――あなたが部屋に入ると、机の上に見慣れた日記帳が見えた。
――身内ながらよくよく不用心と言うか、ずぼらと言うか。
――これでは見てくれとでも言っているようなものじゃないか、と。
――心の中で言い訳をしつつ、あなたは日記を開いた。
□月#日
やってきましたフランス!
国民の大半がカトリックとかなんとかで、天使たちの影響が強い国だけど、私の術にかかれば潜入なんてあくびがでるほど簡単。基本、本気で隠れた仙術使いを見つけられるのは仙術使いだけなのよ。
修太郎なんかは勘だけで当たりをつけるけど、それは例外中の例外。
っていうか気配察知だけなら普通に仙人並じゃない、あいつ。範囲は私がだいぶ上だけど、精度はあっちの方が上だったりするし。
まあともかくフランス。
詳しくは知らないけど、もうフランスってだけで服とか美術品とか料理とか、なんか全体的なイメージからしておしゃれよね。
セレブっていうか何っていうか……うーん、所詮貧乏暮しがデフォルトの私じゃ何と言っていいかわからない。
でもやっぱりフランスと言えば料理!
何だっけ、オーヴェルニュとかブルゴーニュとか? 地方料理がいっぱいあるみたいだから、これはもうフランス全土食べ歩きツアーね!
と言いたいところだけど、実はお金があんまり無い。飛行機のチケット代、二人分だと結構かかったのが痛かった。
私が猫に化けて荷物に紛れれば一人分浮いたかしらん? でも貨物室って寒そうだし、修太郎だけ一人で機内食を満喫するのも気に入らない。
あのなんちゃらの団っていう盗人がもう少しお金持ってたら良かったのに。まあ言ってもしょうがないか。
ともあれ稼がなくちゃ話にならない。
となるとやっぱり修太郎が頑張ることになるのよね。っていうかこれ書いてる時点で頑張ってるんだけど。
即興でアクロバティックな動きをしたり、そこらへんに落ちてた良さげなものでジャグリングしたり。適当な店で買った仮面をかぶって、それっぽく。
客の人が投げてくるものまで加えて、もう何十個っていう物を器用に投げてはキャッチしてる。傍から見て現実感が湧かないレベルの催しになってて、空き缶が硬貨と紙幣でいっぱい。
かつてないほど大盛況ね。もうこいつ、大道芸だけで生きていけるんじゃないかしら?
でもって私は横で見てるだけ。
何この役立たずな感じ。
楽をできるのはいいけど、こんなのちょっとみじめじゃない。ちょっと猫に化けてって物申して来よう。
(ここから先の筆跡が荒くなっている)
修太郎のバカ!
なんで私までジャグリングするのよう!
私に物が当たらなかったのは凄いけど、ちょっとは相談ぐらいしなさいよ!
あの後しこたま引っ掻いてやったけど、どうせ10分もすれば傷跡も残らないし、うっぷん溜まりっぱなしだわ。
私がいないとこの国の人と話もできないくせに! こんど言語通訳のリンク切ってやろうかしら。
□月+日
修太郎にサーカスのスカウトが来た。
場所を変えてたとはいえ連日おんなじような事やってたら当然よね。
なんかパソコンの動画サイトとやらにアップされてたみたいで、是非我がサーカスに入らないか? とのことらしい。
そんなことよりこれガッツリ私の姿映ってるんだけど。絶対悪魔側にバレてるんだけど。
という訳でスカウトは断って逃げ出した。
お金を稼げるなら惜しいことしたと思うんだけど仕方ないわよね。
実はこれ以上ごくつぶしになることが不安だったのは内緒だ。
案の定、私たちが町を出た直後に悪魔と天使の小競り合いがあったみたい。追撃部隊が来たのね。まあ戦っても負けることは有り得ないけど、危なかった。
そうそう、この間初めてフランスの高級レストランに行ってみたんだけど、料理が順番に出てきてびっくりした。というかマナーに苦労した。修太郎がそういうの載ってる本を買ってなかったら、本当に赤っ恥かくところだったわ。貧乏人が無理に行く所じゃないってことね。
でも美味しかった。また食べたいな。
※月@日
なんだか最近寝苦しい。
別に安宿のベッドが硬いとかそう言うんじゃなくて、こう胸につかえがあるような。なんだか落ち着かない気分。
ここ一週間ずっとそんな感じ。なのでこうして気を紛らわすために書いてるんだけど。
うーん、別に悪い物を食べたとかじゃないと思うんだけどな。
そわそわする。ぽっかりと何かが空いてる。
例えるなら、人肌恋しい?
……あ、多分合ってる。ずいぶん久しぶりだけど、わかった。
これ発情期だ。
※月×日
修太郎のバカ
※月△日
面白くない。つまんない。
※月□日
私は悪くないんだから
(何かを書いて消した後がある)
※月%日
いいかげん考えがまとまらないので、書いてまとめようと思う。
修太郎と仲違い、喧嘩? 喧嘩した。今は別れて私一人。
原因は、久しぶりの発情期。
中国ではサル師匠の修行の一環で心を鎮めるのが習慣になってたし、インドではなんだかんだでマントラの習得に集中してたところがあったから、いつの間にか過ぎてた。
私は身体も成熟してるし、発情期自体はコントロールできるんだけど、やっぱりムラムラは発散した方がいいに決まってる。と言うか、私自身溜まってるから突然こんなことになってるんだし。
それに気づくともう止める気にならない。
となると、肝心の相手は一人しかいないわけで、当然修太郎になる。
あいつは人間ではありえないほど桁外れに強いし、人格云々はこの際ともかく、種としては極上だ。顔も悪くないし、逞しいし、何よりとてもいい匂いがする。子供を産んでもいいくらいには気に入ってる。
うん、気に入ってる。
自慢じゃないけど私はエロい身体をしてると思う。
おっぱいは大きいし、太すぎない範囲で全身肉付きもいい。胸だけじゃなくて、ヒップラインだって自信があるのよ? 猫又はエロくてなんぼなんだから、そんじょそこらの人間はもちろん、悪魔や堕天使にだって負けやしない。
……そういうこともされると覚悟して転生悪魔になったのに、何だかんだで今まで経験が無いのがあれだけど、本能的にどうすればいいかは何となくわかる。相手を満足させる自信はあった。
修太郎は、いつも何を考えてるかいまいちわからないところがある。
でも前にも言ってた通り普通に性欲があるんなら、きっと受け入れてくれるはずだと、そう思ってたのに。
拒絶された。
寝ているところに忍び込んで、直前まではうまくやってたんだけど、いざ行為に及ぶ時になって気付かれた。
てっきりいつもみたいに呆れた顔で見返してくるかと思えば、起きた修太郎は必死の形相で、刀まで抜き放って、私の首を掴んで組み伏せて、驚くほど冷たい目でこちらを見つめた。「敵」を見る目。とても、とても怖かった。
私の表情に気付いたのか、すぐに手を離して解放してくれたけど、私は混乱して逃げ出してしまった。
何で? どうして? 何がダメなの?
そんな言葉だけが頭の中にある。
だって今まで一緒だったじゃない。私の身体に欲情するんでしょう? 今更拒むなんて意味がわからない。
様子をうかがってた? もしかして、最初から私を警戒してた? じゃあ今までは嘘だったの? 本当に最初の約束を守るためだけに、その言葉のためだけにここまで着いて来たの?
私は、信用してたのに。
適当な町に飛んで、適当なレストランに忍び込んで料理を盗み食いしたりして、気を紛らわそうとしたけどダメだった。
だって美味しいはずの料理が美味しくないんだもの。
気配を消して周りから認識されないように術を使っていろんな遊びをした。
でもつまらない。何にも笑えなかった。
なんなのよ、これ。調子がくるってる。
私、何が楽しくてここにいるんだろう。
憂さ晴らしにそこらへんの男でも襲おうかと思ったけど、気持ちが覚めて興が乗らない。
もしかしてずっとこのままなのかな。
それは少し、嫌だな。
今日はもう寝よう。
※月+日
イライラする。
今日、町で修太郎を見かけた。知らない女と一緒に歩いていた。
相手は金髪で青い目の女。すらりとして出るとこ出たモデル体型で、客観的に見て美人だったけど、何よ、私のほうがスタイルいいしきれいじゃない。
っていうか何であんなのと一緒にいるのよ。女なら誰でもいいの?
あんまりにもイラついたから、通訳のリンクを切ってやった。
突然会話が通じなくなって驚く女の姿を見てると、修太郎がこっちに気付いた。100メートルは離れてるはずなのに、あのバカの感覚はいったいどうなってるの?
追いかけてきたから思わず逃げたんだけど、なんだかむなしい。
どうすればいいんだろう。
※月*日
猫の姿で町をふらついてたら、女の子に出会った。
白い髪の毛で、目は赤い。アルビノってやつかしら? フード付きの服を着て、親と一緒にどこかに向かってる途中らしい。
私に近づいて来て、お菓子を放ってきた。地面に落ちたものなんか食べるわけにはいかないから無視すると、さらに近づいて来て撫でてこようとした。
嫌だったからかわすと、追いかけてくる。流石に親が止めたけど、なんか危なっかしい子だと思った。
顔は全然似てないのに、白音のことを思い出す。
そういえばあの子もよく私の後を追いかけてきてたっけ。懐かしい。
今はどうしているんだろう? 私のせいでひどい目にあってなければいいって思うのは、ちょっと虫が良すぎるかな。
最近夜が寒くなってきた。
術を使えばそんなことはないはずなんだけどね。
※月=日
町で何度か見かけた白髪の子だけど、様子がおかしいので調べてみた。
女の子が、というよりもその親が、って感じなんだけど。
それで後をつけてみると原因がわかった。所謂カルト教団にはまり込んでいるらしい。
っていうかこれどう見てもはぐれ悪魔の仕業よね。建物からかなりの魔力がにじみ出てる。
しかも私が近づかないとわからないってことは、相当高位の力を持ってる相手ってことになる。
これ、どうしようかしら?
うーん、なんか気に食わないから、とりあえずボコりましょう。
ここのところストレス溜まってる自覚があるし、ちょうどいい機会だわ。
そうと決まれば潜入ね。
※月$日
修太郎と合流した。
でもなんだか釈然としない。
女の子を追って潜入したカルト教団は、予想通りはぐれ悪魔がボスだった。
おおかた魔力を使って奇跡っぽいパフォーマンスを見せたり、洗脳したりして信者の魂なりなんなりを奪ったりしてるんだろう。
ちんまいというか小物臭いけど、こういう形態のやり方は何気に厄介だ。
というか、相当手馴れてる感じがある。何度もこういうことができる頭があるあたり、力に呑まれて行き当たりばったりに物を壊して回る雑魚とは違う。
話を聞けば、今度サバト染みたことをやるとのこと。生贄がどうとか言ってたから、多分相当ろくでもないことに違いないと予想。
集会に集まった人の中に子供の数が異様に多かったから、きっとその子たちが生贄なのね。
私は別に正義をうたって生きてるわけじゃないけど、目の前でこういうことをやられるのは気に入らない。
それで深夜、サバト会場に行ってみると、集められた生贄は案の定子供たちだった。その中にはあの白髪の子もいて、なんだか無性にイラッときた。
……何故か修太郎と一緒にいた金髪女もいた。どうやら捕まったらしく、魔力の縄でがんじがらめにされて、手も足も出ない様子だった。
事情がわからないのでそのまま様子をうかがってると、教祖、つまりはぐれ悪魔が現れた。
軽く上級悪魔の中堅どころって感じかしら? まあ何にせよ私なら余裕な相手。
金髪女が悪魔と口論を始める。どうやら金髪は生贄の子供たちを助けに来たらしい。で、捕まってると。普通の人間じゃまず敵うはずがないのに、間抜けね。
その後色々あって、金髪のあおり文句に悪魔がキレた。
魔力一発、爆発四散! かと思いきや、絶妙なタイミングで修太郎登場。攻撃を斬って消した。
……なにそれ、出待ちしてたの? バカじゃないの? っていうかバカなの? この展開、めちゃくちゃイライラするんだけど。
見惚れる金髪に子供たちの避難を頼んだ修太郎は、そのまま悪魔と戦闘。
私はそのまま見てるだけにしようと思ってたのに、白髪の子がふらふらと別方向に駆けだしたものだから、攻撃の余波からその子を守るために結局出てくる破目になった。
突然現れた私に驚いて硬直する悪魔を、修太郎が斬っておしまい。
その直前からして手足ぶった斬られてのた打ち回ってたけど、相変わらず容赦もくそも無い。別にいいけど。
修太郎を目の前にして、何を言おうか迷ってると、金髪が私をはぐれ悪魔の仲間かと思ったのか食って掛かってきた。別に怖くもなんともないけど、何も無いところから剣を取り出したのはちょっと驚いた。しかも聖剣。神器、かしら?
私もイライラしてたから、売り言葉に買い言葉でバトルに発展。結論から言えば修太郎に止められたんだけど、サバト会場の建物は崩壊、消防車や救急車まで出張ってきて、大事に発展してしまった。
なし崩し的に逃げ出した私たちは、こうして今一緒にいる。
金髪は私のことを警戒してるし、修太郎は何も言わないし、居心地が悪いことこの上ない。
っていうか、久しぶりに会ったんだから何か話しかけなさいよ修太郎。
もしかして、逃げ出したことを怒ってる?
でも、私は悪くないんだから。絶対に謝らないんだからね。
※月&日
結局なりゆきで修太郎とまた一緒に行動することになった。
金髪の名前はジャンヌって言うらしい。何それ、どう見ても偽名なんだけど。
後で修太郎に聞いたところ、英雄で聖女なジャンヌ・ダルクの魂を受け継いだとかなんとか。そのせいで世間とうまく馴染めず、今は家出中なんだとか。
聖女さまの生まれ変わりってこと? 修太郎が信じてるってことはまあ嘘じゃないんだろうけど、それにしてもないわー。実質ただの家出少女じゃない。不良じゃない。
じゃあなんでそんな聖女(笑)さまと修太郎が一緒に行動してるかと言うと、行き倒れていた修太郎を金髪が拾ったのがきっかけらしい。
金髪は自分に宿った英雄の力と聖なる神器をだいぶ持て余していたようで、どうしたらそれを活かせるか悩んでたみたい。
じゃあ魔物から人々を守ればいい、と修太郎。結局のところ、人間が異常な力を手に入れた場合に活用できる場所はそういうところにしかないっていう考えだ。普通に暮らしたいならそんな力は忘れればいいとも言っていたけど、当のジャンヌは魔物退治の道を選んだ。
一宿一飯の恩もあって、修太郎はそれに付き合うことにしたんだって言う。ちなみに修太郎のご飯を世話したのは金髪じゃなくて、金髪の下宿先の親御さんなんだけど。なんじゃそりゃ。
あの時カルト教団に捕まってたのは、知り合いがそれにはまってたから助けようとして失敗したのが理由らしい。
まあ、そんなことはどうでもいいのよ。
問題は、修太郎が行き倒れてたってところ。
なんでもあの後ずっと私を探していたらしく、飲まず食わずで走り回っていたようだ。それも昼夜問わず一週間近く。普通の人間なら死んでるわよ、それ。
私は私で空を飛んで移動してたから足跡なんてほとんど残してないし、気の性質を変えて常時隠れてる状態だったから、見つからないのも無理はない。そう思うとちょっと罪悪感が湧く。
でも、ふふん、なんだか悪い気分じゃないわ。
そんなに一緒にいたいなら、もうちょっとだけいてあげてもいいのよ?
※月#日
ジャンヌ(笑)と修太郎、なんだかやけに仲がいいのが気になる。
シューくんってなによ。なんでいちいちそんなに近いのよ。私のほうが付き合い長いし、くせとか表情の変化とか、いっぱい知ってるんだから。
思い付きで猫に化けて一日中修太郎にへばりついてたら、ジャンヌ(笑)が嫌そうな表情になってたから、鼻で笑ってやった。
@月¥日
ぐぬぬ、悔しい。
今日、ジャンヌ(仮)と料理対決をした。
修太郎とはともかく、私とジャンヌは出会った時からまったく関係が変わってない。つまり仲が悪い。
っていうかあっちが一方的に敵視してくるのよ。私は確かに悪魔だけど、別に何も悪いことしてないじゃない。……いや、まあ私もあんまり相手が好きじゃないけど。
ともかく、ひょんな話題から女子力どうこうの話になって、口げんかになった結果、どっちが美味い料理を作れるか勝負することになった。
審査員は修太郎。聞いた瞬間げんなりした雰囲気を纏ってたけど、あんたしか適役がいないんだから仕方ないじゃない。
結果は……私の負け。
だって私、切って焼くぐらいの料理しかしたことないんだもの。むしろ初めて挑戦して食べれるレベルにまで仕上げた方がすごいんだから!
あっちだってそんなに美味くなかったし! ところどころ焦げてたり、しょっぱかったりしてたし! 経験値を差っ引けば、私のほうが上よね絶対。
それにしても修太郎ってば、もう少し私をひいきしてくれてもいいじゃない。
勝負は公平に、っていうのは性格的にわからなくもないけど、美味しくしようとする気持ちは間違いなく私の勝ちなんだから、そこらへん汲み取って……くれるわけないわよね。ばーか。
終日ドヤ顔のジャンヌがだいぶウザかった。
でも私、あんたが自分の料理食べて顔しかめてたの見てたんだからね。
@月$日
今日はヤバかった。
天使勢力に私の存在がばれて、凄腕のエクソシストたちが派遣されてきた。
多分カルト教団での一件が原因だと思う。ジャンヌと派手にやりあったのがいけなかったんだろう。あの時はむしゃくしゃしてたから認識阻害系の術なんか使ってなかったし。あとはやっぱり修太郎のパフォーマンス動画も関係してるのかも。ネットの情報なんて今更全部消せないものね。
やってきたのはゼニス・テンペストのデュリオなんちゃらっていう出鱈目な奴。それとやたらたくさんの魔剣を持つ剣士。
修太郎はなんでも魔物を狩る仕事を斡旋している人物を見つけたらしくジャンヌと一緒に出払っていて、退屈そうな話は勘弁だった私は一人町を歩いていた。
せっかくフランスの首都、パリに来たんだもの。観光しなきゃ損よね。
気配はそれなりに消してたんだけど、相手は悪魔の探知機みたいなものを持ってたんだろう。本気で隠れればやり過ごせたにしても、油断してたから見事に罠にはまってしまった。
戦ってみたら強いのなんの。
剣士一人だけだったらまあ勝てる。神器を持っているようだけど、そこまで脅威に感じない。でもそこにゼニス・テンペストの使い手まで加わるとかなりきつかった。
神滅具って本当反則。思い一つで竜巻とか雷とか、果ては火山弾まで撃ってくるのよ? 突然気温が氷点下ぶっちぎったり、もうめちゃくちゃ。神滅具って言っても実際に神を殺した使い手なんて聞いたことが無いし、そんなに大したものじゃないんじゃないかと思ってたけどこれはひどい。
対悪魔用の結界でも組んでいたのかこっちの力も思うように使えなくて、徐々に押されていった。
焦った私はでっかいのを一発ぶちかまして二人まとめて倒そうと思ってたんだけど、どうやら読まれていたらしく凌がれてしまった。
それで大きな隙を作った私に魔剣使いが迫ってきた。
死ぬかと思ったその時、またもや絶妙なタイミングで修太郎が登場。魔剣の一撃を受け止める。
ねえ、やっぱりあんたどこかで出待ちしてるでしょ? バカじゃないのと思いつつ、でも少し嬉しかったりするからこういう展開は困る。
修太郎の出現に、怪訝な顔をするデュリオなんちゃらと魔剣の人。人間がはぐれ悪魔を助ける理由がわからなかったんだろう。まあ当の私も未だにいまいちわからないし。
その後魔剣の人がめちゃくちゃテンション上げて禁手化、六本腕に剣を握って突撃してきたけど瞬殺された。大人しく魔剣の能力だけ撃ってたらまだ良かったのに、あいつに剣術で挑むなんてバカね。
でもってデュリオなんちゃらとちょっと会話した後、勝手にバトり始めた。
二人ともがアホみたいな速度で移動するもんだから、すぐに遠ざかっていく。
パリの夜空を炎と雷と竜巻が乱舞する光景って一種の世紀末よね。それが途中で真っ二つにされていくのも意味不明。
空を飛べない修太郎だけど、デュリオなんちゃらは風を纏って空を飛べる。だから相手が巻き上げる瓦礫やらを足場にして何とか近づこうとしてるみたいだった。どれも風で落とされてたけど、これ相手から見ると完全に化け物のやることだわ。
最終的には斬り倒したエッフェル塔の上に乗って空を飛ぶ相手を叩き落としてた。「ちょっ、おま」だなんて相手もドン引きよ。正直私もどうかと思う。
落ちた場所でもドンパチやってたみたいだけど、結果的に修太郎が勝ったみたい。
辺りを見るとすごい被害。一応他のエクソシストがバックアップに回ってたみたいで、結界やらなんやらを駆使して一般人を巻き込まないようにはしてたみたいだけど……これ本来私に対して用意してたやつよね?
まあ、ともかく相手との交渉の末、私が悪魔としての姿を見せないことと、悪事を働かないことを守れば、あっちから仕掛けるようなことはしないってことになった。
私たち二人を相手にする利点と、それで生まれる被害が割に合わないってのが大きいみたい。悪魔側からすれば犯罪者だけど、こっちではまだ何も悪いことしてないしね。わざわざ大人しくしてるやつをつつく必要はないんだって。
それもうちょっと早く判断してほしかったけど、あっちは修太郎のことを知らなかったみたいだし……動画では仮面だったもんね。
そんなわけで一件落着。
でもジャンヌの姿が見えなかったので修太郎に聞いてみると、あの子は実家に帰ったらしい。
これからどうするか親に自分の意志を伝えるんだと言ってたけど、珍しい歯切れの悪さからしてこれ何かあったわね。大方予想はつくから書かないけど、こんな朴念仁を気に入ったあんたが悪いのよ。
でもなんだかんだで結構あの子と話してたから、いなくなるとそれはそれでちょっと退屈かも。
@月&日
二人になったので改めて修太郎と色々話してみた。
家族のこととか、昔してたこととか、そこらへんの少し踏み込んだ話。
修太郎は三人兄弟の三男で、末っ子らしい。末っ子って言うとちょっと可愛らしいイメージだけど、修太郎は違うわよね。
父親もお兄さん二人も背が高かったみたい。月緒って言ったっけ? そこの一族に連なる人間は基本的に体格が良くて、普通の人よりも霊能力や身体能力に優れているんだとか。でも母親は普通の人で、どちらかと言うと小柄な体格だったみたいだ。
黒髪で着物が似合う女性だったと言っていた。性格とスタイル以外は私に似ているところがあるんだって。確かに聞く限り結構まめな人みたいだし、私とは正反対かしら?
父親は元ヤンキーで中々破天荒な人、母親は良家の出で厳しい人。お兄さんは上のほうが映画好きで、下のほうが退魔師志望。下のお兄さんには残念ながらそっち方面の才能があんまり無かったみたいだけど……。
小さかったころの修太郎は強すぎる霊感のせいで悪い霊の影響を受けて、体調を崩して寝込むことがよくあったらしい。6歳ぐらいでそれも治まったそうだけど、今を見ればまったく想像がつかない。修太郎も私の小さかったころを聞いておんなじような感想を言ってたから、お互いさまってことね。
家族のことを懐かしげに語る修太郎は、普段とは違って優しい目をしていたように思う。
でも、もういないんだって。
タカマドマサタカ、って奴の呪いでみんな死んでしまったと聞いた。
そんな名前、私は聞いたことがなかったけど、相当厄介な奴だったみたい。九尾の狐を狂わせたり、鬼神を蘇らせたり、話を聞くだけでもなんとなくわかる。
かなり手強い相手で、何人もの犠牲を出しながら最終的に修太郎がそいつを倒した。それで呪いはその時に受けたんだって。
修太郎は霊的な耐性も強いし、神の加護を受けていたから死ななかった。でも家族は違った。
私と出会ったのはその後のことになる。
なんでもなかったかのように話したけど、そんなことはないはずだ。両親が死んでしまった時、私には妹が、白音がいたから頑張ることができた。でも修太郎は一人になったんだもの。平気なわけない。
そのことについて悲しいのか後悔してるのか、具体的な感情はわからない。でも無念だったのは伝わってくる。
同情はきっと望んでいない。私はどう接すればいいんだろう?
そういえば、修太郎は家族から「シュウ」って呼ばれてたらしい。
それじゃあ私も今度からそう呼ぼう。ジャンヌも似たような呼び方してたし、別にいいわよね。
余談。
何でもシュウは退魔剣士だったころ何度か寝こみを女妖怪に襲われてピンチになったことがあるらしい。
高位霊能力者の精気は妖怪の類にとってはとても美味しいものだから、退魔剣士になりたてのころは特にそういったことが多かったようだ。
実際搾り取られたこともあるらしく、対策として寝こみを襲われると自動的に反応するように訓練したとか。
だからあの時、あんなに必死だったのね。
私を拒絶したわけじゃなくて良かった……けど、そうなると当然シュウはもう経験済みってことになる。
なんだか複雑……。
――!!
――背後に気配を感じたあなたは素早く振り向く。
――いつかのように男がいるかと思えば、そこには銀髪の女性。
――確か、姉の友人である北欧の戦乙女だ。
――あなたの手元にある日記帳を見た彼女は一瞬焦った顔になり、
――「なんだ、一冊目か……」などと安堵して言う。
――どうやら二冊目以降があるらしい。
――それでそこには彼女にとって知られたくないことが書かれてるらしい。
――「人の日記を勝手に読んではいけない」と諭す彼女だが、
――様子を見るに同じ穴のムジナだろう。
――なので適当に聞き流して、あなたはその場を立ち去ることにした。
――彼女の恥部分を見つけてみせると誓いながら……。
超久しぶりの日記風過去話。
主人公を本格的に意識し始め、ツンデレっぽい時期に入った黒歌さん。
でも今回の一件が後に響いて告白にまでは踏み切れないヘタレに。
ちなみに、この後ジャンヌとは再会してません。