私の同居人(ペット)は狼女です。   作:凛之介

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気が付けばこの連載ももう二年経ったんですね。
皆さまいつもご愛読ありがとうございます。

2021/7/21 タイトルを変更しました


君は誰にも渡さない

 割引券を貰った。最近この辺りできたスイーツビュッフェの、10%OFFクーポン。

 先日、同期の男性社員が、「なぁ鈴木。これ、もし良かったら……」と、私に差し出してきたのだ。私はそれを確認すると、大喜びで受け取った。

 最近話題のスイーツビュッフェに私も行きたいとは思っていたが、中々機会がなかった。だから、この割引券を貰えたことでようやく行くきっかけができたと、私は胸を躍らせながら同期にきちんとお礼を言った。

 その直後、同期が肩を落としながら去っていったのだが、あれはなんだったのだろうか。

 

 ◆

 

 私は会社の近くの公園にある噴水の前で、ふぅと溜息を吐いた。

 今日は件のスイーツビュッフェに行く日だ。休日よりも平日の方が安いので、会社帰りにここでミカンと待ち合わせをしてから店に行く予定だったのだが――

 

「ねぇお姉さん、オトモダチ来るまでまだ時間あるんでしょ~?」と、男A。

「俺たちとちょっとでいいからお茶しようぜ?」と男B。

 

 最悪なことに、私はチャラい男二人組に絡まれていた。

 前にもこんなことあったぁ……といつかの事を思い出しながら、私は何度目か分からない溜息を吐き、しつこく絡んでくる男二人組に、そっぽを向いて答える。

「ですから、もうすぐ友達も来ますし、お引き取りください」

 そうはっきりと断るも、この二人が引く様子はない。どうしてこの手の輩はこうもしつこいのか。そもそも私よりも美人な人はそこら中にいるだろうに。

 

 辺りはもうすっかり暗くなっていた。公園の前の大通りは通行人で賑わっているが、私を助けてくれそうな人はいない。そ知らぬふりをして通り過ぎていくだけだ。

 私は男たちにうんざりしながら、ミカンにメッセージを送る。

『男の人にナンパされてる。助けて』

 すぐに既読が付くが、返信はこない。そろそろ着く頃だと思うのだけれど……。

 私がスマホに視線を注いでいることに不満を抱いたのか、男Aの口調が少し強くなる。

「いいじゃねぇかよ、行こうぜ。どうせならそのオトモダチも一緒にさぁ」

 そう言って、痺れを切らした男Aが私の腕を掴もうとした時だった。

 

「ぐぇっ」

 男Aがカエルを潰したような声を上げて、私から引きはがされた。私は男Aの後ろに目をやり、思わず頬を緩めた。

「大丈夫か、林檎」

「うん。ありがとミカン」

 ミカンが男Aの襟首を引っ張って、私から離してくれたようだ。男Bは咳込んでいる男Aに「大丈夫か」と声をかけている。

 どうやら急いで駆けつけてくれたらしいミカンは、少し上がった息を整えながら私に寄ってくる。

 そして後頭部に手を回され、額にキスをされた。突然の事に私は戸惑ってしまう。男たちも、驚いたようにこちらを見ている。

「怖い思いさせてごめんな。もっと早く家を出ればよかった」

 そう言って、私の頭を優しく撫でてくれた。

 私が「大丈夫だよ」と微笑みを返すと、ミカンはくるりと男たちの方を振り返った。

 男たちはミカンに邪魔をされて腹を立てているのか、こちらを睨んでいる。私は思わずミカンの背中に隠れようとするが、ミカンが私の腰に手を回して、ぎゅっと抱き寄せてきた。

 

「林檎は私のだよ。分かったらとっとと失せろ」

 

 そして私を片手で抱いたまま、男たちを鋭く睨み付け、一蹴する。

 男たちは悔しそうに舌打ちをしてから、踵を返して帰っていった。

 私がミカンに強く抱き着くと、ミカンも抱きしめ返してくれる。ひとしきリミカンの胸元に顔を埋めたあと、私は顔を上げて大好きな同居人(ペット)に短く口付けをした。

 ミカンは少し顔を赤らめるが、嬉しそうに微笑んだ。

 

「助けてくれてありがとね」

「気にするな。林檎の可愛さを見くびってた私が悪い」

 その謎の反省に首をかしげると、ミカンは悪戯っぽく笑って、私の鼻を指でつつく。

「林檎はこんなに可愛いんだから、一人にしたら男どもに声かけられるに決まってるもんな」

「もう、ミカンは私を過大評価し過ぎだよ」

「そんなことない。林檎は可愛いよ」

 そんな風に私をべた褒めしながら、ミカンは柔らかな微笑みを浮かべる。

 私達は手を繋ぎ、件のスイーツビュッフェの店へと歩き始めた。通行人で賑わう大通りを、仲良く肩を並べて進んでいく。

 

「厄介事もあったけど、スイーツビュッフェ楽しみだね!」

「あぁ、そうだな」

 

 きらびやかな夜の街を、大好きなミカンと歩いていく。

 

 ◆

 

 フルーツタルトを口に頬張ったその時、私はふと思い出した。

「そういえば、割引券くれた同期がその後なんか落ち込んでたんだけど、なんだったんだろ」

「林檎、そいつになんか言ったのか?」

「いやー何も。"ありがと、友達と行くね。"って、ちゃんとお礼も言ったしなぁ」

「……あぁ」

「?」

 ミカンは何故か憐れむような目をしていたけれど、結局私は分からずじまいだった。


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