私の同居人(ペット)は狼女です。   作:凛之介

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君と私の恋人の証

 最近、気になっていることがある。

 私だけではない。同じ部署の面々、特に男性陣も気になって仕方がないはずだ。

 

 先日から、鈴木さんの左薬指に、指輪が嵌っているのだ。これはもう、つまりは、そう、そういうことである。

 

 色々と聞きたいことが多すぎるが、彼女から特にそう言った話題を振ってこないため、こちらからは迂闊に聞けないのだ。恐らく、鈴木さんを狙っていた男性陣も同じだろう。

 今でこそ桃という大事な存在がいるが、それはそれとして、なんだかんだショックを受けてしまう。

 そして問題は、これを桃に伝えるべきかどうかだ。

 桃も今は私と付き合っているとはいえ、恩人かつ初恋の相手だ。少なからずショックを受けてもおかしくない。

 とはいえ隠し事をするのももう懲り懲りなので、私は夕飯後のコーヒータイムに、鈴木さんの指輪の件について打ち明けた。

 しかし、返ってきたのはあっさりとした反応だった。

 

「あ、知ってます。新婚旅行してきたよって、ちょっと前に料理とか旅館とかの写真送られてきたので」

 

 平然と答えて、「見ます?」とスマホを差し出してくる桃。私はコーヒーを一口飲んで、桃を軽く睨め付ける。

 

「なんでその時教えてくれないのよ」

 

 冷静に考えれば、学生時代からの付き合いである桃には直接報告していてもなんらおかしくはない。私は本人の口から何も聞いていないから、桃も知らないと決めつけていたけれど……。謎の悔しさが込み上げてくる。

 

「いや、だって苺さん職場で毎日会ってるじゃないですか。しないんですか? そういう会話」

「向こうから結婚云々の話をしてこないから、こっちからは聞けないのよ。下手したらセクハラだし」

「林檎はそんなの気にしないと思いますけどね〜」

「鈴木さんが気にしなくてもよ」

 

 大体、そんな話をずかずか聞けるなら今頃私は鈴木さんともっと進展しててもおかしくないはずだ。別にもうそういう願望はないけれど!

 心の中で不貞腐れていると、桃が「それににしても」と心底意外そうに呟いた。

 

「ほんとびっくりです。林檎、てっきりミカンちゃん一筋だと思ってたので。誰かと結婚するなんて……」

「ミカンって、鈴木さんが飼ってるワンちゃんだったかしら」

「はい。まだミカンちゃんと結婚したって言われた方が現実味ありますね〜」

「いやいや、まさか」

「あはは、ですよね」

 

 そう言って笑い合うが、桃の笑顔は硬い。桃はスマホに映った写真を私に見せながら、ぽつりと呟いた。

 

「新婚旅行の写真の割には、結婚相手の写真はおろか、ツーショットすら一枚もないんですよ……」

 

 沈黙が、しばし流れる。私はなんとか「た、たまたまよ」と笑いかけるが、返ってくる桃の笑顔はやはり引き攣っていた。その表情から、鈴木さんなら本当にやりかねないという事が伝わってくる。

 彼女のペット愛はそれほどなのか……。

 

 それにしても、指輪か。

 私が少し考え込んでいると、桃がコーヒーのおかわりを注ぎながら、

 

「まぁ誰と結婚したにしろ、羨ましさはありますね。関係性を確固たるものにできたわけですから。おめでたいです」

 

 と笑いながら言い、「やっぱり結婚指輪っていいですよね」と羨望の眼差しを宙に向けた。

 ならば、私が桃のためにするべきことは決まっている。

 

「桃、次の土曜空けときなさい」

「空けろと言われれば空けますけど。どこか行きますか?」

 

 その問いに、私は右手を掲げて薬指を軽く曲げて見せる。

 

「婚約はまだ早いけれど……恋人の証はいかが?」

 

 桃は一瞬硬直したように見えたけれど、すぐさま目を爛々と輝かせて勢い良く立ち上がった。

 

「要ります、買います、欲しいです!!」

「じゃ、土曜買いに行きましょ」

 

 あからさまにはしゃぐ桃が可愛くて、私も釣られて頬が緩んでしまう。こんなに喜んでくれるならもっと早く提案すればよかった。

 

「お互いの名前と、記念日も入れましょうね!」

「はいはい」

「返品不可ですからね!」

「もちろん」

 

 小躍りして喜びを全力で表現する愛しい恋人に、「桃」と呼びかける。

 

「なんですか? 苺さん」

 

 こちらへ向けられたにこにこ笑顔が眩しくて、私は目を細めて、微笑みを返した。

 

「愛してるわ。ずっと一緒にいましょうね」

 

 私の素直な言葉に、豆鉄砲を喰らったような顔をする桃。その表情が面白くて、私はつい吹き出して笑ってしまった。

 たまには、素直になるのも悪くないかもしれない。

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