剣鬼と黒猫   作:工場船

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第二十五話:禍つ焔

『…………』

 

 管制室は無言に包まれていた。

 リアス・グレモリーとソーナ・シトリーは難しい表情でモニターを見つめ、一誠もまた困惑を隠しきれていない。グレイフィアは黙々と魔法陣を操作するのみで、アザゼルは瞑目しながら酒の入ったグラスを傾ける。

 

 リアスは思考する。

 白龍皇ヴァーリ。

 天龍の力をあそこまで使いこなし、推し量れる力量はおそらく魔王級。確かにゼノヴィアの情報から堕天使勢力でもトップクラスの戦闘能力を保持していることは知っていたが、実際に目の当たりにしてみると改めて格の違いを思い知らされる。なるほどコカビエルなど歯牙にかけない実力だ。

 

 だがそれは、先ほどアザゼルより知らされた彼の素性を考えれば納得できることでもあった。

 旧魔王ルシファーの末裔と人間のハーフ――ヴァーリ・ルシファー。彼から発せられる莫大な魔力は、その圧倒的才覚を確信させるほどの質量を持っていた。

 そんな存在を自らの勢力に取り込んでいたアザゼルに言いたいことは多々あるが、今はそれよりも――。

 

 暮修太郎。

 強いとは思っていたがまさかこれほどとは。

 初めて彼の戦いを見たソーナは当然として、コカビエル戦の顛末を見届けたリアスでさえ予想していなかった規格外の戦闘力だ。

 特に白龍皇の攻撃で吹き飛ばされた後からの攻勢は、思わず身震いを誘った。なぜならば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 無敵のドラゴン、二天龍の力を持つ神器の禁手(バランス・ブレイカー)は、戦闘力と言う一点を見れば神滅具屈指の能力を持つ。その一撃を真っ向から受けてたとえ運良く生き残れたとしても、あそこまで動ける人類をリアスは知らない。それはソーナも、グレイフィアも、アザゼルだって同じだろう。

 

 なのにあの男は立ち上がり、あまつさえ今まで以上の動きで以って白龍皇を制して見せた。アザゼル曰く過去現在未来において最強となる白龍皇を、である。

 恐ろしい、と思う。人間を見てここまで背筋を凍らせたのは生まれて初めてだった。

 

 蒼く揺らめく闘気を纏い、全身血に塗れながらも紫電の双眸で敵対者を睨む。手に携える白刃は迫る悉くを斬り裂いて、その姿はまるで悪鬼羅刹の如く。

 あれが英雄? あれが生身の人間? 冗談ではない。あれはそんな生易しいものではなく――。

 

「『異形どもの毒』……だったか? 確かに納得だ。あの男が本気で殺すと決めて、無事生還できた化け物はまずいないだろう。しかしまさか本当にヴァーリを倒すとはな。今のあいつは俺でも油断できないほど力をつけてるんだが……まったく人間には過ぎた力だ」

 

 押し黙るリアスたちをよそに、アザゼルが口を開く。

 口調が軽いが目は笑っていない。モニターに映る光景を見ながら、何やら考えている様子だった。

 

「致命傷でも死なず、むしろ強くなって蘇り戦闘を続行する人間だなんて規格外どころの話じゃない。確かに理論上は可能なんだろうが、正気じゃできない芸当だ。おいグレイフィア、サーゼクスはあいつを悪魔に転生させる気か?」

 

 アザゼルの言葉に驚き、一同揃ってグレイフィアを見る。

 リアスもソーナも彼が会談の警護を行うという報告は受けていたが、正式に悪魔陣営に加入することになるかもしれないとは知らされていなかったのだ。

 

「主の意向は存じ上げておりませんので」

 

 表情一つ変えずグレイフィアが答える。つまりはわからないと言うことだろう。

 というか、なぜアザゼルがそんなことを知っているのだろうか。

 

「なんだ、まだ決まってねえのかよ。俺としてはあの男がいつまでも中立の立場でいることの方が厄介だと見るんだがな。何やら色々取引してるようだが、眷族化するなら早めにしちまえよ。悪魔のお偉いがた様の意見より、あの男をどうにかする方が重要だと思うぜ?」

 

「……主にはそのように伝えておきましょう」

 

「おう、そうしてくれ。俺のところじゃたとえ取り込んでも後ろから刺されるのがオチだからな」

 

『…………』

 

 飄々とした口調で言い放つアザゼルに、少女たちは呆れた目を向ける。

 そんな中、一誠は一人黙ってモニターを見ていた。

 

 暮修太郎とヴァーリ。倒れ伏す二人に黒髪の女性――黒歌と、見たことの無い銀髪の女性、そしてやはり見たことの無い茶髪の男性が駆け寄り、応急手当を行っているようだった。

 

「…………」

 

「イッセー、どうしたの?」

 

 無言の一誠にリアスが声をかける。

 

「いえ、なんでもないです。ちょっと圧倒されちゃって……。それより部長、これからどうするんです? 敵の情報がどうとか言ってましたけど、この後すぐに話を聞くことってできるんですか?」

 

「おそらく今日はもう無理じゃないかしら。肝心の白龍皇があれでは話を聞くどころではないでしょうし、私たちに出来ることは無いわ。あとは専門のスタッフに任せて、後日の報告待ちね」

 

「そうですか。じゃあ、早く帰らなくちゃいけませんね。突然連れ出されたからアーシアも心配してるだろうし」

 

「そうね。でも私たちはもう少し話があるから、イッセーは先に帰ってもいいわよ」

 

「あ、そうですか……。それじゃあ、俺先に帰ってます。部長も頑張ってください」

 

 リアスの言葉通りに帰っていく一誠だが、その表情の陰りに気付いたのはこの場においてアザゼルただ一人だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

                  ―○●○―

 

 

 

 

 

 

 

 それは彼が退魔剣士として活動を始めてしばらくしてからのことだった。

 よく分からないうちに本家が行うはずの仕事に就くことになった修太郎は、しかしその内容の容易さに拍子抜けする気分になっていた。

 月緒の剣は退魔の剣。悪鬼調伏・神魔両断を目的とした絶技の数々は、13歳という若年にして彼を破格の領域にまで押し上げている。当主を下し名実ともに月緒流最強の剣士となった今、今更そこらの鬼や悪霊などに後れを取るわけがない。

 

 だからこそ、彼は油断していたのだろう。

 人間の体と一体化した妖魔に気付かず、闘気を纏わない生身の身体にその攻撃を受けてしまった。

 胸に大穴を開け倒れた少年を見て、同伴していた月緒の術師は彼が死んだと思ったのか驚愕していた。しかしそれと同時に安堵の表情を見せたのを覚えている。

 

 だが修太郎は死ななかった。

 気を筋肉に走らせて動作の補強を行う技は月緒の奥義である。しかしこの技はわずか一動作でさえ凄まじい集中を必要とする上、気の操作を誤ればその時点で肉体が壊れる諸刃の剣でもあった。

 

 死に瀕した修太郎はそれを全身で常に行い、そして成功させた。肉体支配の天才である彼だからこそ為し得る超絶技の誕生である。その副次効果が傷まで塞いだのは幸運だろう。

 彼は倒れた後何事も無かったかのように立ち上がり、憑りつかれた人物ごと妖魔を斬った。

 

 しかしその時場にいた人間は、人の中に潜む妖魔よりも蘇った修太郎に恐怖した。彼らの目には、おびただしい量の血を流しながらも顔色一つ変えずに妖魔を殺した少年こそが怪物に見えたのだ。

 これ以降、御道修太郎に課せられる任務の内容は急速に激しさを増していくことになる。

 

 ともあれ、こうして修太郎はありとあらゆる人外にとって不死身の化け物となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 胸の重みに目を覚ます。

 懐かしい夢を見た。まだ自身が未熟であった頃の夢だ。

 目の前に見える飾り気のない天井、そして身体を包む柔らかな感触。どうやら修太郎はベッドの上に寝かせられているらしかった。

 ということは、ここはおそらく病院か何かの施設なのだろう。空気を吸い込めば、消毒の匂いが鼻腔を刺激する。

 

 身体の状況に意識を走らせれば、この上なく全快。外傷はおろか内臓まで元通りに治っている。

 人類の及ばない高度な医療技術は、レーティングゲームという疑似戦争を日常的に行っている悪魔陣営だからこそのものだろう。何にせよありがたいことだ。

 

「……じ~っ」

 

「……」

 

 胸の上を見れば、かけられた布団の間から一対の輝く瞳がこちらを見ていた。

 別に気づいていなかったわけではない。彼女の気は眠っていても感じることができるよう常に気を配っている。

 

「……じ~っ」

 

 じとりとした視線でこちらを睨んでくる黒歌。抗議の意思を表しているのだろうが、わざわざ口に出さなくてもわかっている。

 

「……悪かった」

 

 そう言うと、布団が盛り上がり黒歌が姿を見せる。

 修太郎の腹に馬乗りになった彼女は着物の前を大きくはだけて、豊満なバストと白い肌をのぞかせていた。それは修太郎も同様に、衣服は前を開かれて素肌の胸板を見せている。おそらくは直接肌を合わせて修太郎の乱れた経絡を癒していたのだろう。

 

「そう思うなら、今度から不用意に決闘なんて受けないでほしいにゃん」

 

「出来る限り避けてはいるつもりなのだが……」

 

 今回ばかりは仕方がない。周囲に及ぼす影響を考えれば、修太郎が決闘に応じるより他は無かった。

 そうでなければ、あの力の塊のような少年を押さえるのに少なくない死傷者が出ていただろう。

 心配そうな表情でこちらを見つめる黒歌には悪いと思うが、修太郎たちの目的を達成するためにも避け得ない事柄だった。

 

「俺はどれぐらい寝ていた?」

 

「戦いから丸一日経って、今は夜だにゃん。ロスヴァイセも心配してたんだから」

 

 首を動かし傍らを見れば、椅子に座ったロスヴァイセが毛布にくるまり眠っている。壁にかかった時計を見ると、ちょうど3時の位置。黒歌の言葉と照らし合わせれば深夜の時間帯だった。

 どうやら相当深く眠っていたらしい。

 

「……身体の調子は大丈夫? どこか悪くなってない?」

 

「ああ、問題ない。肉体は万全、お前のおかげで経絡も元通りに戻っている。戦いの影響は無いに等しい」

 

 答えながら気を巡らせれば、蒼い闘気が修太郎の身体を覆う。

 普段と変わらない様子にほっと一息つく黒歌。しかしすぐに表情を沈ませる。気で以って肉体を操る技は確かに強力だが、一方で恐ろしく肉体に負担をかけるのだ。

 

「…………」

 

「クロ、お前が気に病む必要はない」

 

「でも……」

 

 いつか黒歌が感じた違和感。修太郎の内部に巡る気と闘気として外部に露出する気の量がアンバランスである理由は、かつて彼が致命傷からの復活を繰り返してきたことで起きた経絡の変質にある。戦闘続行のために肉体の損傷を気の超高速循環で無理矢理埋めるというこの行為は、本来人間が持つ能力から激しく逸脱している。反動が無いなんてことは有り得ない。

 

 これだけ長く付き合えば嫌でもわかる。修太郎は仙術においても超越的な才能を秘めている。それこそ修行を積めば短期間で仙人にまで至れるほどに。

 しかし彼は気の通り道である経絡が変質しているが故に、本来行えるはずの自発的な気の取り込みと放出ができず、仙術の大半が習得できない事態に陥っている。内外出力の齟齬により、戦闘時の動きも本来より一段階緩めざるを得ない。信じられないことだが、おそらくスペックのみを見るならば彼は昔の方が強かっただろう。

 

「これは俺の自業自得、未熟が原因の古傷だ。無論、治るというならそれに越したことは無いが、無理ならそれも仕方がない」

 

 当人は気にした様子も無くそう言い放つが、致命傷からの戦闘続行は肉体の寿命を削る行為でもあるはず。

 今はまだ問題ないが、この調子で戦い続けるようなら遠くない未来確実に影響が出る。いくら膨大な生命力を持っていようと、器が壊れてしまえば意味など無くなる。後は当然――。

 それだけは何としても避けたかった。

 

「……もうこれからは一人で戦っちゃだめよ。シュウには私がいるんだから、もっと頼ってほしいにゃん」

 

 身体を傾けて、彼の首筋に顔をうずめる。

 そんな黒歌に対し、修太郎は自然な動作で彼女の頭を撫でた。朴念仁に見えてこのようなことを無意識に行えるのだから、本当によくわからない男だった。

 

「わかった。善処しよう」

 

 彼が放つその言葉ほど信用のならないものは無いが、それでも黒歌は安心して目を閉じる。

 今の仕事を終え、彼が悪魔に転生したなら全て立ち消える問題である。ほとんど一日中修太郎の経絡治癒にかかりきりだった彼女は、そのまま意識を落とした。

 

「……すぅ、すぅ」

 

「…………」

 

 眠る黒歌のはだけた着物を整え、修太郎はベッドを出る。ついでに椅子で眠るロスヴァイセを抱えて黒歌の隣に寝かせ、二人に布団をかけた。

 立ち上がった修太郎は息を整え、そして意識を集中させ、未だモノクロのままの景色に色を戻していく。黒歌に言った通り体調は問題ない。問題ないがしかし、回を重ねるごとにこういった症状も増えてきた。修太郎の意志に肉体が追い付いていないのだ。それが何を示すのかは――。

 

「よう、イチャイチャタイムは終わりか?」

 

 唐突に背後から声がかかる。

 振り向けば、長身を浴衣に包んだ男が一人。うまく隠しているのか一見普通の男にしか見えないが、内在している力にはとてつもないものがある。

 

「……あなたは?」

 

「アザゼル」

 

 にやりと笑って答える男。

 その名は確か堕天使の総督と同じもの。修太郎は鋭い目つきを細めて男を見る。

 

「そう警戒するなよ。ヴァーリが目を覚ましたぜ。話、お前も聞くんだろう?」

 

 

 

 

 

 

 

 

                  ―○●○―

 

 

 

 

 

 

 

「『無限の龍神(ウロボロス・ドラゴン)』オーフィス率いる『禍の団(カオス・ブリゲード)』、か。まあ情報通りだな」

 

「なんだ、知っていたのかアザゼル」

 

 アザゼルの言葉にヴァーリは意外そうな顔をした。

 悪魔の手が入っているという病院の個室。修太郎が眠っていた部屋の三つ隣となるそこにヴァーリはいた。

 部屋の中にはアザゼルと修太郎、そして悪魔側と天使側の報告役と思しき人物が集まり、彼の話を聞いている。

 

「ああ、前々からシェムハザに調べさせててな。存在そのものは知っていた。つっても組織名と背景しかわかっちゃいねえんだが」

 

「相変わらず抜け目がないことだ」

 

 くくっと笑うヴァーリの様子は重傷の跡など感じさせない。修太郎と同じく彼もまた全快しているのだろう。

 

「で、首謀者は旧魔王の末裔どもってか。サーゼクスのやつめ、ちゃんと管理しとけ……と言いたいところだが、プライドばかりが肥大化した奴ら相手にそれも無理な相談だな。ヴァーリ、お前もその関係で誘われたくちか?」

 

「いや、『アースガルズと戦ってみないか?』なんてオファーを受けた。かなり魅力的だと思ったんだが……」

 

 言葉を切ったヴァーリは腕組みして立つ修太郎を見る。

 

「思えば、神々に喧嘩を売る前に決着をつけなきゃならない相手がいたと思い出してね」

 

 ヴァーリの言葉を受けて、修太郎は眉根を寄せる。あまり表情の変わらない彼にしては、かなり迷惑そうなのが見てわかった。

 事実――。

 

「こちらとしてはいい迷惑だったがな」

 

「フッ、そう言わないでくれ。久しぶりに心躍る戦いだった。またやろう」

 

「阿呆が。もう二度とやらん」

 

 今の修太郎は意味の無い戦いを極力避ける方針である。そんなわけで、もしやるとしても今度は黒歌と二人がかりでボコボコにすることになるだろう。

 残念だ、と言うヴァーリをよそに、アザゼルは尋ねる。

 

「で、『禍の団』の構成はどうなってる。何も旧魔王派だけってことはないだろう?」

 

「いや、『禍の団』で大きな力を持つ派閥は()()()()()()だ。他にも堕天使や天使の集団がいるにはいるが、今のところ有象無象の集まりで正直話にならない」

 

「何だと? おいおい、そんなわけないだろう! 『無限の龍神(ウロボロス・ドラゴン)』だぞ? 最強の存在が頭に納まる組織の規模がそれだけだなんて冗談だろう?」

 

「俺が知る限りはそれだけだアザゼル。他には神器使いを何人か見かけたが、派閥と呼べるほどのものじゃなかった。魔法使いは大勢いるにしても、そいつらは基本的に旧魔王派に従っている」

 

「はぁ……なんだそりゃ、もう少し面倒なのが集まってると思ってたんだがな。上位神滅具使いとか、伝説の魔物の末裔とかよ」

 

 溜息をつくアザゼルは拍子抜けしたようだった。

 確かに最強の龍神がトップともなれば、もう少し面倒な相手になるかと思っていたのは修太郎も同じだ。

 そう考えながら、ふと引っ掛かることがあった。

 

「待て、『禍の団』……?」

 

 そういえば、修太郎はどこかでその名前を聞いたことがある。そう、あれは――。

 

「どうした暮修太郎」

 

「何か知ってるのか?」

 

「……思い出したことがある。2年以上前、旅の途中で同じ名前の集団を名乗る賊に遭遇したことがあった。ヴァーリ、そいつらはそんなに昔から活動しているのか?」

 

「いや、俺も長居したわけではないから正確な期間はわからない。しかし2年以上も活動している雰囲気は皆無だった。少なくとも、旧魔王派や他勢力の奴らは長くて一年未満だろう」

 

「2年以上だと……? おい、詳しく聞かせろ」

 

 修太郎は場の全員にインドで起こった一件を話した。

 『禍の団』を名乗る神器使いたちが英雄の子孫と神宝を奪おうとしたこと。それを阻もうとした修太郎たちに、敵は古代のアスラを復活させて応戦してきたこと。

 

「……それが事実なら、いきなりきな臭くなってきたな。どう考えても旧魔王派じゃねえぞ、それ。奴らにはまだ俺たちの知らない何かがあるってことか。その話は確かなんだな?」

 

「ええ、クロが意気揚々と旅の資金を強奪していたから印象に残っています」

 

 そういう意味では『禍の団』に助けられたのかもしれないと、今更になって思う修太郎だった。被害に遭った彼らは可哀想だが、テロリストと言うのだったら自業自得だろう。

 その言葉を聞いたアザゼルは楽しげに笑い出した。

 

「はっはっはっ、テロリスト相手にカツアゲかよ! まあ貴重な情報だ。礼を言うぜ」

 

「構いません。俺としても気になることがあるので……。そうだヴァーリ、『禍の団』に魔法使いは大勢いると言っていたが、その中に陰陽師はいたか?」

 

「陰陽師……確か日本の術師だったか。悪いが知らないな。さっきも言った通り、そこまで長居していた訳じゃないんだ」

 

「いったい何だ? 奴らに関係がある事なのか?」

 

「先日学園に侵入した少年が『禍の団』に所属しているとしたなら、おそらく自分の知る敵がそこにいる可能性があります」

 

 元はぐれエクソシスト、フリード・セルゼン。

 修太郎に一蹴された彼を逃がした協力者が考えた通りの人物ならとても厄介なことになる。

 

「ほう、そいつの名は?」

 

高円(たかまど)雅崇(まさたか)。陰陽風水を極めた魔人です」

 

 

 

 

 

 

 

 

                  ―○●○―

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……」

 

 旧校舎の廊下、窓から青空を眺めつつ、兵藤一誠は溜息を一つ吐いた。

 考えることは先日見た修太郎とヴァーリの戦いだ。

 一言で言えば、すごかった。陳腐極まる表現しかできない自分に呆れてしまうが、そうとしか言いようがないのだから仕方ない。

 

 二人が強いのはわかっていた。しかし話に聞くのと実際に見てみるのとでは全く感じることが違う。

 修太郎は相変わらず速く、ヴァーリの魔力弾を捌く時もあまりの剣速に攻撃が勝手に避けているようにしか見えなかったし、ヴァーリはヴァーリで自分の不完全な禁手(バランス・ブレイカー)では到底敵わないだろう力を見せつけた。

 

 リアスが言うには、ヴァーリもまた魔王クラスの実力者らしい。

 何ですかそれ魔王クラスのバーゲンセールですか!? などと言っても事実は変わらず。ヴァーリ・ルシファーと兵藤一誠は戦う宿命にあるのだと皆が言う。

 そんなこと言われてもやっぱりまったく理解できない一誠だが、いずれ戦うのなら自身ももっと強くならなければいけないのはわかる。しかし――。

 

(俺は本当にあいつを倒せるのか?)

 

 赤龍帝と白龍皇――ドライグとアルビオンは確かに互角なのだろう。しかし宿主の実力に差があり過ぎる。自身の勝利を信じてくれるリアスに応えたいとは思う。それでも埋められない差はあるのではないのか? そう思わずにはいられない。

 自分らしくないと感じる。

 それはおそらく、修太郎のせいだ。

 

 一度は血に沈みながらも立ち上がる彼の姿はとてつもなく恐ろしく、そして頼もしかった。

 彼はかつて英雄と呼ばれていたほどの男らしい。最強の白龍皇となるだろうヴァーリを生身で下して見せた姿を見れば、それは疑いようのない事実だ。なぜ、彼に『赤龍帝の篭手(ブーステッド・ギア)』が宿らなかったのだろうか。そうすれば――。

 

 かぶりを振って思考をリセットする。

 

 考えても仕方のないことだ。今代の赤龍帝は一誠であり、それは生涯変えられない。何よりもこれが無ければリアスたちと出会えなかったのだから、むしろ感謝すべきことなのだろう。

 こういう時はリアスのおっぱいを思い浮かべるに限る。

 大きいおっぱい、柔らかいおっぱい、綺麗なおっぱい……。

 

 そうして数分間脳内フォルダをあさり続けた一誠は、清々しげな表情を浮かべていた。実に残念な頭である。

 そうだ、今悩んでも仕方がない。とりあえず上級悪魔を目指すことが一誠の目標であるのだし、ヴァーリだって今すぐ戦おうとは思っていないようだ。どっちにしても地道に強くなっていくしかない。

 

 喧嘩すらまともにしたことが無かった数か月前が嘘のように、バイオレンスな日常を送っている気がする一誠だが、これも全て夢のため。

 修太郎たちが施したという整体のおかげか最近は非常に調子がいいし、身長だって5センチ伸びた。数値だけならオカ研内で一番高い。地味ながらかなり嬉しかった。

 

 そう思えば今まで悩んでいたことそのものが馬鹿馬鹿しく思えてしまう。

 決意も新たにギャスパーの訓練を行うべく彼の下に行こうとした一誠だったが……。

 

「イッセー」

 

 背後からの声に振り向けば、そこには愛しの主・リアスの姿。傍らにはいつものように微笑む朱乃がいる。

 

「はい、なんですか部長」

 

「白龍皇から敵の情報が入ったわ。今から会談当日の対応も含めて皆に説明するから、部室に集まってちょうだい」

 

「えっ、意外と速いですね。すごい怪我してたようですから、もうちょっとかかるかと思ってました」

 

「うふふ、レーティングゲームのおかげで悪魔の医療技術は勢力の中でも随一ですから」

 

 驚く一誠に、朱乃が答える。

 確かにライザー戦で怪我をした時もすぐに動けるまで回復されていた。フェニックスの涙という反則的な回復薬もあるのだし、驚くことではないのかもしれない。

 納得した一誠は、リアスたちと一緒に大人しく部室に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

                  ―○●○―

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕暮れの旧校舎。

 相も変わらず教室の一つにこもって生活しているギャスパーの下に、一人の人物が訪れる。

 

「ギャーくん」

 

「小猫ちゃん。どうしたの? こんな時間に」

 

 白髪の小柄な少女、塔城小猫である。

 

「さっきの話……大丈夫?」

 

 心配げな顔で尋ねる少女に対し、ギャスパーはきょとんとした表情になる。

 話、とは昼間リアスより聞かされた会談を狙う集団『禍の団』の情報と、その対応についてだ。説明の課程で敵がとるはずの作戦――ギャスパーの神器を利用した不意打ちも知らされた。

 小猫は、それを聞いたギャスパーがまた落ち込んでいないか心配だったのだろう。

 

「うん……僕は大丈夫だよ。敵が僕を利用しようとしてたのはショックだったけど……。頑張って……うん、頑張るから」

 

 ギャスパーの答えは小猫にとって意外なものだった。てっきり相当沈んでいるものと思っていたのだ。

 不思議そうな小猫に、ギャスパーは言葉を続ける。

 

「イッセー先輩も頑張るんだって。白龍皇の人は魔王さまと同じぐらい強いらしいけど、頑張ってどうにかするって言ってた。すごいよね。僕だったらきっと泣いて喚いて部屋から出てこれないよ。……それなら僕も頑張らなくちゃ。具体的にどうするかは決まってないけど、僕はイッセー先輩みたいになりたいから」

 

 どうやら小猫よりも先に一誠がギャスパーと話していたらしい。木場の時といい、本当に仲間思いな少年だった。

 先を越された形になるが、下手に小猫が慰めるよりそちらの方が良かったかもしれない。彼がやってきてからグレモリー眷族は本当に明るくなった。

 

「心配してくれてありがとう、小猫ちゃん」

 

 初めて出会った時はスケベ根性極まったダメ男だと思っていたが、今のギャスパーを見れば評価を改めざるを得ない。

 しかしまあ、それはともかく。

 

「じゃあ頑張るギャーくんにはこれをあげる」

 

「?」

 

 ギャスパーに渡されたのは袋型のパッケージだった。

 見ると――。

 

「に、にんにく……卵……?」

 

「サプリメント状だから匂いもしないし、これならきっと大丈夫」

 

 無表情でドヤ顔を決めるという器用なことをした小猫に、ギャスパーの顔はひきつっている。

 微妙な気遣いに、しかしやっぱりこうなるのかと思いつつギャスパーは――。

 

「おーやおやぁーー? 女の子二人集まって百合百合ですかァ? ダーメダメ、非生産的だよキミら。ヤるならちゃんと異性とヤらなきゃ。でもま、クソ悪魔どもだから仕方ないって話だったり?」

 

 覚えのある声に、小猫が素早い動作で振り向く。

 枯れた白髪、エクソシストのコート。狂気に満ちた瞳の少年はフリード・セルゼンだった。

 

「あなたは……! なぜこんなところに」

 

「来・れ・た・の・か? ってか。確かに結界いっぱいいっぱいで俺さまやんなっちゃった。でもんなもん知る必要ねぇってんですよ。なぁぜぇなぁらぁ――っと! あっぶね!」

 

 話の隙を突いてフリードへ攻撃を仕掛ける。しかし相手は素早い動きでバックステップし、小猫の拳を軽々と躱してしまった。

 

「ノンノン、そんなすっとろい動きじゃダメダメ。今の俺には当てらんねぇよ。鈍ガメ『戦車(ルーク)』は辛いよね」

 

 そう言って、コートから剣を取り出す。

 刀身から湧き上がる魔のオーラは尋常ではない質量だ。教会から持ち出された魔剣は4本あると言う。彼が持つのはおそらくその内の一振りだろう。

 

「ほいほい、魔剣ディルヴィングちゃんだよーっ、よっろしくぅーっ! ま、今回は斬っちゃダメなんだけど、一つお披露目ってね」

 

 そう言うや否や、フリードの姿が突然失せる。

 気付けば小猫は壁に叩き付けられていた。

 

「が、っ!?」

 

 なんだこの速さは。

 以前のように『天閃の聖剣(エクスカリバー・ラピッドリィ)』を持っている訳じゃないのに、小猫の目では全く追えなかった。

 

「流石に『戦車』は硬いねぇ。どうでもいいけど」

 

 へらへらと笑いながら近づいてくるフリードを見れば、総身を澱んだ紫のオーラが包んでいる。

 あれは、まさか――。

 

「闘、気……?」

 

 それも邪気を多分に含んだものだ。

 なるほどそれならばあの急激なパワーアップも頷ける。しかし、教会のエクソシストだったフリードに仙術が使えるはずはない。いったいどうなっているというのか。

 

「ご明察。流石……なんだっけ、ネコショウ? そんじゃま、旦那。後は頼んますぜ」

 

 フリードが()()に話しかけると、彼の影が蠢き形を変えていく。それはもはやフリードのものではない、背の高い男の影だ。

 同時にフリードの背後から燃えるような漆黒の邪気が噴出した。それは腕を作り、脚を作り、身体を作り、そして顔を作る。暗黒のヒトガタが少年少女を卑睨する。瞳の色は邪悪な黄金、縦に裂けた瞳孔は龍そのもの。しかしその存在は龍ではなかった。それは――。

 

「こ、小猫ちゃん……」

 

「ギャーくん、逃げて……」

 

 少女のかける声もむなしく、ヒトガタの手より無数の呪符が飛び交い、そして二人は意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

                  ―○●○―

 

 

 

 

 

 

 

「あれ?」

 

「え?」

 

 深夜の旧校舎。

 月と星から降り注ぐ光が椅子に座った二人を照らす。

 

 気付けばギャスパーと小猫は部室にいた。

 何故自分たちはこんな時間まで残っているのだろう? もしかして眠ってしまったのだろうか。

 二人顔を見合わせて、しかしどうにも理由が思い出せない。仕方がないので小猫はそのまま部室に泊まっていくことにし、ギャスパーもそれに賛成した。

 なんだか身体がだるく、思うように動かないのだ。帰宅に体力を使うよりは、一応の宿泊設備がある部室で一晩過ごす方がいいだろう。

 

 何せ、会談が行われるのは明日なのだから。

 

 

 




恒例のイチャイチャ治療と、実は主人公が全盛期過ぎてるって話。
ノーリスクリレイズ持ちってちょっと流石にあり得ない。でもまあ十分怖いです。

禍の団英雄派? 知らない子ですね……。

んでもって今回からオリジナルボスが本格介入。
陰陽、風水、そして魔人。誰が元ネタになったかはわかる人にはわかる。
それに合わせてフリード強化。一応奴も剣士ですからね。

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