教会での仕事が忙しくなり始めたことに加え、ドクターが奥さんとの時間を取るようになったのを建前に私は病院通いを止めた。幸い何事もなかったとはいえステューシーの来襲や、代わりのように見かけるようになった政府の人間らしき黒ずくめの男たちを無視して調べ物を進められるほど私の肝は据わっていなかったからだ。
ドクターは年が明けてすぐに結婚式を上げ、私とマリアがウェディングドレスのベールガールを任された。こうした形でヴァージンロードを歩くのは初めてだったけれど、白い教会の中で真っ白な衣装に身を包んだ二人が誓いを交わしている姿は美しかった。
一月もすると奥方の妊娠がわかり、同時に政府の監視も外れた。順当に行けば今年の秋頃にあのトラファルガー・ローが産まれるのだろう。それは同時に滅亡へのカウントダウンでもあった。
治療法が見つからないまま、二年が経った。
――――大海賊時代の幕開けである。
広場に大きな映像電伝虫が設置され、ざわざわと人が集まり始めた。警備をしているのは海兵たちだ。これから海賊王の公開処刑が始まるのだという。
世界中を騒がせたお尋ね者を処刑することで人々に安心を与え、政府に逆らったらこうなるという見せしめも兼ねているのだろう。国中にビラが撒かれ、便乗した商売人が屋台を開く。続々と人が集まりつつある光景は教会の中からも見ることができた。
「何が始まるの?」
「マリアは奥にいなさい、見るもんじゃない」
居住スペースの二階が私たちの部屋なので窓の外からすぐスクリーンが見えている。処刑の時間には少し早いようで画面はまだ暗い。
「レーナが見るなら私もいるわ。姉妹でしょう」
「……嫌になったら後ろ向いてるのよ」
窓枠にのせた手が覆われるようにぎゅっと握られた。それを握り返しながら私たちは死刑台が映し出されるのを見た。
ゴール・D・ロジャーの故郷、ローグタウン。後の世に始まりと終わりの町とうたわれる場所。電伝虫はその向かいから映像を送ってきているようで、少し引いた視点で広場の全景を捉えている。
陽射しが強いせいか人々の熱気が湯気を生んでいるのか、画面には時折陽炎が立ってぼんやりしている。等間隔に並んだ衛兵が人垣を割ってその間を男が歩いてくる。
「海賊王だ……」
誰かが呟いた。群集のざわめきは普段の町のそれよりずっと静かだった。
死刑台への階段を登りながら、ゴール・D・ロジャーの赤いコートがはためく。死刑囚だというのに身包みを剥がされていないのは海賊王への畏敬の念に思えた。その一言一言を逃さないために小型の電伝虫でもつけているのか映像から一息遅れる形で低い男の声が聞こえてくる。
「受け継がれゆく意思、時代のうねり、人の夢。人々が自由の舞台を求める限り、それらは決して留まることはない」
映像電伝虫が目を凝らしたのか、画面が死刑台の上へ近付いていく。処刑人が緩く重ねていた剣を立てて掲げ持った。十三回の鐘が鳴り、どっかりと腰を下ろした海賊王の前で処刑刀が合わせられる。
群集のどよめきがこちらにまで伝わってくる。イーストブルーでは名だたる海賊、海兵になる者たちがあの場に集ってこの光景を目に焼き付けているのだろう。それだけじゃない。こんなノースの辺境にも映像を送ってくるくらいだから、きっと世界中の人間がたった一人の処刑に注目していた。
画面の端から叫び声が聞こえる。海賊王の宝のありかを問う声だ。映像はそちらを映そうとはせず、むしろ更に拡大していく。
「おれの財宝か?」
マリアの手を握った。同じ、小さな手がぎゅうぎゅうと握り締められて私たちは食い入るように彼の王を見つめた。今際の際に語り出した男をいましめるように処刑人が剣を構える。
「探せ、」
海賊王は笑っている。これが最期だとわかっていても。決して怯えることなく、死を前にして笑っている。
「この世のすべてをそこに置いてきた」
振りかぶった剣がゴール・D・ロジャーに突き刺さる。断頭でないことに少し驚いた。血飛沫も上がらず、静かに傾いでいく首はそれでも笑っていた。
一拍して大歓声が上がる。お尋ね者の処刑にではなく、大秘宝の実在に湧いた群集の声だった。それはこちらにも伝播し、びりびりと伝う空気の振動が窓を揺らした。
「レーナ、笑ってるの?」
マリアの言葉に頬を触れば唇が確かに弧を描いていた。戸惑ったように眉を下げる妹に何でもないよと返す。
紙面の上で、あるいは動画で。何度も目にしてきた光景が目の前に広がっている。
これが、すべての始まり。襟元をしわくちゃになるまで掴みながら、もう一度何でもないよと呟いた。
年代的にここだけは書きたかった!
これのためにアニメのローグタウン編を見ていたのですがわくわくするアニオリ多いですね。
海軍ではスモーカーさん好きなのでバーでの回想ありがたかったです。