剣鬼と黒猫   作:工場船

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第三十三話:土御門

 放課後の時間帯、新生駒王学園の旧校舎はオカルト研究部部室。

 未だ病院から出られない小猫とギャスパーを除くグレモリー眷族に、顧問教師となったアザゼルを加えて話し合いをしていた。

 内容は、一誠の現状について。

 全員の顔を確認し、アザゼルが口を開く。

 

「さて、一昨日まるまるかけてブーステッド・ギアの解析を行ったわけだが、結果としてはそれなりに進展したと同時、新たな問題点が出てきた。イッセー、お前が説明しろ」

 

「お、俺がっスか……? わかりました」

 

 高円雅崇との戦いを経て正式な禁手(バランス・ブレイカー)に至った一誠だが、実戦で運用するには問題点が多すぎた。

 まず禁手化(バランス・ブレイク)するまでに時間がかかる。これは今までの使い手も同様だったが、一誠のそれはかなり不安定で、変身までに最低2分、最大でなんと15分も必要となる。その上で展開された禁手の持続時間は、最大で初回の20分、最低がたったの30秒という落差。

 

「そいつについてはイッセーが地力を上げ、神器を新たな段階に成長させることでどうにかなるだろう。問題は別のところだ」

 

 アザゼルが注釈を入れる。

 その彼が言う別の問題とは、籠手に取り込んだ魔剣バルムンクの存在だった。

 

「禁手になると自動的に魔剣が出てきたんですけど、こいつが勝手に俺の体力やら魔力やらを吸い尽くすせいで、本来の時間まで禁手を保てないんです」

 

 一誠は難しい顔で自身の現状を伝える。

 

「イッセーに魔剣の担い手たる資格が無いせいだな。己を使わせまいとして強制的に排除しようと働きかけている。このまんまじゃ一生禁手(バランス・ブレイカー)を使えない」

 

「アザゼル、どうにかならないの?」

 

 飄々と話すアザゼルに、心配げな表情でリアスが尋ねる。

 二天龍の神滅具が高く評価される最大の理由は、直接的な戦闘力の高さもさることながら、他の神器と比べて容易に禁手化できる部分にある。なにせたかが腕一本(・・・・・・)犠牲にするだけで、世界の均衡を崩しかねない力を得ることができるのだ。そのような機能を備える代物は後にも先にも二天龍の神器だけ。

 他の下級悪魔と比べてさえ地力で劣る一誠が、この先悪魔として上を目指すのであれば、禁手の使用は必要不可欠である。

 

「いや、それに関しては一応どうにかなったんです」

 

 一誠が答える。

 続く話によると、その後ドライグの進言にアザゼルが提案し『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』内部に潜ることとなったらしい。

 この神器内部への精神潜行は、本来であれば覇龍(ジャガーノート・ドライブ)のような激しい覚醒を経ることで解放される部分だが、一誠が禁手へ至るにあたって特殊な事情があったようで、一足先に可能となったのだと言う。

 

「特殊な事情……ですか? いったいどのような?」

 

 木場が疑問の言葉を投げかける。

 

「それについては今から説明する。イッセー、続けろ」

 

「は、はい」

 

 神器内部の空間――歴代所有者の残留思念が留まる場所に降りた一誠は、そこでとある人物に出会う。

 それは着物姿の成人男性だった。

 正体は、かつて高円雅崇と戦い敗れた200年前の赤龍帝である。

 一誠が仲間を殺された怒りで限界を超えた倍化を成し、そして魔人に打ち砕かれた瞬間に一人目覚めた彼は、怨敵打倒のために神器の内より手を貸した。そのおかげで一誠は本来至れるはずではなかった禁手に覚醒し、また彼の協力があったからこそ魔剣を神器に取り込むことができたのだという。

 

「まあ、それが今回の問題に繋がる部分になるんだが……」

 

 アザゼルが嘆息する。

 

 何故あの土壇場で魔剣と神器がすんなり融合できたのか?

 それは残留思念の男が生前剣術の達人であったからだ。

 バルムンクは、一誠ではなくこの男を所有者と認めたのである。

 その結果として、一誠は彼を経由してのみでしか魔剣の力を扱うことができない状態にあった。そして当の男は魔人を相手にする場面以外では意識を表出させる気がないらしい。

 

「つまり今のイッセーくんは、相手が魔人でない限り魔剣を使えない……?」

 

「そうだ」

 

 それは非常に困った事態だった。

 木場に返答したアザゼルは続ける。

 

「一応わかってると思うが、お前たちを高円との戦いに投入するつもりはない。無駄死にするだけだからな。これは各陣営トップ共通の判断だ」

 

「だから現状の魔剣はイッセーの枷にしかならない、と言うこと?」

 

「はい、部長。それでですね……」

 

 交渉の末、魔剣の意志を代弁した男はこう告げる。

 すなわち、バルムンクを己のものとしたいならば、その実力で以って奪い取ってみろ、と。

 

「その後、バルムンクを使うことができなくなった代わりに、禁手だけならまあ使えるようになりました。そっちの方は俺が修行すればなんとかなるとして……」

 

「問題はその残留思念の方にどうやって勝つか……ですわね」

 

「はい」

 

 朱乃の言葉に一誠は困った顔で返答した。

 続いてゼノヴィアが尋ねる。

 

「イッセーは、その人ともう戦ったのか?」

 

「ああ、一応、試しにな……ボロ負けしたよ。逃げるだけならなんとかできるけど、打ち合ったらすぐにやられた」

 

 一誠は肩を落としながら答えた。

 

 相手にはバルムンクがあるが、こちらもアスカロンが使える。

 破壊力という点では劣るとしても、武器の格としてはそこまで差は無いだろう。戦闘前の条件は互角だ。

 しかしそれ故に使い手の格が重要となる。

 頼みのブーステッド・ギアも当の神器内部に潜っている状態では使用できない。これによって導き出される結論はつまり、一誠の実力だけで達人クラスの武芸者に勝たねばならないということ。

 

 一言、無茶である。

 

「とまあ、こんな感じだ。通常の禁手は修行次第でまともになるだろう。しかし魔剣は使えん。要課題だな」

 

「魔剣が使えないことで何か神器に問題が出ることはあるのかしら?」

 

「今のところそんな兆候は見られない。このままスルーし続けてもいいかもしれないが……ただ、残留思念の方がどうでるかはわからん。ドライグが言うには、残留思念は恨みや憎しみなどの強い感情を核として神器に焼きついたものだ。高円への対抗意識があるようだし、痺れを切らしてイッセーに悪影響を与えるような事態も起こり得るかもしれない」

 

「そう……困ったわね」

 

 アザゼルの言葉にリアスが手を頬に当てながら息を吐く。

 

「大丈夫ですって、部長! 時間はかかるかもしれないけど、きっと何とかしてみせます!」

 

「イッセー……」

 

 それに対して勢いよく宣言する一誠。

 問題に直面しているのは彼自身だと言うのに、逆にリアスを励ますかのようだった。

 

「剣術を覚えるなら僕も付き合うから、いつでも言ってくれれば協力するよイッセーくん」

 

「おう、その時は頼むぜ」

 

「私も回復を……と言いたいところですけど、イッセーさんは神器の中で戦ってるんですよね。うぅ、私では協力できそうにありません……」

 

「その気持ちだけで十分だよ、アーシア」

 

「私も付き合うぞ。なんだったら、イッセーも一緒に師匠との模擬戦に参加するといい」

 

「いや、それはちょっと……」

 

 ゼノヴィアの申し出はありがたいが、正直な話、一誠が修太郎と模擬戦を行ったとして成長につながるかは甚だあやしい。

 以前一度だけアーシアに付き添って見たことがあるが、その光景は模擬戦と言うより出来の悪いバッティングセンターにしか見えなかった。ゼノヴィアが球で、修太郎がバッターだ。当然の如く打率10割である。

 自分があれに加わるのは遠慮したい。

 

「ああ、その暮修太郎だが、今はこの町にいないぜ。ちょっと仕事を頼んでるからな」

 

「む、そうなのか。また『禍の団』の敵が?」

 

 アザゼルの言葉にゼノヴィアが反応する。

 

「いや、セラフォルーに付いて京都の陰陽師と妖怪たちの協力を取り付けに行ってもらっている。おそらく数日は空けることになるだろう」

 

「京都と言えば、確か修学旅行の行先がそこだったような。陰陽師も妖怪もいるって、なんだか今までと大分イメージが変わるな」

 

「京都って、お寺がたくさんあるんですよね。教科書とテレビで見ました」

 

「知っているぞ、銀でできた寺や、金でできた寺があるんだろう? 今からでも楽しみだな!」

 

 一誠、アーシア、ゼノヴィアが話す。

 陰陽師と言えば、この学園にも同じ2年生に一人いるものの、その詳細を一誠は良く知らない。せいぜいが映画で見た程度の知識である。

 妖怪についても同様で、猫又や河童などのメジャーなものしかわからない。いったい京都の裏にはどのような不思議ワールドが広がっているのだろう?

 

「私たちも去年行ったわ。とても良いところよ」

 

 想像を巡らせる一誠にリアスが話しかける。

 

「部長は昔の日本文化が大好きですものね。お寺を回るたびに子供みたいにはしゃいじゃって……あの時のリアスは大変可愛らしかったですわ」

 

「もう、朱乃ったら、それは言わない約束でしょう!」

 

 それに対し、朱乃がからかうように言葉を放つ。

 恥ずかしがるリアスの反応は年相応に可愛らしい。こういう彼女もいいな、と一誠は思った。

 

「しかし、そうか、師匠はいないのか……仕方がないとはいえ、残念だ。となると、剣の訓練はイリナと二人でやるしかないな」

 

 ゼノヴィアが心なしかしゅんとした様子で呟く。

 たまにいなくなる時があるものの、修太郎との模擬戦は彼女にとってもはや日課も同然だった。相変わらずまったく敵わないが、その点において不満は無い。わかってやっているのだし、さらに言えば登る山は高ければ高いほど良いのだ。

 いないこと自体は残念に思うが、むしろその間に成長しておけば、修太郎も見直してくれるのではないかと画策するぐらいである。

 しかし。

 

「ん? 聞いてないのか? 紫藤イリナなら暮修太郎に連れられて京都だぜ?」

 

「な、なんだとッ!?」

 

 アザゼルから告げられた言葉はゼノヴィアにとって衝撃的だった。

 

「詳しい事情は知らないが、なんか京都の知り合いに会わせるんだとよ。悪魔じゃないから細かい手続きは要らないし、別に断る理由も止める権利も無いから同行を許可したが、問題あるか?」

 

「大有りだっ!! なんでイリナがそんな弟子っぽいことになってるんだ!?」

 

「知らねぇよ、俺に聞くな」

 

 凄まじい気迫のゼノヴィアに、アザゼルがめんどくさそうに答える。

 

「だっ、だって師匠は私の師匠であって、イリナの師匠じゃないんだぞっ!!」

 

「ゼノヴィアの師匠でもないんじゃ……」

 

「うるさいイッセー! これからなるんだ!! くっ、昨日の夜イリナがこそこそしていたように見えたのは気のせいじゃなかったのか。さては口止めされていたな? ……なんで私じゃだめなんだ。やっぱり悪魔になったのがまずかったのか? 確かに我ながら早まったと思っていたが……でも黒歌さんは悪魔だし、種族が問題というわけではないはず。まさか、この前下着姿で稽古を要求したのがダメだったのか……?」

 

 ぶつぶつと呟きながら、彼女は一同が驚く大変な事実を口にしていた。

 

「ゼノヴィア、お前本当に何やってるんだ……!?」

 

 呆れてツッコミを入れる一誠。

 

「桐生に相談してみたら教えてくれた。「つれない男を振り向かせたいなら、色仕掛けしながら強引に迫ってみたらどうか?」と。それで黒歌さんがいない時に訪ねてやってみたんだが……」

 

「相談する奴を思いっきり間違ってるぞ、それ」

 

 桐生とは、一誠たちと同じクラスの女子生徒、桐生藍華のことだ。男性の男性的戦闘力を数値化する能力を持つことから『匠』と呼ばれている。

 日頃からアーシアにいかがわしいことを吹き込んでいる彼女だが、まさかゼノヴィアまで唆していたとは。

 

「……で、結果は?」

 

 わかりきっているが、聞いてみる。

 

「一回睨まれて、即座に閉め出された。その後しばらく無視された。泣きそうだった」

 

「……そりゃそうなるだろ」

 

 というかこの娘、話を聞く限り下着姿で玄関の前にスタンバイしていたらしい。

 扉を開いてそんな光景を見たら一誠でも(凝視しつつ)戸惑うだろう。客観的に見てどう捉えても痴女の類である。

 

「いったい何がダメだったんだろう? これでもスタイルにはそこそこ自信があるんだ。やはり黒歌さんがいるからか? それとも下着をもっと可愛いものに買い替えた方がよかったんだろうか? 部長たちはどう思う?」

 

「ど、どうと言われても……」

 

 何もかもが駄目だとしか。

 方法とか相手とかタイミングとか雰囲気とか、その他諸々ツッコミどころ満載だ。

 そもそも剣の稽古なんて色仕掛けしながら要求することじゃない。むしろ、あの手の人物にとってはまったく逆効果ではないだろうか。

 

「くそぅ、こうなったら直接物申して……! うっ、そうだった、そういえばイリナは携帯電話を持っていないんだった……!」

 

 携帯電話を取り出すゼノヴィアだったが、そのことに気付いて動きを止める。

 そうしてしばらく悩んだ後、リアスの方向に振り向き。

 

「部長、今から私も京都に行きたいんだが……」

 

「駄目に決まっているでしょう。手続きが間に合わないし、何より明日も学校があるのよ?」

 

 その返答に、がっくりと肩を落とす。

 そんなゼノヴィアにアザゼルが声をかけた。

 

「なんだか知らんが、暮修太郎と連絡を取りたいなら方法はあるぜ?」

 

「ほ、本当か!?」

 

「ああ、あいつには俺特製の端末を渡してある。電話としても使えるやつだ。そういや市販の携帯との通信はテストしてなかったな……今のタイミングなら陰陽師との話し合いも終わってる頃だろう。ちょうどいい、かけてみるか?」

 

 その申し出に、ゼノヴィアは一も二も無く頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

                  ―○●○―

 

 

 

 

 

 

 

『師匠! どうしてイリナは連れて行くのに私は連れて行かないんだ!!』

 

「お前が学生だからだ。切るぞ」

 

『えっ、ちょっ、待っ……』

 

 画面にタッチして通話を切る。

 昨日ある程度練習したとはいえ、使用経験がほとんどない機器の扱いは少々ぎこちない。

 

 初夏も過ぎ去り、気温は夏真っ盛り。

 外から眩い太陽が照りつける中、しかしこの場は涼しげな大気に満たされていた。

 京都は土御門の屋敷である。

 敷地内を漂う霊気は静謐で、且つ研ぎ澄まされている。屋敷の廊下に立つ修太郎は、以前訪れた時と変わらないその様子に懐かしさを感じていた。

 修太郎は端末を懐にしまい、背後の部屋に戻る。

 

「話しの最中に申し訳ない」

 

 部屋に入ると、三対の瞳がこちらを見つめてくる。一つはセラフォルー、他の二つは彼女の対面に座る白髪の老人と体格の良い男性のものだった。

 

「ふむ、修太郎殿、何かありましたかな?」

 

「いえ、特には」

 

 老人――土御門家の当主に返答する。

 痩身のまっすぐ伸びた背筋は矍鑠(かくしゃく)とし、長い間鍛錬を積み重ねた霊能力者特有の、衰えを感じさせない雰囲気を纏っている。既に一線は退いているものの、よく練られた法力の質からして、今でも大抵の妖魔を圧倒できるほどの実力は保持しているだろう。

 

「さて魔王殿、話を纏めましょう」

 

「はい。わかりましたわ、おじさま」

 

 老当主の言葉にセラフォルーが応じる。

 まっすぐに相手を見つめる彼女に常の軽い口調は無く、まるで本当に魔王のようだ、と本人が聞けば失礼と思うようなことを修太郎は考えた。

 

 アザゼルの予想はやや外れて、話し合いはつい先ほど終了したところだった。

 

 今回の交渉における土御門家は、京都だけでなくかつて魔人と戦った全退魔一族の代表としての立ち位置を持つ。

 この決定には皇室の一部も関わっており、非常に重要度の高い案件として認識されている。実質的に日本神話勢力との交渉と言っても過言ではなかった。

 

 その交渉の結果、三大勢力からの依頼に従い、日本側からの支援として魔人に関する情報の引き渡しと、『三式障壁』の効果を抑制する術式の提供が行われることとなった。しかし継続的に人員を派遣しての協力はやはり難しく、よほどの大事が起こらない限り不可能であるそうだ。

 基本的に彼らは三大勢力を矢面に立たせる構えなのだろう。

 

 日本側への見返りについてははもめにもめたが、結論として、聖剣と神器(セイクリッド・ギア)に関する技術を提供することで話がついた。

 日本神話最強の聖剣である天叢雲剣(あまのむらくものつるぎ)は未だ修復中だ。その関係からくる要求だろう。

 ともあれそれらの技術は悪魔のものではない。最終的な部分は持ち帰ってから検討し、後日通達することとなった。

 

 この話の最中、老当主とセラフォルーとの間で何度も探り合うような雰囲気が発生していたが、修太郎にはちんぷんかんぷんである。

 よくわからないが、セラフォルーがうまくやっているのは把握できた。そういうことが全くできない修太郎としては、思わず彼女たちを尊敬してしまいそうになる。

 

 ともあれ、これで交渉も終了である。

 形式として最後に挨拶を交わすと、老当主の横に座っていた男が快活に笑いながら修太郎へと話しかけてきた。

 

「よう、修坊。悪魔と一緒にいるって知った時も滅茶苦茶驚いたがよ、電話まで使うのか。今まではすぐぶっ壊れるからって使い捨ての通信符だったのにな。ははは、修坊も変わったなあ」

 

「そうでしょうか。そう言う久藤殿はお変わりないようですが」

 

「ははっ、まあ俺みたいなおっさんはたかだか数年じゃあそう変わらんだろうさ」

 

 久藤は土御門家に代々仕える退魔剣士である。

 高い背丈に広い肩幅、服の上からでもわかる巌のような筋肉、豪快な外見の通り強烈な剛剣を振るうだけではなく、高位の術式まで使いこなせる彼は、まさしく退魔剣士の理想形と言える人物だ。

 気さくで細かいことを気にしない性格から人付き合いがうまく、修太郎の数少ない日本における知己でもある。

 

 欧州で本格的に活動する際、手紙で連絡を取ったことから、彼は修太郎の事情を知っていた。

 その関係でたびたび大量の携帯健康食品を送ってくるのも久藤である。日本にいたころ、好んで食べていたことを覚えていたのだろう。

 

「そうは言ってもまだ現役でしょう。腕は落ちていないように見えます」

 

「そりゃあな。しかし俺ももう30過ぎだし、後進も育てなきゃいかん。最近は下の指導で忙しくてな、実力を維持するだけで精一杯だ」

 

「後進、ですか」

 

「おう。そういや修坊、雲居の爺さんとこに女の子連れて来たんだってな。あの、可愛らしい二つ括りの娘」

 

 雲居、というのは例の糸使いの退魔師である。

 土御門家に所属する隠密頭――所謂『忍』と呼ばれる役割を担う老人であり、魔人と直接戦闘した経験もある猛者だ。

 交渉の席へと入る前にイリナを引き合わせ、指導を頼んでいた。

 

「ええ、彼女には才能があり、前に進む意志もある。基本は俺が教えましたが、それ以上は雲居翁の指導を受けた方が良いでしょう」

 

 修太郎の言葉に、久藤は一瞬目を見開き、そして笑った。

 

「は――はははっ、修坊が他人に何かを教えたのか! すごいなそりゃ、今までで初めてなんじゃないか? いや、今日は驚くことばっかだ!」

 

「……それはどういう意味でしょうか?」

 

 笑う久藤に対し、わずかに眉をしかめる修太郎。

 わかる人にしかわからないほどの変化だが、久藤はちゃんとそれを見抜いた。

 

「そう機嫌悪くするなよ。俺は修坊が進んで他人と向き合うようになって嬉しいんだ。昔の修坊は人付き合いが大分アレだったからな。話し相手なんて俺か嬢ちゃんぐらいしかいなかったろう」

 

「確かにそうでしたが……」

 

 退魔剣士だった頃の修太郎は、他人との友好的接触を極力避けていた。

 それは単純に人付き合いが苦手だったこともそうだが、激戦続きで余裕が無かったことも理由として挙げられる。なにせ、魔人と相対するたびに近くの知り合った人物が死んでいくのだ。

 その中でしぶとく……と言うとやや語弊はあるが、最後まで戦い抜いた友人とも言える人物がこの久藤であり、彼の言う嬢ちゃん――土御門の巫女である。

 

 あの最後の戦いでは本当にたくさんの人が死んだ。

 蛇神の調査だけで千人単位の退魔師が骸と化し、当時の土御門当主も高円雅崇の手によって殺されている。その関係で、今の土御門は引退した先代が当主を務めていた。

 

「……二人とも世間話で盛り上がるのは良いがな、そういうのはせめて別の部屋でせんかね? 特に久藤よ、魔王殿の前じゃぞ」

 

「あ、申し訳ない。つい……」

 

「いいですわ、おじさま☆ 私は気にしないもの。むしろもっとじゃんじゃん話してくれてもいいのよ」

 

「う、むう……そうですかのう」

 

 交渉の場から一転、軽い口調で答えるセラフォルーに対し、老当主は驚いた顔を見せた。

 切り替えの早い魔王さまに面食らったのだろう。

 

「……ところで当主殿、見た目年頃の女の子から「おじさま」呼びされるのはどのような具合で?」

 

「む、うむ、不思議と悪くない……。最近では孫も「おじいちゃん」とは呼んでくれんからなぁ……」

 

 久藤の質問に対し恥ずかしそうに、それでいて黄昏ながら呟く老当主。

 

水守(みもり)殿ですね。彼女は今、どのような?」

 

「ああ……寝込みがちなのは変わらぬが、最近は安定しておるよ。ただ、今日はあまり具合が良くないようでな。まだ奥の座敷で寝ておるだろう」

 

「であれば、会わぬほうがよいですか」

 

「すまぬな、修太郎殿。そうしてくれると助かる」

 

 尋ねた修太郎へと申し訳なさそうに謝る老当主。

 彼には孫が二人いる。次期当主となる7歳の男の子と、その姉にあたる修太郎と同年代の女性、『神降ろしの巫女』水守である。

 水守はかつて魔人との最終決戦へと赴くにあたってその身に神を降ろし、修太郎へと神の加護を与えた人物だ。

 

 神格すら受け入れる器と霊的素養を有して生まれた彼女は、高円雅崇に匹敵する法力を持った最強クラスの陰陽師でもある。しかし、その代償として極めて虚弱な体質であった。

 それが寝ているというのならば、無理に起こす必要はないだろう。

 

「いえ、お気になさらず。いずれ機会もありましょう」

 

「……うむ、機会があれば、その時はよろしく頼む」

 

 そうして一同は部屋を後にする。

 その時に200年前の赤龍帝について聞くのも忘れない。老当主からは怪訝な顔をされたが、事情を話すと後程情報をまとめて送ってくれることとなった。修太郎に対するサービスだろう。

 

「出口まで案内しましょう」

 

 老当主と別れ、久藤が二人を先導する。

 

「セラフォルー殿、気分は如何ですか?」

 

「うん、ちょっと身体が重いけど、大丈夫よ☆」

 

 久藤に着いて行きながら修太郎がセラフォルーに尋ねる。

 土御門の屋敷には妖魔への対策として、土地の力を借りた強固な退魔結界が張り巡らされている。それによってセラフォルーの力は抑制を受けていた。

 交渉を終えてそれなりに疲れがたまっているはずであるが、彼女にそのような様子は見られない。そうでなければ魔王は務まらないということだろう。

 

「魔王殿はタフですな。この後また九尾の御大将と会うのでしょう?」

 

「明日になるけれどね。修太郎くんも一緒よ☆」

 

「やはり、会わねばなりませんか……」

 

「なんだ、嫌そうだな修坊」

 

 わずかな表情の変化に反応して久藤が声をかける。

 

「俺と彼女の間に接点はほとんど無かったはず。意図がわかりません」

 

「それは俺もわからんな。だが八坂姫は美人だぞ? 修坊、巨乳好きだろう?」

 

「それとこれとに何の関係があるのです。あと俺はバランス派なので、大きさは特に重視していません」

 

「嘘付けよ、オープンむっつり」

 

「何ですか、それは。嘘ではありません。人体の美しさとは総合的なバランスにあると考えます。女体もまた然り」

 

「じゃあなんだ、巨乳は嫌いか?」

 

「…………」

 

 押し黙る修太郎。

 その表情はセラフォルーにもわかるほど難しげだった。

 

「ははは、そういうところは変わらんなぁ。まあ、せっかく美女からのお呼ばれなんだから気楽にいけよ。男冥利に尽きるだろ」

 

「そういうものですか……」

 

 諦めたように瞑目する。

 そんな修太郎を見て、セラフォルーは呟く。

 

「修太郎くんも意外と男の子なのねー」

 

「こいつは普通に男ですよ、魔王殿。本人は隠しているつもりもないでしょうが、表情に出ないから誰も気づかんだけです」

 

「ふーん、と言うことは修太郎くん、結構エロエロ? 黒歌ちゃんと日々にゃんにゃんしてたりするのかしら☆」

 

「…………」

 

 好き勝手言う二人に再び黙る修太郎。

 あからさまに嫌そうな彼の様子は非常に珍しかった。

 

「修太郎さーん!」

 

 屋敷の門に差し掛かったその時、背後から声がかかる。

 見れば、イリナが手を振りながら近づいて来ていた。

 

「ほら見てNINJA! KUNOICHIの服装よ! 日本を影から支配したという戦士たち! 人々の信仰を守るため、これで私もっと強くなっちゃうわ!」

 

 テンション高く宣言し、くるりと回るイリナの服は動きやすそうな黒装束だった。しかし、その趣はどこかおかしい。

 対妖魔仕様の忍装束は実用重視であり、影に紛れるために肌の露出はそこまでないはずだが、彼女の着用しているものは不自然に脇や太もも周りの布が排除され、白い肌が見えている。

 明らかに下に着るべき衣服が無い状態だった。おそらく、雲居老人の仕業だろう。早くも気に入られたのか、良く可愛がられて(?)いるようだ。

 

「……そうか、頑張るといい。ひと月ほどここに居られるよう話は通している。その間に俺も魔物狩りの伝手を探しておこう」

 

「はい! 何から何までお世話になって申し訳ないけれど、この恩はいつか絶対返すわ!」

 

「ああ、楽しみにしている」

 

 そうして別れの段となった。

 土御門の屋敷の門前には、迎えに来たと思われる黒い高級車が停まっている。

 

「じゃあな、ある程度は仕方ないが、自重しろよ修坊。お前はもう前みたいな無茶がきく身体じゃねえんだから。そんで次に来る時はその黒歌って娘も連れてこい」

 

「じゃあ修太郎さん、ゼノヴィアによろしくね。きっとあの子、拗ねてると思うわ」

 

「心しよう。では二人とも息災で」

 

「元気でね☆」

 

 手を振る二人に応えて別れを告げる。

 おそらく次に会った時、イリナは格段に強くなっているだろう。

 それを少し楽しみに思いつつ、修太郎とセラフォルーは車に乗り、この場を去った。

 

 




退魔忍イリナ。
言ってみただけ。

主人公は別にゼノヴィアが嫌いなわけではありません。
対応がわからないので適当になってるだけです。

土御門周りは軽く流そうかと思いましたが、後の話を考えて結局そこそこ書くことに。
オリキャラの実力周りについてちょっと紹介。

老当主:70代。一対一ならリアスや朱乃に勝てるぐらいには強い

久藤:30代前半。原作ジークフリート(禁手未使用)ぐらいには強い。

雲居:60代。鬼神未使用の魔人相手に時間を稼げるぐらい強かった。セクハラ爺。

水守:主人公と同い年。本気を出せば八坂と同じぐらい強いが、継戦能力極低。

次回が八坂との対面になります。

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