気を付けていてもどこかに現れる不思議。
幸いにも教会の周りには兵士の姿がなかった。仰ぐ神が違うとはいえ神聖な場所に人は近寄りがたいのだろう。
「マリー!」
「レーナ! そのおもちゃは何?」
無作法にも廊下を走ってきた私にマリアのお咎めはなかった。むしろ見覚えのない動くおもちゃがいることに気をとられたらしい。とりあえず中へ、呟いて踏み出した足元をおもちゃが駆けていった。
「貴様、この能力者め! おかしな力を使いおって、元の姿に戻ったら覚悟しろ!」
「鳥のおもちゃだー!」
「変な鳥ー!」
「ねえねえシスターレーナ、なんでこのおもちゃしゃべるのー?」
銃を槍のように掲げて抗議するおもちゃはすぐ子どもたちの餌食になった。力加減には気を遣ってくれているみたいだけど、大岡裁きのように両手足を掴まれ引っ張られている様子に背筋が寒くなる。
「それも合わせて、説明は中でするわ。戻って戻って」
このときばかりは皆いい子でよかったと息をついた。おもちゃ兵士に周囲を見張らせ、誰か近付けば知らせに来るよう命令を仕込んだ。少し考えてさっきの隊長兵士には静かに中へついてくるよう言った。
礼拝堂は荒らされておらず、子どもたちの他に何人か避難してきた住人の姿があった。意図的に安全地帯を作っておけば段々と人が集まって最後には一網打尽にできる。原作のシスターが罠に嵌められたのも同じ方法だ。
「子どもたちは全員いる?」
「いいえ、ローくんはラミちゃんが心配だからって帰ったわ。すれ違わなかったのね」
その通りだと頷いた。原作の流れになりつつあるんだろう。ひとまずここにいる人だけでもと集まるように言った。
「このおもちゃは元々ここへ来た兵士の一人よ。私の能力でおもちゃに変えて、命令に従わせている」
「っ悪魔の実を食べたのね」
これはマリアに伝われば十分。話を続ける。
「これから皆にこの能力を使っておもちゃに変身させるわ。そうすると皆のことは誰もが忘れてしまう。フレバンスの住人だってことも、珀鉛病にかかっていることもね。そうすれば兵士に追われることはない、ここを出て病気を治す方法を探せるの」
「本当!?」
子どもたちがざわざわと顔を合わせて歓声を上げる。同時に隊長がこちらを睨んだ気がしたが相手をしている暇はない。
「絶対助かるとは言えないわ。国境を越えても追っ手がかかってそこで終わりかもしれない。それでも私を信じて、一緒に来てくれる?」
問答無用でおもちゃに変えることもできた。でも、私は一人一人の想いを知りたかった。生まれ育ったここへ残るか、故郷を捨ててあてのない旅へ出るか。
「いいよ」
問いかけは、不要だった。一人が呟いたのを皮切りに皆が目を合わせてにっこりと笑う。何もかも突然でわからないことだらけだろうにどうしたらいいのか、手伝えることはないかなんて聞いてくれる。
「これから順番にタッチしていくから、そうしたらおもちゃに変身するわ。全員終わるまでは外へ出ないでね」
「「「はーい!」」」
帰りの挨拶みたいに並んで、とマリアがフォローしてくれたのでスムーズにおもちゃの列ができていく。ぽんぽん現れるおもちゃが人だったことは覚えられるようで、まだ触っていない子どもとおもちゃだった子が不思議そうに触り合いっこしている。
子どもたちの列が終わり、杖をついたおばあちゃんが前に来る。けれどおばあちゃんは一向に杖を離そうとせず、私も手を止めた。
「忘れられるのは、嫌じゃなあ」
そう呟いて下を向いてしまったおばあちゃんに私もしゃがみ込んで手のひらを差し出す。
「大丈夫。私は、覚えてるから」
視線を合わせて微笑んでみせると震える手がちょんと指先に触れられ、古ぼけたひつじのぬいぐるみに変わった。悲しそうにこちらを見上げるぬいぐるみに「テレサおばあちゃん」と呼びかければ涙を呑んだような動作でこくりと頷いた。
礼拝堂の中はおもちゃだらけになって、まともな人間は私とマリアだけになった。早速おもちゃの体で遊び始めた子どもたちを視界の端に、彼女に歩み寄る。
「マリー……」
「大丈夫よ。レーナ、私の半身。諦めなければ助かるということを、あなたは証明したでしょう?」
肩口に鼻先をうずめて深く頷いた。マリアの腕が背中に回され、私の伸ばした手が背を叩く。
ぽんっ。
軽い音を立てて手のひらにとさりとぬいぐるみが落ちてくる。布人形と言った方がふさわしいそれは、私と同じ修道服を着ていた。