっと目線を茶碗から上げた。
「……」
綺麗に伸びた眉をひん曲げ、眉間に皺を寄せたまま仏頂面で餃子を口に運んでいる同居人。彼女の不機嫌の理由を、私は察することができていない。帰宅するや否や、今と変わらない仏頂面で出迎えられ、何故怒っているのかという私の問いにも答えることなく、今に至るというわけだ。
「ご、御馳走様でした……」
「……」
いつもならば「お粗末様」と嬉しそうに目を細めて私の完食を喜んでくれるミカンが、私に目もくれずに食器を下げてそそくさとお風呂へ行ってしまった。
「林檎先風呂入るか? それとも腹いっぱいでまだ入りたくなきゃ先もらうけど」
と、気を遣ってくれたミカンはどこへ行ってしまったのだろうか。私は、彼女に何をしてしまったのだろうか。
ソファに力なく倒れ、自分の行いをひたすらに遡る。が、それらしい原因は浮かび上がってこない。今朝はいつも通り優しくお見送りもしてくれて、行ってらっしゃいのキスもしてくれた。そもそも、私が帰宅する頃にメッセージを入れてくれた時点では不機嫌さは全く感じなかった。
なら、一体何が原因なのだ。いよいよ心当たりがなくなり、私は思わず泣きそうになる。
もうここまで来たなら仕方がない。怒られるのを承知で、直接ミカンを問い詰めるしかない。答えてくれるまで、粘ろう。このまま気まずい状態が続くだなんて、死ぬほどいやだ。
「おかえり」と、温かく出迎えてくれるミカン。ご飯を食べる私を優しく見守ってくれるミカン。いつでも私に一番に寄り添ってくれるミカンを、取り戻したい。
「……なんだ」
お風呂から戻ったミカンの腕をつかみ、無理矢理寝室へと連れ込む。そのままベッドの脇へ座らせ、未だに不満そうな顔のミカンを、私は問い詰めた。
「お願い。なんで不機嫌なのか教えて」
「……」
「このまま気まずいままなんて嫌だよ。ダメなところがあるなら直すから。お願い」
「……」
少し罰が悪そうに目線を下げるミカンに、私は「お願い」と泣きそうになりながらも訴えた。
「ミカンに冷たくされるのが、一番つらいよ……」
しばしの沈黙の後、ミカンは静かに、スマホを取り出した。そこに、ミカンの不機嫌の理由があるようだ。
差し出された画面に表示されていたのは、私が退勤する前のやりとりだった。
『仕事そろそろ終わりか? 気を付けて帰って来いよ』
『ありがと! ミカン大好き~❤❤ 今日のご飯なに?』
『餃子と炒飯だよ』
『餃子❤❤❤ 最高! すぐ帰る!』
私がそのやり取りを確認し顔を上げると、ミカンはむすっと顔をしかめながら、不服そうに呟いた。
「”ミカン大好き”よりも、餃子の方がハートが多い……」
……脳裏には以前の猫カフェ事件が浮かんでいた。そして私は、この同居人が存外面倒くさい拗ね方をすることを再度思い知らされたのであった。