私の同居人(ペット)は狼女です。   作:凛之介

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忘れた頃に


君に手を差し伸べた日のこと

 東京は迷路のようだと、上京したての鈴木さんは苦笑しながら私にそう愚痴をこぼした。東京で生まれ育った私には分からないが、恐らく住んでるうちに慣れるだろうと、鈴木さんを励ました。

 

「もし行きたい場所があれば、私が連れてってあげるからね」

 

 などといった、下心だらけの言葉も付け足して。

 まぁ結局今に至るまで、鈴木さんからプライベートのお誘い―もとい道案内の依頼が来ることは無かったのだが。

 

(まぁ迷路みたいっと言っても、スマホには地図アプリもあるし、そうそう、困ることはないか……)

 

 すっかり会社にも東京にも馴染んだ鈴木さんを思い浮かべ、肩を落としながら私は電車を降り、駅の構内を歩く。

 未だに鈴木さんの同居人について詳しく知れていないし、プライベートのお誘いも出来ていない。このままではいつまで経っても距離を縮めることが出来ないとは理解しているのだが、どうも鈴木さん相手には奥手になってしまっている。

 

(想いを寄せるのはこれで4人目なのに、こんなの初めてね……)

 

 はぁ、と溜息を吐く。空気は充分すぎるくらいに冷えきっているので白い息が出るかと思ったが、私の吐息は目に映ることなく寒空に消えていった。寂しさを少し感じながら、見えない吐息を追った視線の先で、私は――

 

「どうしよう……ここどこ……」

 

 駅の出口で、スマホ片手に涙目で狼狽えている女の子を見つけた。女の子といっても、20代前半―鈴木さんと同い年くらいだ。

 道に迷っているらしく、地図アプリを見ているのかスマホを必死にくるくると回している。彼女の周囲の人々は彼女のことなんて気にも留めていないようで、皆澄まし顔で彼女の脇を通り過ぎている。

 私も周りに溶け込むように、俯いて彼女の横を抜けようとして――東京は迷路のようだと、困ったように笑う鈴木さんの顔が、脳裏に浮かんだ。

 

「えっと、あの建物がここで……」

「お嬢さん」

 

 涙目の彼女へ手を差し伸べ、私は優しく微笑みかける。意外と背の低かった彼女は、私を見上げて今にも泣きそうな顔を浮かべた。

 

「どこ行きたいの? 連れてってあげるわ」

「あ、あの、日向社に行きたくて……」

 

 日向社といえば、有名な小説の出版社だ。思わぬ行先に驚きながらも、地図アプリで日向社の場所を確認する。……現在地と日向社は、駅を挟んで反対側だった。

 

「出る出口を間違えたのね。多分すぐ着くわ、一緒に行きましょうか」

 

 そう言って、彼女を連れて日向社へ向かう。

 

 

「へぇ、打ち合わせ。貴方小説家なの」

「はい……デビューをきっかけに最近上京したんですけど、まだ都会に慣れなくて。なので、お姉さんに声掛けてもらえて助かりました」

 

 なんでも、乗る電車の方向を間違え、挙句に道にも迷ったので、予定を大きく遅れてこんな時間に打ち合わせする羽目になったという。

 

「気にしなくていいのよ。当たり前のことしただけだしね」

 

 なんなら初めは素通りしようとした――というのは言わないでおく。

 そうこうしていると日向社へ到着し、彼女は何度も何度も頭を下げてきた。

 

「じゃあ私はこれで」

 

 そう立ち去ろうとした私を、彼女の手が捕まえる。

「あのっ、今度お礼したいので、連絡先! 教えて貰えませんか!」

 

 その必死な表情に、私は半ば気圧されるように、メッセージアプリの連絡先を彼女に伝えた。彼女は登録された私のアカウントを確認すると、

 

「新田 苺…苺さんですね!」

 

 と眩しいくらいの笑顔を浮かべた。そして、また今度必ず連絡をすると言って、駆け足で日向社へ入っていった。

 そんな彼女の背中を見送り、私は再び帰路に戻る。歩きながら、彼女のアカウントを確認して、一つ小さく息を吐いた。

 

「春野 桃さん、ね」

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