願いもむなしくフレバンスの国境は閉ざされた。
国内にはフレバンス出身者ばかりが取り残され、やがてきたる死を待つのみとなっている。
私はもはや監視が就く必要もないことを理由にDr.トラファルガーの手伝いをするようになった。看護師見習いのような立場だが、日に日に増え続ける患者を診るのに人手は足りないくらいだった。
同じ日に発病したというラミちゃん(そういえばそんな流れだった。細部の出来事なんかはほとんど忘れている)も病院の一角にある自室で療養中だという。暇を見つけて会いに行ったが熱がひどく、まだ症状の軽いローが心配そうに見つめていた。
「お昼持ってきたよー」
「シスター、なんでここに」
「なんでも何も様子を見に来たの。ラミちゃん、起き上がれそう?」
あまり無理させるつもりはないので体調が優れないなら改めて来ようとトレイを置いた。幸いにも食欲は残っているようで小さな返事が聞こえた。
流石に医者の家系というか、寝たきりの危険性をよくわかっているからか病床の身であってもラミちゃんはリハビリを欠かしていないようだった。手を貸しているとはいえすぐに上半身を起こしリゾットに息を吹きかけている。
「ローくん、お薬ってどうしてる?」
「いつもは鎮痛剤だけだ。発熱は免疫反応だからよほど高熱じゃないと使っちゃだめだってお父様が」
「それじゃこれだね。ラミちゃんは私が診てるからローくんも食べちゃいなさい。そのために持ってきたんだから」
逡巡していたローも私が先に食べてきたことを知るとこくりと頷いた。うんうん、食べる元気があるのはいいことだ。
「はい食べたら寝る! 特にロー! 医者の卵が不養生なんか笑えないわよ」
二人の部屋はそれぞれ分かれていたがそんなことは気にせずベッドの上へ追い立てた。病は気から。ずっと床に伏せっていれば気が滅入るのは当然だ。でも一人で眠るのでなかったら少しは心が落ち着くもの。
「帰りにまた寄るから。しっかり食べてしっかり休んで、元気になったらまた皆で遊ぼう」
ふくれっ面をしたローは横になったラミちゃんが嬉しそうに笑って手を握ったことで気がほぐれたようだった。へへ、と頬を緩ませた彼らに胸元まで布団を引いてやってそっと部屋を出る。
国民の我慢はもはや限界だ。国境を越え助けを求める者たちはことごとく射殺されていく。大人たちは鉱山に入っては弾丸を作り始めた。もうじき戦争が始まり、この国は滅ぶ。
すべてわかっていたとしても、変えられないことがある。
ただただ諦観だけが体を蝕んでいた。
「おや、レーナちゃん。ローたちはどうだった?」
給湯室へ行くと聴診器をぶら下げたままのドクターがお茶をすすっていた。奥さんは病棟を回っているのか姿が見えない。
「思ったより元気そうでした。食欲もしっかりあるみたいで何よりです。ローくんはくまができ始めていたので無理矢理寝かしつけてきました」
「ははは、そりゃよかった。知識がある分こちらの手が足らないのをわかっているみたいでね、中々寝付けないみたいなんだ」
看護する人間は多いに越したことはないが今や誰もが病人だ。収容できる人数の制限もあり、初期から発症した患者さん以外は入院も受け入れられないでいた。
「手を借りたいのは山々なんだけどね、ローもまだ子どもだ。大人になったら父様と同じ医者になるなんて言ってくれてるが子どもの将来を縛りたくはない。今は僕らが頑張って彼らの未来を守らなければ」
そう言ってコップの中身を飲み切ったドクターは「僕の中では君もその一人なんだけどね」と笑って白衣を翻した。まだまだ仕事は山積みだ。私も次の指示をもらって給湯室を後にする。
――――白い廊下の角に、修道服を着た少女が去っていく。
それを最後まで見つめていたDr.トラファルガーはおもむろに呟いた。
「昔知りたがっていた鉛中毒の治療法……君にはこの事態が最初からわかっていたのかい? レーナちゃん」
こぼれた問いかけは、誰の耳にも拾われず消えた。
嵐の前の静けさ。
次話あたりから捏造が増えていきます。