私の同居人(ペット)は狼女です。   作:凛之介

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君と出会って変わったこと

 ずっと繰り返してきた日常の中で、少しだけ変わったことがある。

 

 とはいえ、今日も今日とて上司は鼻息荒くふんぞり返っているし、食堂のおばちゃんも優しい笑顔で労ってくれる。可愛らしい鈴木さんも、真面目に仕事をしては、上司に失敗を指摘されて頭を下げている。

 そうだ、変わったのは職場でのことではない。

 最寄り駅で降りて、すっかり暗くなった夜道を歩く。この通勤路も、いつも通りだ。では何が変わったかと言うと――

 

「あ、苺さんおかえりなさい!」

 

 我が家に、度々客人がやって来るようになったことだ。

 

 

 

 私は鞄を机に置くと、スーツを脱ぎながら客人に声をかける。

 

「あのね、おかえりじゃなくて。貴女自分の家あるでしょう」

「一人暮らし慣れなくて心細いんですよ!」

 

 そう言ってお気に入りのクッションを抱きしめて口を(すぼ)めたのは、一ヶ月前のあの日、私が手を差し伸べた彼女だった。

 

「心細いって、貴女ももう大人でしょう……春野さん」

 

 腕に力を入れたのか、春野さんが抱くパンケーキの柄のクッションがぐにゃりと歪んだ。

 

「もう、"桃"って呼んでくださいって言ってるのに。大体苺さんのが歳上なんですから、さん付けしないででくださいよ」

「はぁ、仕方なかったとはいえ一度でも家に上げたのが間違いだったわ」

 

 ぶーぶーと文句を言い続けている春野さんを素通りして、私はキッチンに立つ。夕飯の支度をしながら、まだ頬をふくらませている春野さんに、溜息混じりに呼びかけた。

 

「ほら、手伝って。春野さんもどうせ食べるでしょう」

「はーい」

 

 そうして、今日も私は春野さんと食卓を囲むのだ。

 

 ◆

 

 春野さんを助けた日の翌日。早速彼女から連絡が届いた。

 

『今日空いてますか? 昨日のお礼に夕ご飯奢らせてください!』

 

 通知欄に表示された春野さんからのメッセージを見て、私は手早く返信を済ませる。

 

『空いてますよ。昨日の駅で19時に集まりましょう』

 

 春野さんは私よりも早く駅についていて、私を見つけると顔に満面の笑みを浮かべてこちらへ駆け寄ってきた。

 昨日は打ち合わせがあったからかキッチリした服装だったが、今日の彼女はガーリーなワンピースを身にまとっていて、随分可愛らしい印象を受けた。春野さんは背がやや低いが、身体が細いのでワンピースがよく似合っている。

 

「苺さん、こんばんは! 先日は本当にお世話になりました!」

「そんな大したことはしてないわ。今日は楽しくご飯食べましょ」

「はい!」

 

 春野さんはまだこの辺りに詳しくないため、私がたまに行くレストランで食事することに。春野さんと歩きながら、会話に花を咲かせる。

 

「へぇ、じゃあその"初恋の人"に会うために上京したってこと?」

「上京したのはデビューしたからですけど、その人に本当に支えられたので、お礼を言いたくて」

 

 だけど、数年ぶりに連絡する勇気が出ないのだと、春野さんは苦笑交じりにそう言った。なんでも、彼女の小説家になる夢を応援してくれたのは、その"初恋の人"ただ一人だったのだとか。だから、夢がかなった報告とそのお礼がしたいとのことだった。

 

「さて、続きは食べながら話しましょうか」

「はい! 何食べようかなぁ」

 

 レストランに到着し、私たちは料理を頼んで食事を始めた。

 しかし、

 

「あぇぇ、いちごさんがさんにんいるぅ」

「ワイン一杯で泥酔って冗談でしょう……?」

 

 驚異的なお酒の弱さに私は溜息を吐き、泥酔状態の彼女の代わりに代金を払い、仕方なく自宅へ連れ帰って介抱したのだった。

 翌朝、春野さんにはすり減りそうなくらい額を床に擦りつけて謝罪された。

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