アースガルズは男神の住処、グラズヘイム中央広場。今現在そこには大勢の神、そしてそれに仕える人々が集まっていた。
理由は昨夜北欧の異界を震撼させた破壊術法ブラフマーストラ、その下手人であるはぐれ悪魔・黒歌の公開処罰だ。
「皆の者よ、聞け! この悪魔は神界を襲撃しただけでは飽き足らず、おこがましくも主神の戒めより脱し、我らが管理する異界に災いの火を落とした狼藉者である!!」
多数の魔法陣によって空中に拘束された黒歌。その横には黒ローブの優男、悪神ロキ。
突貫工事で設けられた祭壇の上、屈強なヴァルハラの戦士たちが警備する中での演説だった。
「昨今アースガルズを賑やかす忌々しきウートガルザ・ロキに続く一大事、北欧の地にて放たれた梵天の一撃を我らは放置するわけにはいかん! よって、この場でこの悪魔を処罰する!」
ロキが漆黒のローブを翻すと、それを合図にヴァルハラの戦士たちが道を開ける。巨大な斧を持った処刑執行者がそこを通り、そして場が整った。
「この決定に異論あるならば意見せよ!」
形式だけの確認を行えば、あとは厳かに処罰が行われるのみ。
そのはずだった。
「異論ならば、ある」
その場の視線が一点に集まる。
広場の入り口、折り重なる戦士たちの姿がある。皆一様に呻き倒れ、完全に無力化されていた。
その上に立つ男が一人。長身痩躯をヴァルハラの戦士が着用する平服に包み、黒塗りの鞘に緋色の太刀を携える。双眸鋭く刃が如し、漆黒の髪が気迫に揺れれば、稀代の剣鬼・暮修太郎ここに在り。
「ほう、あの拘束から抜け出したか。武器まで取り戻すとはやはり侮れない剣士だな。……だが!」
ロキが手を振り上げれば、数多の戦士が修太郎を包囲する。ヴァルハラに住む歴戦の戦士だけではなく、半神の魔法戦士・ヴァルキリーの姿も見えた。
「予想はしていた。我を甘く見るなよ、剣士」
「修太郎、逃げて! こいつらだけならともかく、神が相手じゃ無理だにゃん!」
全身を封じられながらも警告する健気な猫に、しかし暮修太郎と言う人物は話を聞くような男ではない。
起こりの見えぬ踏込で一息にトップスピードまで加速すると、戦士の集団へと飛び込んだ。
「かかれっ!」
同時にかかるロキの号令に動き出す戦士たちだったが、その一瞬で数人が吹き飛ばされる。
修太郎の剣はその一撃一撃が秘剣と同等の冴えを見せる。閃光しか残さない超速の斬撃は、その剣圧だけで刃の間合いを倍以上にまで伸長させる。かつてキマイラの纏う粘体を吹き飛ばし、クラーケンの触手を切り裂いたからくりがそれだ。
示現流が神速の奥義――『雲耀の太刀』。
巨体を一刀の下斬り捨てる魔技『落峰の太刀』もそうだが、その一歩手前に迫る破格の斬撃を常に放てる技量こそ、修太郎の異名を『魔剣』足らしめる要素の一つでもあった。
割断の風は峰を返しているが故に暴力的なまでの衝撃波として顕現する。
一振りで一人沈み、あるいは吹き飛び、昏倒していく。抗う術などない、それはまさしく災害だった。
修太郎は人である。究極的な技量を持つ、非常識的な人間である。それ故に人の動きを知り、そして読む。彼の戦術眼は圧倒的多勢の中に在ってさえ常に数手先まで見通す魔眼でもあった。
彼にとって自らの技量を下回る相手などとるに足らない。隙を見つけ、あるいは作り、そしてそこを突く。人型であるというただそれだけでほとんど全ての動きを把握でき、その弱点を知ることができるのだから、実に簡単な作業である。
白兵戦と言う領域で彼と正面切ってまともにやりあえる存在は、同等の技量を持つ者を除けば神々などの純粋に彼を超える地力を持つ者か、あるいは強大な力を持つ化け物ぐらいのものだろう。
これが現在過去未来における一族最強、ひいては日の本最強の剣士が持つ実力。
つまり、ヴァルハラの戦士や並のヴァルキリーごときでは相手にもならない。
十秒と経たずにほぼ全滅し、山と積み重なって倒れ伏した。
「予想はしていたが、まさかこれほどとは……。しかしはたしてその剣、神に届くかな?」
悪神ロキが前へ出る。修太郎の速度を警戒して展開された多重防御障壁は、魔王級の魔力波動さえ遮る重装甲。その手で編み出される千変万化の術式で以って、人間程度いくらでも微塵に吹き飛ばせるだろう。
たとえ見てくれは優男にしか見えなくとも、決して油断できるような相手ではない。
ロキの全身を覆う魔法陣から魔術の光が放たれる。
同時に走り出した修太郎がそれを振り切り突破すれば、悪神の腕から発せられた壁状の暴圧が襲いかかった。瞬時に放たれた銀花の斬撃が風圧を断ち割り、彼我の距離を一瞬で縮める。
瞬きの間に幾重にも風を放つ。ロキの正面から上半身のひねりだけで数十、すれ違いざまにさらに幾十の斬撃が、防御魔法陣と激突し火花を散らせた。
「む、これはっ! 近接では対応できんな!」
城壁レベルの堅固さを持つ防護が一瞬のうちに数枚持っていかれ、たまらず空に逃げるロキ。
それを認めた修太郎は、超人的な跳躍の術で飛び掛かり――――そのまま通り過ぎた。
にやりと笑い、見送る悪神。
迷いなく跳ぶ剣鬼。
『――――ッ!?』
それに驚いたのは誰だったか。
振りぬかれた緋色の刃が"何もないはず"の空間を断てば、隠れていたモノが姿を見せた。
不敵に微笑むロキが一言。
「見つけたぞ、ウートガルザ・ロキ」
―○●○―
修太郎がオーディンから受けた話はこうであった。
『幻術結界破壊時、わずかに姿を確認できたのを最後にウートガルザ・ロキが見つからない。なので、囮として一芝居売ってくれ。』
故に黒歌の公開処罰を装うこととなった。
「それが罠とわかっていようが奴は必ず見にやってくる。愉快衝動が形になったかのような存在だ、猿芝居でも笑いに来るだろうさ。そもそも自分の幻術が見破られるなど欠片も予想していないに違いないからな。だからこそ、そこが狙い目だ」
発案者であるロキの言だ。
修太郎へとオーディンは続ける。
「それにはお主の協力が必要不可欠じゃ。この中で唯一、ウートガルザ・ロキの幻を見破ったお主の力がのう」
確かに、修太郎はウートガルザ・ロキの誇る神々すら騙す幻術にかからなかった。それは修太郎が彼の女神と交わした誓約に起因する。
ゲッシュにより、修太郎はいくつかの制限を受ける代わりに加護が与えられている。
一つが『異性と交わってはならない』代わりに『いかなる状況にあっても欲情しない』加護。もう一つが『姿を見せずに不意を討ってはならず』『飛び道具を使ってはならない』代わりに『あらゆる魔法的な幻惑を見破ることができる』加護。
修太郎の目にはウートガルザ・ロキが通常通り見えるのだ。別空間などに身を隠していれば話は違って来るが、単純に幻術で隠れただけなら即座に看破できる。
これは、修太郎に加護を与えた存在が魔術師としてウートガルザ・ロキと同等ないし上の腕前を持っているがためである。
見事ウートガルザ・ロキの身柄を確保できたなら、結界を破壊した黒歌だけでなく修太郎にも褒賞が与えられるらしい。
今から巨人王を嵌めることに想いを馳せてか、凄まじく楽しそうな表情のロキが印象に残った。かねてより相当腹に据えかねていたのだろう。
かくして、修太郎は神々と協力して巨人王を捕えることになったのだ。
―○●○―
「ちいっ! 嵌められたってわけかよファッキン!!」
防護術式で修太郎の刃を弾いたはいいが、そのせいで集中を欠いたのだろう。
グラズヘイム中央広場上空にてその姿を現したウートガルザ・ロキは悪態を吐く。
同時に仕掛けが発動した。隔離結界が天幕の如く広場を覆う。修太郎に倒されていたはずの戦士たちが風船のように膨れて弾け、中からオーディンと巨躯の神、黒い鎧のヴァルキリー、そしてロスヴァイセが現れた。
「年貢の納め時と言う奴じゃな、巨人王ウートガルザ・ロキよ」
オーディンがグングニルの切っ先で上空の巨人を指す。その横に立つ巨体の神は、北欧最強の神・雷神トールだ。
「おいおい、トールの野郎まで連れてくるってこたァ、こりゃ本気だな、神様がた。――――だが!」
巨人王が指を鳴らすと魔法力がプリズムと散る。鏡のように光を乱反射させながら、ウートガルザ・ロキの気配も姿も覆い隠し――――。
魔術を展開する巨人王の上空に、突如転移魔法陣が出現。
「はじめましてこんにちは! セクシーラブリーマジカルキャット! 黒歌ちゃんの登場にゃん♪」
飛び出してきたのは仙猫・黒歌。魔法で拘束されていた方は彼女の使い魔である黒猫が化けた姿だった。転移と同時に倶利伽羅剣から吹き出る破邪の黒炎がウートガルザ・ロキに放たれる。
「猫!? ちっ、この炎はっ!!」
三毒焼き払う浄化の黒炎が魔法の術式そのものを燃やしつくす。悪意を持って紡がれたのなら尚更、ウートガルザ・ロキの張った幻術光は瞬く間に灰と消えた。
「なら!」
手を合わせて音を鳴らすとその場に居合わせた全員の視界が急激に歪み、世界が崩れる光景だけが映る。平衡感覚を狂わせ、術式構築を邪魔する幻の迷宮だ。
流石と言うべきか、幻術を極めたと豪語する巨人王の腕前は凄まじい。オーディンたちは完全に敵を見失った。
しかし。
「効かないと言っている」
この場この時ただ一人、それを無視できる男がいる。
巨人王の眼前に跳躍した修太郎が無数の斬撃雨を降らせれば、その身を覆う防護術式が火花を上げて砕け散る。そしてそのまま下半身を捻り蹴撃、驚く巨人王を地に叩き付けた。
解放された勁力にむせるウートガルザ・ロキは、場に展開した幻を維持できなくなる。
「ほう、危ないのう。まっこと油断ならん相手じゃて。しかしどうやらここまでのようじゃのう」
「はたして本当にそうかな?」
追い詰められた状況にあってなお不敵に笑うウートガルザ・ロキ。その指で上空を示せば、小さな転移魔法陣が一つ発生する。
「受け止めてみろよ」
はたして落ちてきたのは一匹の太った猫だ。まっすぐに神々の下へ降ってくる。
疑問符を浮かべる神たちに、焦ったのは修太郎一人。
「オーディン殿、ドラゴンだ! とてつもなくでかい!!」
それに感づいたのは雷神トール。
「
「貴様……! よくも我が息子を勝手に変身させ、あまつさえ召喚したものだな……!」
「長らく放置したままだったくせに今更になって父親面すんなよ、なァ? そうら、次だァ!
怒りに燃えるロキへと巨人王は三つの影を放つ。
「ぐうっ……貴様……!」
「大人しく這い蹲ってろよ、悪神さま」
巨人王ウートガルザ・ロキ。この男、幻術だけではない。瞬く間の内に二柱の神を封じた手腕は、なるほどかなりの実力を窺わせた。
残る神は主神オーディンのみ。油断なく隻眼を光らせる神は、グングニルを振りかざし術式を構築する。
「覚悟するがいい、巨人王よ」
無数の光弾と光の鎖が巨人王へと殺到する。槍を投げては殺してしまうが故にとった手段であるが、軽く数千を超える数の魔法攻撃はヴァルキリーなどとは比べ物にならない領域の技だ。
幻を作る暇も無いだろう高速展開に、逃げ場のない広範囲攻撃と来れば迎撃するより他に出来ることは無い。
多重魔法防壁を巧みに配置して光弾を逸らし、鎖を弾いていく巨人王だが、どうやら魔術戦においてはオーディンが一枚も二枚も上回っている。
「ぐぅっ……!」
たまらず飛び退ろうとするウートガルザ・ロキ。しかし、その逃げる先には黒い鎧のヴァルキリーが佇んでいた。
「――巨人王ウートガルザ・ロキさま、不肖この私、ヴァルキリーのジークルーネが足止めさせていただきます」
その手に携えた槍を巨人王へと向ければ、地を走る炎が彼を取り囲んだ。
「我が槍先を恐れる者――この炎、越すこと許さぬ」
突如として出現した呪縛結界は巨人王の動きを刹那、完全に縫い止める。そしてその隙を逃す主神ではない。
「終わりじゃな」
オーディンが槍の石突きで地を叩くと、巨人王の足元から光の縛鎖が立ち上る。そのまま体に絡み付けば、下手人を地に縛り付けた。
倒れ伏す巨人王は悔しさここに極まれりとでも言うように主神を睨みつけ――――。
「――はーっはっはっはっは!!」
巨人王の哄笑が辺りに響く。
耳を叩く不愉快な声に、主神の足元、魔法の鎖で動きを封じ込められた修太郎は苦々しげな視線を向けた。
「なんだか知らんが確かにィ? あんたにゃおれの幻が効かないんだろうがァ? 他の奴らは普通にハマっちまうんだよねェ、これが! 今はあんたが“地に倒れ伏すウートガルザ・ロキ”って寸法さ。結構いい線までいってたと思うけど、一手足りなかったなァ?」
主神が魔法を展開するより前に幻で自身と修太郎の姿を入れ替えたウートガルザ・ロキは、中空で腕を一振りすると、生み出した複数の魔法陣を起動させる。それと同時、彼の後方に位置する隔離結界の壁に亀裂が入り、逃げ道を作った。
「ははっ、いや面白かったわ。久しぶりに焦ったがねェ。とはいえ今回はここまでかね。悪いがおさらば、あんたとはもう会うこともなかろうよ」
ふはははははっ、と最期に一笑いし、包囲より逃げ去ろうとする巨人王。
しかし。
「それはまったくダメダメよ。もう少しゆっくりしていきなさいな」
女の声がそれを遮る。
倶利伽羅剣より迸る黒い炎の龍が巨人王と修太郎の間を通り過ぎれば、巻き上がる火の粉が周辺空間に施された幻惑の術式を駆逐する。
「このクソ猫が……ッ! 何故おれの幻に騙されないッ!」
「幻術に通じてるのは何も自分一人じゃなかったってことにゃん。仙術でも妖術でも、幻惑は基本で十八番なのよ? 第一、この私がシュウの気を間違えるはずがないでしょ?」
「惚気かよッ! ちっ、これだから東洋の術ってやつは!!」
悪態を吐く巨人王だが、周囲を見れば主神オーディンに黒鎧の戦乙女ジークルーネ、そして解放された修太郎が自身を包囲していることに気付く。
「放っておくと何するかわからないから、ちょっと痛い目みてもらうにゃん♪ 覚悟しなさい」
黒歌が天空に手をかざすと、漆黒の球体がウートガルザ・ロキの上下四方に発生。互いに引き合う極大重力場に挟まって、必然巨人はその動きを封じられる。
「おおおおっ!? くそッ、動けん!!」
そうして六つの黒球が重なり合えば、甲高い吸引音の後に爆散した。
後に残ったのは強重力で歪んだ空間と、地に落ちる一つの人影。しかしそれはウートガルザ・ロキではなかった。
「なんと、これは……!」
「身代わり人形……。逃げられましたね」
ここまで来てまだ逃げる手段を隠し持っているとは、真に油断ならない奴である。
策の失敗を認識したオーディンたちは落胆する。
「こうなっては二度とあやつを捕まえる機会は無いのう……。うーむ、どうしたものか」
「いえオーディン殿、まだわかりません」
「ふむ? なんぞ他の仕掛けなんて施してあったかのう?」
オーディンの疑問にいつもの無表情で返す修太郎。
「あれを心底恨んでいる人物はまだいると言うことです」
「はあっはあっはあっ……」
グラズヘイムの一角、薄暗い通路に寄り掛かるように歩く男の姿がある。
悪辣なる巨人王ウートガルザ・ロキだ。
未だかつてない窮地より、神格に匹敵する魔法力をほとんど使い果たしての逃避行。まさかあのひどく出鱈目な剣士だけでなく、忌々しい黒猫にさえ自身が誇る幻術が破られるとは。
黒いローブは襤褸のように変わり果て、傷だらけの姿は浮浪者か何かのようだ。敗北感に怒りが湧く。歪んだ表情は常に張り付けた嘲笑の面影すらなく、その目は負の感情に燃えていた。
「くそがッ……。あのまま大人しく引き下がろうと思っていたが、ここまでくりゃもうヤメだ。起こしてやるぞ。黄昏だ」
フェンリルを解放しスルトをけしかけ、何もかもをぶち壊してやる――湧き上がる憎悪と策略は留まるところを知らないが、ひとまずは体力と魔法力の回復に努めるべきだ。
通路の影に寄り掛かり息を整えていれば、ふと誰かの足音が聞こえる。
グラズヘイムに詰める使用人か? それとも神々の誰かか?
ともあれ今の巨人王はなけなしの魔法力で行使した幻術により、自身を背景と一体化させている。それでも並の神格では見抜けないという自信があった。
訪れた人影ははたして巨人王の知る者だった。
流れる銀糸の髪は麗しく、長身を煌びやかな鎧で包んだ美しい乙女。
容姿だけなら三国轟かす美姫に匹敵するだろう少女の名は戦乙女ロスヴァイセ。いつの間にか戦場に見かけないと思っていたら、こんなところで何をしているのか。
常であれば凛とした表情の視線は絶対零度。目元にできた隈を隠すことも無く、その瞳でウートガルザ・ロキがいる空間を睨んだ。
「そこにいるのでしょう、巨人王ウートガルザ・ロキ」
何故ばれたのか、ウートガルザ・ロキにはわからない。わからないがしかし、この戦乙女が完全にこちらを捉えていることを巨人の王は一瞬で理解した。
「私はあなたを五感だけで追いかけることは諦めました。わかりますか? レーダーです。修太郎さんに頼んであなたに発信術式を付けてもらいました」
――あの時の蹴りか!
内心で驚く巨人王。傷ついた体で戦乙女より後ずさる。
「もう逃がしませんよ巨人王。今ここで私に幻をかけないことこそ、あなたがかつてないほど弱まっている証拠。そして受けなさい、我が怒りの一撃を」
足元に展開した魔法陣で加速したロスヴァイセは、助走の勢いそのまま巨人王の顔面があるだろう場所を殴りつける。
「ぶっふおぉッ!?」
頑丈な篭手に覆われた拳はそれだけで凶器だ。さらに捻りも加えれば、脳を揺らす一撃がウートガルザ・ロキの意識を寸断させる。口から血をまき散らしながら吹き飛ぶ巨人は、既に幻を纏っていない。
通路を出て中庭に飛び出る。
おもむろにロスヴァイセの周囲に展開された魔法陣より光の矢が降り注ぐ。その全てが対象へと突き刺さり、巻き起こる爆発が巨人を上空へと舞い上げた。
「その身に刻めッ!!」
烈迫の気合いと共に三本の光槍がウートガルザ・ロキを宙に縫い付ける。
同時にロスヴァイセの背後に術式の翼が展開されれば、右手に彼女の全攻性魔術が統一された魔法の極光槍が生み出される。
世界樹ユグドラシルに蓄積された知識より徹夜で組み上げた、これぞ戦乙女の
「ちょ……謝るから、やめ……」
「問答無用ッ!! 受けろ、神技!!」
放たれた術式の槍が秘める威力は先日クラーケンに放った即席大魔法すら遥かに凌ぐ。
空間を貫く鋭さは衝撃波すら発生させない。まさしく乾坤一擲、極光の槍は巨人王を貫き彼方まで。被弾と同時、巨人王の周囲に発生したエーテルの燐光がしばしの時間をおいて収束し――――。
「成敗ッ!!」
「ぬわ―――――――――――――ッ!!」
青い閃光と共に大爆発。
乙女の神罰ここに完遂。
実に恐ろしきは女の執念か、巨人王ウートガルザ・ロキはこうしてお縄に付いた。
―○●○―
「ふぅ……」
消し炭一歩手前の状態となった巨人王を縛り上げ、すっきりした顔で額の汗をぬぐうロスヴァイセ。あの術式は強力無比だが、消耗はそれ相応に激しい。
「ロスヴァイセよ」
そこへ現れる主神オーディン。背後にロスヴァイセの先輩にあたる黒鎧のヴァルキリー・ジークルーネを控えての登場だ。
「あっ、オーディンさま。ウートガルザ・ロキは今捕縛しました」
「わかっておる。それよりも……」
オーディンが彼女の背後を指で指し示す。
その方向は主神住まう宮殿・ヴァーラスキャールヴのある場所だ。主神の動作に従って、ロスヴァイセは静かにそちらに目を向けた。
美しき白銀の宮殿。
主神の住処にふさわしき、至高の芸術品とも言えるそれが――――半壊している。
北欧神話が主神オーディンのいと高き御座、白銀のヴァーラスキャールヴが、その半分を爆発で瓦礫に変えていた。
ロスヴァイセの魔法で。
ロスヴァイセの魔法で。
ロスヴァイセの魔法で。
さーっ、とロスヴァイセの顔から血の気が引く。
オーディンの手が彼女の肩に置かれた。
ぎぎぎ、とぎこちなく主神へと首を振り向かせた戦乙女の顔面は蒼白だ。目の端には既に涙さえある。
ニコリと笑うオーディンだが、しかしその目は欠片たりとも笑っていない。
そして、止めの一言。
「キミ、明日からここに来なくていいから」
ロスヴァイセの目の前は真っ暗になった。
VP的な技で締め。作者的にヴァルキリーと言えばこれです。