シスター死亡フラグ   作:桐宮

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5話 学校

 この海賊時代、学校がある国の方が珍しい。大抵は裕福な生まれの人間が家庭教師を雇うくらいで集団で学ぶ施設が希少であることは教会で暮らし始めてすぐわかったことだ。

 

 本格的にシスターとして仕え始めた私たちは教会が運営している学校ではお手伝いのような役割しか与えられていない。それでも朝の礼拝やミサ、帰宅までの遊び時間に付き合ったりしていれば自然と子どもたちとも顔を合わせることになる。

 

 今日も一通りの仕事を終え、広場でボール遊びを始めた子どもたちを目に入れられる場所に腰掛けると一冊の本を開いた。悪魔の実図鑑だ。

 

 悪魔と銘打たれているだけあって教会ではあまりよい顔をされないが、知識欲の旺盛な子という認識で見逃されているらしい。これ幸いと持ち歩き暇を見つけては情報を叩き込んでいた。

 

 珀鉛病の治療法は見つかっていない。迂闊に真実へ近付けば病気よりも先に始末されてしまう。それだけは避けたかった。

 

 フレバンスのある大陸の地理や周辺の海域について調べ、港を使う商人に会っては船の動かし方やそれとなく悪魔の実のことも尋ねた。しかし今のところオペオペの実については先代の能力者の名前がわかったくらいで収穫はない。

 

「またその本読んでるのかよ」

 

 低いところから声がして、レーナはぱたんと図鑑を閉じた。視線を向けるまでもなく神谷ボイスでローだとわかる。

 

「皆と遊ばないの?」

 

「遊んでるよ。でも、昨日教えてもらったことが気になってるんだ。シスターって昔お父様に習ってたんだろ、これ知ってる?」

 

 わざわざ持ってきたのか、図鑑に負けないくらい分厚い医学書をなんとかベンチに乗せて自分も椅子に腰掛けた。えーっと、呟きながら目的のページを探す姿はすっかり医者の卵だ。

 

「私よりもドクターに聞いた方が早いと思うけど」

 

「わかってるよ、今朝は忙しそうだったから聞けなかったんだ。あれじゃ帰っても時間あるかわからないし」

 

 突きつけられたページを近い近いと押し返し、膝の上に乗せ直してどこが知りたいのか尋ねた。すぐにここ、と該当の箇所が示され小さな文字の連なりを読み解く。

 

「私も言える立場じゃないけど、よく読めるわよねこんなの。まだ習ってない字もあるでしょうに」

 

「その場で教えてもらえば大丈夫だ。で、わかるのかよわからないのかよ」

 

 わかるよ。小さく返して索引を開いた。質問のページを指で挟んで必要なページを新たに開く。

 

「あった、ここの記述がわかりやすいと思う。」

 

 以前に学んだ分野でよかった。ローが持ち出した書籍も当時私が借り受けていたのと同じもので探すのも手間取らない。難しい言い回しや専門用語は噛み砕いて読み上げながら答えを教えてあげるとふんふん頷いていたローがにかっと笑った。

 

「そっか! ありがと、シスター」

 

「どういたしまして。この本は少し古いから、新しい情報がないか後でドクターに聞くといいわ」

 

 そうする。呟いて医学書を閉じたローは私の図鑑に興味を抱いたようだった。

 

「それ、いつも読んでるけどそんなにおもしろいの」

 

「それなりに。食べたらゴムみたいに腕が伸びるようになったり、体が煙になるのに物を掴めたり、そうそう。医者向きの能力もあるみたいよ」

 

 へぇ~。ノーランドの絵本を見るみたいな目でページをめくっていたローが動物系のある項目で止まる。

 

「ヒトヒトの実モデル人ってこれ、意味あるのか」

 

「ぶふっ!」

 

 思わぬ発言に噴き出してしまった。何年か後にチョッパーが食べるはずの実だが、確かに人間が食べる前提では意味がないようにも見える。ローの目はすぐに次のモデル大仏に移っていて、ああそれはセンゴクさんの能力だったはずだと考えながら笑いが止まらない。

 

「べ、別に人間しか食べられないわけじゃないから……トナカイとかが食べたら人の言葉を話し始めるんじゃ、ないかな!? くくくく……っ」

 

「なんでそこでトナカイ選ぶんだよ、犬とか鳥とかいっぱいいるだろ」

 

 そこまで言って魚が食べた場合を考えたのか、さああっと青ざめていくローと反対に私はひたすら笑っていた。やばいおなかいたい。

 

「レーナ、ロー君。お外に出てまで本を読んでるのは感心しないわ」

 

 いつまでも笑っていることに拗ねたのか脇腹を小突いてくるローに今はやめてと必死に抵抗しながら笑いを堪えていると地面に影が下りて目を向けた。腰に腕をあてながら仁王立ちしたマリアが頬を膨らませてこっちを見ている。

 

「シスター!」

 

 ぱっと表情を変えたローが図鑑を置いてぴょんとベンチを降りた。あ、ずるいぞ。瞬く間に本を回収してしまったマリアは膝を曲げてローに話しかけている。

 

「またお勉強していたの?」

 

「うん、シスターレーナはおれの姉弟子だから」

 

 そう思っているならもっと丁重に扱って欲しいものだ。女の子たちはまだしも、ローと同世代の子どもたちからはもっぱら同い年だと思われているような気がする。

 

 ローはといえば勉強熱心なところを褒められたのが嬉しいのか、医学書が没収されていることも気に留めず笑顔の大盤振る舞いだ。

 

「……やーい年上好きー……」

 

「なんだと!?」

 

 目ざとい。ああいや、耳ざとい。音を立てそうな勢いで振り返ったローはもういっぺん言ってみろとばかりに追及してくる。図星を貫いた自覚があるので早々に駆け出して声だけを残していく。

 

「別に恥ずかしくなることないさー! ここに通ってる子のほとんどは初恋相手がシスターになるって知ってるんだからねー!」

 

「「「なんだとー!?」」」

 

 あ、やべ。いらぬところに火が点いた。

 

 その日の午後はすっかりムキになった男子たちとの本気の鬼ごっこになり、呆れた少女たちは頬を真っ赤にしたマリアをなだめることで時間を潰したのだった。




情報源、教会の手伝いにいらっしゃるおばさま方。
ちびローさん回でした。

書けば書くほどマリアがかわいく見えてくる不思議。
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