【13話 啓示】でホーキンスが語った占いの結果を。
「時を待て」、その時を尋ねなかったツケがレーナの身に降りかかってきました。
※ちょっと爪を剥ぐ程度の拷問シーンがあります。
小さい頃、転んで頭を打ったことがある。
マリアと喧嘩してひどい殴り合いになったことも。
珀鉛病が発症してからは体中に痛みが走り、息をするのも辛いときがあった。
それでも私は、本当の痛みを知らなかったのだろう。
「あら、目が覚めた?」
体は動かない。せいぜい指先が動く程度で、ぎっちりと行動を縛める拘束具はその役割をしっかり果たしていた。
私はかろうじて自由に動く首を持ち上げ、視界の隅にいた彼女へ目を合わせた。
「すてゅうし、さ」
けほっ。埃でも吸い込んだのか、体勢が悪かったのか。咳き込む私に彼女は申し訳なさそうに肩をすくめた。
「ごめんなさいね。貴女の為に部屋を用意しようと思ったら手狭なところしかなくて。掃除してもらったのだけど、まだ換気が足りなかったのかしら」
なるほど。元は倉庫か何かだった部屋を急遽用意したから空気が澱んでいるのだろう。そこそこ広い室内に窓はなく、見張りと思しき人が一人だけ扉の横に立っている。明かりもそこにランプが一つ置いてあるだけで中は薄暗い。
「何の用事か……なんて、聞かなくてもわかるわよね」
私の能力を考慮してか数歩離れた位置から語りかけてくる彼女は見慣れない白い衣装に身を包んでいた。
サイファーポールイージスゼロ。政府の代理人として姿を現した以上、目的は一つだ。
「防護服とか、着なくていいんですか」
「その必要はないでしょう?」
軽やかな返事は多くの答えを内包していた。十三年前、フレバンスを訪れた彼女はやはり珀鉛の真実を知っていたのだ。知っていて、政府にとって不都合な存在を排除しにやって来た。
部屋の中には何もない。床に直接固定されているらしい寝台で仰向けになっているからか感じ取れた微かな揺れにここが船の中であると知れた。もちろん、おもちゃ達の姿はない。
「本当に驚いたわ。大きくなったのね。いえ、これでも成長は止まっているんでしたっけ」
そう言った彼女は以前会った時とまるで変わらない美貌を保っている。あちらこそホビホビの実を食べたんじゃないか。それよりも不老手術を受けたという方が可能性はあったが、政府所属の人間としてはその線も薄いだろう。
動けないだけでなく、体中を倦怠感が覆っている。考えるまでもなく海楼石だとわかった。
「殺されるんですか、わたし」
「否定はしない。でもその前に話してもらわないといけないことがあるの」
そこまで言ってステューシーはおもむろに私の手を掴んだ。やはり能力は発動しない。切り揃えた爪を摘まむように指先をあてがったところで、嫌な予感がした。
「ぅ、ん゛~~っづぅっ!?」
反射的に歯を食い縛った。指を丸め暴れ狂う四肢は拘束具に止められびくんびくんと数度跳ねた。息をしようと開けた口からは忙しない呼気ばかりが聞こえてくる。
「痛いわよね、ええ、痛くしているんだもの。私も経験があるからわかるわ」
しぃーっと、宥めるような彼女の手つきがおそろしくて身をよじる。ぼろぼろ溢れてくる涙は拭うことなんてできなくて勝手に頬を伝っていく。
からんとも音を立てずに私の爪は寝台の隅に載せられた。すべてが終われば一緒に捨てられるのだろう。それは想像に難くなかった。
「フレバンスの国民と死体では数が合わなかった。貴女が連れ出したと思っていたんだけど、違う? これまでどこにいて、どうやって生き延びたのか。教えてくれたらひどいことはしないわ」
貴女だって痛いのは嫌でしょう。そう笑いかける彼女の目は、冷たい色をしていた。
責め苦は三日続いた。とっくに両手の爪はなくなり、足からも既に消えている。
朝目覚めて顔を拭われ食事を与えられ、昼まできっちり三時間。小休止と昼食を挟んで夜まで拷問を受け、全身を清められた後は強制的に眠りにつかされる。
おそらくは私が気絶して能力が解除されるのを阻止するためだろう。贅沢なことにすべてステューシーの介助付きで、就寝前には睡眠導入剤を飲まされる徹底ぶりだ。
「貴女も強情ね。早く話してしまえば楽になるのに」
呆れたと言わんばかりの表情を浮かべる彼女に眉をひそめた。爪を剥がされた時点で心は折れている。それでも口を開かないのは、そうした瞬間に殺されるのがわかっているからだ。
痛い。痛い。こんなの早く終わらせて欲しい。
でも死にたくない。殺されるのなんてもっと嫌だ。
そんな思いを込めて潤む瞳で睨み返すと肩をすくめた彼女は何かを呟いた。
「趣向を変える必要がありそう」
見張りに一言告げ、部屋を出て行くステューシー。昼食にはまだ早いはずだといぶかしんでいると一人の男を連れてやって来た。
「っ、マリー!」
ステューシーの後から入ってきた男は両手におもちゃを抱えていた。縄で縛られ、ぐったりとしたそれは見間違うはずもないマリアたちの姿だった。
「マリー……マリア、妹だったかしら。回収しておいて正解ね」
「褒めてくださいよ、拾ったのオレなんですから」
マリアを彼女に投げ渡した男はこちらを見て笑顔で手を振った。その仕草に既視感を覚えた私は首をひねりその正体に気づいた。
「造船所にいた……!」
「大正解。キミのおかげで昇進できたんだ、感謝しているよリトルレディ」
飛行艇を手に入れるため訪れた造船所でやけに親しげに話しかけてきた従業員だ。気障ったらしく腰を曲げて見せた男にステューシーが苦言を呈する。
「無駄話はよしなさい。あちらは無事に済んだの」
「飛行艇とやらの製造主なら、勿論。既に手は打ちました。ミニオン島の件ですが例の物は第三者に奪われたと見るのが妥当でしょう。襲撃した海賊団も血眼になって探している様子で、この船を襲ってくる可能性も否めないかと」
「子どもを保護したと言っていたわね。それで勘違いしているのかしら。政府の船はまだなの?」
「はい、運悪くサイクロンに巻き込まれたようで……」
目の前で交わされる会話が耳をすり抜けていく。これじゃ、まるでウォーターセブンの二の舞だ。私が島へ行ったから? こうして政府の追っ手が来て、関係のないトマさんまで殺される。
足を掴まれぶら下がっているトニーと目が合う。光のないボタンの目なのに、それは自らの意思を強く訴えかけているように見えた。
「なら邪魔が入る前にさっさと終わらせるわ。確か、たった一人の家族なんでしょう?」
再びこちらを見た彼女の言葉に驚いた。
「どうしてそれを、記憶はなくなるはずじゃ」
「そう、でも記録は消えない。出生記録、病院のカルテ、そして私の書いた報告書。すべて突き合わせればおのずと誰がいなくなったのかは見当がつくわ」
後は女の勘ね。ウインクしてみせたステューシーがおもむろにライターを取り出し火を点けた。もう一方の手にはマリアをしっかりと握っている。
「さあ、選びなさい。家族の命を取るか、秘密を吐かないか。私は、前者だと思うのだけど」
悪魔の選択を突きつけるステューシー。じりじりと炎はマリアに近づいていく。お揃いの黒衣の端が炙られ、燃え移りそうになったその時。
「なっ――――!」
「きゃあっ!」
「うぇっ、」
船体が大きく傾いだ。
突然のことに体勢を崩した男とステューシーが手の中のものを落とし、ライターの火が消える。頭の方へ一気に重力が襲ってきた私も間抜けな声を出したがかろうじて拘束具に守られた。
「敵襲ー! 敵襲ー!」
扉の側からそう報せる声と忙しない足音、次いで悲鳴が聞こえてきた。
「フッフッフ……ここだな?」
扉ごと見張りが切り裂かれる。その場に倒れこんだ見張りを踏みつけながらぬっと中に入ってきたそいつは毛玉のようなコートをなびかせた。
「海賊ドンキホーテ・ドフラミンゴ、こんなところに何の用かしら」
「いやァ、探し物があってな……どうやら間違いなさそうだ」
ステューシー&造船所にいた名も知らぬ諜報員再登場回でした! 思いのほかよく喋る二人。
解説するとガレーラカンパニーにCP9が潜入していたのと同様に飛行艇造りに携わったブノワの家を監視していた諜報員が偶然レーナを発見。
上に報告し、盗み聞いた目的地であるミニオン島へステューシーが先回りしたという次第です。
ドラムを出国するまでは政府は完全に足取りを見失っていたため、あのまま国に残っていればハートの海賊団に同行するルートがありました。あとは考えていないけれど麦わらルートも。
とっくに分岐して別の道を歩んでいるので関係のない話ですが。
【20話 寄港】のラストがオペオペの実の取引四日前でミニオン島の一件が起こる一日前。
それから丸三日監禁拷問タイムで本来の取引当日である翌日に今回のラストシーンが来る構成になっています。
三日か、私だったら吐くな。
まったく関係ないのですがサブタイトルを見たら「ペイーン」と叫びたくなる衝動に駆られました。わかる人には伝わるダンボール好きの蛇のあれです。
次回も気長にお待ちください、ペイーン!