私の同居人(ペット)は狼女です。   作:凛之介

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お久しぶりです。四か月ぶり……明けましておめでとうございます。
なんと卒業をすっ飛ばして、今月無事入社致しました。
そして先日ようやく我が家にWi-fiが繋がったので、折角だからと書きました。
お待たせしてしまい申し訳ございません。
今後も働きながらなので不定期になるとは思いますが、気が向いたらまた書きますので、これからもよろしくお願いします。



君の言いなりになるから

 ガシャン、とキッチンに音が響いた。とっさに目を瞑り、恐る恐る目を開けると、そこには最悪の光景が広がっていた。

 

 ――やってしまった。

 

 一瞬にして、自分の顔が青ざめるのが分かった。

 目の前に散らばっている破片は、かつてミカンのお気に入りのマグカップだったものだ。

 

 ◆

 

 『ほら見ろ林檎。昔の私みたいじゃないか?』

 その日買い物から帰ってきたミカンは、珍しくテンションが高かった。なんでも、可愛いマグカップを見つけたらしい。

 やたら楽しそうな顔でエコバッグの中をごそごそと探る様子を、なんだか昔のミカンがおもちゃ見せに来るみたいだな……と、勝手に懐かしんで眺めていたのを覚えている。

 これだ! とミカンが取り出したのは、淡いグレーのマグカップ。至ってシンプルなデザインに見えるが、一体なぜこれをそんなに気に入ったのだろうか。

 私がそう思った時、ミカンはそのコップで、中身を飲む仕草をして見せた。

 すると――

「あっははははは!」

 目の前のその光景に、私は思わず吹き出してしまった。

 マグカップの底には犬の鼻と口が描かれており、飲む仕草をするとまるで口元が犬になったように見えるのだ。

 得意げな顔でその状態をキープしているミカンに、私は数分間お腹を抱えて笑っていた。

 やっと収まってきた頃、ミカンが懐かしそうに目を細めて

「これ、昔の私みたいじゃないか?」

 と呟いたので、また脳裏に狼だった頃のミカンの姿が浮かんだ。

「ふふ、ほんとだね」

「昔の私も私だから、これ使う度に林檎が思い出してくれたらなぁ、って」

 そう微笑むミカンに、胸の奥が温かくなった。

 

 ◆

 

 はっと我に返る。まるで走馬灯かのように、マグカップを買った日の情景がフラッシュバックしていた。

 しかし現実逃避しても起こってしまった出来事は覆らない。

 どうしよう……と一人立ち尽くしていると、物音を聞きつけて寝室からミカンが駆けつけてきた。

「林檎、なんか割れた落としたけど大丈夫か!?」

 週末の昼前ということもあり、ミカンの髪には寝癖がしっかりとついていた。恐らく、快眠していたところを物音で起こしてしまったのだろう。二重に申し訳なくなる。

 ミカンは私の傍によると、怪我をしていないかを確認してきた。

「だ、大丈夫……。どこも切ってないよ」

「そうか、良かったよ。ん? このマグカップ……」

 ミカンは床に散らばった破片見ると、早くも割れたものが何かを察したようだ。

 私は咄嗟に頭を勢いよく下げた。恐らく腰は90度に曲がっている。

「ごめん! ミカンのお気に入りのマグカップ割っちゃった!」

 頭を下げて数秒待つも、ミカンからの返答はない。そのまま恐る恐る目を開けると、私の視界に映るミカンの脚は微動だにしていなかった。

 何もレスポンスがないことに、私は激しく怯えていた。まさか大激怒させてしまっただろうか。

「ほんとにごめん、うっかり手を滑らせちゃって……」

「……」

「お、同じやつ買いなおしてくるから!」

「……」

 何を言っても無言のミカンに、私の焦りは加速していく。そして、

 

「な、何でも言うこと聞くから!!」

 

 そう叫び気味に言葉を放つと、漸くミカンが反応を示した。

「何でも……?」

 私が頭を上げると、そこには不敵な笑みを浮かべたミカンが、目を細めて私を見つめていた。

「今、何でも言うこと聞くって言ったな……?」

「は、はい……」

 焦りのあまり余計なことを口走ったかもしれない。

 私は蛇に睨まれた蛙のように固まりながら、頭の中で「グッバイマイライフ」と人生終了を覚悟した。

 

 ◆

 

「ね、ねぇ。本当にこんなんでいいの……?」

「いいの。お前が何でも言うこと聞くって言ったんだろ」

 そうだけど……と、私は膝に乗せたミカンの頭をそっと撫でる。

 命を覚悟した私の予想とは反して、ミカンが要求してきたのはただの膝枕だった。

 ミカンに「ソファで膝枕してくれ」と言われたときは拍子抜けだったが、これで許してもらえるのならば安いものだ。

「なんか、もっときついこと言われるかと思った」

 私がそう言うと、ミカンは可笑しそうに笑う。

「そんなことするわけないだろ。そもそも、別に怒ってないしな」

 怒ってない? ならばあの沈黙は何だったのだ。

「勝手に思い詰めて謝り倒してる林檎が可愛くてつい、な」

 意地悪な笑顔でミカンはそう言った。私はなんだか恥ずかしくなって、ミカンの癖っ毛をわしゃわしゃと撫でまわした。

「……折角だったらもっとえっちなこと強要してくれればいいのに」

「それただの林檎の欲求じゃないか」

 私たちは顔を見合わせて笑った。

 

 まだ寝たりなかったらしいミカンは、やがてうとうとし始めた。私のせいで起こしてしまったから、私は膝の上のミカンを起こさないように、優しく髪を撫でる。

 あとでミカンが起きてご飯を食べたら、二人でマグカップを買いに行こう。

「スゥ、スゥ、スゥ……」

「ありがと、ミカン。大好きだよ」

 寝息を立てるミカンの髪に触れながら、私もソファに身を委ねて目を閉じた。


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