剣鬼と黒猫   作:工場船

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第三十六話:指導してみよう

「そのまま可能な限り力を抜いていけ。剣を支えられる限界点までだ」

 

「こ、こうか……?」

 

 デュランダルの青い刀身が天へと伸び、金色の刃が太陽の光を眩いばかりに反射する。

 いつもの屋上、様子を見る修太郎の前で聖剣を大上段に構えたゼノヴィアは、慣れない挙動に若干身体を揺らがせながら、指示に従って力を抜いていく。すると、ある一点で聖剣の重さに負け、剣を支える腕が大きく傾いだ。慌てて力を込めなおし、体勢を整える。

 

「抜きすぎだ。そうなる一歩手前で留めろ」

 

「ううん、なかなか難しいな……」

 

 首をかしげるゼノヴィアは、その仕草と裏腹に楽しげな表情だった。

 それもそのはず、彼女は今、自らが師と仰ぎたい人物から念願の指導を受けているのだ。

 こうなった経緯は簡単、イリナを京都に連れて行った件でゼノヴィアが駄々をこねた結果である。あまりにも鬱陶しく迫ってくるので、修太郎が折れた……わけではな

く、とりあえず何か適当な技を教えることになったのだった。

 とはいえ、修太郎の剣をそのまま教えることはできない。なぜならば彼の剣は非常に多くの技術が統合された結果生まれたものであるために、前提からして習得に要する時間が多すぎるからだ。

 故に今教えているのは修太郎の剣を構成する要素の一つだった。

 

 すなわち、脱力からの急激な緊張。最低値まで筋肉から力を抜き、次の一撃に全てを注ぎ込む運体技術である。

 最小の一から最大の百まで刹那の間に移行する筋力の爆発は、刃に絶大な威力を乗せるのは勿論、何よりも特筆すべきはその速さ。一瞬で最高速に達するため、相手の目から消失したように映るだろう。

 

「……よし、それでいい。込める力を最小までに落としたら、そこから一気に最大まで引き出せ。タイムラグは一切作らず、一撃に全てを込めろ。できるな?」

 

「ああ、やってみる……!」

 

 返答は若干の緊張をはらんでいる。

 そうしてしばらく瞑目したゼノヴィアは、勢いよく踏み込んだ。

 脱力状態となった筋肉が急激な緊張を見せれば、まるで銃弾が激発するかの如く振り下ろされた聖剣が閃光と――

 

「うあんっ!?」

 

 なる前に、ゼノヴィアはすっ転んだ。

 その勢いで手からすっぽ抜けたデュランダルを修太郎がキャッチする。そのまま自身の手の中で鈍らの鉄塊と化した聖剣を脇に突き刺した。

 

「振り下ろしに合わせて全身を連動できなければそうなる。剣を振る事ばかりに気をとられて、下半身の動きがなっていないな」

 

「ぐうぅぅ……、難しいぞ、師匠……」

 

 答えるゼノヴィアは四つんばいの体勢でうずくまったままだ。額を強く打ち付けたのか、プルプルと震えながら両手で頭を押さえている。血の匂いは無いので出血しているわけではないのだろうが、相当衝撃があったようだ。

 

「だがこれが基本だ。全ての斬撃を全ての体勢で、且つ即時に行えないようでは話にならない」

 

「むむむ……」

 

 ようやく顔を上げたゼノヴィアが難しげに唸る。

 

「何も常時運用しろと言っている訳ではない。そもそもこの技の脱力時は致命的な隙となる。ここぞというときに使えさえすれば十分だ」

 

 そう言う修太郎は常時運用しているわけであるが、そこまで教えることはしない。求められる器用さが桁違いに上がるからだ。速剣型の木場やイリナであればともかく、剛剣型のゼノヴィアでは習得に難がある。

 

「師匠がコカビエルを倒した時に使った『見えない剣』みたいにか?」

 

「『(いかづち)』と言う。現状、俺が単独で放てる最高の剣になる」

 

「おお、所謂『必殺技』というやつだな!」

 

 目を輝かせてこちらを見るゼノヴィア。

 それにどこかむず痒さを感じた修太郎は、空に目を逸らした。このような目で見られることに慣れていないのだ。

 思えば、インドのキシュキンダーで出会ったラーマの子孫にも同じような目を向けられ、困った覚えがある。

 

「まあ、そのようなものだ。……一応言っておくが、教えんぞ」

 

「む、残念だ。しかし師匠、やはり剣士であれば必殺技の一つでもあったほうがいいと思うのだが」

 

 突き刺さったデュランダルを回収しながら、ゼノヴィアは修太郎の顔を見上げて言う。

 それに対し、修太郎は軽く溜息を吐いた。

 

「これまで何度言ったかわからんが、俺はお前の師にはならない。そこまで面倒を見るつもりもない」

 

「うん。師匠が師匠でないかはともかくとして、私も流石に何から何まで教わるつもりはないぞ。必殺技は自分で編み出してこそだからな。ただ、先達として何かアドバイスが欲しいんだ」

 

 何とも退かない少女である。修太郎としてはその一直線な気質を嫌うことはないが、それに自身が巻き込まれるとなるとやはり困る。

 ともあれ、何か答えなければこの場を帰してもらえそうにない。

 

「では言っておくが」

 

「おお……! いいぞ、ドンと来てくれ!」

 

 修太郎の意外な反応に、やや驚きながら意気込むゼノヴィア。

 それに対して放たれた言葉は。

 

「まずデュランダルの力を使いこなせるようになることだ」

 

「うっ……!?」

 

「その聖剣は俺が見てきた中でも最高位に位置する鋭さだ。極限まで力を研ぎ澄ませれば、ただ斬るだけで必殺になるだろう。お前の場合は技だのなんだのを磨くより、それを目指せば当座は事足りる」

 

「ぐっ……!」

 

「剣士は剣を使ってこそ剣士と言うのであり、剣に振り回されるようでは名折れの極みだ。それはお前もわかっているだろう?」

 

「うぐぅ……!?」

 

 凄まじく痛いところを突かれ、ゼノヴィアは項垂れた。

 そう、わかってはいるのだ。純正の聖剣使いとしてデュランダルの担い手であるゼノヴィアはしかし、剣が持つ力をまったく使いこなせていない。

 デュランダルの切れ味は数多ある聖剣・魔剣の中でも最高峰に位置する。しかしながら常に放たれる莫大な攻撃的オーラを御することは極めて難しく、加えて持ち主の気質を威力に反映するせいもあってか、ゼノヴィアに要求される制御力は跳ね上がっていた。

 

 以前アザゼルから聞いた話によると、先代の使い手――ストラーダ猊下――はまるで手足のようにデュランダルを振るい、常軌を逸する程の強さを発揮していたらしい。

 つまりゼノヴィアは彼より数段劣る使い手だと言うことだろう。仮にそれを不満と思わなくても、自身の不甲斐無さは変わらない。

 これでは才能の持ち腐れだ。

 今まで後回しにしていたその事実を尊敬する人物から突きつけられて、高揚していた気分が一気に落ちるのを感じた。

 

「…………」

 

 ――少し言い過ぎただろうか?

 酷く落ち込んだ様子の少女を見て、修太郎はそう思った。

 聖剣使いとしての素養を持たない彼には、デュランダルの制御がどれほどの難易度であるか把握できない。そもそも修太郎は己と繋がった力の制御を誤ったことがほとんど無いのだ。故に彼女の悩みに対して適切な助言も持ち合わせていない。

 少々無責任な発言だったと反省する。

 

「……まあ、お前はまだ若い。悪魔であれば時間もある。これから出来るようになればいいだろう」

 

 誤魔化すように無難な言葉を絞り出し、目の前の青髪に手を置いた。この少女の前では何とも調子が狂う。何故自分がこんなことをしているかわからなかった。

 対するゼノヴィアは、いきなり優しくなった(ように感じる)修太郎の対応に一瞬目を白黒させる。

 

「し、師匠もまだ若いじゃないか。そう言えば、何歳なんだ?」

 

「……21だ。いや、今年で22だったか? あまりよく覚えていないが、その辺りのはずだ」

 

「自分の年齢を把握してないのか……?」

 

「中学校を出てから正確な年数は数えていないからな。何にせよ、俺の年齢など些細な問題だ」

 

 そう言って、おもむろにゼノヴィアの額を中指で弾く。全身を走る痺れに「わっ」と驚いたゼノヴィアは、額を押さえて修太郎を見た。

 先ほど床に強く打ちつけた部分である。無言の抗議にしかし、修太郎は我関せずと屋上の入り口に目を向けた。

 そうしてそのまま話を続ける。

 

「一度しかない学生生活だ。存分に学び、楽しむといい。悪魔の生は長いのだから、戦いのことはそれが終わった後でも遅くはない」

 

「うん、私は今の生活を楽しんでいるぞ。学生としても、剣の道を志す者としても」

 

「……ならばいい」

 

 ゼノヴィアの返答に修太郎がそう言うと、屋上の扉が開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

                  ―○●○―

 

 

 

 

 

 

 

「それで、白音たちは赤龍帝ちんの家に同居することになったらしいのよ」

 

「そうか」

 

 場所は移って修太郎たちの部屋。

 床に座る修太郎の膝の上には着物姿の美女、黒歌の姿があった。

 

 ゼノヴィアとのやり取りを終えた後、屋上に現れたのは兵藤一誠ほかグレモリー眷族数名と、小猫の指導を行うために外へ出ていた黒歌だった。

 何でも夏休みの予定を話し合うためにゼノヴィアを呼びに来たらしい。なるほど、最近彼女が来るタイミングがやけに早いと思っていたが、学園は夏休みに突入していたようだ。

 そうしてゼノヴィアを見送った修太郎は黒歌と共に部屋へ戻り、今に至る。

 

 さて、黒歌が話していた内容であるが、どうやらサーゼクス・ルシファーの提案で兵藤一誠宅に眷族を同居させる運びとなったとのこと。

 何でも眷族のスキンシップ向上という名目があるようだが、それに男性眷族が含まれないのは少々解せない。

 しかしそれも、あの少年の夢はハーレムを作る事だったな、と思い出せば氷解した。何故それに魔王が協力するかは不明だが、もしかすると彼には彼なりの深い考えでもあるのかもしれない。どちらにしても、修太郎にはあまり関係の無いことだ。

 

「クロはいいのか。あの少年に妹を任せても」

 

「うーん、どうだかにゃー。赤龍帝っていう点では子供を作るのに極上だし、性格も割かし面白くて悪い奴じゃないし、合格をあげてもいいけど……」

 

 言いながら、手に持ったスナック菓子の袋から中身を取り出し口に運ぶ。そうして続けた。

 

「ま、結局のところは白音の意志次第ね。これからどうなるかはわかんないけど、少なくとも嫌ってるわけじゃなさそうだし、いざとなったらこっちで助けちゃえばオールオッケーにゃん」

 

 黒歌は背中をこちらに預けながら、スナックを口元に差し出してきた。

 修太郎は目の前のそれを無言で口に入れる。だが正直な話、あまりこういった菓子類は彼の好みではなかった。

 

 話の続きを聞けば、どうやらもう姫島朱乃などは夏休み開始直後から彼の家に住んでいるようだ。

 なんと受け入れ人数拡大のために大規模な改築をしたらしい。黒歌は修太郎がゼノヴィアの指導をしている間、小猫に付き添ってそこで過ごしていたようだ。

 しかし六階建てとは何とも尋常ではない。それを一夜で完成させたと言えば凄まじいが、おそらくは別の場所であらかじめ建てていたものを転移か何かで入れ替えたのだろう。どちらにしても驚かざるを得ないが。

 

「む? しかしゼノヴィアはまだ隣の部屋を借りたままのようだが」

 

「そりゃあ、あの子が部屋引き払っちゃうとイリナちゃんに行くところがなくなっちゃうじゃない」

 

「なるほど」

 

 今現在ゼノヴィアがイリナと共同で使っている部屋は、ゼノヴィアの名義で借りられているものだ。なのでゼノヴィアの退去はイリナの住居喪失と同義、収入が一切無い彼女は路頭に迷うこととなるだろう。

 そうならそうで修太郎がしばらく世話をしてやっても構わないのだが……。

 そう言うと黒歌は。

 

「私としてはできれば遠慮してほしいかしらん。そうなったら多分ゼノヴィアっちの方も押しかけてくるにゃー」

 

「…………」

 

 少し思い浮かべれば十分に想像できてしまう。

 「弟子じゃないイリナが一緒に住むなら弟子の私も……」などと意味不明なことを言ってきそうだ。

 ならばその方がいいのか、と思いなおした修太郎に黒歌は話を続ける。

 

「で、何故か赤龍帝ちんの家にいたアザゼルからこんなの貰ったにゃん」

 

 黒歌がその白い指をしなやかに一振りすれば、魔法陣が部屋の壁に展開される。それが消えると、何やら物々しげな扉ができていた。

 

「転移用のドアだって。設定すれば色々な場所に転移できるみたい。シュウのケータイでも操作できるらしいから、今度からこれで現場に移動しろって言ってたにゃん」

 

「端末で……?」

 

 これ説明書、と黒歌から渡されたのは文庫本サイズの冊子だった。

 確かに今までは呼び出される際、現場に移動するのにいちいち迎えが必要だったのでこういった品はありがたい。しかし機械の操作に疎い修太郎からすれば中々難しい課題である。今から気疲れする思いだ。

 そんな修太郎の思いを知ってか知らずか、黒歌は大きく伸びをしてこちらを押し倒すかのように体重をかけてきた。着物の隙間から覗く乳房が揺れ、今にもあらわになりそうだ。

 その動きに合わせて後ろ手で床に手をつき、身体を傾ける。修太郎の現状は、すっかり彼女の椅子だった。

 

「夏休みは、グレモリー眷族みんな冥界に行くみたい。だからしばらくお別れね。白音の修行も何とかひと段落ついたし、この土地もそれなりに回復してきたし、私もしばらくお休みにゃん。ね、何して遊ぶ?」

 

 などと聞いてくる。

 魔人の脅威が控える今、修太郎としては遊ぶ時間など無いのだが、それは彼女もわかっているだろう。その上で時間を作ってどうするか尋ねているのだ。

 が、しかし修太郎はそれと別のことを考えていた。

 思い出すのは少し過去のこと。

 

『狐の匂いがするにゃん』

 

 京都から戻って開口一番そんなことを言った黒歌である。ややつり気味の目つきでじとりと睨む猫の黄金瞳は、怒りと不満に満ち溢れていた。

 それに対し修太郎がとった対応は、とにかく滅茶苦茶甘やかすことだった。

 物を所望すればそれを買いに行き、何かをしたいと言えばそれを手助けし、何かをしてほしいといえばそれを行う。元々彼女は猫らしく気ままな性質で、これまでもわがままを言うことはよくあり、そして修太郎としてもそれに従うことを嫌だとは思っていない。

 

 そもそも、修太郎にとってはこのスタンスが常態なので、多少その内容が過剰になろうが大した問題ではないのだ。

 たとえ乗り物よろしく毎度彼女を抱えて(あるいはおぶって)移動することになろうと、食事(時々間食も含む)を手ずから食べさせることになろうと、部屋で椅子代わりにされようと、状況的に多少どうかとは思うものの(実際彼女の妹である小猫は、姉が男に運ばれてきた様子をみて何とも言えない表情になった)彼女が機嫌を直してくれるならば安いものだった。

 

 しかしながら、今の段階でこの対応をとったのはいまいちよろしくなかったらしい。

 町の地脈整備がひと段落して暇ができたことと、指名手配という気を張らなければいけない要素がなくなってしまったこと、さらに日本の豊かな食生活にサブカルチャーの誘惑も合わさって、すっかり怠け癖がついてしまったようなのだ。

 妹+αの修行をつけるとき以外は修太郎へ甘えるか、あるいは遊ぶばかりになり、かつて欧州にいた際に行っていた魔法の勉強などは滞りがちになっていた。

 

 これはいけない。

 

 修太郎は彼女の幸せを望みこそせど決して堕落させたいわけではない。自身の対応だけが原因というわけでもないのだろうが、このまま彼女がダメ人間もといダメ悪魔になってしまっては本末転倒である。

 では、どうしようか。

 

「クロ」

 

「なぁに――にゃん!?」

 

 黒歌を膝に乗せた状態で急に立ち上がる修太郎。

 驚く彼女が転がり落ちる前にそれを受け止め、横抱きに抱え上げる。右手は彼女の吸い付くような柔らかさを持つ太ももを支え、左手で華奢ながら女性らしい感触を伝える肩を抱き、そうしてじっと黄金の瞳を見つめた。

 

「えっ、えっ、シュウ……?」

 

 急な出来事に目を白黒させて慌てる黒歌に構わず、彼女の顔に自分の顔を近づける。

 

「なに? なんにゃの? ま、まさかそういうことにゃん? いやん、そんな昼間から……」

 

 頬を紅潮させながら身を捩じらせる黒猫に、修太郎は一言。

 

「お前、太ったな」

 

「 」

 

 燦々と太陽の光降り注ぐ夏の昼間、駒王町の一角で凄まじい爆発音が轟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

                  ―○●○―

 

 

 

 

 

 

 

 

「――なんてことがあったのよ。まったく、シュウってばデリカシーの欠片も無いんだから!」

 

 しばらく後日。駒王町の一角にある公園のベンチである。

 頬を膨らませながら文句を垂れる黒猫は運動用のシャツに半ズボンというラフで涼しげな格好だった。胸元から覗く谷間と、肉付き良く伸びる生脚が太陽に眩しい。

 いつもと違う服装の理由は明白、なまった身体を元に戻す(ダイエットの)ためだ。

 

「話はわかりました。というか、どうしてそれを私に報告するんです?」

 

 通信魔法陣の向こうには凛とした風貌の美少女が一人。

 煌めく銀髪の戦乙女、ロスヴァイセである。

 微妙に困ったような表情で返答する彼女は、どこか疲れた様子だ。

 

「いや、最近あんまり会ってなかったから、近況報告も兼ねて。今忙しかったかにゃん?」

 

「いえ、大丈夫です。忙しいと言えば忙しいですが、暇と言えばそうなりますし……ふふふ……どうしてこうなったのかしら」

 

 だんだんと声のトーンが落ちていく。見るからに気分を沈ませたロスヴァイセは、薄く笑い始めた。

 

「ロスヴァイセ、もしかしてちょっと痩せたにゃん? 何かあったの?」

 

 普段は冷静な彼女だが、生真面目な性格のせいかストレスが溜まると時折情緒不安定に陥ってしまうことがあった。そんな時に相談役もとい話し相手になってあげるのが黒歌である。ちなみに修太郎だと高確率で逆効果になるのでダメだ。

 黒歌の問いかけにロスヴァイセは遠い目をして話し始めた。

 

「実は私の契約相手がですね、次々と失踪し始めてまして……」

 

「え?」

 

「黒歌さんはご存知かと思いますが……」

 

 話を続けるロスヴァイセ。

 ヴァルハラはヴァルキリー部門営業課(構成人数一名)課長ロスヴァイセは、来たるべき神々の黄昏(ラグナロク)に備えて勇者(エインフェリア)の徴用確保を命じられている。

 その契約形態は主神オーディン謹製の魔法を用いた書面によるもので、契約者は死後自動的にヴァルハラへ魂を召されることとなるのだが……。

 

「本来契約が有効である限り、契約者の状況は何処にいてもわかります。でも今、契約そのものが次々と解除されていまして」

 

「解除……? 術式を組んだのはオーディンでしょ? そんなことができる奴がいるの?」

 

 目を丸くして驚く黒歌。

 北欧の主神オーディンは誰もが知る魔法のエキスパートである。上位神格として絶大な術式構築力を持つ彼の神が手ずから作った契約を破れる者など、人間はおろかあらゆる人外を含めても数えるほどしか存在しない。ロスヴァイセはもちろん黒歌でさえ不可能だろう。

 

「……わかりません。それで私が下宿している斡旋所のおじいさんを通して知ったのですが、どうやらここ最近魔物狩りの方たちが行方不明になる事例が増えてきているようなんです」

 

「その行方不明になったのってロスヴァイセの契約者たち?」

 

「それだけではありません。……魔物狩りとして活動している方々が仕事中行方不明になるのは珍しいことではありませんが、それにしても異常な数の人たちが姿を暗ませています。それもある一定以上の実力者ばかりが」

 

 日々勇者雇用の営業活動に勤しむロスヴァイセは彼らを知っていた。

 優れた魔法使いに神器所有者、英雄の血をひく者……修太郎には及ばずとも、皆勇者と呼ぶにふさわしい実力を持つ者たちばかりである。魔物狩りとして激しい戦いを生き抜いてきた彼らの力は人間と言えどかなりのもので、それらがそろって仕事に失敗したなどとはいくら何でも考えにくい。

 

「何それ超きな臭い」

 

「ええ、私もそう思います。なので今それに関して報告書をまとめているところです。というか、契約打ち切りの扱いなのでこのままだと私の業績がガタ落ちに……うぅ……せっかくあれだけ苦労してとったのに……」

 

 ロスヴァイセの目尻からほろりと涙がこぼれる。

 契約者たちの安否もそうだが、今までの苦労が無駄になったことと、それによって起こるその他諸々の問題が彼女の精神にかなりのストレスとなって蓄積されているようだった。

 

「ロスヴァイセ、大丈夫? 何だったら私そっちにいくけど……」

 

「いえ、ご心配には及びません。それよりも、あんまり不摂生をしてはいけませんよ。お菓子ばかり食べて運動しなければ太るのは当たり前です。コストパフォーマンスも良くはありませんし、これを機に黒歌さんたちも自炊を……」

 

「うっ……じゃ、じゃあ元気でにゃんロスヴァイセ! あんまり無理しちゃダメよ?」

 

 長々とした説教が始まる前に会話を打ち切り、通信魔法陣を閉じた。

 そうしてベンチから立ち上がり、一つ伸びをしてジョギングに戻ろうとする。

 

 最近怠けがちなのは理解していたが、好きな人に「太った」などと言われては女としての意地も燃える。

 日々の鍛錬を欠かさず、仕事でも戦い続けている修太郎と違い、黒歌にそのような習慣はないため戦闘時の勘も鈍っているだろう。もしもそれが理由で敵から後れをとれば、修太郎に迷惑をかけることにもなる。

 差し迫った脅威もあることだし、膿は出しておくに限る……のだが、いまいちうまくいっていない現状があった。

 理由をぶっちゃけて言えば、一人で運動するのはあまり彼女の性に合っていないのだ。どうしてもどこかで手を抜いてしまう。先ほどロスヴァイセに連絡を取ったのもジョギングに飽きたせいだった。

 

 何かいい方法はないものか、と走り始めると、目の前の道に人が一人が佇んでいる。

 修太郎程ではないが、結構な長身だ。金髪と黒髪が入り混じった特徴的な頭、浴衣を自然に着こなしたその伊達男は――堕天使の総督アザゼルだった。

 アザゼルは黒歌を見つめてにやりと笑みを作った。そして口を開く。

 

「運動にもなって報酬も貰える。そんな割のいい仕事に興味はねえか?」

 

「……話を聞かせるにゃん」

 

 

 

 

 

 

 

 

                  ―○●○―

 

 

 

 

 

 

 

 

 報告書をまとめたロスヴァイセがヴァルハラに戻ると、そこには意外な人物との遭遇があった。

 

「修太郎さん」

 

「ああ、ロスヴァイセ。久しぶりだな」

 

 北欧の主神住まう銀の宮殿ヴァーラスキャールヴ、オーディンの執務室に続く廊下に何故か修太郎が立っていた。

 傍らには赤毛のヴァルキリー、オーディンの現お付きを務めるジークルーネだ。なにやら修太郎と話をしていたようで、ロスヴァイセが挨拶すると彼女もまた「久しぶりですね」と簡潔に答える。そのまま報告書を手渡せば、一度こちらを労わるような目を向けてから修太郎に礼をし、執務室に消えて行った。

 後にはロスヴァイセと修太郎だけが残される。

 

「修太郎さんは、どうしてここに?」

 

「セラフォルー殿の護衛だ。普段は彼女の眷族がやっていることだが、今日は手が空いていないらしくてな」

 

 外交を担当する魔王セラフォルー・レヴィアタンは、三大勢力和合に際して忙しく各神話地域を回っている。

 そんな彼女は『禍の団』から重要人物として標的とされており、特に『ニルレム』という派閥から執拗に狙われていた。『禍の団』と極めて深いかかわりを持つだろう神出鬼没の魔人・高円雅崇のこともあり、常に一定以上の実力を持つ者が彼女の護衛に付けられている。

 それを今日は修太郎が務めることになったらしく、話が終わるのを待っているのだそうだ。

 

「……ジークルーネさんと何を話してらしたのですか?」

 

 とりあえず気になったことを聞いてみる。

 修太郎は表情を変えず、何ともなしに答えた。

 

「巨大な敵との戦い方、弱点について少々。異形化した敵とやりあう参考にと聞かれた」

 

「ああ……」

 

「どうした?」

 

「いえ、確かジークルーネさんは元々警備担当だった方なので、おそらくその関係かなと」

 

「そうか、なるほど。道理で戦い慣れているように見えたわけだ」

 

 納得したように頷く修太郎。

 そうしてしばらくこちらを見つめる。ロスヴァイセは久しぶりの対面に若干身体が硬くなるのを感じた。何せ修太郎はその鋭い目で一直線に瞳を覗いてくるのだ。あまりに自然なため無遠慮さは感じず、また不快でもないが、慣れていないと少し心臓に悪い。

 

「少し痩せたな。何かあったのか?」

 

 その声には若干の心配が込められているのを感じた。

 先ほどの黒歌、ジークルーネの対応といいそんなに自分は疲れているように見えるのだろうか。ちょっと泣きそうだ。そのことを微妙に悲しく思いつつ、ロスヴァイセは答えた。

 

「ええ、まあ。契約関係で少し……先ほど報告書で提出したことです」

 

 そうして、黒歌に話した内容と同じことを伝える。

 

「魔物狩りたちの失踪、それも実力者ぞろい、か……。何やら不穏だな。少なくとも、安心できることは無い」

 

「はい。時期的にもおそらくは『禍の団』が関係しているかと思うのですが……」

 

「その可能性は高いな。何のためかは見当つかないが」

 

 二人顔を突き合わせてしばらく意見交換をしていると、突如執務室の扉が開いた。

 現れたのはセラフォルー・レヴィアタン。フォーマルな服装の魔王少女は扉の傍にいた修太郎を認めると、大声でこんなことを言い出した。

 

「修太郎くんお願い! ソーナちゃんたちを助けて!!」

 

 今までになく必死な剣幕だ。

 呆気にとられるロスヴァイセをよそに、修太郎は目つきをさらに鋭くして応じた。

 

「……話を聞きましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

                  ―○●○―

 

 

 

 

 

 

 

 

 冥界はシトリー領。シトリー家本邸の広大な庭、その一角に複数の男女が集まっている。

 ソーナ・シトリー以下眷族たちである。

 

 若手悪魔が集う会合の場にてリアス・グレモリー眷族とのレーティングゲームに臨むこととなった彼女らは、今まさにそのための特訓を行うところだったのだが……。

 一同の前にはソーナの姉、魔王セラフォルーの他に二名の人物が立っている。

 

「あの……お姉さま、これは……?」

 

「リアスちゃんたちのところには、アザゼルちゃんの他にもタンニーンちゃんと黒歌ちゃんが指導要員に入ったって聞いたの☆ それはいくら何でもあっちに有利でしょう? だからこっちも対抗しなきゃ☆ というわけでソーナちゃんのために助っ人を連れてきました!!」

 

 ドヤァ……と胸を張る姉に、妹は凄まじい困惑の表情を作った。

 それもそのはず、姉が連れて来た二人の人物とは……。

 

「このたびキミたちを見ることになった暮修太郎だ。どれほど力になれるかはわからないが、出来る限りのことはしよう。よろしく頼む」

 

「えっと……このたび何故かあなたたちの指導を仰せつかりました、ヴァルキリーのロスヴァイセです。一応、魔法が得意です。その……よろしくお願いします」

 

 長身痩躯が頭を下げる。傍目にもわかる鋭い気に、猛禽類の如き眼光、黒髪の男は暮修太郎。

 その隣で同じく頭を下げたのは、思わず息をのむほどの美少女。銀髪の戦乙女ロスヴァイセである。

 修太郎はともかく、なぜ北欧のヴァルキリーまでここにいるのだろう。

 

 突然のことにソーナはますます困惑し、真羅椿姫は若干引き、匙元士郎をはじめとする他の眷族は唖然とし、そして巡巴柄は泡を吹き失神することになった。

 

 




お待たせしました更新です。
時間は飛んで、なんだかんだでなし崩し的に技を教えてる主人公。ゼノヴィアの思惑通りです。
でもって久しぶりのロスヴァイセと一緒に原作ヘルキャットのタイミングに突入。
経緯に関しては次回。

ちなみに本作の小猫に関して明言しておくと、一誠に対する好感度は上がりこそしますが、決定的なイベントが起こらないので惚れるまでには至りません。
少なくとも本編完結までは良い仲間とか頼れる先輩とかそんな感じになります。

ちょっと最近大幅に遅れ気味なので、そろそろ活報使ってみようかな?

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