「ごめんもうちょっと待ってて!」
「慌てなくていいから、落ち着け」
玄関で待っているミカンになだめられながら、私はそれでも急いで支度を進めていた。
今日は折角ミカンと遠出する約束をしていたのに、寝坊してしまうなんて、なんて馬鹿なんだろう!?
ミカンは気を利かせて起こしてくれなかったようだけど、実は寝坊の原因はミカンにある。
『――林檎ッ、もっと……っ!』
『――んぁ、りん、ごぉっ!』
ミカンが昨晩いつも以上におねだりしてくるから、ついヒートアップして寝たのがかなり遅かったのだ。なんで本当夜になるとあんなに受けなんだろう。普段はすまし顔なのに、少しこっちが攻めるとすぐ顔赤くするし……。
大体何なの、あのおねだり。可愛すぎでしょ! ずるい!
私は心の中で文句とも賛美ともとれる言葉を吐きながら身だしなみを整え、すぐに荷物を持って玄関へ向かった。
棚に置かれた猫の置物にちょっかいを出していたミカンに声をかけ、約束の時間から三十分ほど遅れて私たちは出発した。
◆
電車を二本乗り継ぎ、目的の駅に到着。そして更に、ここからもう少し歩くのだ。
「それにしても、林檎が連れていきたい場所ってのがどこなのか、楽しみだな」
そう、今日の遠出を提案したのは私なのだ。行き先も、私に任されている。
スマホのマップに目線を落としながら、道を間違えないように進んでいく。手元に集中していると、不意に後ろから腕を引っ張られた。
ハッと顔を上げると、目の前には赤信号の横断歩道が。
隣を向くと、ミカンが呆れたような目で私を見下ろしていた。
「歩く時はスマホじゃなくて前見ろ。行き先が天国になるぞ」
そう私を叱ったミカンはそのまま私の手を握って歩き始めた。やけに力んだその左手から視線を上げる。先立って歩くミカンの耳は、心なしか赤くなっていた。
手を繋ぎたいのなら、普通にそう言えばいいのに。素直に甘えられないミカンが可愛くて、つい小さく笑ってしまう。ミカンは少し不貞腐れたような顔でこちらを振り返り、「なんだよ、早く道案内してくれ」と急かしてくる。
私はミカンの手を強く握り、2人肩を並べて街の中を進んだ。
◆
街から外れ、山道に入ると
「なぁ……、ほんとに道これであってるのか?」
「大丈夫だよー、任せて!」
胸を張って答えるが、ミカンの心配そうな顔は変わらない。そんなに私は頼りないのか。いや、頼りないな。
だが、心配はない。きちんとマップ通りに進み、まもなく目的地に到着するはずだ。
細い山道を辿り、足がいよいよ疲れてきた頃、木々の壁が途絶えたそこに広がっていたのは――
辺り一面を覆い尽くす、色とりどりの花畑だった。
その景色に見惚れているミカンに向き直り、両手を握った。
「ねぇミカン。今日が何の日か覚えてる?」
その問いかけにミカンは首を傾げる。まぁ覚えてないのも無理はない。
今日は、私とミカンが出会ってちょうど10年なのだ。だから、特別な日だから、この綺麗な景色を見せたかった。二人で見たかった。
「ミカン、私と出会ってくれてありがとう。大好きだよ」
目に涙をうっすらと浮かべたミカンは、私に顔を見せないために強く抱き締めてきた。目を奪われるほど美しい花畑で、それ以上に美しく、愛しい彼女との生活は、幸せ一色だ。
きっと、これからも、いつまでも。