シスター死亡フラグ   作:桐宮

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3話 冬の日

 世界政府の諜報機関、サイファーポール。その中でも最上級に位置するCP-0に所属している女性、ステューシー。

 登場はビッグマムのお茶会だったと記憶しているけれど、それ以前の動向は描写されていなかった。

 

 だから有数の観光地であるこの国に彼女が来ようと関係はないはずだった。私に声をかけ、Dr.トラファルガーの下を訪れようとさえしていなければ。

 

 間の悪いことに私を見送ったばかりで手の空いていたドクターが手当てをすることになった。待合室の片隅を使って処置を施していく手際は見事なものでステューシーも感心していた。

 

「よし。傷自体は深くないからこのまま二、三日おけば自然と治ります。入浴は問題ありませんがその場合ガーゼを張り替えておくように。小さな傷でもそこから大きな病気になるケースがありますからここへ来てくださったのはよかった」

 

「ありがとう。この子が案内してくれたのよ。ね、レーナちゃん」

 

 彼女の言葉に頷くことで返す。実年齢は公開されていなかったのでいつからCP-0の一員になったのかはわからないが、既に諜報員として活動していると考えた方がいい。

 

 それにしても早すぎる。本当にただ観光に来ただけならいいけれど、サイファーポールの人間として政府から派遣されたとなればきっかけを作ったのは私だ。

 

 ドクターにお願いした鉛中毒の対処法。珀鉛を取り扱う白い町の医者が突然そんなものを調べ始めたら何かに勘付いたと考えるのは自然だろう。

 

 政府は、そしてこの国の王族は珀鉛の真実に気付いていながらも口を閉ざした。黙ってさえいればあと十年は利益が得られ、珀鉛の毒性が目に見える形で現れた頃には伝染病を理由にすべてをなかったことにできる。

 

 そうして歴史の闇に葬り去ろうとしている事実を今更表沙汰にしたところで、政府には何の利もなく信頼が失墜するのみ。ならその勘付いたであろう人間だけを消し、束の間の平穏を保とうとするのは当然の結論だ。

 

 ステューシーはドクターと世間話をしてから私の手を取り立ち上がった。遅くなってしまったから送っていくということらしい。ここまでの道は覚えたし教会の近くに宿をとっているから大丈夫だと話していた。

 

「それではドクター、お世話になりました」

 

「おやすみなさい」

 

 忙しいだろうに玄関口まで見送ってくれたドクターに手を振りステューシーと町中を歩く。傾いた日が白い壁に反射して一面が夕陽色に照っているのを見て彼女は歓声を上げた。そうしていればただの綺麗なお姉さんなのに、背負っている肩書きが不信感を募らせる。

 

「レーナちゃんは教会に住んでいるのにお医者様の勉強もしているのね。将来の夢とかあるの?」

 

「まだわかんないです」

 

 そもそも大人になっても生きられるかが不透明な状況で更に未来のことなんて考えたことがなかった。医者の勉強は生きるために始めたことで、教会での暮らしは日常になっている。

 

「そうね。こんなに美しい国にいたらよそへ行くことなんて考えなくなるのかもね」

 

 いいお姉さんを演じているのか、一人で向かえば早いだろうに歩調を合わせながらステューシーが続ける。ぶつかった路地までもうすぐそこだ。

 

「でも、だからこそお医者様のお勉強を始めたのは不思議だわ。何かきっかけがあったのかしら」

 

 ふいにしゃがみこんだ彼女が帽子のつばを上げてにこっと視線を合わせた。綺麗な碧眼が射抜くように私を見る。

 

「っお母さんが、私お母さんがいないから。いっぱいお勉強したら私たちみたいに家族がいない人はいなくなるかもでしょう?」

 

 探りを入れられた。誤魔化す理由も浮かばず衝動的に口走ったセリフは思っていたよりも強い説得力を与えてくれる。

 

 それだけじゃ何の話かわからないだろうに、事前に身辺調査でもしていたのかステューシーもその言葉に納得してくれたように見えた。そう、呟きながら帽子を被り直した彼女は再び私の手を握って教会までの道を歩き始めた。

 

 

 

 

 ステューシーはしばらくこの町に滞在するようだ。歓楽街の女王とはまだ呼ばれておらず、客寄せの勉強のために各地を旅している最中なのだと後から聞いた。

 

 フレバンスの町は段々とクリスマスカラーに染まってきて、今日の朝はとうとう雪が降った。ノースの一角とはいえ温暖な気候のこの国では年明け前に積もるほどの雪が降る方が珍しく、私とマリアも束の間の冬景色を楽しんでいた。

 

 布地の手袋では雪が溶けていっそう冷たくなるだけなので素手で雪玉を転がして小さな雪だるまを二つ作る。かじかんだ両手をきゃあきゃあ互いの頬に押し付けながら三段目を作ろうと残り少ない雪に向かったところでマリアがあっと声を上げた。

 

「ステューシーさんだ、おはようございます!」

 

「おはよう、レーナちゃんマリアちゃん」

 

 初対面では薄着をしていたステューシーだが、このところ一気に気温が下がったこともあってか今日は手袋にマフラー、コートと重装備だ。それでもおみ足を出したままなのは流石としか言いようがない。

 

「雪だるまを作っているの?」

 

「うん。ステューシーさんも作る? もう一個くらいならできると思うけど」

 

「遠慮しておくわ。二人の雪だるまから頭がなくなっちゃうもの」

 

 十中八九寒い思いをしてまで作りたくないのだろうけれど、雪をおろしたベンチにハンカチを敷いて浅く腰掛けた彼女は雪だるま作りが終わるまで私たちに付き添ってくれていた。今日はどこも行く予定がないのだろうか。滅多にない雪に皆はしゃいでいるからどこへ行っても同じということかもしれないが。

 

 景観整備のため石ころ一つでも落ちている時の方が珍しく、雪だるまには裁縫道具入れからもらってきたボタンやお揃いの帽子、随分腕が短くなるけれど手袋を直接埋め込んで手の代わりにした。ギリギリまで粘って大きくした頭を乗せるには身長が足りなくて手を借りたりもしたけれど、なかなかよく出来たんじゃないかと思う。

 

 遊びの余韻もそこそこに寒さが限界になった私たちは教会の居住スペースへ場所を移した。礼拝堂にも暖房は設置されているが部屋の広さもあってこちらの方が暖まりやすい。暖炉を囲む形で腰掛けながらステューシーに尋ねた。

 

「そういえば今日はどうしたんですか? 何か用があったんじゃ」

 

「あら、用がなくちゃ来ちゃいけないかしら」

 

 本音を言えば来て欲しくないが、馬鹿正直に伝えるわけにもいかず首を振った。朝のミサに参加しなかった日は一日来ないのが当たり前になっていたのでマリアも不思議そうにしている。

 

「それがね、仕事ができちゃって一度帰らなきゃいけなくなったの。しばらくしたらまた来れると思うのだけど、白い町の年越しを見れないのは残念」

 

 頬に指を添えてアンニュイな表情を浮かべる彼女は本当に残念そうに見えた。いつもお祭りをしているフレバンスもクリスマスや年越しはいっそう力を入れているからよっぽど楽しみにしていたんだろう。一時的にでも監視が外れることに喜びながら忙しそうな彼女の身の上に同情した。

 

「お仕事って前に話してた街のこと?」

 

「そんなところ、まだ誰にも内緒なの。機会があったら連れて行ってあげるわ」

 

 そんな日は二度と来ないだろうと思いながら、去り行く彼女を見送った。

 

 

 クリスマスの夜。私たちは賛美歌を歌い、Dr.トラファルガーはとうとう想い人と婚約した。

 そして年が明け、ステューシーが白い石畳を踏むことは二度となかった。




書き出したら思っていたよりも活発に動き出して出番を増やした上颯爽と帰っていったステューシーさん。
わりと好きです。
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