随分なことになったとセンゴクは額を押さえた。
ノースブルー憧れの地、フレバンス殲滅作戦。その真実を彼が知らされたのは海軍からも兵を出すと決まった日のことだった。
百年も前から珀鉛の有毒性に気付いていてなお何の手立ても講じなかったのは当時の上層部の意向だというが、それを実行することになるのは後年の若者たちだと何故わからないのか。
組織の中で昇進していくにつれ鎖で絡め取られるように身動きが取り辛くなっていくのを感じていたが改めてその闇に目を向けると頭が痛くなる。
「センゴクさん……? かけ直しましょうか」
「いや、構わん。もうすぐ奴らのアジトへ戻るんだったな」
電伝虫の向こうの愛息子は大きく頷いた。その後も二、三、話をして受話器を置いた。青いラインが二本入った電伝虫はすぐに目を下ろし寝息を立てている。
「白い町か……逃げたという方角は逆だが、スパイダーマイルズからも近かったな」
耳に入れておいた方がよかったかと思うも、心優しいあの子がそれを聞いて平静でいられるとは思わない。何より今は大事な時期だ。おそらくはうんと長期に渡る潜入任務をこなすためには雑音は少ない方がいい。
センゴクは机上に広げられた資料をもう一度手に取った。港を出るときに撮影されたという写真に映るのはまだ少女といってもいい年頃の女性だ。白い町唯一の脱走者であり、おそらくは悪魔の実の能力者。
「これが事実ならば、厄介なことになる」
動くおもちゃを引き連れていたという証言に加え、覚えはないのに記載されているという兵士たちの名簿、住民票と比べて数の合わない死体。
推察される能力はホビホビの実。能力者当人の老化を止め、触れた者をおもちゃに変えるだけでなく記憶すらも奪ってしまう力。おそらくは珀鉛病の進行そのものも止まっているため、余命を待つこともできない。
センゴクは再び頭を抱え、深い溜め息を吐いた。
船に乗り込んだところで限界を迎えたようで、私は泥のように眠っていたという。気絶していないのが不思議なくらいだったがその間にも船は進んでいた。フレバンスのあった大陸が見えなくなったくらいで風に流されていく船団から離れ、近くの島を目指しているという。
軍艦から拝借したという海図で現在地を教えられたが海に出たのはこれが初めてなのでわかるはずもなく隊長の判断に任せることにした。今は腹の虫が鳴ったので調達した食料をもそもそと食んでいるところである。盗んで食べるご飯も初めての体験だ。
船縁では同じく初めて海へ出たフレバンスのおもちゃたちが楽しそうに波を眺めている。そういえば能力者になった以上落ちたら助けられないのであまり身を乗り出さないよう注意すればよい子のお返事が聞こえてきた。
「潮流に乗せられた船と操船したものの行き先は異なる。近くの島を目指すというのは、船を乗り換えるためでもある。港の船をすべて離岸させるという機転はよかったがそれだけではじき特定されてしまうからな」
口に物が入っているので相槌は打てないがなるほどという顔をして頷いておいた。もう全部お任せしたくなるくらいプロの判断はわかりやすい。
風向きが良ければもうじき到着するとのことでやることがなくなってしまった私は着替えを兼ねて変装をすることにした。シスターが脱走したことはとっくに知られているはず、その対策だ。
倉庫には輸出品なのか食品だけでなく衣料品、武器弾薬なども運び込まれていた。さらに化粧品まであり、いくつか見繕って鞄に入れた私を隊長が奇異の目で見ていたが失礼な。ちゃんと理由があって持ち出したのだ。
珀鉛病は肌や髪が白くなり、全身の痛みと共にやがて死に至る病。小さい子どもには発熱なども見られたが、おおよその症状としてはそんなところだ。
そして、患者と健常者の見分けがつきやすい病気でもある。私の体も白化した部分は随分大きくなって修道服を着ていても点々と元の肌との違いが見えてしまう。そこにファンデーションを塗り覆い隠してしまおうというのが私の考えだった。
「どう? マリア」
「大丈夫。しっかり隠れてるわ」
念には念を重ね調達した服の襟袖からは見えない位置にも粉をはたく。髪を束ねて帽子に押し込め、ロザリオを外せばどこにでもいる旅人に早変わり。欲を言えば顔ももう少し変えたいのだけど道具がないのに加え今生ではあまり使ってこなかったので慣れていない。手配書でも作られない限りは大丈夫だろうと考えることにした。
扉の外から島が見えたと聞こえてくる。ここへ生まれてから、フレバンスの大陸以外に行ったことなんてなかった。不安と期待の入り混じった感情を抱きながら、私は新しい地へ足を下ろした。
やったあセンゴクさんと皆大好きなあの人の登場だ!(ただし電話越し)
ここで現時点までにおもちゃ化している人たちの一覧を載せておきますね。
・シスターの格好をした布人形
本体:主人公の妹であるシスターマリア
・翼の長い鳥のぬいぐるみ
本体:フレバンスを襲撃した兵士らの一人。隊長と呼ばれていた
・耳の垂れたうさぎのぬいぐるみ
本体:トラファルガー・ラミ
・古ぼけたひつじのぬいぐるみ
本体:テレサという名の町の老婆
他おもちゃ兵士や子どもたち、フレバンスの住人は特に決めていません。
おもちゃ兵士はおもちゃにされたトンタッタ族のようにおもちゃの剣や銃を持っていますが、隊長だけはそれがなく本物の銃を使っています。なので弾薬などの補充が必要。