剣鬼と黒猫   作:工場船

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多分しばらくは原作には入りません。主人公たちが色々とフラグを立てます。
しかし、イチャイチャとはなんと難しい……。


第一話:魔物狩り

 霧の深い日だった。

 人立ち寄らぬ山深く、精霊たちの住処を青年は駆ける。

 緩やかな、しかし延々と続く斜面。低い跳躍を幾度も繰り返すさまはまるで山の住人さながらに、傍から見れば獣と見間違えるほどの速度だ。

 青年の装備は登山用にしては軽装。細長い鞄を背負うその表情に気負いは無く、遭難しているという訳ではないらしい。かといって目的を持って動いているようにも見えず、斜面を下ったかと思えば急に反転し、ジグザグとせわしない。

 

 辺り一面を白い靄が覆う山中の静寂にあって、聞こえる音は青年の駆ける足音ともう一つ。それは空気が抜けるような乾いた音だった。

 音は散発的に発生し、それに合わせて青年は進路を変えている。跳躍する彼の足元を見れば、わずかに地面が爆ぜて穴ができていた。

 青年は何者かに狙われているのだ。

 

「クロ、敵の位置は分かるか」

 

「ちょっと無理ね。感知範囲の外みたい」

 

 青年の言葉に応える声は年頃の女性のもの。姿見えぬその発生源は、青年の肩にいた。

 猫だ。黒い猫が疾走する青年にしがみつき、言葉をしゃべっている。

 

「そうか。……おい、いいかげん重いぞ。変化を解いて自分で走れ」

 

「それこそ無理にゃん。自分で移動してたらあっという間に蜂の巣よ」

 

 私じゃ躱せないもの。と答える猫に、ため息の代わりの視線を一つ。仕方がないと納得する。

 入り組んだ木々の間を抜け、自身の脳天を狙い撃つスナイパーを探す。

 彼ら一人と一匹が直面している危機の正体は、一体の魔物が放つ超音波だ。超遠距離から正確に放たれる音波の槍に、青年は苦戦を強いられていた。

 

 依頼人の話によると敵はハーピーとセイレーンの相の子、風と音を操る珍しい混血種だという。しかしこれほど精度の高い遠隔攻撃手段を持つとは知らされていなかった。魔物狩りとして活動していると、割に合わない仕事に遭遇することはままあるが、これはその最たるものの一つだろう。

 情報が足りなかったのは今まで誰も生きて帰ってこれなかったに違いなく、特に青年とは相性が悪すぎる。

 

 青年が音速の一撃を避け続けていられるのは、狙撃の直前に発せられる探知音波の振動を感じているからだ。

 距離が離れていなければ、初撃で死んでいただろう。こればかりは敵の感知範囲の広さに感謝する。

 放たれる音波は鋭く、地面に細長い穴を穿っている。射角から大まかな位置を割り出して近づこうとはしているものの、位置を変えながら撃っているのだろう。半時間ほど走っても、まるで近づいている気がしない。

 戦場が濃霧に覆われているのもよくない。広大な視野を誇るであろう音波の目を持つ敵に対し、盲目ではないとは言ってもこちらはかなり知覚可能な範囲が限定されている。

 

 飛行種族であるハーピー、そしてセイレーンの血をひくならば居場所は地上とは限らない。翼を持たない人間にとって、真に厄介な敵だと実感する。

 近づこうとしても逃げられる。加えて敵が空にいるならば完全にお手上げ。とくれば現状とれる手段は一つ。

 

「受けるぞ、クロ」

 

「……そう言うと思ったにゃん」

 

 呆れた目をする猫をよそに立ち止まる。

 肩に担いだ鞄を投げ置き、腰に下げた刀をとる。

 黒塗りの鞘、柄巻きは朱色、抜き放った刀身には炎が走るかのような刃紋。刃渡り90センチの人斬り包丁――青年は剣士だった。

 

 八双に構え、目を閉じる。

 意図的に音を意識から遮断。空気の流れ、大気の振動、それら全てに感覚を集中する。

 体内を巡る生命のエネルギーがその回転率を高まらせ、闘気が全身を覆い淡い膜を作った。

 

 空間を漂う水粒の湿り気と、肩から降り離れて立つ猫の息遣いを感じる。音の無い暗闇の中で、青年は確かに世界を見つめていた。

 わずか、震える空気の波が肌に触れる。

 同時に、激発。

 

 研ぎ澄まされた音が大気を切り裂き、投射された超速の槍が肉を貫く。

 衝撃に青年の身体は後方へ弾け飛び、そうして倒れて動かなくなった。

 

 

 

 

 

                  ―○●○―

 

 

 

 

 

 靄に覆われた山中にふわりと降り立つ影がある。

 金髪の美しい少女だ。鳶色の瞳で辺りを見回す仕草は可愛らしく、天使のようだと表現しても何ら差支えは無い。ただ一点、少女が異形であることを除けば。

 腕のあるべき個所には藍色の羽毛に覆われた巨大な翼、そして脚は鋭い爪を備えた猛禽類のそれ。彼女こそ妖魔ハーピーとセイレーンのハーフ。風を操り、魔曲を奏でる大空の畏れるべき怪物。

 つい先ほど自身が放った槍が着弾する反響を感じ取った彼女は、獲物を仕留めた事を確信し餌にありつくべく目的の場所にやってきた。

 

 今回の獲物は人間にしては矢鱈としぶとく、非常にイライラさせられたものだが、結局のところはこんなもの。どんなに腕に自信があっても、誰もが最後は自分の前に倒れ伏す。

 自身の操る音の槍は最強だ。これまでもそうだったし、これからもそうなのだ。

 傲慢に美しい顔を歪ませる少女はまさしく怪物以外の何者でもない。醜悪な本性を隠すことなく、怪物は歩を進める。

 さて、死体の表情はどうなっているだろうか? 絶望? 憤怒? それとも恐怖? 今回は随分と手こずらせてくれた獲物だっただけに楽しみで仕方がない。これだから狩人は止められないのだ。

 

 怪物少女の背筋にぞくぞくっと甘い快感が走る。表情を蕩けさせ、涙目で身もだえするさまはまさしく情婦のそれだった。

 経験に無い快楽は、難事をこなしたことからくるある種の達成感だろう。今までは本当に呆気なかったから、強者を下すなどしたことが無かった。

 キィキィと、甘えるように少女は啼く。

 抑えようのない情動は、未だ乙女である少女には辛く、そして何よりも気持ちのいいものだった。

 

 悶えながら歩き、遂に倒れ伏す獲物を見つけた瞬間、快感は最高潮に達した。

 

 男だ。

 

 心臓が高鳴るのが分かった。恋にも似た情欲は、彼女が性に目覚めた証だったのだろう。

 一つの欲望で頭の中を満たした彼女にとっては、"獲物の心臓がまだ鼓動を刻んでいる"ことすら都合がよく、そして、だからこそ当然のように怪物は倒れた男に走り寄った。

 

 ――最高だ。最高だ。

 強い男を仕留める感覚。とろけそうな熱が身体を駆け抜け、生きる証を実感させる。

 これはいい。これがいい。そうだ、これからは森の外に出て同じことをしよう。私は無敵だ。誰も私の槍を躱せない。

 倒した男は連れ帰り、私が子を成すための一助とするのだ。そうして私は女王になる。地上最強、天上最強の一族の長だ。最高だ。最高だ。

 何故生きているかはわからないが、手始めにこの男から犯して――

 

 瞬間、怪物の翼が爆ぜた。

 

「ァアアアアアアアアアアッッ!?」

 

 黒い業火が肉を焼き焦がす。過去大きな傷を受けたことのない怪物にとって、初めて味わう激痛はまさしく地獄の苦しみを味あわせた。

 

「ワタシの……ワタシの羽がッ……!? 嫌ァアアアアアアッ……!!」

 

 美しい藍色の翼は見る影も無く、根元から焼き崩れていた。これではもう二度と飛ぶことはできない。

 

 ――これからなのに! 私の生はこれからなのに! 嫌だ! 嫌だ! 何故? 何で? どうして? 何が起こった!?

 

 苦悶の表情で目からボロボロと涙をこぼし、痛みと恐怖と絶望に思考がぐちゃぐちゃになった怪物は、背後で立ち上がる男に気付かない。

 

 銀光が一つ閃くと、次の瞬間少女の意識は永遠の闇に落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

「……で、俺の狸寝入りは無駄になったわけだが」

 

「だって面倒くさくなったんだもの。結果は同じなんだから別にいいじゃない?」

 

 怪物の首を落とした青年は、刀を一振りし血を払う。

 文句の相手は黒髪の女性だった。黒い着物をわずかに着崩したその姿は色っぽく、美しい容姿も相まって男を惑わす色香を漂わせている。傾国の魔性――そう言ってもいい妖しげな美女。

 それもそのはず、女性の頭部からは獣の――猫の耳が生えている。

 猫又、それも特に強い妖力を備える上位の化け猫、"猫魈"。黒猫の黒歌、それが彼女の名前である。

 

「まあ、そうだがな。それにしても事前に言うなりあるだろう。万が一俺に当たったらどうする」

 

「"万が一"にゃん?」

 

 にゃはは、と悪戯っぽく笑う化け猫に溜息をつく青年。身に染みついた動作で刀を鞘に収める。

 投げ捨てていた鞄から皮の袋を取り出すと、それに怪物の首を入れた。これで依頼は完了だ。

 

「……そういえば、腹が減ったな」

 

 それを自覚した原因は、周囲に漂う焼けた肉の匂いのせいだ。

 未だに煙を上げる怪物の身体を見る。具体的には、肉付きの良い鳥の脚を。

 

「まさかそれ、食べる気にゃん?」

 

 青年の様子に気付いた黒猫の声は苦い。

 

「脚ならいけそうな気がしないか? ほら、一応鳥だろう?」

 

「嫌よ。獣臭くて食べれたものじゃないわ。どんな毒があるかわからないし、ゲテモノにもほどがあるにゃん。大人しく携帯食料でもかじってるほうが健全よ」

 

 黒歌はそう言って近づき、鞄から携帯食料のパッケージを取り出して破り捨て、中のブロックを青年の口に突っ込んだ。実に鮮やかな手並みである。

 

「むっ、むぐもぐ」

 

「ほーら、早く町に帰りましょ。報告の後に買い物もして、宿に戻ったら私が料理を作ってやってもいいにゃん?」

 

 口に入った分だけブロックをかじりとり、よく噛んで飲み込む。

 故国日本の携帯健康食品は味もいいのでそれほど不満ではないのだが、青年は女に疑いの目を向ける。

 

「今度はちゃんと料理になればいいが」

 

「うっさいにゃん。シュウってば女が料理するんだから、そこは普通に「あー楽しみだなー、黒歌さまの手料理を食べれる自分って最高に幸せな男だなー」とか言えばいいんだにゃん」

 

「ああ、そうだな」

 

 青年――修太郎はそれに取り合わず、鞄と首の入った袋を担いで山を下りるため歩き出す。捨てられた携帯食料のパッケージを拾うことも忘れない。

 黒歌はその背中を不満げな顔で黙って見つめていた。

 

「…………」

 

 黒猫の念が大気を伝わって、修太郎の身体を叩く。

 

「わかったから行くぞ、クロ。早く山を下りないと店も閉まるだろう」

 

 青年の言葉が終わるや否や、黒歌は一息に距離を詰め飛びかかる。そのまま空中で華麗に変化し、小さな黒猫となり修太郎の肩に着地。

 

「ぐっ……!」

 

「まったく、シュウってば仕方がないんだから。……どうしたにゃん?」

 

 呻く修太郎に怪訝な声で問いかければ、肩に滲む血に気付く。

 見れば小さな穴が開いている。音の槍をわざと受けた時の傷だった。

 

「お前、俺が怪我してるの忘れてるだろう」

 

「ええ~…今更それを言うのかにゃん……? そんなにピンピンしてるのに、思い出すほうがおかしいと思うにゃん」

 

「ちょっと降りろ。止血だけでも済ませる」

 

「嫌よぅ面倒くさい……もう気合いで何とかなったりしない? それ」

 

「なるわけないだろう。人間だぞ、俺は」

 

「何かもう最近はそれ自体が怪しいと思うの。普通、人間は音速の攻撃をわざと大丈夫な部分に当てたりなんかできないにゃん。何にせよ、それくらいなら気の活性運用で治せるんじゃない?」

 

 疑いの眼差しを向ける黒歌を無理矢理引きはがし、反対の肩に乗せた。どちらにしても傷に触られるのは気持ちよくない。

 無体に扱われた猫から文句を言われるが気にしない。試しに闘気を纏う要領で気を巡らせると幾ばくかして血が止まり、やっぱり気合いでなんとかなったにゃん、と言われながらも進む。

 青年の日常は今日も平常運転だった。

 

 

 

 

 

                  ―○●○―

 

 

 

 

 退魔の家系に生まれた暮修太郎(くれしゅうたろう)が、件の黒猫に出会ったのは数年前のこと。

 当時より逸脱した剣才を示していた修太郎は、その有り余る実力から本家の嫉妬を買い、まだ少年の頃から無茶な討伐命令に従事してきた。

 初めて龍を殺したのが15の誕生日のことだったというのだからその環境は熾烈極まる。百回死んでもおかしくない死闘を乗り越え、磨き上げられた実力に比例して下される命令の難易度も跳ね上がっていく。

 

 日常に色は無く、敵の首を獲った時わずかに生まれる満足感を頼りに生きる日々。

 

 だからこそ、それは彼の人生を変えるきっかけだったのだろう。

 やたら強い悪魔たちに追われていた一匹の妖怪。このまま見ていても逃げ切りそうだったが、気まぐれに助けてみた。

 やったことはそれだけなのに、何故かその後日本を出ることになり、中国に行き、インドを回り、ヨーロッパを渡り歩いて魔物を狩る日々を送っている。

 そうして何の因果か知らないが、その時出会った黒猫と今もこうして共にいる。

 

「シュウー? 何見てるにゃん?」

 

 食事(黒歌が作った和食的な何か。あまり味は良くなかった。)も終わり、ベッドに座って読み物を見ている修太郎に、人の姿をとった黒歌が背後から声をかける。

 部屋の中だからか、普段から着崩し気味の着物をさらに大きく着崩して、その恰好はもはや色々と豊満な何かが零れ落ちそうな有り様だ。そうして修太郎が無言で反応を寄越さないのを見るや、がばりと抱き着いた。

 

 長身の修太郎は服を着た状態を見れば細身だが、極限まで鍛え上げられた肉体は全身これ筋肉の塊だ。彼の身体は自然体であってもごつごつとして硬く、それでいて肉の弾力性を持ち、何よりも武術の達人として総身を巡る生命エネルギーは質も量も凄まじいものがある。

 周囲の気を内に取り込む仙術使いである黒歌にとって、こうして抱き着くことで肌から直に男の熱と気の廻りを感じるのはとても良い塩梅だった。

 

「次の目的地を考えていた。アイスランドなんかどうかと思ってな」

 

「北欧にゃん? うーん、これから冬なのに、もっと寒いところに行くのはちょっと気が進まないにゃん」

 

「我慢しろ、寒さなんぞどうにでもなる。アイスランドは新鮮な海産物、それと羊肉が名産だそうだ。魚は好きだろう?」

 

「魚も肉も好きだけどー、猫は寒さに弱いのよ? シュウってば、私をわざわざ苦しめたいのかにゃん?」

 

 いやいや、と黒歌が体を揺すっても、鍛えられた修太郎の身体はびくともしない。背中でその豊満な胸がむにゅんむにゅんと形を変えるだけだ。

 大変気持ちが良くて結構なのだが、しかし素直に喜べない理由が修太郎にはあった。

 

「……温泉もあるぞ」

 

「行く! 行きましょ! これ決定にゃん!」

 

 一転してこれだから、まったく現金な猫である。

 

「決まりだな。ほらどいてくれ、寝るぞ」

 

「え~、まだ10時にもなってないにゃん。もうちょっと起きてましょうよ」

 

 明日は入国までの手順と道中のルートを調べなければならない。別段急ぐことではないので黒歌に付き合ってもいいのだが……。

 

「起きて何をするんだ」

 

「もう~わかってるくせに、このイケズぅ♪」

 

「どけ、寝る」

 

「あっ、ま、待って! 毛繕い、毛繕いしてほしいにゃん!」

 

 慌てながら黒歌は修太郎へとブラシを差し出す。

 

「……まあ、いいがな。こっちにこい」

 

「~♪」

 

 ブラシを受け取り、黒歌へ座るように促す。

 これを行うようになったのは以前に毛繕い――グルーミングのことについて書かれた本を読んだのがきっかけだろう。戯れに黒歌に実行してみたところ、かなり気に入ったらしく頻繁にねだってくるようになった。

 修太郎としては別に面倒と思うことも無く、普段は何かとやかましい黒歌もブラッシングの最中は大人しいので渋る理由は特にない。

 ベッドの上に座った黒歌の背後に膝で立ち、美しく流れる黒髪を持ち上げる。

 

「んぅ……」

 

 ブラシを通し、流す。くすぐったそうな声が黒歌の口から漏れた。

 手つきは既に慣れたもので、熟練の貫録さえ漂わせた。グルーミングは、戦闘関連以外では数少ない修太郎の特技といってもいい。

 

「シューウ?」

 

「なんだ」

 

「肩の傷はだいじょうぶー?」

 

 気持ちよさそうに目を閉じる黒歌の声は間延びして、やや舌足らずになっている。毎回、これはそんなにいいのだろうかと疑問に思う。

 以前黒歌にやってもらったことがあるが、ここまで無防備に脱力することは無かった。実行者の技量の違いか、髪の長さの違いか、そうでなければきっと個人差があるのだろう。

 

「包帯も巻いてもうほとんど塞がっている。気を廻せば明日にはあらかた治るだろう。何も問題はない」

 

「うん、よかったー」

 

 しばし、穏やかな時間が流れる。

 髪を梳くわずかな音と、互いの息遣いが聞こえる。

 外から入ってくる町からの雑音は、ありふれた日常のBGMだ。

 

 修太郎は思う。あの日、偶然見かけたこの猫に関わらなければ、自分は今でもただの剣として戦っていただろう。あるいは既に骸を晒していたかもしれない。

 そう考えれば、人生何がきっかけになるかわからないものだ。

 そうして程無くしてブラッシングは終わった。

 

「にゃあー」

 

 ぼうっと呆ける黒歌をよそに、手早く寝支度を済ませる。二つあるベッドの片方に入り、そして。

 

「クロ」

 

「……にゃー?」

 

「お前に会えてよかった」

 

「にゃあ!?」

 

 不意打ち気味の一言に、びくりと正気に戻る黒歌の様子を脳裏に描き、目を閉じる。

 昼間の怪物戦よろしく、意図的に周囲の音を意識から外せばもう彼の眠りを妨げる方法は無い。

 ゆさゆさと誰かが身体を揺するが、反射的な運体の妙技でそれらは悉くいなされる。

 

「な、なんて言ったにゃ!? ねえ、シュウってば! もういちど、もういちど聞かせるにゃ!!」

 

 危険を感知する部分を残して意識を落とした青年は、明確な敵意をぶつけなければ起きないだろう。そしてもしそれを実行したならば、その者を待っているのは首を落とされる未来だけだ。

 こうして部屋に、混乱して詰め寄る無力な猫の声だけがこだますることになった。

 

 


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