剣鬼と黒猫   作:工場船

4 / 58
第三話:剣鬼

 聖剣使いたちと別れた後、黒歌と手分けしてキマイラに繋がる別ルートを探し始めた修太郎だったが、意外にも目的のものはすぐに見つかった。

 そびえ立つ断崖の隅、魔術によって隠された洞穴の中。おそらくはキマイラの創造主の下につながるであろう転送魔法陣である。

 

 もしもキマイラを創り出した存在が魔法使いの類であるならば、わざわざ自身の拠点へと徒歩で行き来するとは考えにくい。

 術師を称する者はその大半は体力的に貧弱(修太郎たち武芸者に比べれば、であるが)であり、無駄な運動を嫌う傾向が強く、なによりも転送魔法は割とありふれたものであるため、合理を重んずる研究者ならば使わない理由を考える方が難しい。もっとも、近くにあるかどうかそのものは賭けだったが。

 食料やその他諸々の必要機材の補給を考えるなら、誰も進んで険しい山道を往復しようとは思わないだろう。

 

 自分ができるからといって、他人もできるとは考えないことだ。

 それは仲間への配慮と同様に、敵対者に対しても心得るべきことである。「思いもよらない方法」というのは、常に他者からもたらされるのだ。

 あの少女たちは手練れではあるのだろうが、ややまっすぐすぎるきらいがある。しばらくはどちらも苦労するに違いない。

 

 偉そうにそう思う修太郎だが、この男とて当初の予定ではわざと正面から突撃を敢行する予定だったというのだから真に度し難い。そもそも魔法陣を起動できる黒歌がいなければ成立しない方法なのだから、実質彼女達と大差はなかった。

 

 さて、こうして転送陣を用いることで何者かの研究拠点に一足飛びで辿り着いた修太郎たちだったが、転送用の広間から出た直後にいきなり目的の人物を見つけた。

 もっとも、既に物言わぬ屍と化していたが。

 

 下半身を丸ごと消失したローブの男。

 あらかた回って見てみてもそれ以外に人がいた形跡はなかったので、おそらく彼がそうだったのだろう。

 転送陣で逃げようとしたのか、扉にしがみつこうとする姿勢で冷たい廊下に倒れていた。苦悶の表情を顔に刻み、わずかに腐臭すら漂わせるそれは、下手人が立ち去ってそれなりの時間が経過していることを表している。

 道中見つけた金庫を開ければ中には一つの研究レポート。面倒にゃーん、と文句を言う黒歌に解読を押し付け、探索を続行。

 

 魔法使いの拠点はそこかしこが奇妙に抉れていた。

 岩山を削ってできた洞窟をさらに整えたのだろう施設は、部屋となっているところ以外は壁面をごつごつした岩石が覆っている。それが綺麗な鏡面を見せて一部を消失させていたのだ。

 道を作るようにつけられたその跡を追えば、施設の出口に突き当たった。扉は内より外に弾け、やはりその中央を穿たれて転がっているのが発見できた。

 

 直後に感じた轟音に、急いでそちらに駆け付ければ眼下に見える戦いの跡。

 その中央に鎮座する鈍色の饅頭もどきが魔法使いを殺し、自身の同類も含めて周辺の生物を殺し尽くした存在だろう。黒歌が概略だけを読み取った魔法使いの研究レポートを信じるなら、あれはキマイラなのだ。

 

 ならば、依頼に従い斬らねばならない。

 

 崖から飛び降り、敵手の前に立つ。

 黒歌は傍にいない。聖剣使いたちの気を感じ取ったため、またどこかに隠れているのだろう。

 

 こちらに気付いた敵を見据えて、腰の刃を抜き放つ。

 戦いが始まった。

 

 

 

 

 

                 ―○●○―

 

 

 

 

 

 男が刀を抜いた動きを、ゼノヴィアは捉えることができなかった。

 ただ、いつの間にかその手に握られていた刃は、彼女に目には恐ろしく鋭いモノに映った。

 

 男が踏み込んだその瞬間を、イリナは把握できなかった。

 ただ、いつの間にか男が槍の包囲をすり抜けて、両者の間合いが半分以上縮まっているのを見た。

 

 ならばそれを目の前にしたキマイラはどうだったろうか。

 敵が間合いに入った瞬間、キマイラは高速の槍を伸ばした。縦横から襲う包囲網。たった一振りの鋼で何ができる。

 そして、男が消えた。

 少なくとも、キマイラの視覚にはそう映った。

 

 上下左右の包囲をすり抜け、正面からくる槍を紙一重で躱し、太刀を担いで疾走する男――剣鬼・修太郎。

 起こりの見えぬ運足は、彼の一族に伝わる皆伝の歩法。加えて相手の攻撃意識を正確に読む戦術眼は、乗り越えた修羅場の数が積み重なったが故のモノだろう。

 

 わずかの間に道を半分踏破して、振るう刀がキマイラの硬く柔らかい槍を悉く断つ。聖剣すらも弾いて見せた頑強さを、その身に修めた絶技で切り裂き、水銀質の粘液は滑らかな大地に飛び散った。

 流石に痛覚までは無いのだろう。キマイラが痛みにひるむ様子はうかがえない。しかし動きに焦りをにじませた。

 

 進む足を止めない。一直線に敵を目指す。

 次いで、眼前をまっすぐと伸びる剣山が迫る。

 

「――――――!」

 

 軽やかに横にずれて回避すれば、その影から飛び出した本命の一撃を篭手で逸らす。そして断たれる鈍色の槍群。

 敵手までの残り、三分の一。

 

 二たびに亘って己が身体を切り裂かれたキマイラは、直後に男の進む速度が遅くなっているのを感じた。

 何故かは知らない。しかし、これは好機だ。

 

 必殺の包囲。これほど距離が縮まれば、手数と速さで圧しきれる。キマイラはそう考えた。

 相手の動きを包むように放たれた槍の雨はしかし、掠りはすれども直撃には程遠く。

 何故、と考える間もなく気付けば男は目の前だった。

 

「―――」

 

 相手の意に沿った絶妙な動きの緩急が、鋼の化け物の目を見事騙した。

 あとわずか近づけば、敵は修太郎の刃圏に入る。陽光を返して煌めく緋色の刃は、確実にキマイラの命に届く。

 この時、鈍色の怪物を初めて死の恐怖が襲う。

 

 必然として遮二無二振るわれる鈍色の触腕は、生存本能に従った末のあがきだった。

 しかしそれでも速さは健在。鋭さを排除した代わりに、しなるそれは鞭のように、二桁を超える数が修太郎に迫った。

 

 修太郎も承知していた。ここからは真っ向勝負、力押しだ。

 

「――!!」

 

 走る、奔る、閃光が虚空を断つ。

 

 鈍色の異形から繰り出される鞭は、その特性をいかんなく発揮して、一撃一撃悉くを亜音速まで押し上げる。

 人間には捉えられぬ速度。剣鬼はそれを目だけで見ていない。

 闘気張り巡らせ超人域に達した五体の全てで敵の動向を正確に把握、意を決するよりなお速く放たれる刃は軌跡すら霞む。

 

 両者の迎撃合戦は虚空に残る火花で辛うじて把握できる程度。

 二人の聖剣使いは、気付けば隠れていたところから出て、静かに両者を見守っていた。

 

 予想外、どころか出鱈目である。

 あの男――暮修太郎。

 剣士である事は知っていた。おそらく、腕も相当立つだろうことだって立ち振る舞いから予測はできていたのだ。

 しかし、これは一体何だ?

 

 こうして見ればわかる。あのキマイラは尋常ではない。ゼノヴィアたちが戦ってきた中でもトップクラスに食い込む強さだ。

 倒すのなら大勢で囲み遠距離からの攻撃で確実に削るのが一番の正解だろう。

 それを正面から白兵戦で圧倒している。

 そう、圧倒しているのだ。

 

 攻撃を捌く男は無傷ではない。

 いくら超然とした技を持とうと、この至近距離で超速の暴威を防ぎきるのには無理がある。小さな傷を無数に受け、血を流すその様を見れば劣勢は男の方だと誰もが思う。

 だがその動きは鈍るどころかむしろ一層速度を上げて、元々無いに等しい運体の無駄をさらに削る。一挙手一動足が完全に調和すれば、剣の冴えは魔人の域に踏み込んだ。

 傷つくほどに強くなる、常軌を逸した特性。何を隠そう、キマイラの視点から見ればわずかに笑みすら浮かべているのだ。

 まさしく戦いの権化――これが、剣鬼。

 

 鈍色の身体を持つ敵は、よく見れば刻一刻とその体積を減らしている。

 一つ火花が散るごとにわずかに身体が弾け飛ぶ。馬ほどあった体高は、既にその大きさを男の胸ほどまでに縮めていた。

 

 少女たちは気付く。

 次第にキマイラの速度が落ちていっている。

 キマイラのパワーと攻撃スピードはその実、体積の量に比例していた。

 

 自らを創り出した魔法使いの半身を喰らい、野放しにされていた別のキマイラを喰らい、そして周辺生物の全てを喰らった結果があの姿だったのだ。どうやら食べた量そのままに大きくなるわけではないようだが、あの巨体が速度の秘密だとすれば、もはや勝負は決まったも同然。

 

 一撃。二撃。三撃。

 

 鞭を捌いていた速度重視の剣ではない、何物をも断つ剛の剣。

 一瞬でキマイラの全面を覆う粘体を斬り飛ばすと、敵の弱点――核が露出した。

 

 終わった――ゼノヴィアたちがそう思ったのもつかの間。

 

「――ッ!」

 

 金属が弾かれる鋭い音が響く。

 

 修太郎の刃は、核の外膜の下、折り重なった鱗に阻まれていた。

 

「――なんですって……?」

 

「ドラゴン、だと……!」

 

 絶句するゼノヴィアたち。

 核の中に潜んでいたのは、不気味に黒い鱗を持つ小さなドラゴンだった。

 その丸まった大きさは子犬ほどだろうか。上目づかいにこちらを睨む様子には可愛らしさすら感じるが、その瞳は憤怒と屈辱に染まっている。

 

「――ぐっ……!」

 

 ごぷり、と。

 

 何の前触れも無く突然、修太郎は血を吐いた。

 見れば、彼の脇腹を鈍色の槍が貫いている。

 出所は背後の大地。斬り飛ばしたはずの粘体が蠢き、憎き敵へと触腕を突き刺していた。

 水銀質の粘体は如何なる原理か、このドラゴンキマイラが発するオーラが変質した武器にして防具だった。

 自身を離れて飛び散った粘液体はその大半が霧散しているが、意識を飛ばせば操れた。ここまで追い詰められたが故に発覚したキマイラの新しい能力だった。

 

 しかし、今はそんなもの必要無い。

 思考全部を真っ赤に染めて、キマイラは思う。

 

 この人間は、許せない。

 

 ゆえ、放つのは己の必殺――奥の手。

 なぜ周囲の地形は滑らかなものになっているのか。

 その理由がこれだ。

 

「!!」

 

 突如立ち込めた熱気に修太郎が素早く飛び退ると、斬り飛ばされた粘液体がキマイラに集う。

 それでも当初より二回り以上小さいが、再び固形化したオーラに身を包んだキマイラが急激に力を高まらせれば、鈍色だった柔らかい鎧は灼熱の赤に染まった。

 オーラの微細な高速振動が超高温の力場を生み出す。

 周囲の生物を絶滅させたこの姿こそがキマイラの始まりだ。

 

 ただそこにあるだけで振動が接地面を削り取り、生まれた塵を熱の力場が灰と流す。

 圧倒的殺傷力を獲得した代償に先ほどまでの様な細かいコントロールは利かなくなったが、ただ突撃するだけで触れるものを消失させる特性は脅威的の一言だろう。

 

 蛇のように形を変えて、キマイラは疾走した。目指すは無論、憎き剣鬼。

 しかし、深手を負っているはずの獲物は当たり前のように避ける。信じられないことにこの男、敵の触腕が刺さる直前に攻撃の軸線をずらして急所を避けていたのだ。

 とはいえ出血の量は馬鹿になったものではない。先日覚えた気の運用で、応急的に止血を行いつつ動き回る。

 

 独特の運足は健在。動きの緩急は絶妙。

 だからこそ、キマイラの攻撃は当たらなかったが、反対に修太郎も反撃する機会を失っていた。

 本物の龍が持つような堅牢な防御を持っていれば別だったろうが、曲がりなりにも人間である修太郎はキマイラが纏う熱気だけで相当なダメージを負う。

 現状とれる手段は逃げの一手だ。

 

 膠着した状況を変えたのは、第三者による介入だった。

 

 高速で這うキマイラに、銀色の光が伸びる。

 その正体は変幻自在の刃。『擬態の聖剣(エクスカリバー・ミミック)』の担い手・紫藤イリナの攻撃だ。

 

「こっちよ!」

 

 戦いに水を差されたキマイラは、元々激昂していたこともあり容易にその誘いに乗った。

 敵を背に走り出すイリナよりもキマイラの方が速い。迫る高熱の猛威に、しかしイリナはうまく回避していた。

 敵を惹きつけ、急加速して躱す。フェイントを織り交ぜて相手の攻撃を誘導する。

 

 イリナは、この短期間で修太郎の動きから効率的な回避法を掴みとった。

 ゼノヴィアと違って同じ得物の扱いに精通していたのが大きかったのだろう。動きの共通する箇所を見直して実践してみれば、驚くほどに相手が引っ掛かる。

 彼女とて才ある剣士。未だ取っ掛かりを掴んだだけに過ぎないが、いずれは全く同じと言えずとも大きく成長するに違いない。

 

 イリナが行き着く先にはゼノヴィアが待ち構えていた。

 刃を大きく天へ振りかぶる大上段。溜めこまれた力は『破壊の聖剣(エクスカリバー・デストラクション)』が秘める破壊力をさらに引き出す。

 

 暮修太郎という男の剣技にわずかにでも触れることができたのは、イリナと同様にそれを傍から眺めていたからだ。

 聖剣をもってしても切り裂けなかったキマイラの身体を、いともたやすく切り刻んだ剣の冴え。隔絶したそれは、才能あふれる者ほどに剣士ならば心を折っておかしくないものだった。

 しかしゼノヴィアはそうなってしまうどころか逆に感動した。迫りくる敵を防御諸共無尽に切り刻む。彼女が望む理想の剣がそれだったからだ。

 青髪の少女はイリナを追ってやってくるキマイラを見つめる。

 手首に巻いた聖具、青いサファイアをはめ込んだロザリオが輝く。

 

「個人的にはかなり遺憾ではあるが、私は何かと物を壊しがちでね。今回も気を付けるように言われていた。そう、この場には――」

 

 高揚感と共に踏込み、大地に向かって斬り下ろす。一連の動きは今までのどんな時よりも洗練されたものだった。

 

 剣より解放された衝撃を受け、爆散する大地。

 小さなクレーターどころではない大破壊は、その場の地盤が特殊だったからだ。

 破壊された地面より、天高く溢れだす水流。この地には多くの地下水脈が存在していたのである。サファイアのロザリオは、水脈探知の道具でもあった。

 

 タイミングを合わせて反転したイリナはともかく、キマイラは急に止まれない。

 大量の水が超高熱の身体にかかると、その体積を急激に膨張させ、大爆発を起こした。

 

「*********!?」

 

 舞い散る飛沫と衝撃波、巻き起こる暴風が少女たちの視界を塞ぐ。初めて聞くキマイラの声は絶叫だった。

 爆発の勢いで上空に投げ出されたキマイラは、オーラで形成した外殻を大量に巻き散らし、その本体を外部に露出させている。衝撃に意識を混濁させた幼い怪物に高熱振動を再度行う余裕はない。

 

 ふと、上空から影が差す。

 

 恐るべき脚力で跳躍した修太郎の姿はまるで金翅鳥王(カルラ)。引き絞られた膂力に加え、落下の勢いを重ねた刃は龍の鱗すら貫く断頭の技。

 刃の双眸がキマイラを卑睨し。

 音も無く通過した太刀に分断された魔物を見れば、ここに決着。

 

 立ち昇る水が雨となって降り注ぎ、鮮やかな虹を作った。

 

 

 

 

 

                 ―○●○―

 

 

 

 

 

「思えば私、修太郎さんにお世話になりっぱなしだわ。何かお礼しなくっちゃね」

 

 ひと段落つき、イリナが話を変える。

 戦闘も終わり、自分が持っている情報を二人に渡した後である。

 彼女は今、最初着ていた白いローブの代わりに修太郎が鞄に入れて持ち歩いていたコートを羽織っていた。キマイラの攻撃を躱した時の余波で下の戦闘服含め所々が破れ、あられもない姿をさらしていたのだ。

 

「俺が好きでやったことだ。気にする必要はない」

 

「そうはいかないわ。私たちにとって迷える人への施しは当然だけれど、信徒が相手でなくても恩義に報いないのは人道に反すると主もおっしゃるはずだもの。という訳で、後で何か贈らせてもらうわね」

 

 ならば最初に渡した連絡先の老人に贈るよう伝える。根無し草の修太郎だが、あそこには常連になる程度には頻繁に足を運んでいた。

 それよりも気になったのは。

 

「むむむ……」

 

「それで、彼女はいったいどうしたんだ」

 

 何やら挙動不審気味なイリナの相棒。

 難しい顔で唸りながらチラチラとこちらを見るゼノヴィアを見つめ返せば、しばし思案気な顔をした後、破壊された大地へ視線を逸らされた。

 

「ゼノヴィアってば、また派手に地形を変えちゃったものだから、どう報告しようか悩んでいるのよ」

 

 不審な相棒の挙動をイリナが解説してくれた。

 複雑な表情のゼノヴィアを見れば、当たらずとも遠からずと言ったところだろうか。

 

「それで何故俺を見る」

 

「多分、着いて来て弁護をしてほしいんじゃないかしら。私じゃ宗派が違うからカトリック教会に行くことはできないし、その点フリーの修太郎さんなら大丈夫だと思ったのかも」

 

 そんなに上から信頼されていないのか、この少女は。と思えば、当の少女から非難の目を向けられた。

 

「違う。別に報告するだけならいいんだ。問題はその後なんだ。しかし、うーん、ぐむむ……」

 

 イリナの言葉を否定するゼノヴィアが気にしていたのは、姉代わりのシスターのことである。

 幼少の頃より頭の上がらない存在であるシスターは、ゼノヴィアが問題を起こすと高い確率で説教をしにやってくる。それが嫌なのだ。

 頭を捻り終えたゼノヴィアは、「やはり言っておくべきだろう」と意を決して修太郎に喋りかける。

 

「暮修太郎……殿、不躾だとは思うがエクソシストになる気はないか? 先ほどの話を聞いた後に私が言うと、かなり不純な動機ととられるかもしれないが、あなたほど剣に長けた人物は見たことが無い。あなたが我々に協力してくれれば、人々を脅かす魔からもっと多くの人を救えると思うんだ」

 

 語るゼノヴィアの目は真摯だった。

 教会の戦士として神に仕え、その教えの下庇護されるべき子らを守る。そのことにわずかな迷いも持たないその姿勢は、修太郎の目に興味深く映った。

 しかし。

 

「勧誘ありがたいが、断らせてもらう。俺に神への信仰心は無いし、そういう組織は合わない」

 

 神の価値がわからない修太郎が所属すれば、たとえ意図せずとも確実に問題が起こるだろう。秩序だった組織は好むところではあるがしかし、うまく付き合えるかと言えばそれは違う。

 第一に。

 

『…………』

 

 そもそもの前提として、背後で心配げにこちらを見つめる黒猫を捨て置くことなどできはしない。出会った時の約束は未だ有効であるが故に、放棄する選択を修太郎は持たない。

 その様子から、ゼノヴィアにも修太郎の意思は伝わったのだろう。

 

「そう言うとは思っていたが、残念だ。なんとなく、あなたとは馬が合いそうに感じたんだが」

 

『ああ……脳筋同士ってことにゃん』

 

 猫の念話は無視する。

 巡り合わせが悪かったのだろう、と言えばそこでその話は終わった。

 

 こうして、引き続き魔法使いの研究施設を調べるという少女たちと別れ、修太郎たちは帰路に就いた。

 

 

 

 

 

                 ―○●○―

 

 

 

 

 

「修太郎さーん、だってにゃー」

 

 帰って宿。

 拗ねたような態度をとる黒歌に、修太郎は内心でため息を吐いた。

 

「クレソンと言う神父が知り合いにいるから呼びにくいらしい。別に名前で呼ぶこと自体に何も悪いことは無いだろう」

 

 この黒猫は、あったばかりのイリナが修太郎を名前で呼んでいたことが気に食わないようだった。ちなみに、関係ないがクレソンとはオランダガラシのフランス語名でもある。

 

「でもどうにゃん? シュウは若い女の子と仲良くなって嬉しかったりはしない?」

 

「二人とも好ましい少女だとは思うが。素直なのはいいことだ。面倒が無い。第一、年齢的に言えば俺もお前もまだ若いだろう」

 

 そう言うと、黒歌は頬を膨らませる。

 

「それって、私が素直じゃないってこと?」

 

「そうは言わない。お前は十分に素直だ」

 

 くしゃり、としなやかな黒髪を掬い取り流す。

 

「にゃぅ……ん」

 

 甘い声を出して脱力し、こちらに体を預けてきたので優しく抱き寄せる。

 吐息を漏らしながら首筋に頬を擦り付ける黒歌は猫そのものだ。

 

 今、修太郎は上半身裸で椅子に座り、黒歌はその膝の上で対面になって寄り掛かっている。

 着物の前をはだけその豊満な肉体を惜しげも無く晒す美女は、男の胸に自身の肌を合わせ、もどかしげに擦り付けていた。

 

「にゃ……ぁん」

 

 合わさった肌を通して両者の気が循環すれば、生命力の加速と増大が昼間の戦いで傷ついた修太郎の身体を癒す。

 膨大な気の総量を誇る武の達人と才能にあふれる高位の仙術使いが行う気の循環合一、簡易式の房中術と言っていいそれは男の傷を急激に復元させていった。

 

 肉がふさがり、皮膚がつながる痒みに目を細めながら修太郎は思う。

 たとえば黒歌がいなければ、昼間の少女たちの勧誘に乗っただろうか、と。

 

 考えてもわからない。なぜ彼らはあそこまで頑なに会ったことも無い偉大な存在とやらを信じることができるのか? なぜそんなよく分からないものを信仰するのか?

 修太郎にとって神とはまず己を縛っていたものの原因だ。本家は神道守護、ひいては護国のために一般倫理を悉く破ってまで強さを求め、それが一因となって分家に修太郎の様な突然変異が生まれた。

 

 日本は八百万の神が存在する、世界的に見ても異様な宗教基盤を持つ国である。そこでは神も悪魔も龍も仏も、問題なく在れるだろう。

 数が多いだけに神の質はピンキリで、どちらかと言えば精霊と言った方が適当かもしれない。それでも信仰を力に変えるのだから、やはり神なのだろう。そんな神々も怒り荒ぶれば荒御霊と化し人民に被害を及ぼす。

 修太郎がこれらの神々を討滅した例は一つ二つでは足りない。

 

 そんなのだったから、神の重要性を理解できないのだ。

 聖書の神を同列に見るわけではないが、きっと、その存在など無くても人は生きていける。これは、強者だからこそ持つことができる考えだろうか?

 

「……にゃあぅ…ふぅ……ぅうん…………にゃぁ…………」

 

 気付けば、黒歌が随分とヒートアップしている。

 頬を紅潮させ、瞳は潤み、吐く息も荒く汗の滲む身体は艶めかしい。たとえどれほど老いていようと、それが男ならば即座に押し倒してモノにするほどの色香を発していた。

 昼間にイリナの半裸姿を見てさえ冷静に対処した修太郎でも、何も思わないなど有り得ない。

 しかし、しかしだ。

 

「にゃ…ぁん……シュウ……? やっぱり、反応しない?」

 

「すまん……誓約だ」

 

 誓約。ゲッシュ。この場合は呪いとも言う。

 これにより修太郎はあらゆる性的興奮を獲得できない。

 

「……やっぱり、古き良きケルトの死亡フラグなんて受けるべきじゃなかったのよ。あの忌々しい脳筋女神、今度会ったら半身炭に変えて命乞いさせた後に誓約破棄させて地獄に落としてやるにゃん」

 

「無理だ。俺ら二人合わせても勝率は2割……良くても3・4割程度だろう」

 

 そもそも、当人が設けた誓約の破棄条件が女神の打倒なのだからいずれ避けれぬ道ではある。今のままでは一体いつになるやら見当がつかないというのが痛いところだが。

 だからこそ世界を回り、力を獲得しなければならないのだ。

 

「手始めに北欧だ。アイスランドの異界に潜り、アースガルズに行く」

 

「わかってるにゃん。……でも、でもね……まずはこの身体の火照りをどうにかしてほしいの。シュウには悪いけど、付き合ってもらってもいい?」

 

 頬を染め発情する黒歌の潤む上目使いは、かつてない破壊力で修太郎の頭を叩いた。ここまで来て逃げるなどあり得ないだろう、常識的に考えて。

 

「…………仕方がない、か」

 

 しかし、付き合うのは吝かではないが、琴線には触れるのに何も感じないというのは凄まじく名状しがたい寂寞感を生むのだ。

 一人愉しむ猫をよそに、精神すり減らしながら一夜を過ごした修太郎は、翌日の朝しばらくは何もしゃべらなかった。

 

 

 




ちょっと直接的すぎるだろうか。エロスは分からん。
基本遅筆なので今後も安定しないと思われます。
誤字脱字、設定の不備および描写の矛盾等ありましたら指摘お願いします。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。