剣鬼と黒猫   作:工場船

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第十九話:水場と猫と聖剣少女

 燦々と太陽照りつける日曜日。

 たゆたう水面の煌めきは美しく、戯れる少女の白い肌はとても眩しい。駒王学園内のプール場にて、兵藤一誠はまさしく夏を感じていた。

 

「夏ッ……、最っ高……!」

 

 今回オカルト研究部は本来生徒会がやるはずだったプール掃除を請け負い、その代わりに一足早いプールの使用を許可された。

 堕天使幹部コカビエル襲来に、謎の剣士・暮修太郎とはぐれ悪魔・黒歌の登場、白龍皇の出現、そして堕天使総督アザゼルの接触など、最近は心休まることが無かったグレモリー眷族だ。これを機会に羽を伸ばそうと言う趣向だった。

 

 ――プール! そして水着の美少女!

 一誠にとっては思わず天に感謝したくなるほどに最高の催しだ。

 

 右を見ればリアスの豊かなおっぱいが揺れる様子が見え、左を見れば朱乃の大きなおっぱいが揺れる姿が堪能できる。

 それだけでも素晴らしいのに、後ろを見ればアーシアの成長途上なおっぱいがあり、水中に潜れば泳ぐゼノヴィアの水流に逆らう張りのいいおっぱいがある。

 おっぱい、おっぱい、おっぱい、おっぱい……。今までは縁遠かった、美少女のおっぱいに囲まれたこの状況。これが夏! なんてすばらしい季節か!

 

「うへへへへ……ぐっふぉ!?」

 

 にやけ顔の一誠に突如、鋭い抜き手が飛んでくる。

 首に直撃した強烈な一撃に悶絶し、咳き込む一誠の正面にはプールキャップを被った白髪の小柄な少女。

 

「イッセー先輩、集中してください」

 

 今現在、一誠はリアスの頼みで泳げないらしい小猫へと水泳を教えているところだった。ちなみにアーシアも泳げないので、この後面倒を見ることになっている。

 小猫は水面から顔を出し、ジトりと一誠を睨みつける。相当に不機嫌なようだった。

 

「ごっほごほっ!ああ、ごめん小猫ちゃん。つい……」

 

「……いえ、私が付き合わせてるのに……。すみません、少し休んできます。アーシア先輩を先に見ていてください」

 

 そう言って、一人プールサイドに上がって行った。

 リアスや朱乃がケアした成果か、最近は今まで通り部活にも顔を出すようことが増えたものの、やはりどうにも落ち着かないようだ。それほど小猫とその姉が抱える確執は深いものなのだろうか?

 事情は知っていても、その心の内まではわからない一誠はどうすることもできない。

 そう思えば、先ほどの態度は確かにこちらの配慮が足りなかった。いくらそれが一誠の性とはいえ、反省するより他は無い。

 

「小猫ちゃん、大丈夫でしょうか……」

 

 アーシアが心配そうな声を出す。

 木場の時のように、何か自分にできることは無いのだろうか? 一誠は考える。

 しかし何も思いつかない。実際リアスたちからも『私たちができることは少ない』と言われている。おそらく、これは当人たちの問題なのだろう。

 それならば一誠に出来ることは、何かがあった際に仲間として支えてやることだけだ。

 決意も新たにアーシアの泳ぎを見ようとしたその時。

 

 太陽の光を影が遮る。

 時間にして一瞬、それはプール中央に落ちてきた。

 

 縁日で売ってるようなヒーロー物の仮面をつけた三人組だ。

 きわどい黒ビキニを着た女性と、水着を着た少女、それらを抱える普通に服を着た長身の男。

 男は如何なる技か水面を足場に立っていた。

 驚く一同をよそに、二人を抱える男はさらに跳躍。プールを囲むフェンスの上に着地し、そして女性がそこから降りて叫んだ。

 

「漆黒の魔導猫、仮面ニャンダー!」

 

「斬魔の妖剣士。……仮面セイバー!」

 

「え、えーと、私もやらないとダメなのかしら? ……せ、正義の聖剣士! か、仮面セイバー二号!」

 

 シュバッ、バババッ! と空を切り裂く手の動き。女性がそれを行うたびに、零れ落ちそうなほど大きい胸が揺れる、揺れる。

 そうしてどこかで見たような動きでポーズを決めた。

 

『…………』

 

 無言の一同。

 どう反応をしたものか、困惑している様子が見て取れた。

 ただ一人、一誠だけが女性の胸を凝視している。

 

「……あれー?」

 

「だから言っただろう。最高にバカだ、と」

 

「う、うぅ……。恥ずかしい……」

 

 思惑が外れたかのように首をひねる女性と、冷静にツッコむ男、仮面の上から両手で顔を隠す少女。

 何とも微妙な空気の中で、ゼノヴィアは闖入者たちに近づく。

 

「……イリナ、何をやっているんだ」

 

「うっ、ゼノヴィア……。えっと、これは……」

 

「こっちの思い付きに巻き込まれただけだ。すまんな」

 

 呆れと困惑を半々に問いかけるゼノヴィア。逸らすように顔を背ける少女――紫藤イリナに、それを抱える男――暮修太郎がフェンスから降りて、女性――黒歌を指さして謝る。

 

「やはり師匠か。何でこんなことに?」

 

「師匠ではない。それはだな……」

 

「なにようなによう! もうちょっとノッてくれてもいいじゃない!! これじゃ私たちバカみたいじゃにゃいのよー!!」

 

 叫びだす黒歌は、仮面を投げ捨てた。涙目の真っ赤な顔が衆目に晒される。

 

「だから今まさしく、俺たちはバカなのだ。いくら警戒心を薄めるためとはいえ、これは無いだろう。それを強行したのはお前だぞ」

 

「……だってプールに入りたかったんだもん。……赤龍帝ちん!」

 

 地団駄を踏んでフェンスを揺らす黒歌は、未だ彼女の揺れる胸へと視線を注ぐ一誠に話しかける。

 

「え、お、俺っすか!?」

 

「そうよ、キミなら何かツッコんでくれると思ってたのに、期待外れだにゃん! 責任取りなさいよー!」

 

「そんな無茶な……」

 

 碌な面識もないのに、いつの間にか一誠はツッコミ担当と認識されていたらしい。

 当惑する一誠に、修太郎も仮面を外して語りかける。

 

「気にするな、少年。ただの八つ当たりだ。それよりクロ、先に言わなければならないことがあるだろう」

 

「う~。もう! わかったにゃん」

 

 不服げな黒歌は、リアスへと近づいて行く。

 突如現れた要注意人物の動きに、今まで黙って様子を窺っていたリアスは身構えた。

 そんなリアスをよそに、彼女の前に立った黒歌は頭を下げて一言。

 

「お願いします、どうかプールを使わせてください」

 

 

 

 

 

 

 

                  ―○●○―

 

 

 

 

 

 

 

 中天の太陽に、弾ける水飛沫が輝く。

 少女たちの声が青空に響き、ビーチボールが宙を舞う。

 

「いくわよアーシア! それっ!」

 

「あ、あわわわ……えいっ! ああっ、すみません!」

 

「問題ない、任せろアーシア。やあっ!」

 

「あらあら、うふふ。はいっ!」

 

「いっくにゃーん! 赤龍帝ちん、覚悟! 必殺ブラフマースマッシュ!」

 

「なんで俺!? ぎゃふっ!!」

 

 水の中で戯れる美少女たち+αの姿は、暑くなってきた日々における一種の清涼剤だ。

 

「目の保養になるとは思わないか、少年」

 

 フェンスを背にして腕を組み、様子を眺める修太郎は、同じく隣に立つ金髪の少年――木場祐斗に声をかける。

 

「ええまあ、概ね同感ですが……。しかし、あなたは参加しないんですか?」

 

「あのようにして遊ぶのはどうにも性に合わない。今日の俺はあれの保護者みたいなものだ」

 

 だから警戒する必要はない、と男は言う。

 見透かされているのは百も承知だが、それでも木場はその場を動かなかった。

 

「……先ほど、ゼノヴィアから『師匠』と呼ばれていましたが」

 

 先刻のやり取りの中で気になったことを聞いてみる。

 

「あちらが勝手にそう呼んでいるだけだ。俺は一度模擬戦の相手をしただけに過ぎない」

 

「……そうですか。どうだったか感想を聞いてもいいでしょうか?」

 

 自身と実力の近いゼノヴィアが果たしてこの男相手に勝ちを収めたとは思えない。しかし、気になった。

 尋ねる木場に修太郎はしばし考えた後、口を開く。

 

「一言で言うならば、未熟だ。反射神経は良好、勘もいい。筋肉の付き方と質を見るに、身体能力は申し分ない。運動をするために生まれたような身体だ。剣士のみに限らず、何にでもなれるポテンシャルがある」

 

 しかし――。

 修太郎は話を続ける。

 

「全てをそれに任せきりなのが問題だ。戦闘経験は多少なりとも積んでいるようだが、おそらく武器が強力であるが故に自らの技量不足で苦戦した経験が少ないのだろう。全体的に動きが正直過ぎる。剣の基礎は出来ているが、それ以上のものが無い」

 

 人間は弱い。

 身体的な強度は勿論、その能力上限も悪魔や天使、ほとんどの妖怪と比べて低い。転生悪魔が軽視されるのも、そういった基本的なポテンシャルの低さが一因だろう。

 稀に『英雄』と呼ばれるような人外級の能力を持って生まれる存在もいるが、そんなものはごくごく少数。参考にならない。

 故にこそ、人間は技を磨き、道具を作ってそれらに対抗してきた。人間が人外に立ち向かうには、古来より技術という要素が必要不可欠であったのだ。

 

「一見して技に見えるものは、自前の反射神経に任せたその場限りの対応だ。それはそれで大したものだが、無想の領域に達したうえで行うならばともかく、現状では一定以上の実力者相手だと通用しない可能性が極めて高い」

 

 ゼノヴィアがこれからも悪魔、特に赤龍帝と関わるのであれば、このままでは遠からず能力の限界に突き当たる。

 転生悪魔になっても、筋力だけでは、体力だけでは、同条件の他種族出身に劣ってしまうからだ。

 基礎能力で負けるが故に、同じ戦闘タイプの相手と戦えばまず確実に押し負ける。彼女にはデュランダルという強力無比な武器があるものの、もしもそれすら通用しない者と戦った時、彼女に出来ることは少ないだろう。

 

 剣術とは極論を言えば単なる棒振りだ。およそ1~2メートル程度の棒状武器を如何にうまく相手の隙を突いて強く当てるか。

 やっていることは単純だがしかし、それを為すために編み出された技術は実に多い。

 構え、剣捌き、運体は勿論、相手の動きを読む観察力と洞察力に、修太郎なら気、悪魔であれば魔力の運用……。加えて戦場を構成する要素は無数にあり、それらをうまく組み立てることで勝利を掴む道筋を作るのが『戦い』だ。

 

 寿命の短さが先人たちを駆り立てて、人間と言う種族に武の深淵を与えた。それらは途方も無く深く、稀代の天才である修太郎をしてさえ未だに底が見えないほどだ。

 聞けば魔術も同様に、人は源流たる悪魔の為し得ないことを成せるのだと言う。人間の強みとはまさしくその驚異的な発展性なのだろう。

 

 ならば武芸者でも術師でも、人間からの転生悪魔が他種族の転生悪魔と競うのであれば、神器や異能を持たぬ限りパワーよりもまずテクニックを磨かなければならない。少なくとも、修太郎はそう思う。

 そういう意味では、木場祐斗の戦闘スタイルは正しい。

 

「なるほど……。人の力は技術あってこそ、僕もその意見には賛成です」

 

 修太郎の説明に、木場は頷いて同意を示す。

 

「筋力でも耐久力でも劣る俺たちが人ならざる者と正面切って戦うならば、技を極めるよりほかは無い。しかし、惜しむらくは彼女がそういった技巧を一から習得するのに向いていないことだ」

 

 状況的に技術を極めざるを得なかった修太郎と、強力な聖剣を持ったことでその必要が無かったゼノヴィア。

 生い立ちこそ対照的な二人だが、修太郎の見立てではゼノヴィアは自身と同じく実践派だ。要は言葉や文章で理論立てて説明しても、根本的な部分で理解しない。

 つまり――――。

 

「見た限り、模擬戦でも『俺の動きを見て、その通りにやれば同じことができる』と思っている節がある。技術の習得を甘く見ているのだ。確かキミの名は木場と言ったな?」

 

「はい。グレモリー眷族『騎士(ナイト)』の木場祐斗です」

 

「木場少年、あれは一見冷静に見えるが内面はかなりバカだ。脳みそまで筋肉でできている輩の典型だな。同じ『騎士』であるキミは、きっとこの先苦労することになるぞ」

 

 ソースは自分。

 修太郎の場合はその有り余る才気で形にしているが、ゼノヴィアでは不可能だろう。

 

「それは、なんというか……」

 

 そんなことを宣言された木場は反応に困るしかない。

 というか、何気に自分たちの会話を聞いたらしいゼノヴィアがガチ凹みしているのが気になった。どうやらビーチボール遊びは終わったようだ。

 

「バカ……脳みそ筋肉……」

 

 両手両膝を地について項垂れるゼノヴィアの呟く声は、なるほどイメージ崩れるな、と木場が思うに十分なものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「にゃん♪」

 

「…………」

 

 所変わって対峙する白黒の姉妹。

 どうやら今の今まで更衣室で休んでいたらしい小猫が戻ってきたことから始まったこの状況。これこそ、黒歌たちがここに訪れた目的でもあった。

 遠巻きにリアスたちが見守る中、笑顔で妹猫へと話しかける姉猫。

 

「やっほー白音、元気? お姉ちゃんよ」

 

「姉さま、なぜここに……?」

 

 近づく黒歌に小猫は後ずさる。

 もうプールに入る気が無くなったのか、少女は制服姿に戻っている。当惑と警戒がない交ぜになった表情は、相当に緊張しているようだった。

 

「イリナちゃんがゼノヴィアっちに聞いて、それを私が聞いたのよ。夏だし暑いし、折角だから私たちもお邪魔することにしたにゃん」

 

 黒歌の『私たち』という言葉を受けて初めて、小猫は修太郎の姿を把握した。

 

「リアス部長たちはそれを許したんですか……?」

 

「頭を下げて頼んだら許してくれたにゃん。白音とも話したかったし」

 

 リアスたちが黒歌のプール使用を許したのは、小猫の現状をどうにか改善するためでもあった。

 再会した当初ならばともかく、多少なりとも気分の落ち着いただろう今ならば関係を進展させることも可能ではないかと踏んだのだ。

 しかし――――。

 

「……私には、姉さまと話すことはありません」

 

 それはかえって逆効果だったようだ。

 皆から嵌められたと感じたのかもしれない。黒歌を睨む小猫の目には拒絶の意思が見え隠れしている。

 

「白音に無くても私にはあるのよ」

 

 黒歌が一歩近づく。小猫の低い目線に、姉の豊満な胸部が映る。

 

「ねえ、逃げないで聞いてほしいの」

 

 また一歩近づく。姉の零れ落ちそうな胸が揺れた。

 

「今まで何があったかとか、私が何であんなことをしたのかだとか――」

 

 姉はもう目の前だ。歩を進めるたびに視界の中で大きくなる、揺れるそれ。

 イラッとした。

 

「ねえ白音――にゃあん!?」

 

 ばしぃん!! と高い音を立てて黒歌が着ていたビキニのブラが弾け、大きな乳房が勢いよく解放される。

 イライラが最高潮に達した小猫がもぎ取ったのだ。

 小猫はそのまま勢いに任せて黒いブラを彼方に投げ飛ばし、自身は逆方向に逃げ出した。

 

「ああっ、白音!?」

 

 投げ飛ばされた自身の水着に気を取られた黒歌は、妹を逃がしてしまう。

 丸出しのままそれを追おうとする黒歌だったが、横合いから肩を掴まれ、動きを止められる。

 そちらを見れば修太郎がいた。

 

「やめておけ、これ以上は無理だ。水着は俺が探してくるから、帰る準備を整えていろ」

 

「う~、わかったにゃん……」

 

 肩を落とす黒歌の頭をぽんぽんと優しく叩き、自身の上着を渡した修太郎はフェンスを跳び越していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「イリナ、気分はもういいのか?」

 

 事の顛末を見届けた一同の中、ゼノヴィアはプールサイドに座るイリナへと声をかける。

 

「うーん、まだ平気って訳じゃないけど、最初ほど悪くはないわ。ごめんねゼノヴィア」

 

「いや、いいんだ。私も勝手に悪魔になってしまって済まなかった」

 

「ううん、そうやって思い切りがいいのがゼノヴィアだもの。理由も聞いたし、私が怒っていたのは単に私の我儘だわ」

 

 それに、と続けて。

 

「異端者である私に、あなたを責める権利なんてないものね」

 

「イリナ……」

 

 悲しそうに笑うイリナに向かって、ゼノヴィアは何と答えていいものかわからなかった。

 

「あ、ゼノヴィアさん。イリナさんも。小猫ちゃんがどこかに行ってしまいましたし、私たちももう少しで解散するそうです。その前に皆でかき氷を頂こうということになったんですけど、どうですか?」

 

 そこへやってきたのはスクール水着を着たアーシアだった。

 優しげな微笑みを浮かべながら、ゼノヴィアと、そしてイリナにも尋ねてきた。

 

「ああ、アーシア。かき氷……日本の食べ物だね。頂こうか。どうする、イリナ?」

 

「かき氷! ええ、頂くわ……と言いたいところだけど、私も混ざっていいのかしら?」

 

「ええ、大丈夫です。みなさんきっと歓迎してくれますよ」

 

 アーシアの言葉に、ゼノヴィアも頷く。

 

「じゃあ、お言葉に甘えて……」

 

 そうしてイリナたち三人はリアスたちと合流する。

 かき氷は朱乃が魔力で出した氷を、リアスがこんなこともあろうかと(趣味で)購入していたかき氷機を使って削って作るようだった。

 

「何かでっかいですね、このかき氷機。もしかしてこれ、業務用ですか?」

 

「大は小を兼ねるって言うじゃない? 実際に使うのは初めてだから、ちょっとわくわくするわ。さあ、お願いねイッセー」

 

「よーっし! いきますよ!」

 

 かき氷機は手回し式のレトロな物で、一誠は汗だくになりながらそれを回してかき氷を量産していく。

 朱乃が出来たかき氷をみんなに配り、これまたリアスが(趣味で)用意していたらしいシロップをそれぞれかけて食べだした。

 

「うん、美味しいよイッセーくん。かき氷屋の才能あるんじゃないかな」

 

「そんな才能欲しかねぇよ……。削るだけだぞ、これ」

 

 満面の笑みでそんな褒め言葉をかける木場に、微妙な気分になる一誠。

 

「でも本当に美味しいわ。ただの氷に甘い蜜をかけただけなのに、夏のせいかしら?」

 

「イチゴのシロップには練乳が欲しかったですわね。今回は小猫ちゃんもいませんし、機会があればもう一度やってみたいと思ってしまいますわ」

 

 が、舌鼓を打つお姉さま方の姿に即満足。

 

「美味しいにゃーん……。でも、白音ぇ……」

 

「って言うか小猫ちゃんのお姉さん、まだいたんですね……」

 

 ナチュラルに混ざっている黒歌へと言葉を漏らす。一誠としては、半裸の美女はとても目によろしくて大歓迎だった。

 

「なによう、赤龍帝ちん。文句あるの? シュウがまだ戻ってこないのよー」

 

「いえ、文句なんてありません! うへへ……」

 

 ぶー垂れる黒歌の上半身は修太郎の着ていた上着で隠されているが、開かれた前部分からは豊かな谷間がはっきりと確認できる。頂点こそ見えないものの、リアスと同等かそれ以上のボリュームは隠しきれるものではなく、一誠は鼻付近に血が集まるのを感じた。

 

「イッセー? おかわりが欲しいわ。お願いできるかしら?」

 

 他の女の胸元に視線を集中させている一誠に、リアスが耳を引っ張りお願いと言う名の命令を飛ばす。

 機嫌の悪いご主人様に一誠は慌ててかき氷機を回し始めた。自分はまだ食べてないのに、と思いながら。

 

 そんな一誠たちをよそに、元教会組、現異端者組は三人で仲良くかき氷を食べている。

 

「美味しいですね、お二人とも。私、かき氷なんて食べるの初めてです」

 

「私は昔日本に住んでいたから食べたことあるわ。でも本当に久しぶり! こんなに美味しいものだったかしら?」

 

「うん、甘くて冷たくて美味しいな。おかわりがあるなら私も欲しいところだ。――――あうっ!?」

 

 バクバクかき氷を口に運ぶゼノヴィアだったが、突如頭を押さえる。

 

「もう、ゼノヴィアったら急いで食べるからよ。ゆっくり食べないと、頭が痛くなるわよ」

 

「ええっ、かき氷って急いで食べちゃダメなんですか?」

 

「美味しいものには棘があると言うやつか……。私としたことが、不覚……!」

 

 そう言って痛みに頭を抱えるゼノヴィアに、二人は笑う。

 そうしてある程度食べ終わったイリナは、アーシアに向かって言葉をかけた。

 

「そういえばアーシアさん。私、いつかあなたに失礼な態度をとったわ。私も同じ異端の名を受けてわかった。とても辛かったわよね、ごめんなさい」

 

 頭を下げるイリナに、アーシアは微笑む。

 

「いいえ、確かにその頃はとても辛いものでしたけれど、今はイッセーさんや部長さんたちと出会えて毎日幸せに過ごしています。だから、気にしていません」

 

「……アーシアさんは強いのね。祈るべき主はもう亡くなっていて、神の愛もあなたには与えられていなかったのに」

 

 そう言ってイリナは、少しいじわるな言葉だったかと思った。

 しかし、アーシアの微笑みに揺らぎはない。かつて聖女と呼ばれた少女は、首を振って答える。

 

「強くなんてありません。主がいないと知らされてとても悲しかったですし、もしも私がイリナさんと同じ立場だったら今もきっと寝込んでいたと思います」

 

 だから――。

 

「私が強くなったのだとしたら、それはきっとイッセーさんたちのおかげです。この出会いが、環境が、私を支えてくれるから。だからたとえ主がいなくても、私は祈り続けることができるんです」

 

「主がいないのに祈るだなんて、矛盾していないかしら?」

 

 イリナの疑問にアーシアは、そうかもしれません、と答え、そして続ける。

 

「それでも私の信仰は今も途絶えずここに在ります。『おそれるな、わたしはあなたとともにいる』――捨てられないだけだとあの時は言いましたけど、主の教えを受けて私が救われてきたことは事実なんです」

 

 例えば幼い頃。孤児だったアーシアを支えてきたのは教会からの教え、主の言葉だった。

 その日々は嘘ではなく、それは信仰の対象を失っても変わらない。何も、変わらないのだ。

 

「だから私は祈ります。私のために、皆のために、大切な人たちのために。……もしかしたら、この世界ではないどこかの天国で亡くなった主が見てくださっているかもしれませんし」

 

 そう言って微笑むアーシアの姿は、イリナから見てとても眩しく映った。

 同時に理解する。

 

「そうよね。いる、いないとかじゃなくて、大事なのは信じることなんだわ」

 

 主がいなかったのだとしても、かつて祈ることで得た勇気は、安心は、決して虚しいものではなかった。

 祈りには力がある。主の広めた教えには、人を救う力があるのだ。それならば、イリナに出来ることは今までとなんら変わらない。

 

「うん、ありがとう、アーシアさん。私、あなたと会えてよかった。やっぱり外に出るのも大事なのね」

 

「力になれたかどうかはわかりませんが、こんな私の話でも喜んでもらえて良かったです」

 

「いや、大したものだと思うぞ、アーシア。そうだな、主がいなくてもその教えがなくなるわけじゃない。こんな簡単なことにも気づかないとは……」

 

 ゼノヴィアまで感心し、アーシアの顔が赤くなる。

 

「ねえ、アーシアさん。私、あなたと友達になりたい。これからも、こうして話をしてくれるかしら?」

 

「もちろんです! 私もイリナさんと友達になりたいです!」

 

「もちろん私もだ。仲間外れは嫌だからな」

 

 差し出されたイリナの手をアーシアが両手で包みながら答え、それにゼノヴィアが加わる。

 プールに煌めく水面はまるで宝石のように、三人の友情を祝福しているようだった。

 

 




季節外れまくりのプール回。うーん、筆のノリが悪い……。

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