剣鬼と黒猫   作:工場船

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第三十一話:魔の夜、明けて

 白を基調としたリノリウムの廊下をリアス・グレモリーは歩く。

 窓の外を見れば燦々と輝く太陽、ここは駒王町にある悪魔の息がかかった病院施設。

 

 会談の夜から五日、学園を中心に町を襲った被害は全て突然の直下型地震によるものとされた。目撃者などへの記憶修正や隠蔽も滞りなく済み、駒王町は一見元の様子を取り戻している。

 丸ごと消滅した駒王学園に関しては、地震の影響に対する点検と称して一週間のあいだ休校とし、悪魔たちの手によって復興作業が進められている最中だ。

 

 何しろ結界によって閉じ込められた鬼神の破壊力は地下数百メートルまで抉る大穴を作っており、いくら悪魔の建築技術が非常識的な物であろうと二日三日でこなせる規模ではなかったのだ。リアスは知らされていないことだが、一誠の魔剣による一撃がさらに1000メートル近い穴を穿っていたため、整地作業を非常に困難なものとしていた。

 

 今朝の様子を見るとどうやら外観だけは元通りになっていたようだが、これから防護・警備関係の術式を追加する予定らしい。コカビエルの襲撃に続き、今回の大破壊もあって、悪魔側の意向(リアスが思うにおそらくはサーゼクスの案)から学園を要塞化するようだった。

 三大勢力和合が成立した地であり、力を引き寄せる性質を持つという赤龍帝がいるのだ。土地の人間に対し悪い作用があるわけでもなし、別段あって困ることは無いだろう。しかし管理している立場のリアスからすれば自身の実力不足を実感してしまい、何とも言えない気持ちになる。

 

 今回、リアスは襲い来る敵に対して時間を稼ぐだけで何もできなかった。

 無論、その行動に価値が無かったとは言わない。人員的な被害を軽減させるだけでも有益ではあっただろう。

 それはわかる。しかしながら、後の展開を見る限り敵――魔人・高円雅崇にとってはどうでもいい足掻きだったに違いない。何せリアスたちが堕天使モドキをどう打倒しようが、最終的には宝貝の猛威と鬼神の一撃で以って全て喰らい尽くす手筈だったのだから。

 魔人の目は徹頭徹尾、あの場に集った強者にしか向けられておらず、そしてその中にリアスはいない。敵の眼中に映らないことが、これほどまで悔しいことだとは思わなかった。

 

 それは木場とゼノヴィアも同じだ。

 呪いによる霊的なダメージが大きかったリアスたちに比べ、二人は特に外傷が酷かった。魔人と化したフリード・セルゼンは終始二人を圧倒しつつも、一息に殺さず嬲り続けていたらしい。せっかく覚醒した聖魔剣も、扱いが向上した聖剣も、あの狂った少年の前では歯が立たなかった。二人の悔しげな顔が脳裏に浮かぶ。

 

 もしも一誠が異界の破壊に成功しなければどうなっていたか、結果は言うまでもない。あの場は間違いなく死地だったのだ。

 

 その一誠は魔人と戦う中で、正式な禁手(バランス・ブレイカー)に至った。

 眷族の主としては誇らしいことであるがしかし、彼の禁手は未だ不安定であり、問題点が非常に多く、実戦で運用するに耐えられるものではないのだと言う。魔剣の力も同様で、禁手状態にならなければ出すことすらできないとのことだった。

 

 分析・解析したのは神器(セイクリッド・ギア)マニアの堕天使総督アザゼル。性格的にはともかく、神器に対する知識は彼の右に出る者などいないのだから、まあ正確ではあるのだろう。

 本来であればあの時点の一誠は禁手に至れる器ではなかった。そのことが大きく関係しているらしい。つまるところ、今後も要鍛錬ということだ。

 リアスを含め、眷族もパワーアップを図っていかなければならない。

 

 そうこう考えているうちに、目的の場所に着いた。

 個室の扉横に備え付けられたプレートには『塔城小猫』の名前が書かれている。

 リアスはそれを確認すると、ノックをして部屋の中に入った。

 

「こんにちは、小猫。具合はどうかしら?」

 

 備え付けられた大きなベッドに上体を起こした小猫が見える。その傍らには彼女の姉、黒歌が椅子に座っていた。

 

「部長……こんにちは」

 

「はぁーい♪」

 

 無表情のままぺこりと頭を下げる小猫に、手をひらひらと笑んで応える黒歌。何とも対照的な姉妹だな、と思わざるを得ない。

 

「さて、お姉ちゃんはこれで退場するにゃん。そんじゃ白音、大人しくしてなさいよ?」

 

「……わかっています」

 

 その言葉を聞いた黒歌は立ち上がった。もう用は済んでいたらしい。

 

「黒歌、小猫の様子はどうなのか聞いてもいいかしら?」

 

「どうもこうも、報告はしてると思うけど……まあいいにゃ。前と変わらずよ。地脈の気を受け過ぎたせいで仙術の感覚が全開放されて、暴走してる。これは正直、自然に治るようなものじゃないにゃん」

 

「そう……」

 

「ま、今は私の方で封印を施してるから、そう大事にはならないだろうけど。どっちにしても仙術を覚えてコントロールできないと、自然の気だけじゃなく邪気まで吸収し過ぎて危ないにゃん」

 

 黒歌の返答は予想通りだった。

 小猫とギャスパーについて、修太郎と黒歌の推測によれば、彼女たちは会談の前日に魔人の手によって式神と入れ替えられていたらしい。

 そうして会談が始まるまでの間、校舎中に呪符や術式などを仕込むことで異界化の準備を進めさせられていた。

 

 本体は学園地下に作られた大空洞の法陣に組み込まれ、小猫は猫魈の資質を利用して地脈を制御する器に、ギャスパーは上位陣を封殺するための装置として使われたのだと言う。会談直前で式神の彼女たちが体調を崩していたのは、これらの術式が稼働し始めたことによる。

 ちなみに地下大空洞に関しては魔人が使役する蠱毒虫が作ったものらしい。公開授業の時にフリード・セルゼンが持ちこんでいた包みの正体がそれだったようだ。

 

 いくら霊地ではなかったとしても、大地を巡る気の質量は膨大だ。それを一時的に未熟な身体で受けた小猫は、その身に秘めた才能を限界以上に解放したまま戻らなくなってしまっていた。肉体の気脈――経絡系は拡張され、気の最大容量(キャパシティ)そのものが以前の五~十倍まで跳ね上がっている状態だ。

 

 一切の修行を積んでいないにもかかわらず、スペックだけなら黒歌と同等かそれ以上。これほどまでに体質が変わっていながら、未だ小猫が自我を保ちつつ五体満足で生きているのはもはや奇跡の領域だった。高円雅崇はギャスパーだけでなく小猫も使い捨てる気だったに違いない。

 しかしながら、今まで仙術の習得を忌避してきた少女にそれを制御する術は無く、故に意識が戻り体調が回復した今でも、結界に覆われた病院の個室で安静にしていなければ邪気に呑まれて正気を失う可能性が高かった。

 

「という訳で、これから私が白音に仙術を教えるから。よろしくにゃん♪」

 

「ええ、それは願ってもないことだけれど……」

 

 小猫を見ると、頷いて肯定した。リアスが来るまでの間に二人でそういった話を進めていたのだろう。

 転生者の増加により今までの魔力一辺倒ではなく、様々な術の使い手も増えてきた悪魔勢力だが、仙術の使い手は未だ貴重だ。黒歌は特に力の強い高位術者であり、その指導を受けられるということであれば、むしろこちらから頼みたいぐらいだった。

 

「でもあなた、地脈の整備もやらなければならないのでしょう?」

 

「だから今はその合間を見てになるけどね。とりあえず基本だけ覚えさせて日常生活に復帰できるようにするけど、本格的にやるのはあと2・3週間は無理かにゃん」

 

 腕を組んで胸を持ち上げながら黒歌は答える。

 無理矢理な方法で学園を疑似的な霊地に仕立て上げたことと、空間宝貝の凶悪な効果が合わさった結果として、現在の駒王町は土地の力を著しく弱めている。それによって世界を正しく循環するはずの気が滞り、不運・凶運などの良くない気が溜まる状態にあった。

 連鎖的に土地神の加護も弱まったことで、このまま放置すれば町中に悪霊が蔓延り、不幸な事故が頻発する不吉の土地になるだろう。

 

 三大勢力にもパワースポットの管理を行える者は存在するが、決して数は多くない。それにしても気や生命力という分野に干渉するには仙術使いが最適なのだ。

 会談の警備で獲得した敵の情報源(成果)を高円雅崇の手によってほとんど駄目にされた黒歌は、サーゼクスより打診されたこの仕事を受けることで代替とするつもりだった。とはいえ、一応できるというだけで専門的に技術を修めている訳ではない。故に迅速な解決とはいかず、難航している状況がある。

 

「じゃ、そういうことで。忙しいからもう行くにゃん。ばいにゃーん」

 

「ええ、ありがとう黒歌」

 

 手と尻尾をひらひら振りながら黒歌は去って行く。「仕事なんてめんどいにゃー」などとぼやき、気だるげに姿を消した。

 それを見届けたリアスは黒歌が座っていた椅子に腰かけ、小猫と向かい合う。

 そうしてしばらく、小猫が口を開いた。

 

「……姉さまから、前の主を殺した理由についての話を聞きました」

 

 黒歌の主が眷族の能力向上に並々ならぬ関心を寄せていたこと。

 その一環として眷族当人はおろか、その血縁にまで無茶な強化を強要したこと。

 そして猫魈の力に興味を持ち過ぎた主が白音――小猫にまでそれを行おうとしていたこと。

 軽い口調で隠してはいたが、つまりは小猫を守るために主殺しをやったということなのだろう。

 

 当時、仙術の習得によって邪気に呑まれかけていた黒歌は自身の殺意を止められず、短絡的な殺害行動をとることしかできなかった。今よりも小さく弱い小猫を連れて逃げることもできないが故に、置いて行くしかなかったのだ。結果として小猫を辛い目に遭わせてしまったことを、黒歌は謝罪した。

 

「そう……小猫はどう思ったの?」

 

「……姉さまが理由も無くあんなことをしたんじゃないということがわかって、少し安心したような気がします。それでも、まだ許すことはできないのかもしれないけど……向き合うことはできるはずだから。だから私は仙術を覚えたい。みんなのためにも私はもっと強くならなければいけません」

 

 黒歌の罪は、ある意味で悪魔社会全体の問題とも言える事柄だ。

 しかし、その理由を聞いたとして、すんなりと受け入れるには時が経ち過ぎてしまったのだろう。

 だが、答える小猫は覚悟を決めた様子だった。

 姉はあの時、確かに力に呑まれたけれど、やはり姉だったのだ。それを知ることができて、自らの力に対する忌避感は絶対ではなくなった。

 今の自身の状況と、今回の一件で感じた無力感を鑑みても仙術の習得は必須事項。何より姉と向き合うために、このトラウマを小猫は乗り越えなければならない。

 それを聞いたリアスは微笑んで答える。

 

「なら、私から言うことは何もないわ。仙術の習得、頑張って頂戴。もちろん、無理しない範囲でね」

 

「はい!」

 

 気合いを入れて答える小猫。

 その後は近況の報告と雑談をする流れとなる。

 どうにも小猫は味気ない病院食に辟易している様子で、リアスが見舞いで持参したお菓子や果物をしきりに気にしていた。外に出られないというだけで体調的には普段と変わりないのだから、食いしん坊の気がある彼女にとって入院生活というのは中々に辛い環境なのだ。

 そうして一通り話し終えた後、小猫は尋ねる。

 

「部長、ギャーくんの様子はどうなのですか?」

 

「ギャスパーは……まだ目覚めていないわ」

 

 比較的早く目覚めた小猫に対し、ギャスパーは未だ昏睡状態から復帰できていなかった。

 命そのものに別状はないものの、魔王級の強者10名近くを封じた負荷は、神器を通して彼の精神に莫大な消耗を強いていた。いずれは目を覚ますとしても、後遺症が残っていない可能性は否定できない状況だ。

 

「そう、ですか……」

 

 落胆した様子の小猫は、悔いている様子だった。

 自身らを攫いにきたフリードと魔人に対し、ギャスパーを守ることはおろか大した抵抗もできなかったことが悔しいのだろう。

 

「私、頑張ります」

 

 そう言って、決意も新たに小さな拳を握りしめる少女だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

                  ―○●○―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 小猫と別れたリアスがギャスパーの病室に入ると、ベッドの上はもぬけの殻だった。

 

「そんな……!?」

 

 慌てて駈け寄り、シーツの上に手を置くとまだ温かい。

 風を感じる方向を見れば、そこには全開になった窓があった。同時に屋上から魔力の波動を感じる。これは、ギャスパーのものだ。

 考えるよりも先にリアスは屋上へと走り出していた。

 

 屋上の扉を開くと目的の人物はすぐに見つかった。

 風に流れる金髪に、少女が如き華奢な肢体、こちらに振り向く顔は人形と見まがうほど端正で、血の色を連想させる赤い瞳が美しい。嘘も紛れも無くギャスパー・ヴラディその人だ。

 しかし、違う。

 見れば、足元の影に沸き立つ不気味な『闇』が身体の輪郭を膜のように覆っている。

 吸血鬼の能力に影を操るものがあるが、それとはまた異質な暗闇だった。それを確認した途端、リアスの背筋を悪寒が走る。

 その様子に、少年が微笑む。

 

『そんなに怖がらなくていいよ、リアス部長』

 

 口を開いているのはギャスパーだが、発せられる声はどこか深いところから響くようだった。

 輝く太陽に手をかざして視界に影を作りながら、言葉を続ける。

 

『あまり運動していないのもあれだから、こうして外に出てみたけれど、やっぱり光や太陽は苦手だね。眩しくて仕方がない』

 

「……あなたは何者? 高円雅崇と関係があるのかしら?」

 

『高円雅崇……あの男だね? でも彼と一緒にするのはやめてほしいな。確かに気持ちはわからないでもないけれど、僕はまったく無関係さ。あなたが知るものとは少し違うけど、僕もギャスパー・ヴラディだよ。そうだね、今は別人格……とでも言えばいいかな?』

 

「別人格……?」

 

 戸惑うリアスにギャスパーが答える。

 落ち着いた低いトーンの声音は常の怯えた彼とは正反対で、違和感しか感じない。

 

『あの男はギャスパー・ヴラディを調整する段で僕の存在に気付いた。それで何か思いついたんだろうね。呪いに染まった龍神の力を入れようとしたんだけど、僕とは相性が悪かったせいか失敗したようだよ。それで、こうして表に出られるようになったんだ』

 

 様子だけなら前から見ていたんだけど、とギャスパー。

 そんなことなど知らないリアスは、やはり困惑するしかない。『変異の駒(ミューテーション・ピース)』の僧侶(ビショップ)ということで元来が優れた才能を持つとされていたギャスパーだが、神器以外にもまだ何かあるのだ。

 

「あなたが別人格だと言うのなら、今までのギャスパーはどうなったの?」

 

『心配しなくても、もう一人の僕は無事さ。精神にかかっていた負荷は途中で僕が肩代わりしたからね。じきに目覚めるよ。今回あなたの前に現れたのも、それを伝えるのが目的というわけだ。さて、僕は今すごく疲れている。しばらく眠るとしよう……』

 

 ギャスパーの輪郭から闇が剥がれ落ちていく。それと共に感じていた悪寒が引いていった。

 

「まって! ギャスパーがヴラディ家から離れたのはあなたが原因じゃ……」

 

『リアス部長、急いではいけない。もう一人の僕は僕のことを知らないから、彼がそれに向き合えるほど強くなるまで待つことだよ。それじゃあ、またいつか……』

 

 リアスの制止もむなしく、ギャスパーはその場に崩れ落ちる。

 駆け寄って確かめると静かな寝息を立てていた。

 

「もう、いったいなにがどうなってるの……?」

 

 もう一人のギャスパーの言葉が本当であるならばまさしく朗報だが、それよりも最近の激動極まる事態にリアスは頭を抱えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

                  ―○●○―

 

 

 

 

 

 

 

 

 修復――もとい新規建築された駒王学園の職員会議室に、修太郎は呼び出されていた。

 場にはサーゼクスとアザゼルの姿があり、通信法陣の窓にミカエルの顔が浮かんでいる。

 

「暮修太郎くん、今回キミに来てもらったのは他でもない『禍の団』への対処についてだ」

 

 サーゼクスの言葉にアザゼルが続ける。

 

「先日報告があったことなんだが、こっちの会談が終了した直後にヴァルハラと須弥山へ『禍の団』が襲撃を仕掛けたらしい。それについてはまあ、結果として問題なく対処出来たようなんだが……」

 

『突然敵の何人かが異形の姿に変じたのです。――あの時のように』

 

 ミカエルが答える。

 三大勢力のはぐれ者たちは神々の力に敵わず容易く撃退されたが、撤退の最中にその身を化け物へと変えた者がいたのだと言う。

 それはつまり。

 

「『禍の団』は、高円雅崇に掌握されている」

 

「そういうことだな。ヴァーリの情報によると最大派閥だった旧魔王派のトップはシャルバ・ベルゼブブだが、先のクルゼレイを見るにもう陥落していると予想していい。あれからまた少し調べたが、あの魔人はそういうことが得意なんだろう?」

 

「ええ、前はそれで邪教集団を乗っ取り、大鬼神を復活させました。しかしそうなると、今の奴には組織を欲する理由があるということになります」

 

 高円雅崇はその有り余る能力で以って、大抵のことを一人でこなせる。

 あの男にとって他人とは須らく邪魔なものでしかなく、故に組織を率いるとなればそれが必要だからに他ならない。

 単純に手が足りないのか、それとも『生贄』でも欲しているのか。わからないが、あの男が関わる以上、最大級に厄介な事態を起こす可能性は高い。

 

「ふむ、理由か。以前は単独でやろうとしてキミに敗れたのだろう? それを反省して仲間を作ろうとしているのではないかね?」

 

「それもあるかもしれませんが、仲間や友といった間柄は奴と最も縁遠いものです。反省したとしても、もっと別の案を出すでしょう。いや、となると、なぜ奴はフリード・セルゼンの自我を残していた……?」

 

 手駒として利用するなら自我など不要なはず。言っては悪いが、フリードの人格にそれほどの価値があるとは思えない。

 そもそも、あの男がここまで多くの勢力を相手取るという悪手に出ること自体が不自然に思えた。

 考え込む修太郎へとアザゼルが口を開く。

 

「まあ、その話は置いておこうか。問題はあの男が『禍の団』を実質上率いている可能性が高いということだ。俺らを異形化させる『蛇』と本人の能力もそうだが、何より目的が危険極まりない。オーフィスを使って何をするつもりかは知らんが、こっちとしても積極的に攻勢を仕掛けていかなければヤバいことになるのは明白だ」

 

『他神話勢力にも協力を申し出てはみたのですが、高円雅崇という存在そのものが認知されていなかったためか快い返事はいただけませんでした。直接襲撃を受けたヴァルハラと須弥山は一考してくれるようですが……』

 

「そのようなわけで、我々は今回の事案を各勢力における死活問題と判断する。暮修太郎くん、私たち聖書の三大勢力は、キミの力を必要としている。どうか協力してはもらえないだろうか?」

 

 頼むサーゼクスの目は真摯だった。

 なるほど確かに日本を含む全世界において、魔人と最も多く戦い、生還し、そして打倒した存在は暮修太郎をおいて他にいない。

 

「仙術にも長けてるだろう奴を捕まえるのは、俺らじゃ至難の業だ。こっちにもいないことはないんだが、敵がいつ現れるかわからんとなっちゃあ、フットワークの軽い実力者が一人でも多く欲しいんだよ。報酬は言い値でいい、頼むぜ」

 

 アザゼルが続けて言う。

 魔人の障壁は一定水準以上の実力を持っていなければ触れることすら出来ないが故に、必然戦える者は各勢力の最上級クラスに限られてくる。それらの人員は総じて重要なポストに就いているため動きにくく、その点を言えば修太郎は適任と言っても良かった。

 対する修太郎の答えは一つ。

 

「それについてはこちらから申し出たかったところです。奴が今ここにいるのは、あの時自分が仕損じたからに他ならない。その依頼、受けましょう」

 

 修太郎の言葉にアザゼルは悪戯気に、他二人は安心したように笑んだ。

 

「そりゃあ良かった。じゃあ報酬はどうする? 金でも物でも女でも、俺らが提供できるもんなら何でも用意してやるぜ? お前さんにはそれだけの価値がある」

 

「望むのであれば、キミを転生悪魔とすることもできるが……」

 

「買い被り過ぎです。報酬に関しては、場面場面で適切な支援をいただければ結構。転生はやめておきましょう。おそらく『蛇』の餌食になる。見た限り、あれは人外にのみ効果を発揮する代物だ」

 

「わかるのか?」

 

「何となくなので確証はありませんが……おそらくは」

 

 人外だらけの『禍の団』において、地力で劣る人間まで異形化させる意味は薄い。自我を失い暴走すると言うのなら尚更だ。それでは魔法も神器も使えなくなる。洗脳の方がまだいくらかマシだろう。

 英雄クラスの力を持っているならば別だが、生命力を圧縮させる関係上、人間では片手落ちもいいところだ。リソースの面から見ても人外に特化して調整している可能性が高い。あの男はそういった技術において、殊更無駄を嫌う傾向があるのだ。

 

「なるほど。一応考えてはいたが、本格的に俺らも対策を練らないといかんな」

 

「それよりも、クロ――黒歌の恩赦に関する件ですが」

 

「それに関しては目下審議中……というより、彼女が地脈の整備を受けた段階で実質的に恩赦は決定しているようなものだ。言い方は悪いが、我々に益をもたらす存在であると判断された。戦時でもあることだし、否を唱える者はいないだろう」

 

「そうですか……それは良かった」

 

 サーゼクスの答えに安堵の息を吐く。

 しかしそれは同時に彼女も『禍の団』との戦いに参加するということだ。そもそも修太郎が参戦する以上、間違いなく黒歌もついてくるだろう。

 今の修太郎が高円雅崇を完全消滅させるためには彼女の協力が必要不可欠であるとはいえ、心境は複雑だ。

 

『とはいえ、要所の支援はこちらとしても当たり前に行うことではあります。やはり対価は支払わねばなりません』

 

「ああ、ミカエルの言うとおりだ。正当な対価を支払わねば正当な契約とは言えない。これは、悪魔のルールでもある。修太郎くん、何か要望があれば言うといい。なに、別に今すぐでなくとも良いのだよ」

 

「まあ決まらねぇってんなら、決まったあとで俺に言えよ。ガキどもの指導するのに、しばらくこっちで教師やるからな」

 

「そう言うのであれば少し考えましょう。……そうですね、では――」

 

 続く言葉は激しく開いたドアの音に邪魔された。

 そこから弾丸のように飛び込んでくる人影が一つ。褐色の小柄な身体に漆黒の翼を広げ、手に掲げる杖を煌めかせて部屋の中を縦横無尽に飛び回る。

 突然の出来事にしかし、修太郎は慌てず闖入者を捕えようと手を伸ばし――。

 

「カティちゃん☆ そっちはダメなのよ! 今大事な話をしているところなのだから!!」

 

 新たに現れたもう一人の声に遮られる。

 見ればそちらには魔法少女姿のセラフォルー・レヴィアタンが慌てた様子で立っていた。

 

「そんなのかんけいありません! カティはいだいな真のレヴィアたんなのです! てんしもだてんしもきらめくスティックでまとめてまっさつしなくては!!」

 

 そういって空中に静止した闖入者。

 それは有り体に言って幼女だった。ひらひらと可愛らしい衣服――修太郎は知らないが、アニメ『魔法少女ミルキースパイラル7オルタナティブ』主役の衣装に身を包む、眼鏡をかけた褐色の幼女。

 すごい、見たことがある。

 

「サーゼクス殿……あれは、まさかカテレア……?」

 

「うむ、黒歌の封印を受けたせいか、どうやら高円雅崇の『蛇』が発動しなかったようなのだが……」

 

「プッ、ククククククク……ハーッハハハハハハッ!! おいおいおいおい、何だそりゃマジ傑作じゃねぇか! 旧魔王さまが幼女でラブリーな魔法少女さまかよ!!」

 

『……その様子だと本格的に幼児退行しているようですね。記憶も失っているのでは?』

 

「まさしくそうなのだ。今の彼女はただの幼女。だからこそ、扱いに困っている」

 

 爆笑するアザゼルと、困惑する修太郎、ミカエル。

 困った表情のサーゼクスに、セラフォルーが言葉を放つ。

 

「可愛いからこれでいいの☆ カティちゃんは新しい私の妹にするのだから! レヴィアたん二世なのよ!!」

 

 そう言って、空中の幼女を抱き寄せた。

 露骨に嫌な顔をして、身を捩じらせるカテレア。

 

「めっちゃ嫌われてるじゃねえか」

 

「そ、そんなことないもの! 魔法少女仲間に悪い人はいないんだから!」

 

 狼狽するセラフォルーをよそに腕から抜け出したカテレアは身軽に着地。

 

「レヴィアびーむ! だてんしはまっさつします!」

 

「痛ぇ!?」

 

 脛に魔力光線を受け、悶絶するアザゼル。

 

「てんしもまっさつ!」

 

『待っ……』

 

 続いて放たれた光線が、ミカエルの通信法陣を砕く。

 

「あなたはさいこうのまおうではない!」

 

「ぶっ!?」

 

 ついでに魔力で取り出したらしきパイをサーゼクスの顔面にシュート。

 なんというか、この場はどうしようもなく滅茶苦茶だった。

 

「にんげんも……」

 

 ここで初めてカテレアが修太郎の存在を認める。

 何故か睨み合う形になった。

 

「…………」

 

「…………」

 

 体格は幼女、魔力も幼女、立ち振る舞いも幼女、ついでに匂いも幼女。

 この場で手に入るありとあらゆる要素を元に総評して、今のカテレア・レヴィアタンは完全に幼女だった。

 

「…………ふぇ……」

 

「!?」

 

 そして、修太郎の鋭すぎる目を見た幼女の類は必ずこうなるのだ。

 大きな瞳にみるみる涙が溜まり、そして間もなく決壊。

 

「ふぇえええええええええん!! にっ、にんげんがこわいぃ~!!」

 

「よしよし、大丈夫よカティちゃん、修太郎くんは悪い人間じゃないの☆ 私たちの味方なのよ」

 

 泣きじゃくりながらセラフォルーにしがみつく幼女。

 なんだか幸せそうなセラフォルーに対し、修太郎はもう何をしにここへ来たのかわからなくなってしまった。

 

「とりあえず、これがクロのせいと言うならば、この場は俺が切腹すればよろしいか」

 

「いや、その結論はおかしいだろ」

 

 こうして、修太郎は『禍の団』打倒のため三大勢力に雇われることとなったのだった。

 

 

 




そんなこんなでヴァンパイア編終了。
次回からのヘルキャット編(仮)は、主人公がいろんな人といろんな場所を巡る予定。

今回は小猫のポテンシャル大幅アップと早すぎるギャスバロの覚醒。
ついでにもう一人のレヴィアたん誕生。意味はあんまり無い……こともないかもしれない。
総括して魔人さんは超余計なことをした。

しかしこの小説、朱乃の影が超薄いな……。

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