シスター死亡フラグ   作:桐宮

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10話 大脱走

 教会を出ると辺りは火の海になっていた。マリアを抱えた私が先頭、殿を隊長に命じて病院への道を急ぐ。道中遭遇した兵士にはおもちゃ兵士をけしかけて片っ端から味方に変えていった。

 

「よかった、まだ病院の前に人がいる」

 

 "ここ"は覚えていた。アニメオリジナルのシーンだったけれど、助けを求める住人が駆除され病院も襲撃に遭うという流れのはずだ。

 

「シスター?」

 

「ごめんなさい、説明は後で!」

 

 門にすがりついていた人たちを次々におもちゃへ変えていく。子どもたちや先に変わっていた住人たちが走りながら説明を代わってくれた。

 

 おもちゃ兵士に柵の中へ入らせ、門を開けて全員内側へ入ると再び門を閉じた。これが少しでも時間稼ぎになってくれたらいいのだけど。

 

「ドクター、どこですか、ドクター!」

 

 歩き慣れた病棟内を駆けずり回る。塵が舞ってしまうのは見逃して欲しい。勘に従って院長室の扉を叩けば当たりだったようで戸棚に向かい合っていた夫妻がこちらを見る。

 

「レーナちゃん、どうしたの!?」

 

「帰ったはずでは……いや、何故教会へ行かせたのだろう。彼女には身よりもないのに」

 

 順調に能力が効果を表しているようで医療器具を引っ張り出していた夫妻は戸惑いながらも私を招き入れた。ファックスのような機能のついた電伝虫は既に眠っており、ラストシーンまであまり猶予がないことを知る。

 

「色々あって、それより、すぐここを離れないと。ローくんとラミちゃんも連れて皆で逃げましょう」

 

 私はこれまでの経緯を簡単に話した。

 

 

 珀鉛病を治すためには、まず何が何でも医者がいる。それも噂に踊らされない、まともに考える頭のある医者が。ノースブルーにそれは稀だった。夫妻を一緒に連れて行けば治療法の確立により希望が持てると思った。

 

 鳩が豆鉄砲を食ったようなとはよく言うが、正気を取り戻した夫妻は安堵に息をした。けれどドクターは少し考えて首を振る。

 

「私には患者がいる。この国のすべてを救えるとは思わないが、彼らを見捨てて先に逃げるなんてことはできない」

 

「そんな、治療法はきっと見つかります。患者も皆連れて行けばいい! あなたがいなかったら、誰がこの病気を治せるんですか!?」

 

 口をついて出たそれは、自分でも気付いていなかった本心だった。

 

 私の知る医者の中で、誰よりも優れた人。マリアの次に心の拠り所にしていた人がDr.トラファルガーだった。その彼をみすみす殺させてしまうようなこと、私には。

 

「そうね。レーナちゃん、ローとラミをお願い。いつもの部屋にいるはずだから」

 

「君は行ってくれ、二人はまだ幼い。保護者が必要だ」

 

「彼女たちがいるわ。女の子って男の人が思っているよりずっと強いのよ? それに、あんな啖呵聞かされちゃったら置いていけないじゃない」

 

 夫妻が一瞬頬を寄せ合って、再びこちらへ目を向けた。ふわーお、という気の抜ける歓声がおもちゃたちから上がる。

 

「一緒にいるのは同じシスターと子どもたちかしら。きっとローくらいね。レーナちゃんを助けてあげてちょうだい」

 

「もちろん!」

 

「おれたち絶対生き延びてみせるから!」

 

 一目見ただけで察したのか、おそろしい洞察力に頭が下がる。ほとんど同時に門が破壊される音がして私は唇を噛んで部屋を出て行った。

 

「頑張って、レーナちゃん」

 

「大丈夫、珀鉛病は中毒だ。治療法は必ずある」

 

 夫妻の呟きを、隊長だけが聞いていた。

 

 

 

 

 ローの部屋ならわかるぜ! ばか、ラミの部屋でしょ! という問答を交えて廊下を駆けていく。彼らの住居は施設の最奥に位置している。病院に入ってきた兵士らは手前から念入りに一部屋一部屋確認しているようでまだ見つからずに済んでいる。

 

 観音扉を蹴破るようにして開け、中を見渡した。室内は病棟と比べ真っ暗で寝ているはずのベッドにも人の影はない。

 

「二人ともどっか行っちゃったのか……?」

 

 おもちゃになった子どもの呟きに眉を寄せてシーツの中に手を入れた。まだほんのりと温かい。

 

「ラミちゃん? ローくんはどこ?」

 

 うろ覚えの知識を引っ張り出して声を上げるとクローゼットの扉が小さく開いて咳の混じった声が私を呼んだ。

 

「おねえちゃん、なにが起きてるの? こわいよう」

 

 半開きになった扉を開ければ腕を広げたラミちゃんが飛び出してきた。それをなんとか受け止めてなだめるように背中を叩く。

 

「お父さんとお母さんから頼まれて迎えに来たの。一緒にここを出ましょう、ローくんがどこへ行ったかわかる?」

 

「わかんない、変な音がするからって出ていっちゃったの」

 

 表の兵士の音に両親を呼びに言ったのだろう。入れ違いになった、と舌を打った途端銃声が響いた。流れるようなそれは怒声と共に外へ向かっていく。

 

 こうなったら合流することは難しい。彼に流れるDの血に賭けるしかないと銃声に驚いたラミちゃんの口をそっと塞いだ。

 

「いい、ラミちゃん。私が今から魔法をかけてあげる。そうしたら痛いのも苦しいのもなくなるからね」

 

 流石に医者の子どもというべきか、死んじゃうの? と涙を浮かべかけたのを必死に否定する。どうにか同意を得て耳の垂れたうさぎのぬいぐるみになったラミちゃんを連れて窓から外へ出た。

 

 町はもう、壊滅寸前だった。侵入してきた兵士は門前から姿を消していて追っ手のいないことを幸いに国境を目指して走る。

 

「シスター、ローは? ローも生きてるよ、探しに行こうよ!」

 

 おもちゃになっていないローのことは皆が覚えていて、口々に叫んでは駆け出そうとする。そのすべてを契約で押し留め、ばらばらになってしまうのをなんとか止めた。

 

「闇雲に探しても助けられない、皆を国境から出すことが最優先なの! わかって!」

 

 全力で走り続けて体は正直限界だ。拳を握り締めて叫んだ言葉におもちゃたちがしんとなる。立ち止まっている時間はない。襲ってくる兵士におもちゃ兵士を差し向けてどうにか従え足を動かし続けた。

 

「……逃げようとしても、国境は厳重に警備されている。どう足掻いてもおまえたちに未来はないぞ」

 

 教会を出てからずっと口を閉ざしていた隊長が併走して尋ねてきた。その足取りからはどこか迷いのようなものが消えている。

 

 助かる方法が見つかっていない以上、未来もないのかもしれない。

 

 でも、ここで諦めることだけはしたくなかった。

 

「とりあえずミナントへ、あそこが一番近い」

 

 ミナントの国境には森が広がっている。歩き慣れた者でないと迷ってしまうほど深い森だ。鉄格子を超えた先に警備兵もいるだろうが、そろそろ国内の兵士が少なくなっていることに気付くはず。気付いたら殲滅を目的としている以上補充しないわけにはいかないはずだ。

 

 憶測だらけの作戦だけど何もないよりマシだった。

 おもちゃだらけの行軍は、そうして国境を越えた。

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