剣鬼と黒猫   作:工場船

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始業準備のブレイドマスター
序話:出会いの話


 熱気孕む風が吹く。

 火の粉舞う森の中で、灰と化していく木々と、砕かれ、切り裂かれた大地はそこで行われた激戦を物語る。

 叢雲に半身を隠す銀月の、穏やかな光を駆逐する、踊る炎の眩しさはゆらゆらと妖しい。

 静寂を、突如轟音が引き裂く。

 

 現在進行形で、ここは余人にとっての死地である。

 災禍の炎が煌々と夜闇を照らす中に在って、異質な光が駆け抜ける。

 

 一つ、二つ、三つ。

 

 鋭く光る疾風は、鈍く輝く鋼の刃だ。

 影と影とが交差し、激突する。それらは多勢の悪魔と、そして一人の人間だった。

 一つを多数が襲い、そして瞬く間に切り裂かれるさまはまさしく鎧袖一触。血の雨降り注ぐ殺戮空間は、強者の得物が刃であるが故だろう。

 

 驚くことに人の剣士が強大な力を持つ悪魔を一蹴している。走る斬撃の線は一撃の無駄も無く全ての悪魔を切り裂き、程無くして戦場は静寂に包まれた。

 圧倒。そういうより他は無い。剣士は一人の少年であり、逸脱した剣の達人であった。

 

 少年の眼光は鋭く、空を舞う猛禽の如し。纏う空気は歴戦のそれ。着ている服にすら傷一つなく、何よりも返り血一粒浴びていないのは明らかに異常だった。

 少年は自然な動作で握る刀の血を払い、腰の鞘に刃を収める。

 そうしてそちらに振り向いた。

 

 視線の先には一人の人物がいた。美しい、妖しげな女だ。

 黒髪に黒い着物。複数の暗い色が折り重なったオーラの量は莫大。まるで空間に開いた穴のように周囲の気を取り込み、嫌悪、憤怒、諸々の悪感情を振りまく姿はまさしく大魔。

 相対する両者の間に漂う空気は一触即発。次の瞬間に殺し合いが始まってもおかしくはない。

 

「あんた、何者? 何が目的なの?」

 

 発言の主は黒い美女。冷たい声で少年に問う。

 

「俺は……さあ、なんだろう。目的は、特に何も。強いて言うなら、興味があった」

 

「ふざけているの?」

 

 その返答にイラついた女は、手の平に暴力的な波動を生み出す。

 秘められた破壊力は周囲一帯を爆散させるほどであるにも拘わらず、少年の表情に変化はない。無機物を相手にするかのような異質な雰囲気に、女は一瞬気圧された。

 

「ふざけてはいない。気まぐれだが、お前を助けてみようと思った」

 

「――は? 助ける? この私を?」

 

 女は何を言っているのかわからないという目で少年を見る。

 そして言葉の意味を理解した瞬間、激発したかのように笑い出した。同時に噴出した殺気が色を持って辺りを包み込み、少年を包囲する。

 

「にゃはははははっ! 面白いことを言うのね。それで? 私を助けてどうしようというの?」

 

 女に尋ねられた少年は、無表情から一転してやや困ったように眉根を寄せて答える。

 

「……そうだな、どうしようか。実は、何も考えていない」

 

「そうでしょうね。いいわ、私もあなたに興味が出てきた。私はお尋ね者なの。悪魔たちが私を捕まえようと狙っている。今度はさっきのような雑魚じゃなくて、もっと強い悪魔も来るわ。あなたにその気があるのなら、私を助け続けてみたらどう?」

 

 女は本気で言っている訳ではなかった。少年は人間にしては異常に強いようだが、悪魔の勢力を敵に回すほどの無謀を選ぶことは無いと思っていた。第一に、まともな人間なら狂暴なはぐれ悪魔と行動を共にするとは考えられない。

 無理難題だ。戦の空気を吸い昂ぶった気持ちを落ち着けるための余興。少年が断れば、即座に殺すつもりだった。

 しかし。

 

「そうか……ああ、それはいいかもしれないな。わかった、俺はお前を助け続けてみよう」

 

「――へぇ、私の提案をことわっ……にゃん!?」

 

 素っ頓狂な声を上げて驚く女に、少年は不器用ながら確かに笑みを作った。

 いつの間にか周囲を覆っていた殺気は霧散し、炎の燃え燻る音だけが辺りに響く。

 月光は、相変わらず優しい光で二人を照らしていた。

 

 これが、一人と一匹が行動を共にすることになったきっかけである。

 

 




初投稿なため色々と勝手がわかってません。
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