剣鬼と黒猫   作:工場船

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第三十七話:夏と試練の15日

 セラフォルーの話を聞いた時、修太郎にそれを受けるつもりは全くなかった。自身はあくまで剣を執る者、戦士であり、指導者としての器は持ち合わせていないと思っているからだ。

 

 確かにやろうと思えば修めた技の一つか二つ誰かに教える事は可能だが、それも相手に相応の才能があればの話。イリナにしてもゼノヴィアにしても、時間をかけずとも確実に習得できるだけの素養があると確信したからこそ教えたのだ。そもそも、さわりだけやらせて後は放置するようなものを指導とは言わないだろう。

 

 だが修太郎はそうすることしかできない。練度を向上させる努力は死ぬほど積んでも、技術の習得に手間をかけた経験はほとんど無いのだ。故にどうしても「一から全てを教える」方法がわからなかった。

 これでは教え導く者として失格者も同然。まさか擬音で説明して理解できる者もいないだろう。

 

 だがさらに話を聞けば、あちらが期待しているのはそういった方面ではないのだと言う。

 その膨大な戦闘経験を活かした、所謂アドバイザーとして修太郎の能力を必要としているとのことだった。あとは格上と戦闘する機会に乏しいソーナ・シトリー眷族との模擬戦の相手などか。なるほど、その程度ならば修太郎にもできそうではあった。

 最近は『禍の団』のテロ活動もその頻度を増しており、呼び出しがかかればそちらを優先することになるだろうが、それがなければ特筆してやるべきことは多くない。受けること自体は可能である。

 

 しかしなぜ修太郎に頼むのか。悪魔への指導・アドバイスということであれば、同じ悪魔――たとえばセラフォルーの眷族などにやらせる方が効果的に思える。

 そう尋ねると、さほど意外でもない答えが返ってきた。

 アザゼルからの要請でグレモリー側の指導に黒歌が入ったと言うのである。

 なるほど、あちらには彼女の妹である小猫がいる。以前黒歌から聞いたところによると、今の小猫は日常生活こそ普段通りに行えるようになったが、戦闘行為となると話は別らしい。それを改善するのに適切な指導者を呼び寄せるのは自然な対応であるし、彼女の卓越した魔力操作技能はリアス・グレモリーたちにとっても参考となるだろう。

 

 セラフォルーたちにとって黒歌の実力は未知数。魔王級の力を持ち、多様な術式体系を融合させ操ることは知れているが、その底は未だ計れていない。彼女の真の実力を知る者がいるとすれば、それは修太郎以外に無いのだ。

 たとえば黒炎陣のような対悪魔用の封殺術や、それに類する術法がグレモリー眷族の誰かに授けられたとすれば、シトリー眷族の勝ち目は少なくなってくる。

 修太郎としては考え過ぎだと思うが、それが先方の認識ということだろう。つまりは黒歌がどういった内容の指導を行うか、修太郎に推測してもらいたいのだ。

 

 さて、依頼を受けること自体は吝かではなくなった。

 次は見返りの話になるが、これに関しては修太郎の要求がすんなりと通った。結構な無茶を言った覚えがあるのだが、どうやらあちらにとってはそこまで大したことではないらしい。まあ何にせよ話はまとまったのだ。

 

 しかしそこで横から声がかかる。

 声の主は北欧主神・オーディンだった。どうやらセラフォルーと修太郎のやり取りを聞いていたようで、そちらが良ければ魔法の指導者としてロスヴァイセを派遣すると言いだしたのだ。

 何故かと問えば、グレモリー対シトリーのゲームには来賓として自身も招待されており、良い勝負が見たいからとのことだ。

 

 天下に名高き赤龍帝に前代未聞の聖魔剣、伝説のデュランダルなどが揃い踏み、堕天使総督アザゼルや元龍王タンニーンまでが協力するグレモリー眷族と比較すれば、シトリー眷族のそれは何とも凡庸に映る。

 せっかく冥界にまで出向くと言うのにあっさりゲームが終わってはオーディンとしても面白くない。なので試合を盛り上げるために名目上はロスヴァイセを先遣の下見役とし、シトリー眷族の指導に当たらせることで彼女らに北欧の魔術を授けてもいいと申し出た。

 

 ロスヴァイセは修太郎の知る中でも屈指の魔法使いだ。神格を除くなら黒歌に次ぎ、演算処理能力だけなら筆頭に挙がるほど。指導力の高さも黒歌に魔法を教える姿を見て知っている。少なくとも修太郎には彼女以上の適任はいないと思えた。

 セラフォルーにもそう告げると、彼女は満面の笑みで一も二も無くオーディンの申し出を受け入れた。

 ひとり混乱するロスヴァイセをよそに話はどんどんと進む。

 ほどなくして正式にロスヴァイセを冥界に派遣する運びとなり、こうして修太郎は彼女と共にシトリー眷族の指導を仰せつかることになったのだった。

 

 しかしながら、それを当のソーナ・シトリーが受け入れるかどうかは別の話。

 彼女には彼女の訓練プランというものがあり、いきなり指導を頼んだなどと言って外部の人物を連れてこられても困るのだ。

 

「またお姉さまは勝手をして! 私には私なりの考えがあるのです。急にこのようなことをされても困ります!」

 

「そんな! お姉ちゃんはソーたんのためを思って……」

 

「ソーたんは止めてください。大体、私たちだけ魔王の支援を受けては他の家に申し訳が立たないでしょう!」

 

「それならサーゼクスちゃんだってタンニーンちゃんに頼んだのだから大丈夫……」

 

「そう言う問題では……」

 

「えっと、私たちはどうすればいいのでしょうか……?」

 

「待つしかないだろう」

 

 言い合う二人を見て困惑するロスヴァイセに答えながら、家族とは良いものだななどとどこかズレたことを思う修太郎だった。

 結局、セラフォルーとソーナの姉妹喧嘩一歩手前の話し合いにより訓練期間初日は潰れることになる。然もあらん。

 

 

 

 

 

 

 

                  ―○●○―

 

 

 

 

 

 

 その翌日、真羅椿姫は気分が重かった。

 理由は昨日シトリー家に訪れた客人、暮修太郎である。

 旧姓・御道の名を持つ彼は、日本最新の退魔英雄として天津神にも認められている。

 退魔関係出身の者が多いシトリー眷族には、無論のこと彼の名を知る者も多い。しかし実際に彼と会ったことがあるのは椿姫と、眷族の『騎士』巡巴柄だけだった。

 

 その椿姫にとって暮――御道修太郎は恩人に当たる。一応の、と頭につくが。

 椿姫の生家、真羅家は代々続く由緒正しい退魔師の家系だ。四神・黄龍の力を司る五大宗家と呼ばれる家の一つ、日本においてはトップクラスの家格を持つ名門である。

 その中にあって、椿姫は鏡から異形を呼び出してしまう異能を持って生まれた。鏡は古来より神聖視され、霊的にも呪術的にも優れた力を持つ器物だ。三種の神器の一つに鏡があるとおり、日本の退魔師にとって鏡とは特別視すべきものでもある。

 それ故に鏡を用いて不気味な現象を起こす椿姫の存在は外聞に悪く、また原理が全くわからないことから忌み子として隔離に近い扱いを受けていた。

 

 そんなある日、御道修太郎が数名の退魔師と共に真羅家に訪れる。最近知ったことだが、どうやら魔人の行方を真羅家の秘術によって捜索するよう依頼しに来ていたらしい。

 当時10歳だった椿姫は、結界に覆われた離れの窓より彼らを見ていた。

 第一印象は、若い人。真羅の家にやってくる客の中で当時の修太郎ほど若い人物は珍しかったからだ。

 

 ともあれ真羅家は先方の申し出を受け、秘術を執り行った。

 しかし術は失敗に終わる。彼の魔人が容易く己の居場所を探らせるわけがなかったのだ。

 術者――親戚の誰かだと思うが覚えていない――は呪いの反転により死亡。そのまま魔人は最も近場にある召喚地点――椿姫の不安定な異能に干渉して、数多の邪鬼を送り込んできた。

 

 それを悉く駆逐したのが修太郎である。

 莫大なまでの蒼いオーラを纏い、振るう刀は閃光の如く。

 鬼の残骸で山を作りながら駆け抜け、その手の刃で椿姫に襲い掛かる異形の首を断つ。超高密度の闘気が血飛沫を焼き、瞬く間に周囲は赤い霧で覆われた。むせ返る鉄の匂いが鼻腔を通って頭の中をかき回す。

 

 そんな中、目の前に立った修太郎の鋭い眼光を見て、椿姫は死を覚悟した。斬られる、と思ったのだ。

 事実、彼は椿姫を斬る構えを見せていた。しかし運がいいことにちょうどその時、修太郎の持つ刀が折れた。当時の彼が使っていた得物は量産品であったため、あまり堅牢なものではなかったのだ。

 おそらく、それによって生まれた間が明暗を分けたのだろう。真羅家から魔人の干渉が消え去ると、修太郎は椿姫から興味を失くしたかのように踵を返して去って行った。

 結果として、修太郎が邪鬼から椿姫の命を救ったという事実だけが残ったのだった。

 

 その後、騒動のせいで立場が悪くなった椿姫は日本にやってきたソーナ・シトリーと出会うまで辛い日々を送る事となる。

 

 椿姫が彼に抱く感情は非常に複雑だ。

 彼女にとって修太郎が命の恩人となったのは、椿姫の運が良かったことに起因する。もしもあの時刀が折れなければ、その後魔人が干渉を打ち切らなければ、邪鬼召喚の基点と見なされて殺されていた可能性が高い。

 

 巴柄ほど取り乱しはないが、正直な話、彼と会うのは怖かった。

 悪魔となって戦いを経験し、彼の強さがある程度把握できるようになったこともあり、その思いはなおさら強くなっている。白龍皇との一戦を映像で見たときは戦慄したものだ。

 故に、これから彼に会わねばならないかと思うとあまり気が進まなかった。

 

 結論から言えば、ソーナは修太郎たちを受け入れることにしたのだ。

 ライザー・フェニックスとのレーティングゲームを経てコカビエルや魔人との戦いを乗り越えたリアスたちと違い、ソーナと彼女の眷族は格上との戦闘経験があまりない。その差を埋めるためにも、少々言い方は悪いが彼らを利用することは悪い話ではなかった。

 椿姫はその報を彼らに伝えに行くようソーナに言われていた。

 

 彼ら――修太郎とロスヴァイセは、現在シトリー家の屋敷に滞在している。

 修太郎を後回しにして先にロスヴァイセの宿泊する部屋へと赴いた椿姫は、扉をノックをして了承を貰った後部屋に入った。

 誤算だったのは、その部屋に修太郎もいたことである。作業効率としてはちょうど良いとも言えるが、予期せぬ不意打ちに椿姫は驚くのを止められなかった。

 

 部屋のソファに座った二人は何やら空中に術式を展開し、話をしていたようだ。

 椿姫の知識によれば、おそらくはルーン魔術だろうか。意外なことに修太郎がそれを扱っているらしい。剣術だけでなく魔術もできるのかと、椿姫は嫌な悪寒に襲われた。

 

「あら、何の御用で……あっ! えっとですね、これは修太郎さんが術式を見てほしいとのことで一緒にいるのであって、別に昨晩からこうだったわけでは……」

 

 妙な間を置いて固まった椿姫に声をかけるロスヴァイセだが、彼女の視線が修太郎に注がれることに気付き、なんだかよくわからない弁解を始める。

 椿姫としては特に興味がある話ではないので、「はあ、そうですか」と生返事で返した。何にせよ、良識に収まる範囲なら部屋を汚さない程度で好きにすればいい。

 

 ともあれ仕事はこなさなければならない。

 後で修太郎と二人きりになるよりはロスヴァイセもいた方が気が楽だろうと思い直して、ソーナの決定を二人に伝えた。

 修太郎は「そうか」と簡潔に一言。逆にロスヴァイセは安堵したかのように一息吐いた。

 

「ふぅ……私、ちょっとオーディンさまに報告してきますね」

 

 そう言って、別室へと消えて行く。

 傍目から見てはっきりわかるほどの哀愁をにじませる戦乙女は気になったが、椿姫は早々にこの場を立ち去ることにした。

 しかし部屋から出ようとしたその時。

 

「キミは真羅家の者だな」

 

 背後からかけられた声に身体が硬くなるのを感じる。振り向けば、修太郎がこちらをまっすぐ見つめていた。

 

「どこかで知った気配だと思っていた。キミはあの時離れに隔離されていた少女だろう。なるほど、悪魔になったのか」

 

「……それが何か」

 

「いや、特に何も。キミが良いと思うならば言うことは無い」

 

 そう言って、目を術式に戻す修太郎。椿姫のことなど本当に何とも思っていないかのようだ。

 それならそれでいい。しかし、椿姫は何故か口を開いていた。

 

「そういうあなたはいいのですか?」

 

「何がだ」

 

「この件が――魔人の討滅が終わったら悪魔になるのでしょう。退魔の権化だったあなたが異形の仲間入りをして、本当にいいのですか?」

 

 自分の声に棘が含まれていることを自覚する。

 コカビエル撃破後のサーゼクスとの交渉において、彼は悪魔陣営に自身の武力を提供することを申し出ていた。結果として実現はしなかったが、要は悪魔に転生し眷族になると言うことだ。少なくとも、ソーナと椿姫はそう認識している。

 魔人が持つ人外を暴走させる『蛇』を警戒して眷族化を断ったことは、ソーナを通じて椿姫の耳にも入っていた。しかし彼の恋人である(と大半の関係者は思っている)黒歌は悪魔だ。ならばいずれ彼も悪魔となるのだろう。

 

 それが椿姫にとって一番違和感を感じる部分だった。

 何故なら彼は月緒の一族だ。日本神話の神を崇め、人民の守護を至上とし、全ての魔なる存在を敵視する。そんな化け物(にんげん)たちの一員であった修太郎が悪魔と恋仲に、ましてや悪魔そのものになるなど考えられない。

 『究極の人を目指す』月緒の一族にとって、人外への転生など言語道断。もしもそれを是としたならば、地の果てまでも追いかけてその者を粛清するだろう。修太郎が接触禁止指定されるまでに至った理由もおそらくそこにある。

 

 それに対する修太郎の答えは――。

 

「俺が悪魔になることがクロのためになるのならば、最終的にそうなるのも構わない」

 

「あなたは月緒の人間でしょう。そのようなこと、本家が許さないのでは?」

 

「本家などもう存在しない」

 

「え?」

 

「月緒の一族は滅んだ。だからこそ俺はここにいる」

 

 それきり修太郎は瞑目して黙ってしまった。答えたくないのだろう。

 明確な拒絶は続きを促す空気ではない。椿姫は一礼して部屋を立ち去ることにした。

 しかし月緒が滅んだとはいったいどういうことだ。

 確かに悪魔となってからの椿姫はあまり積極的に退魔師業界の事情を知ろうとはしなかったが、その話は初耳である。

 このことはソーナに伝えるべきだろうか。そう考えて、今後頻繁に彼と会わなければならない事実に気が付き、さらに気分が重くなるのを感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかしその悩みは無意味なものとなる。

 なぜならば、この日から彼女たちに余計なことを考える暇など無くなったからだ。

 そして後悔する。何故このような男を受け入れてしまったのかと。

 

 以下はその内容を抜粋したものである。

 

 訓練初日。

 改めて互いに自己紹介を済ませる。

 その後、眷族の実力を測るため修太郎+ロスヴァイセ対シトリー眷族全員で「実戦形式」の模擬戦を行うことに。

 前衛修太郎、後衛ロスヴァイセのペア相手にチームワークで善戦するシトリー眷族だったが、様子見を終えた修太郎が自重をやめたことで全員文字通りの血祭りにあげられ、ソーナ含めた眷族全員が病院に緊急搬送される。

 泣きそうな顔で説教するロスヴァイセへ放った修太郎の言い訳は、「実戦形式なら死ねる内容でなければおかしい」だった。女神スカアハの教えである。

 

 二日目。

 妹を傷つけられたことで激怒したセラフォルーが屋敷にやってくる。

 そのまま修太郎とバトルと言う名の話し合いを繰り広げるが、いつかヴァーリにも話した「命の危機を己の覚悟と才で乗り越えてこそ力は飛躍する」と言う持論を聞き説得されてしまった魔王少女。そのままケルト(影の国)流の死亡上等な実戦形式が公認となってしまう。

 しかしながら、やはり死ぬのは認められないので、「ソーナ・シトリーとその眷族を絶対に殺さない」契約を結ぶことに。

 後日それを聞いた匙は「せめて『傷つけない』ぐらいにしてほしかった……」と語る。

 ちなみにこの激突でシトリー領の山が一つ無くなった。

 

 三日目。

 ソーナ含め眷族全員が治療を終え復帰。

 悪夢のような模擬戦は眷族共通のトラウマになっていたが、この日は病み上がりということで先日判明した各人の弱点を指摘するだけに留まり、一同安堵する。

 その後ロスヴァイセ指導のもと魔法の座学に取り組んだ。いたって平和な一日だった。

 彼女らの復帰の早さは医療機関が充実しているシトリー領である所以だが、一同は後日それを不幸に思うこととなる。

 

 四日目。

 午前中模擬戦。午後座学及び各人個別メニューの特訓を行う。

 模擬戦の相手は無論のこと修太郎。ソーナも含め、蘇る恐怖に委縮する一同。ソーナ自身が定めた訓練スケジュールであるが故に撤回できないのが辛かった。

 契約の通り死なない程度にぶっ飛ばされた彼女たちにとって、魔法で丁寧に応急治療してくれるロスヴァイセの姿はまるで本当の女神と同様に映った。

 ここに飴と鞭が完成する。

 

 五日目。

 ほぼ四日目と同じ内容で訓練が行われる。

 しかし巡巴柄が座学中に突然嘔吐。それを皮切りに由良翼紗と仁村留流子が幻覚症状(フラッシュバック)を訴え、花戒桃が急に泣き出し、草下憐耶は公衆の面前で表紙に小さな少年が描かれた薄い本を読みながら現実逃避に走る。

 さらに椿姫までが若干の幼児退行を起こし始めたことで、予定を変更して翌日を休息に当てることが決定される。

 

 六日目。

 休日。

 屋敷に割と本格的な医療器材が運ばれる。どうやらセラフォルーが手配したようだった。

 機材を前に「これで効率よく治療を済ませられるな」とこぼした修太郎を見て、皆が皆セラフォルーに対し「余計なことを……」と心中で涙ながらに呟いた。

 ロスヴァイセが精神カウンセラーの真似事をするようになったのは、ちょうどこの頃である。シトリー眷族からの評価はうなぎのぼりなのだった。

 

 七日目。

 修太郎がテロ迎撃に呼び出されたため不在となる。一同大喜び。ソーナでさえ一息吐いた。

 自主トレの時間がこれほど楽しかったなんて、とは仁村留流子の言葉。

 午後、ソーナが眷族を労ってお菓子を作る。

 修太郎がいなくなって安心した直後、まさかの不意打ちに戦慄する椿姫たち。屋敷が声なき阿鼻叫喚に包まれた。

 

 八日目。

 修太郎がヴァーリ・ルシファーと孫悟空の末裔・美猴を伴って帰還。

 ヴァーリは友人の美猴と共に各地を旅しながら、アザゼルの要請でテロリスト迎撃にも参加していた。

 偶然彼らと再会した修太郎は、ヴァーリに同じく龍の神器を持つ匙の臨時指導を頼んだらしい。美猴がついて来たのはおまけである。

 こうして匙を生贄に他メンバーはまたも自主トレと言う名の休息を謳歌するのだった。

 ちなみにこの日、昨日ソーナが作ったお菓子の余りが修太郎にふるまわれたが、特にリアクション一つなく完食された。

 仁村がどうだったか尋ねたところ、「美味くはないが食べられないほどではない。これぐらいなら慣れている」とのこと。この男はいったい日頃何を食べてるのか。

 

 九日~十四日目。

 午前模擬戦、午後座学及び個別特訓が常態化。

 ロスヴァイセのケアもあってか、修太郎ともそこそこ話せるようになるほど眷族の精神状態も安定……と言うよりぶっちゃけヤケクソさながら吹っ切れた者多数。

 匙と椿姫の神器が大きな成長を遂げたのが作用し、模擬戦でもそれなりに持ちこたえるようになる。

 予定訓練期間最終日にようやく修太郎へ一撃入れることに成功するなど、当初と比べて見違えるほどの結果を出した。

 

 こうして二人の闖入者を交えたシトリー眷族の訓練期間は終了。

 あとは休息と最終調整を行い、ゲームを待つのみとなる。

 

 

 

 

 

 

 

                  ―○●○―

 

 

 

 

 

 

 満身創痍の身体を押して、可能な限り素早く飛び退る。同時に風切り音が顎先を掠め、鋭い痛みが脳へと走った。

 風切り音の正体は一振りの刃、伝説の魔剣バルムンク。

 持ち主は着流しを着た体格の良い男――200年前に赤龍帝だったという人物だ。

 

 『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』の深層領域にて、兵藤一誠はその剣士と相対していた。

 一誠の目の前で魔剣を構える男の顔からは一切の表情が抜け落ち、しかしその瞳にははっきりとわかるほどの憎悪が燃えている。それが一誠に向けられたものではないとはいえ、放たれるプレッシャーは凄まじい。

 

 ドライグから聞いたこととアザゼルが仕入れた情報によれば、この男は実戦剣術の達人であり、かつて陰陽師に協力して魔人・高円雅崇と戦っていたらしい。

 一誠と違い才能にあふれていた彼は、その剣腕と赤龍帝の力によって何度も魔人の企みを阻止。奇襲をかけてきた当時の白龍皇すらも軽く退け、歴代でも屈指の強さを誇っていたと聞いている。心・技・体の全てが調和した理想的な戦士だったとドライグは言った。

 

 しかしそれでも魔人は倒せなかった。

 彼は自身の愛する妻と子を目の前で惨殺されたことから禁断の『覇龍』へと至り、怒りと憎悪に呑まれて暴走した。彼の妻子が辿った顛末は、アザゼルすら説明に躊躇うほど凄惨なものだ。一誠も聞いたのを後悔し、思わず彼に同調して怒りに身を震わせてしまった。あんなのは人間の死に方ではないだろう。

 

 死して残留思念となってもなお、神器の機能にまで働きかけるほどの執念は一誠にとって理解できるものではない。しかし赤龍帝の最期は悲惨なことが多いらしく、他の残留思念も多かれ少なかれ負の感情を基にして神器に焼き付いているという。

 あるいは自分も彼らと同じ道を辿るのだろうか? 一誠がそう思ってしまうのも無理からぬことだ。

 でもだからこそ、そうならないために努力を重ねなければならないとも感じる。

 

 拳を握って構え、目の前の剣士を見据える。

 戦いが始まってからまだ3分も経過していない。にもかかわらず、一誠の全身は斬撃の痕でボロボロだ。

 対する相手は汚れ一つない無傷。以前は1分も保たなかったのだから、曲がりなりにも進歩しているのだが、もはや笑いすら出ない実力差である。

 しかし一誠はそれを承知で毎日彼に挑んでいる。

 

 男は何故かあまり積極的に攻撃を仕掛けてこない。

 常に一定の距離を保ち、こちらがその外に出ると先ほどのように鋭く斬りかかってくる。どうやら、彼は迎撃を主体とする剣士であるらしい。

 

 シトリー眷族とのゲームが決まってから勉強したところによると、レーティングゲームではプレイヤーに細かくタイプを割り振っている。

 基本的にはパワー、テクニック、ウィザード、サポートの四種類に分類され、それによると一誠はパワータイプ。譲渡(ギフト)も合わせればサポートもいける口だ。

 パワータイプの弱点はテクニックタイプ。その中でもカウンターの使い手は天敵となる。魔人などがまさにそれだ。

 

 力を引き寄せると言う赤龍帝である一誠は、強くならなければならない。それならば弱点は出来る限り潰すべきであり、その相手として目の前の剣士は絶好だった。

 何せここではどれだけ深く斬りつけられても死なない。致命傷を負ってもただ意識が現実に戻るだけだ。

 過度な利用は魂そのものを傷つけるため、やるならば一日一回が限度だとドライグに言われている。だがそれで十分。

 アスカロンは現在貸し出し中なので剣術の特訓にならないのがネックであるものの、対人戦闘を経験するにおいてはかなり良い環境だ。日に日に戦闘時間が増えていることからも成果は出ている。

 一誠は思わずにやりと笑みを浮かべた。

 

 それが油断となったのだろう。 

 気が付くと、魔剣の刃が目前に迫っていた。

 

「――なっ!?」

 

 慌てて退こうと跳躍するも、流れるように軌道を変えた刃が左脚に深々と突き刺さる。激痛に動きが鈍れば、返す剣で左腹部からを右肩までを大きく斬り裂かれた。

 鮮血が勢いよく飛び散る中、朦朧とした意識で見たのは天を指すバルムンクの切っ先。

 振り落とされた刃が頭蓋を砕き、脳天から股にかけて通過したのを感じて、一誠は意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――ッ!! はあっ、はあっ!!」

 

 現実に戻った一誠は全身から冷や汗を吹き出し、顔を真っ青にして荒く息を吐いた。

 動悸は激しく、神器の中で斬られた箇所が絶え間なく鈍痛を訴える。服をまくってその部分を見れば、痣の様なものが浮かび上がっていた。

 精神体へのダメージが肉体に影響を及ぼしているのだ。今までの経験から痛みが治まれば消えるものだとわかっているが、その痛みはしばらく続くだろう。

 

「速っ……! 何だあれ、カウンターだけじゃないのかよ……」

 

『当たり前だ。今までは突撃してくるのを適当に迎撃していただけだが、相棒がそこそこ避けるようになったから少し本気を出してきたのだろうさ。気張れよ、これからが本番だ』

 

「マジか……神器も無いんじゃちょっと勝てる気がしないぞ……」

 

 ドライグの言葉にがっくりと肩を落とす一誠。今まで必死こいてやってきたものは、どうやらイージーモードだったようなのだ。

 一つ大きなため息を吐いて空を見上げる。

 昼間は紫色の空間が広がる冥界の夜空には、地上と同じく満天の星と淡く輝く大きな月が浮かんでいた。

 

 現在は8月15日。レーティングゲームまではあと5日となる。

 ゲーム前には魔王主催のパーティがあるらしいので、休息と調整も踏まえればこれ以上修行に使える時間は無い。その関係から元龍王タンニーンとの山籠もり修行を切り上げた一誠は、グレモリー家本邸に戻っていた。

 およそ2週間ぶりに眷族一同が集い、アザゼルを交えて各々修行の成果を報告。仲間たちは全員オーラの質・量共に向上させており、傍目に見ても強くなったのがわかった。特に黒歌から付きっきりの指導を受けた小猫と、あと何故かギャスパーのそれは見違えるようだった。

 そうして報告会を終え、今は屋敷のテラスでここのところ就寝前の日課となった神器内でのトレーニングを行っていたところである。

 

「しかし、初めて見た時にも驚いたけどすごい星空だな。冥界でこんな光景を見ることになるなんて思いもしなかった」

 

 椅子に座って空を眺めながらふと呟く。

 真っ黒な背景の上に散りばめられた大小さまざまな輝きは、まさしく綺羅星。これが術式で投影された偽物だとは到底思えなかった。芸術には明るくない一誠だが、それでもこの光景には何らかの芸術性を感じざるを得ない。

 山で苦しいサバイバル生活を強いられていた時も、この星空には慰められたものだ。

 

「見事よね。元は月だけだったのだけれど、何年か前に人間出身の転生悪魔が術式を構築して地上の夜空をそのまま再現したのだそうよ」

 

 背後からの声に振り向けば、そこには主たるリアス・グレモリーの姿。薄手のストールと赤いネグリジェを纏う彼女は、笑顔で一誠の隣に歩み寄り、椅子に腰を下ろした。

 久しぶりに会う主は変わりなく美しく、風に乗って女性特有の柔らかないい匂いが漂う。安心できる匂いだと一誠は思った。

 

「部長……? どうしてここに?」

 

「寝る前に少し散歩をしていたのだけれど、あなたの姿が見えたからここに来たのよ。迷惑だったかしら?」

 

「い、いえ、そんなことは全く全然!!」

 

 慌てて答える一誠に、リアスはくすりと笑う。

 そうしてしばらく、二人で夜空を眺めながら話をした。

 内容は主に山で行った修行のこと。

 報告会でも一度話した内容であるが、そこでは話せなかった内容――どうやって食料を確保したかやら、どういう風にして道具を作ったかやらを詳細に語る。

 その逞しいサバイバル生活の全貌にリアスは改めて引きつつ、興味津々に色々と聞いてきてくれる。あまり面白い話ではないと思うのだが、そんな彼女に一誠はうれしくなった。

 

 リアスも自身の修行について話してくれた。

 彼女に課されたトレーニングの内容は基礎的なものだと聞いているが、どうやらその他にも実践的な訓練を行ったと言う。

 ずばり、黒歌を相手にしての模擬戦である。リアスは朱乃に小猫、そしてギャスパーと共に彼女へと挑んだ。模擬戦は時々ゼノヴィアや木場、アーシアも交え、何度か行ったらしい。つまり一誠以外全員が黒歌と交戦したということだ。

 普段は色ボケているようでいて、黒歌は紛れも無く魔王に匹敵する力を持った悪魔である。手加減されても今のリアスたちでは到底敵わなかった。しかも彼女は何だか嫌に張り切っており、アーシアと言う優れた治療役がいるのをいいことに容赦のない攻撃を仕掛けてくるのだ。かなりきつかったとリアスはこぼした。

 

「後で聞いたのだけれど、彼女、暮さんとどっちが指導した方が勝つか賭けをしているのだそうよ」

 

 そう言うリアスはやや機嫌が悪い表情になった。

 確かに自身の知らないところで賭けをされればいい気はしない。だがそれを黒歌がやっていると聞けば、納得できる部分もあった。いかにもやりそうだからだ。おそらく修太郎は巻き込まれたのだろう。

 

 気が付けばそれなりの時間が過ぎ、意識に眠気が漂ってきた。

 明日は夕方まで休息する予定だが、そろそろ寝る時間だろう。解散する運びとなり、二人椅子から立ち上がる。

 

「はぁ……」

 

「どうしたの? 元気ないわね、イッセー」

 

 別れようとしたその時、ふとこぼれた溜息をリアスに聞かれてしまった。

 どうやって誤魔化そうか考える一誠だったが、まっすぐな瞳でこちらを見つめるリアスに気付く。これでは嘘を吐けない。

 わずかに逡巡した後、躊躇いがちに口を開いた。

 

「いえ、その……みんな成長してるのに、俺だけあんまりうまくいってなくて、情けないなと思ってたところで……」

 

 一誠の修行目的は体力の向上と禁手(バランス・ブレイカー)の安定化。主にこの二つだ。

 前者に関しては大いに成功と言えたが、後者に関しては未だに達成できていなかった。ドライグによれば、一誠の禁手到達が極めてイレギュラーであるせいで、神器が整合性をとれていないらしい。物事はそうそううまくいかないと言うことだろう。『あと一押しあれば……』とのことだが、その一押しが難しかった。

 一応禁手になれないことは無いのだが、このままではゲームで運用するには絶望的、とはアザゼルの言葉。皆に期待されていながら応えきれない自分が恥ずかしかった。

 

 項垂れる一誠を、リアスは優しく抱き締めた。

 薄手の生地を通して伝わる柔らかな胸の感触は、癒しにも等しい幸福感を一誠に与えた。

 

「情けないなんてことはないわ、イッセー。あなたは会談の時、あの恐ろしい魔人に立ち向かってみんなが助かる道を切り拓いたじゃない。情けないと言うなら私の方。あなたが苦しんでいる時に何もできなかったのだから」

 

「そんな! 部長こそ情けなくなんか……」

 

「ありがとう。でもあなたがそう思うように、私もあなたのことをそう思っているのよ」

 

「――ッ! ……すみません」

 

 落ち込んだ様子の一誠に苦笑したリアスは、何か思いついたのか口を開いた。

 

「そうね……そう言えば、あなたは私の命の恩人になるのよね。ならご褒美をあげないと。何がいい、イッセー? 私に出来る事なら何でもしてあげるわ」

 

「――!! マジっすか!?」

 

 その言葉に反応し、がばりと顔を上げる一誠。

 信じられないと言うような表情で、しかしその目は煩悩に塗れている。

 

「ええ、何でもいいのよ?」

 

「……何でも……そんな素晴らしい言葉がこの世にあったなんて……! ……う~ん、でも……」

 

 一誠は感激した後、首を捻って悩みだす。

 未だかつてないほどの早さで回転する思考は、全てピンク一色の内容だ。

 そうしてしばらく煩悶した後、意を決したかのように言葉を放つ。

 

「……部長、いいですか?」

 

「いいわ。私に何をしてほしいの?」

 

「では――部長のおっぱいをつつかせてくれないでしょうか……!」

 

 思い返すのはいつかの温泉にてアザゼルと話した会話。

 曰く、「女の乳首はブザー」なのだと言う。性欲の権化を自称する一誠をして思いもよらない発想は、流石数多のハーレムを築き上げた堕天使総督であると尊敬したものだ。

 未だ知らぬその境地、敬愛する主の乳房で体感したい。

 一誠から注がれる真剣そのものの眼差しに、リアスは一瞬戸惑い、そして苦笑した。

 

「まったく、仕方がないわねイッセーは。でも何でもすると言ったのは私だものね。いいわよ、それであなたが元気になるのなら……」

 

「まままままま、マジっすかッ!?」

 

 まさかの承諾に驚いたのは一誠の方である。てっきり笑顔で流されると思ったのだ。

 そうしているうちにリアスは乳房を晒すべくネグリジェをたくし上げる。

 

(たくし上げッ……!)

 

 白い脚線美が見えたかと思うと黒い下着が視界に映る。もはやこの時点で一誠の鼻からは血が溢れていた。何だこの状況、信じられない。

 そして眼前に待望のおっぱいが突き出される。出現と共に柔らかく揺れる圧倒的ボリュームは、何度目の中に収めても飽きることが無い素晴らしさだ。

 星空の下素肌を晒すのは流石に恥ずかしいのか、リアスの頬に紅が差す。

 

「では……いきます……!」

 

「ええ、いいわ」

 

『待て相棒』

 

 後は押すだけ、というところで待ったがかかった。

 声の出どころは一誠の左手。

 ドライグだ。

 

「何だよ、ドライグ」

 

『待つんだ相棒、それ(・・)はやめろ。嫌な予感がする』

 

「はあ?」

 

『何故だか知らんが現在進行形で神器が活性化している。そのことに、とてつもない悪寒がして止まらんのだ。だからそれだけはやめろ』

 

「なんでだよ。意味がわからないぞ」

 

『……俺もわからん。だが俺の直感がこう伝えている。「乳をつつくな、今ならまだ引き返せる……」と』

 

「はぁ??? そんなこと言われても、今更止まれるわけないだろ」

 

『そこをなんとか……』

 

 懇願するようなドライグに、しばし悩む素振りを見せる一誠。ここまでドライグが頼み込んでくるのは初めてと言ってもよかった。

 散々世話になっている身だ。聞いてやりたい気持ちも無いことも無い。しかしこの千載一遇の機会、果たして捨ててもいいものか……。

 

「ねえ、まだなのイッセー?」

 

「ごめんドライグ、やっぱ無理だわ」

 

『あっ……』

 

 然もあらん。

 埋まる指が伝える感触と発せられる桃色吐息を受けて、一誠は新たな領域を完全に自分のものとした。

 そしてそれは同時に、赤龍帝ドライグの未来を決定づけた瞬間でもあった。

 

 星屑散りばめた月夜に、音もなくドラゴンの泣き声がこだました。

 

 




お待たせしました更新です。
ケルト流死亡上等式訓練とおっぱいドラゴン不可避な話。

ゼノヴィアとの模擬戦はじゃれ合いに等しかったということですね。
ちなみに黒歌とは訓練期間中もちょくちょく会ってます。

椿姫と主人公の接点について。
幼い椿姫視点なのでアレですが、本当にあのまま主人公が椿姫を殺していたかどうかは不明。
基本初対面の幼女に好かれないのはこの頃から。命の恩人って普通フラグ立つのにね。

パーティーへの乱入はないので、次回からレーティングゲーム突入ですかね。
その前にロスヴァイセとの絡みがあるかもしれませんが。

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