剣鬼と黒猫   作:工場船

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第十八話:デパートの黒猫

 翌日の午前、修太郎たちはデパートを訪れていた。

 横長の建物内部、天井は吹き抜けのアトリウムになっており、張り巡らされたガラスを通して太陽の光が店内を照らしている。この百貨店とショッピングモールが混在した複合商業施設には、ゲームセンターなどの娯楽施設も多くあり、休日でないにも関わらず想定よりも人が多い。

 とはいえそれも仕方がないことだろう。小奇麗且つ都会的な作りのデパートは、おそらくこの地方都市において最も人気の高い場所だと言えるからだ。

 

「~♪」

 

 ご機嫌な様子で隣を歩く黒歌を見る。

 オフショルダーのブラウスにミニスカートというファッションは、デザインこそ清楚であるものの、それを着る人物のせいかとても色っぽい。露出した肩から首筋へのライン、服の上からでもわかる女性的な起伏や、ミニスカートから出たしなやか且つ肉付きのいい脚線美は道行く男たちの視線を嫌が応にも誘っていた。

 いつもの和服姿もそれはそれで良いが、こうしてたまに着る洋服姿も魅力的だと修太郎は思う。

 

 夜闇が染み込んだかのような黒髪が、歩調に合わせて後ろに流れる。はやる気持ちを抑えきれないのだろう、黒歌の歩みはいつもより速い。

 とはいえ、体格相応に歩幅の大きい修太郎からしてみれば丁度良いぐらいだ。好奇心の赴くままに移動する彼女の後ろを、はぐれないよう着いて行く。

 

「ね、シュウ。はじめにどこ行く? どこがいいかにゃ?」

 

 きらきらと輝く黄金瞳が、修太郎に振り向く。

 猫耳も尻尾も今は隠しているが、もしも出していたならせわしなく動かしている様子が幻視できるようだった。

 

「俺としては……そうだな」

 

 行きたい場所……と言われても、こういった所に縁の薄い修太郎はとっさに思いつかない。

 今回の目的は家具の購入だが、それは後でもいいだろう。必然、買い物をするかどこかで遊ぶ、ということになる。

 来たばかりで買い物――この場合は黒歌の服なり何なりになる――をするのもどうだろうか。荷物は亜空間などを使えばどうとでもなるが、家具と一緒にまとめて済ませた方がいい気がした。そうなれば、彼の思いつく中で提示できるのは二つ。

 

「映画館か、ゲームセンターはどうだろう?」

 

「うーん、やっぱ今の時間ならそれくらいかにゃ? でもボウリングとか、カラオケとかも捨てがたいにゃん」

 

「俺はどちらもやった経験が無いな。お前は?」

 

 山奥の田舎に生まれ、思春期に入りきる前から戦い続けてきた修太郎は、いまいちこういった娯楽に関わる機会が無かった。

 名前こそ聞いたことはあるし、何をするかも大体把握しているが、どういった楽しみがあるかと聞かれればわからないとしか言いようがない。

 

「私も無いにゃん。でも、面白そうじゃない?」

 

 それは黒歌も同じである。

 早くに親を失い、妹と二人必死に生きていく中、こういった施設で遊ぶ余裕など無い。悪魔になってからも主の命令に従って強くなることに終始していたため、やはりそんな暇など無かった。

 そういえば、前に黒歌からせがまれて共に欧州の遊園地まで足を運んだ際も同じようなやり取りをした覚えがある。思えば、あれが二人にとって初めてのテーマパーク経験になるのだろう。

 

 ああ、素晴らしきかな夢の国。人ごみが非常に鬱陶しかったものの、キャラクターのぬいぐるみを抱いてはしゃぐ黒歌の姿を見れたのは良かったと思う。しかしながら修太郎には、いったいあの甲高い声で鳴く黒ネズミの何処に可愛らしさがあるのかわからなかったのだが。

 

 ともあれ、ある程度時間を拘束されるボウリングなどはまたの機会にし、最初は手軽にゲームセンターということになった。

 

「わーお。なんだか色々あるにゃー」

 

「ああ、これほど種類があるとは思わなかった」

 

 ビデオモニターに表示された映像が瞬き、設定された効果音が鳴る。プレイヤーを待つそれぞれのゲームが待機中を表すデモを流しながら、雑多に混じる音楽はとても騒々しい。光を放つ機器の画面はやや暗い店内を極彩色に彩って、ずらりと並ぶように配置された空間は何とも言えない閉塞感がある。

 主な利用者である学生は今の時間ちょうど授業中だからか、人もまばらの状況だった。それでも全くいないということは無く、プレイ中の音がそこかしこから聞こえてくる。

 

「なーにーにーしーよーうーかーにゃー?」

 

 とりあえず黒歌とともに店内を巡り、どういった物があるかを見ていく。

 格闘ゲーム、シューティングゲーム、ガンシューティング、音楽ゲーム、クイズゲーム、レースゲーム……。それらの雑多なビデオゲームが流すデモ画面を眺めながら移動して行き、ガラス張りの四角い筐体が並ぶエリアに入る。

 クレーンゲームをはじめとした、景品を獲得するための所謂プライズゲームだ。

 その中から何かを見つけたらしい黒歌は、一つの筐体に近づくと修太郎へ振り向いて一言。

 

「シュウ、これ欲しい!」

 

 それは白い猫のぬいぐるみだった。程よくデフォルメされたキャラクターはなるほど愛らしい。

 黒歌は何故かこういう白猫を模った品物を好む。今も密かに書き続けているらしい日記帳に始まり、彼女に買い与えた小物などは大体どこかに白猫の意匠があった。

 妹のことを連想してのそれなのかどうかは判然としないが、思えば彼女の妹――塔城小猫の髪留めは黒猫だった。似た者姉妹、と言うことなのだろう。今は逃げ回っているが、存外脈無しという訳ではないのかもしれない。

 

 筐体の種類を見れば、ボタンでアームの位置を操作して景品を掴み穴へ落とす、典型的なクレーンゲームだ。

 経験は無い。無いがしかし、頼まれたからにはとってやるのが男なのだろう。何となくそうしなければいけないような気がする。

 

「わかった。やってみよう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして使命感に任せること小一時間。

 

「――――! ここだっ」

 

「ああっ、惜しいにゃん!」

 

 クレーンアームに挟まれた白猫が、穴の手前で落ちる。

 一回目は操作もおぼつかず完全に狙いを外したものの、二回目からはコツを掴んで目標を狙ったボタンの操作ができるようになった。その後もどんどん精度を増して、一体どれほどの百円玉を支払ったことかわからない今となっては、完璧にアーム中央へ対象を捕えることができる。

 しかし、取れない。

 

 いったい何故なのだろう。操作自体は完璧なはず。修太郎の指先は、彼の脳内が思い描くシミュレーション通りにアームを操っている。

 それなのに出来ないのだ。こんなことは初めてだった。

 

「まさか俺にここまでゲームの才能が無いとは……。すまん、クロ。これは駄目かもしれない」

 

「べ、別にどうしても欲しいってわけじゃないのよ? だからそこまで無理する必要は……」

 

 項垂れる修太郎に、なんだか悪い気がしてしまう黒歌。何しろこの男がここまで目に見えて落ち込む姿など初めて見たのだ。

 

「いや、無理なわけはない。攻略法はあるはずだ。心配するな、クロ。目的の物は必ず取って見せよう」

 

 仮にも商業目的の機器だ、絶対に取る方法はある。

 もしもあらかじめ取れないように作られているのだとしたら、つまりこれはただの集金装置であり、要するにそれは詐欺ではないか――?

 おそらくは今までのやり方がいけなかったのだろう。もしかしたらこのアーム、掴むためにある物ではないのかもしれない。

 考えれば、押し出す、あるいは引っ掛けるなど、やりようはいくらでも見つかる。

 

(なるほど光明は見えた。後はそれを実践するのみ――――!)

 

 静かな闘気まで放ち始めた修太郎は、黒歌から見てむきになっているようにしか見えない。

 意外な男の様子に嬉しいやら面白いやら、ともあれ彼も楽しんでいるようでよかったと思う。実のところ自分ばかりがはしゃいで、迷惑に思われていないか心配だったところもあったのだ。

 

 そうしてさらに10分。

 悪戦苦闘の末に、アームの先端をタグに引っ掛けることで見事ぬいぐるみを獲得することに成功。

 

「まさか本当に掴んで取るゲームじゃないとは。俺の知識不足だった。見かけからすれば若干卑怯な気もするが、金稼ぎもまた戦いということか」

 

 黒歌にぬいぐるみを手渡しながら、一人頷いてそんなことを言う修太郎。

 どこからどう見てもアームの設定がおかしいのだが、修太郎たちはそんなこと露とも知らない。余談だが、彼らがプレイしていたクレーンゲームの筐体はこの後、客からのクレームを受けて点検予定の張り紙がされている。

 

「……ちょっと違う気がするにゃ。でもシュウ、ありがと。絶対大事にするにゃん」

 

 出費は馬鹿にならなかったが、ぬいぐるみを抱き締める彼女の微笑み、プライスレス。達成感に一つ大きな息を吐き、程よい位置にある黒歌の頭を撫でつけた。

 

 これに懲りた二人は、大人しく次のゲームへと移ることにする。

 ダンスゲームでは黒歌がその豊満な胸部装甲を揺らして場の男連中を釘付けにし、その後修太郎が上半身不動のまま足さばきだけで最高難易度をパーフェクトクリアし周囲を驚愕させる。

 ガンシューティングゲームでは、最初の一回は二人ともすぐにゲームオーバーになったものの、二回目になると修太郎がコツを掴んだのか、やはり人間業とは思えないような超反射と精密動作でにゃーにゃー焦る黒歌をサポートしながら最後までクリアすることができた。

 クイズゲームは無理なのがわかりきってるのでスルー、レースゲームは感覚がうまく掴めなかったのか、二人とも平凡な結果で終わった。乗り物の運転はよくわからない、と修太郎が漏らす。

 

「シュウ、次は――」

 

 ぐ~、と音が鳴る。そちらを向けば、黒歌がわずかに頬を紅潮させて目を逸らした。

 気付けば時間帯も正午、ちょうどご飯時だ。修練により空腹を感じにくい修太郎はともかく、食いしん坊の気がある彼女だ。仕方ないことだろう。

 

「何か食べよう。飲食店のフロアは確かあっちだったな」

 

「うん、お腹すいたにゃん。その前にシュウ、最後に一つだけやりたいことがあるんだけど、いい?」

 

「? 構わないが」

 

 黒歌の求めに応じて、彼女に手を引かれるままたどり着いた先には一際大きな機械。

 『プリントシール機・百花繚乱』と書かれた垂れ幕をくぐれば、中は小部屋になっていた。広さは人が3・4人は入れるぐらいだろうか。内部にあるモニターを見るにどうやらゲーム筐体のようだが、修太郎には何をするものなのかわからない。

 

「これは何だ?」

 

「プリクラってやつにゃ。ここで写真を撮って、そのシールを作る機械よ。前から一度やってみたかったんだにゃん」

 

「ああ、昔どこかで聞いたことがあるな。なんでも女子学生の間で手帳に貼るのが流行っているとか。最近は知らないが」

 

 コインを投入すると案内音声が流れる。

 黒歌がそれに従って、ぎこちないながら画面を操作をしていく。枠を選び、ペンタブレットでなにやらメッセージを書き込む。

 そうして彼女はやや頬を赤く染めながら修太郎の手を取り、それらを自らの前に交差させ、先ほど取ったぬいぐるみと共に抱きかかえた。

 

「にゃあ♪」

 

 胸の中に納まった黒歌を見れば、はにかんだ笑みでこちらを見上げてくる。

 その内カメラを見るように促す音声が聞こえ、微妙に手順を把握できないままそれに従うと――。

 

 軽快なシャッター音が響く。

 どうやら終わったらしい。黒歌が取り出し口から印刷されたシールを受け取り、それを二つに切り分けた。

 

「はい、シュウの分」

 

 頬を赤くしながら差し出されたそれを大人しく受け取ると、彼女は何やら一人で慌てたように走り去ってしまう。

 訳が分からず疑問符を浮かべる修太郎。とりあえず受け取った写真を見てみる。

 煌めくハート形の細長いフレームには、小さな猫のキャラクターがアクセントとして添えられている。その中に納まるいつもと同じ仏頂面の自分と、頬を桜色に染めて満面の笑みを浮かべる黒歌の姿は対照的だ。

 腕に抱かれた彼女は本当に、本当に幸せそうで、修太郎も気持ち頬が緩んでいくのを感じた。

 

 そうして最後、目に入ったのは彼女がペンタブレットで書き込んだメッセージ。

 

『ずっといっしょにいましょ』

 

 おそらくはこれを恥ずかしがって逃げたのだろう。

 最後をハートマークで締めた一文を受けて、しかし修太郎は、彼女が今この場にいないことを感謝した。

 

「――ああ、ずっといっしょにいられればいいな」

 

 こぼれた声は寂しげに、背後から響くゲームセンターの音にかき消され、誰にも聞かれることは無かった。

 

 

 

 

 

 

                  ―○●○―

 

 

 

 

 

(にゃあああああああああ!)

 

 真っ赤に熱くなった顔を押さえながら、ショッピングモールを駆け抜ける。疾走と共にたなびく黒髪は夜闇のように暗く、しかし流麗に、すれ違う人々の目を惹きつけた。

 2階へと続く階段にたどり着くと、勢いのままその陰にしゃがみ込む。

 頭の中がぐつぐつと煮込まれたかのように熱く、悲しくも無いのに目が潤む。やってしまった、と思った時にはもう遅く、彼女のささやかな告白は既に男の手の中だ。

 まるで乙女のようだと我ながら情けない。いや、実際に乙女なのだが、それでもだ。

 

 彼はあれを見て何を思っただろう? 『もちろんだ』とか、『今さらだ』とか、それとも、多分きっと有り得ないことだけれど、『嫌だ』だろうか?

 嫌われてなどいないことはわかっているが、何しろ相手はあの仏頂面がデフォルトだ。内心を疑えばキリが無いとはいえ、それでも不安になるのは、彼も自分も一度たりとてその意思を言葉にしたことが無いからだろう。

 一度は流れと雰囲気の力で結ばれる一歩手前までイケたものの、それも空気読まない女神によって台無しにされてしまった。最大のチャンスはとっくの昔に失われている。

 

(ばーかばーか! シュウのばーか!)

 

 ぬいぐるみを強く抱き締める。修太郎が悪くないのは重々承知しているが、乙女心は複雑なのだ。

 

 彼女が抱える問題を解決する方法は実に簡単、直接聞けばそれで済む。そうすれば修太郎はきっと正直に答えてくれるだろう。ということは、逆に言えば聞かなければ答えてくれないということでもある。

 やることは単純だ。だからこそ、どうしても躊躇してしまう。

 もしも修太郎が自分のことを何とも思っていなかったら? 自分と行動している理由が最初交わした約束を守るため()()だったら? どちらも有り得ないと言えないのが彼の業だが、彼女自身、妹以外で初めて信頼できる相手が修太郎だったのだから関係が変わることを恐れる気持ちは特別強い。

 

 真実を聞いて、もしそれが期待通りのものでなかったなら、訪れるのは今この時の終焉だろう。黒歌も修太郎――はどうだろうか? ともかく黒歌は対応を変えざるを得ない。それが嫌だった。

 結局は自分が臆病なだけだ。もう4年以上も一緒にいるのに、最後のところで踏み込めないのはもうヘタレと自虐するしかない。

 あの女神さえいなければ今頃とっくに決まっていたのに、と現実逃避する。

 

 勇気を得るために、もう少し時間が欲しかった。

 しかし、彼は寿命の短い人間なのだ。流石に黒歌も十年も二十年も時間をかけようとは思わないが、老いていく彼の姿を見るのはきっとものすごく辛い。

 

(でも――――)

 

 その問題も、もしかしたら解決するかもしれない。

 悪魔が用いる転生器『悪魔の駒(イーヴィル・ピース)』。修太郎が出した当初の提案は却下されたが、もしも今回の仕事を皮切りに修太郎が悪魔からの信頼を勝ち取ることができたなら、あるいは誰かの眷族として転生悪魔になることも可能になるようだった。

 

 今でさえ最上級悪魔を凌駕しうる実力の彼だ。悪魔になれば即座に超一線級の強さを獲得できるだろう。黒歌と組めば、そのままスカアハを打倒することだって不可能ではないかもしれない。

 転生悪魔になって、彼が不利益を被らないか心配ではあるし、黒歌も最初は反対だと思っていた。それでも得られるメリットは無視できないものがある。

 何よりも自身と同じ時間を歩めるのだ。そうなればもうこっちのもの、何千年かけても落としてみせる覚悟があった。

 

 そう、この仕事に成功すればチャンスはいくらでもある。

 恩赦を貰えれば晴れて犯罪者としての汚名も消え、白音との仲を回復させる一助になるだろう。そもそもの話、それが成されなければ修太郎の転生も行われることは無い。

 そうと決まれば――多分に今の状況から逃避した感が拭えないものの――気を取り直していつもの自分に戻らなければ。

 このような不安定な状態で仕事に取り組めば致命的な事態を引き起こしかねないのだ。

 しかし。

 

(……もうちょっとこのままでいましょ)

 

 あと10分、いや5分。頭を冷ますために隠れていたい気分だったのだが――――。

 

「ありゃ? 確かあの子は……」

 

 ふと見知った顔を見つけた黒歌は、何とはなしにそちらに歩みを進めた。

 

 

 

 

 

 

 

                  ―○●○―

 

 

 

 

 

 

 一方、逃げ出した黒歌を探す修太郎だが、見事に見失っていた。

 仙術に通じ、多種多様な術式を使いこなす彼女が本気を出して隠れれば、それを追跡できる存在は世界でもごく一部だろう。スカアハにより与えられた加護と自前の気配察知能力から、修太郎もその一部に含まれるが、流石にすぐさま見つけ出すとまではいかない。

 先に行っているかもしれないと飲食店フロアにも一度足を運んでみたものの、見つからなかった。仕方がないので昼食用にたこ焼きを購入し、腹を空かせた黒猫のために準備しておく。

 

 五感を研ぎ澄ませ、六感で周囲のオーラを探りつつ店内を歩く。

 大勢の人間に混じって、幾人か悪魔、人外の気配がする。グレモリーやシトリーに関わる者たちだろうか? どれほど優秀であろうと、未熟な上級悪魔二人とその眷族だけではこの地方都市を完全に管理することはできない。彼女たちのバックアップとなる要員がどこかにいるはずだった。

 

 人外の気配は現代に適応した妖怪か何かだろう。退魔師が睨みを利かせる地域と違い、悪魔の活動が許されている土地は昼間から彼らが活動しても咎められることはあまりない。

 そう、この街には正規の退魔師に相当する者がいない。代わりとなる存在が、グレモリー・シトリーの次期当主たち二人とその眷族なのである。

 

 日本の神々は、確かに他宗教の活動に対して寛容であり、その姿勢はいっそ放任主義と言ってもいいかもしれない。

 しかしながら、悪魔たちに日本の重要な土地を任せることはありえない。彼らが活動を許可されている地域と言うのはつまり、霊的に重要でない場所に限られる。京都や霊峰・富士などといった地脈の力が集中する場所は名のある術師たちや力ある妖怪に管理を一任しており、悪魔が訪れる場合許可を取らなければ攻撃を受けても文句が言えない取決めだ。

 

 つまり現状悪魔が管理している(と言われる)場所は全て、日本の神にとっても退魔師たちにとっても利用価値の薄い霊的な空白地帯なのである。だから土地を守護する退魔師がいないことが多く、たとえいたとしてもその多くが在野の術師や未熟な学生だった。

 とはいえ、日本の神々は八百万。『分霊(わけみたま)』という特性も合わさり、監視体制はそれなりに整えられている……はずだ。

 大戦以降の悪魔は人間に対する無茶な契約も鳴りを潜め、随分と平和的になったことから神々も譲歩しこの体制が出来上がったのだろう。いつでも対応できるという、独自の性質が他宗教に対する寛容さを作っているのかもしれない。正直、脇が甘いのではないかと思わないでもなかった。

 とはいえ、真実は修太郎のあずかり知らぬところだ。

 

 なんにせよ、様子を見た限りではそこまで問題となる人物はいない。

 そんなことより今は黒歌だ。

 もういっそのこと迷子センターで連絡してもらおうか? と、彼女の精神に止めを刺しかねない案を実行に移すことも視野に入れたその時。

 

「やあ」

 

「あなたは……」

 

 現れたのは北欧風の顔立ちをした茶髪の男性、隣人兼監視役の悪魔・ベオだった。

 

「あーはは、偶然だなあ」

 

「お勤めご苦労様です」

 

「…………」

 

 引き攣った笑みのベオに対し、軽く頭を下げる修太郎。

 偶然な訳なかった。サーゼクスの――正しくはグレイフィアの命により、休暇の名を借りた強制労働に駆り出されたベオウルフだ。たとえ正体を看破されようと彼に休みは無い。

 二人の様子を朝からずっと、マジでずっと見ていたベオは、傍らの壁をたたき壊したくなる衝動を押さえつつ――黒歌が突然走り去り、そして修太郎がそれを探し始めたのを察し、こうして姿を現したのだ。

 まあ、やはりどうにも監視は気付かれていたくさいのだが。大きく一つ溜息を吐き、彼女の居場所を修太郎へと伝える。

 

「ありがとうございます」

 

「いやいや、礼には及ばないって。それよりもなんかごめんな。俺の監視、デートの邪魔だったろ? ま、これも仕事だし、精進するから勘弁してくれ」

 

「今回は完全に気付いていた訳ではありません。近づくまで、はっきりとした位置はわかりませんでした。素晴らしい技量と感服いたします」

 

 修太郎の言葉を意外に思ったのか、ベオは一瞬目を丸くすると口元に笑みを浮かべた。

 

「ははっ、何か少しやる気出てきたかも。次は完全に隠れて見せるから、楽しみにしててくれ――ってのも変か。まあ、これからも良いご近所づきあいをたのむぜ」

 

 そう言って背中を向けて去って行くルシファーの『兵士(ポーン)』を見送り、修太郎は黒歌の下へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ベオに教えてもらった場所は衣料品の販売コーナー。

 目当ての人物はすぐに見つかった。

 

「クロ」

 

 修太郎の声に、一瞬びくりと反応した黒歌は、微妙に顔を赤くして振り向く。そうしてしばし目を見つめて修太郎の反応を窺い、以前と比べて特に変化が見られないところを認めると、いつもの笑顔を見せた。

 

「もう、シュウってば遅いんだから! すっかり待ちくたびれちゃったにゃん!」

 

「気配の残り香も消しておいて随分なことを言うな、お前は。ここにあるたこ焼きを食べたくはないのか?」

 

「あっ、食べる! もうお腹ぺこぺこにゃん。お願いシュウ、それちょうだい?」

 

 一転して上目遣いで頼み込む黒歌に、修太郎はわかる人にしかわからない苦笑をしつつ、包みを渡した。

 

「売り場で食べるのはよせ。自販機の前にベンチがあったから、そこに移動しよう」

 

「うん。あ、シュウ。ちょっと待って」

 

 移動しようとする修太郎を呼び止めて、黒歌は背後に振り返り手の動きで誰かを呼び寄せた。

 衣料品がかけられたハンガーの向こうから現れた人物は、栗色の髪の少女。

 

「こんにちは、修太郎さん」

 

「……紫藤イリナか? なぜ、キミがここに」

 

 元教会の戦士、紫藤イリナがそこにいた。

 いつものツインテールをほどいた姿は先日彼女の部屋を訪ねた時に見たはずだが、明るいところで見れば随分と印象が違う。一瞬、誰だか判別がつかなかった。

 Tシャツにジーンズというラフな服装は、ゼノヴィアの服を借りたのかもしれない。

 

「昨日シュウがこの子に『外へ出て見ろー』なんて言ったんでしょ? だからこの子、ここに来たのよ」

 

 私が見つけた時不良に絡まれてたんだから、と横で補足する黒歌の言葉に、頷くイリナ。初めて出会った時と違って何とも大人しい様子だ。

 聞けば、幼ないころ住んでいた街の変わったところを見ていくうちに、自然とこのデパートへたどり着いたらしい。

 

「そうなのか。どうだった?」

 

「……任務で歩いていた時も感じてたけど、やっぱり昔と色々違ってた。戸惑うところもあったけど、少し新鮮。なんだか気がまぎれたかも」

 

 話す少女は、昨日に比べると幾分顔色が良くなったように見える。どうやら完全でないとはいえ、それなりに精神状態は持ち直したようだ。

 

「ね、シュウ。それでね、私、この子からいいこと聞いたにゃん」

 

 ずいっと近づいてくる黒歌の目には何やら企み事の光が見える。

 イリナを見れば、彼女も意図がわからないのかきょとんとしている。いったい全体何なのだろう。

 

「一応、聞こう」

 

 正直、あまりいい予感はしなかったが。

 

「夏と言えばやっぱり水浴び! 明日、みんなでプールに乱入にゃん!」

 

 極上の笑みを浮かべた黒猫に剣鬼は微妙な顔をしつつ、しかしかける言葉が見当たらなかった。

 

 




日常回、もといデート回。
何だろうね、自室で一人誰かのデート風景を書くこの気持ち。しかもうまく書けてるかすらわからないという迷走っぷり。

ちなみに作者はゲーセン経験かなり少ないです。どこかおかしなところ無いだろうか。

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