剣鬼と黒猫   作:工場船

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第三十八話:グレモリー対シトリー《その1》

 

「あれ、修太郎さん?」

 

 夜も更けたシトリー家本邸。

 ロスヴァイセが客間の扉を開くと、そこには先客がいた。修太郎である。

 ソファに腰掛け端末を片手に空中へと術式を投影しながら、ノートに何かを書きこんでいる。

 修太郎はこちらに一瞥もせず、ペンを持つ手を上げて応じた。

 

「今夜のパーティーに誘われていたようですが、行かなかったのですか?」

 

「悪魔の集まりに俺が行っても面倒にしかならない。ソーナ嬢には悪いが、辞退させてもらった。もっとも、クロは料理目当てに行くようだが……」

 

 そう言って机から顔を上げ、ロスヴァイセに「少し見てくれないか」とノートを差し出す。

 手に持っていた仕事の資料を机に置き、修太郎の隣に座ったロスヴァイセはノートの内容を確認していく。

 北欧のルーンとはまた違う古代の術式は、彼がスカアハより教わったと言う原初のルーン魔術だった。

 

「……ざっと見た限りこことここが繋がっていませんね。あと、ここは……体術による変数部分ですか。前にも思いましたが、いったい何の術式を組んでいるんです?」

 

「空中跳躍だ。いいかげん空を飛ぶ相手にも対応できなければならないと思ってな。昔は普通に出来たんだが……」

 

「……え? 今なんと……?」

 

「だから空中跳躍だ。前の方法で出来なくなったのだから、他の方法でやるしかないだろう?」

 

「いや、そうではなく……前は普通に出来たって、魔法も使わずにですか?」

 

「ああ、こう、闘気で大気を掴んでグッ、と。今思えば、自然の気に干渉することで足場にしていたんだな」

 

「えぇ……?」

 

 事も無げにそんなことを言う修太郎。

 彼が闘気の運用に障害を抱えていることは聞いているが、それが無い頃はそんなことまでやっていたのか。理論的には出来ないことは無い技術なのだろう。しかしつくづく出鱈目だと思わざるを得ない。

 

「話に聞く軽気功の達人はまるで空を飛ぶかのごとく宙を駆けると言う。それに比べれば俺もまだまだ」

 

「……弾幕を足場にするあなたも大概だと思いますが」

 

 そんなやり取りをしながらも、間違っているだろう箇所を訂正していく。

 綺麗に体系化された北欧のそれとは違って、スカアハの用いるルーンは多分に感覚的な部分が含まれている。大筋は自身が修めたものと似通っていても、本格的に学んだわけではないロスヴァイセでは、完全に修正することまでは不可能だった。

 しかしそれでも赤ペンだらけになったノートを見て、修太郎は喉を唸らせる。

 

「ほとんど赤が入ったか……これでも全力でやってみたんだが、やはり難しいな」

 

「まあ術式体系に癖がありますし、体術まで絡めたものとなるとどうしても複雑化してしまいます。『魔槍投擲』を基にしているんでしょうけど、これはかなり高度な組み方ですよ。難しくても仕方がありません」

 

「しかし俺がきちんと学び修めた術は『魔槍投擲(それ)』しかないのだ。キミの授業も聞いてはいたんだがな……理解まではいっても扱うのはどうもうまくない。ああ、別にキミの教え方が悪いわけじゃないぞ。俺が至らないだけだ」

 

 確かに修太郎は訓練期間後半、シトリー眷族と共にロスヴァイセの魔法講座にも参加していた。

 部屋の片隅で一人うんうん唸る強面の長身男性は、普段とのギャップも相まってかなりシュールだったように思う。

 しかしながら、それがきっかけとなってソーナたち眷族とも話すようになったのだから、結果は悪くなかったのではないだろうか。裏でカウンセリングの真似事をしていたロスヴァイセから見て、それ以降の空気は大分良くなってきたように感じた。

 

「何故今頃になって魔法を学ぼうと思ったんです? 修太郎さんに必要だとはあまり思えないんですが……」

 

 そういえば、とロスヴァイセは疑問に思ったことを聞いてみる。

 修太郎は剣術と体術だけでも十分以上に強い。純粋な人間で神にすら届く剣技を持つ者など、歴史上を広く見てもロスヴァイセは彼以外に知らないのだ。今更苦手な魔法を学ぶよりも、体術や気功を極めて魔法染みた技でも新たに習得した方が、効率面から見ても良いように思う。

 ロスヴァイセの言葉に、修太郎は一度瞑目した後、口を開く。

 

「何と言うか、うまく嵌まらんのだ」

 

「え?」

 

「……身に入らないと言うべきか。ここ最近、どうにも伸び悩んでいる。強くなるために取るべき道筋が見えない」

 

 だからシトリー眷族の訓練を見る事はいい機会に思ったと言う。

 他人の成長過程を身近で感じることによって、何かが変わるか期待したらしい。

 

「気分転換、と言えば少々彼女たちに悪いが、その代わり出来る限りのことは全力でやったつもりだ。とはいえ、それが成立したのは彼女らに相応の覚悟があったのと、キミがいてくれたからだろうな。苦労をかけてすまない、指導者としてやはり俺は向いていないと実感した」

 

 ありがとう、と修太郎はロスヴァイセに言った。

 

「……まあ、確かに最初は少しばかりやり過ぎだとは思いましたが、でも結果は出ています。彼女たちは見違えるように成長しましたよ」

 

 ソーナ・シトリーとその眷族たちは強くなった。

 悪魔として単純に地力を向上させただけでなく、戦士としても力をつけた。それこそ、修太郎の予想を超えるほどに。

 訓練最終日に行った最後の模擬戦で、まさか一撃もらうことになるなど当の彼とて思っていなかったのだ。

 

 ロスヴァイセの言葉を聞いた修太郎は、ごくわずかに笑んだ表情を作り「ああ、そうだな」と呟く。

 

「まあ何にせよ、良い経験になった。魔法を覚えようとしたのは、違う方向からのアプローチからならば、何か別の風景が見えないかと思ったからだ。単純に、それだけだ。今のところは芳しくないが……」

 

 ――諦める理由は無い。

 そう言う修太郎の目はいつも通りのものだったが、何故かロスヴァイセは気になった。

 今まで彼が悩むような言動をロスヴァイセに見せたことなど無い。彼は何処までも強く、まっすぐで、躊躇しない男だと思っていた。悩みや迷い、などという感情はこれまでの印象とは真逆だ。あるいは、彼も人間であると言うことなのだろう。

 しかし――。

 

 ロスヴァイセにとって、修太郎は親しい友人だ。

 出会ったきっかけは慌ただしいものであったし、ロスヴァイセも色々と恥ずかしい思いをしたものだが、だからなのか余計な遠慮も無く良好な関係を結べている。

 アースガルズにも友人はいる。だがここまで屈託なく付き合えているのは修太郎と黒歌の二人ぐらいだろう。私生活では割とずぼらな彼らと、生真面目な気質のロスヴァイセはかみ合っていたのかもしれない。

 もしも二人がいなければ、経験の全く無い営業活動の中で心が折れて田舎に帰ることになっていたはずだ。だからロスヴァイセは彼らに感謝しているし、何か困っていることがあるのなら出来る限り力になりたいと思っている。

 

「あの、修太郎さん……」

 

 気のせいならばそれでいい。だがもしも何かに迷っているのなら、話してはくれないだろうか。

 そう思って声をかけようとしたのだが――。

 

「にゃーん」

 

「む」

 

「えっ?」

 

 二人の間に突如として鳴き声が割り込む。

 そちらを見れば、一匹の黒猫が尾を揺らめかせながら座っていた。

 

「えーっと、黒歌……さん?」

 

 おそるおそる尋ねるロスヴァイセ。何だかばつの悪さを感じたのだ。

 そんな彼女をよそに、修太郎は慣れた手つきで黒猫を抱えると、自身の膝の上に乗せた。

 

「違うぞロスヴァイセ。こいつはクロの使い魔だ」

 

「使い魔……?」

 

 膝の上で背中を撫でられながら、ごろごろと喉を鳴らす黒猫。確かに良く見れば黒歌の猫形態と少し顔つきが違う……気がする。

 

「普段はクロの服の中に隠れているんだがな……。おそらく追い出されたのでここに来たんだろう。ほら」

 

 そう言って、修太郎は端末をこちらに見せる。

 画面には黒い西洋ドレスを着た黒歌の自撮り写真が表示されていた。豪華なホテルを背景に、満面の笑顔で横チェキしている。どうやらメールに添付されてきたらしい。

 

「どうやってここに……」

 

「さあ、クロがここに送ったのかもしれないし、自分で転移してきたのかもしれない。こいつは優秀だからな」

 

「そういえば、あの時も黒歌さんそっくりに化けていましたね」

 

 思い返すのは、忌々しき巨人王ウートガルザ・ロキをおびき寄せた時のことだ。あの時は使い魔が黒歌に化けて囮を務めていた。

 修太郎が手で背中の毛を梳けば、気持ちよさげに目を細める黒猫。

 しばらくすると、そのまま眠ってしまった。

 

「……眠っちゃいましたね」

 

「そうだな。しかし、これでは動けん。夕食がまだなんだが……」

 

 修太郎は膝の上で寝息を立てる黒猫を、やや困った風に見る。

 彼としては一日二日程度何も食べなかったところで支障は無いのだが、食べられるものなら食べておきたい。久しぶりに頭を全力稼働させたせいで、脳が栄養を欲しているのだ。

 

「それなら、私が何か持ってきますね」

 

 そう言ってロスヴァイセが立ち上がる。

 

「いや、別にそこまでして食べたいわけではない。後ででも構わないし、何だったら携帯食で済ませてもいい。キミも仕事があるだろう」

 

 机の上に置かれた資料を見る修太郎。その内容は、冥界のテレビ番組に関するものだ。

 あの巨人王の一件以来、アースガルズでは娯楽に飢えた者が続出していた。不満の声は中々大きく、主神オーディン主導の下、皆が推進活動に取り組んでいるのだ。修太郎たちも日本に来る以前、いくつかの企画に協力したことがあった。

 人外の世界の中でも、冥界は特に各種娯楽関係が充実している。ロスヴァイセはシトリー眷族の指導を行うついでにそれらの調査も命じられていた。

 

「いえ、いいんです。主だったものは纏め終わってますし、今日は切り上げても問題ありません」

 

「そうか……しかし、本当にいいのか?」

 

 言葉を投げかける修太郎に、ロスヴァイセは微笑みながら答える。

 

「はい。それに、今どこかでパーティーをやっているのに、私たちだけ仕事とか携帯食とか、ちょっと悔しくなりませんか?」

 

「……違いないな。では頼む、ロスヴァイセ」

 

「では申し訳ありませんが、ちょっと待っていてくださいね」

 

 そうしてロスヴァイセは客間から退室し、屋敷の厨房に向けて歩き出す。

 

 何だったら使用人に頼んで自分も一品か二品簡単に作ろうか。

 ここのところ食事は他人任せだったから、腕の確認も含めてそうしてもいいかもしれない。

 修太郎たちが欧州にいた頃は割と頻繁に手料理をふるまっていたものだが、それからもうどれくらい経ったろうか? 生憎と黒歌はこの場にいないものの、久しぶりに誰かの感想が聞きたい。

 そう思えば、何となく張り切ってしまう。

 

 思えば、親戚以外で最も親しい異性は修太郎ではないだろうか。ならばちょっと気合いを入れて――思考が飛んでしまった。頭を振って考え直す。

 問題は何の料理を作るかなのだ。

 

 煌めく銀髪を揺らめかせながら、久しく穏やかな気持ちで戦乙女は歩みを進めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方その頃パーティー会場。

 

「あれ? 視覚リンクが切れたにゃん。もしかしてあの子寝ちゃった? うにゃ~ん、せっかくシュウの顔を見ながら美味しく料理を食べようと思ってたのにー!」

 

「……姉さま、そのお肉は私のです」

 

 仲良く料理を貪る猫姉妹がいた。

 

 

 

 

 

 

 

                  ―○●○―

 

 

 

 

 

 

 

 魔力の燐光が治まった後、リアス・グレモリー率いる眷族たちが立っていたのは多数のテーブルに囲まれたスペースだった。

 決戦当日、グレモリー本邸地下に存在する転移魔法陣からゲームのバトルフィールドへ移動した一誠たちは、眼前に見える光景から自身が今どこにいるか推察し始めた。

 

「――ここは……?」

 

 周囲を見渡せば壁際にファストフード店が連なっている。どうやらここは飲食店フロアであるらしい。

 どこかで見た覚えのある風景に、それを確かめるべく一誠はフロアの外へ顔を出す。そこには横に長い二階建てのショッピングモールと吹き抜けのアトリウムが広がっていた。

 

「駒王町のデパートね。まさか学園近くの施設が舞台になるだなんて予想していなかったわ」

 

 隣で同じく様子を窺っていたリアスが言う。

 そう、彼らが降り立ったバトルフィールドは一誠たちが普段利用するデパートだった。

 駒王学園に通う生徒の実に9割以上が普段から利用するだろうそこは、グレモリー眷族はもちろんシトリー眷族も良く知る場所だろう。

 驚く一誠をよそに、店内アナウンスが流れだす。

 

『皆さま、このたびはグレモリー家、シトリー家のレーティングゲームにて審判役(アービター)を務めます、ルシファー眷族『女王(クイーン)』グレイフィア・ルキフグスと申します。我が主、サーゼクス・ルシファーの名の下、ご両家の戦いを見守らせていただきます。どうぞよろしくお願いいたします』 

 

 その後、グレイフィアによりゲームのルール説明がなされる。

 今回は駒王学園近くのデパートを舞台とした屋内戦。両陣営が転移された場所を本陣として、制限時間3時間の短期決戦(ブリッツ)形式で行われる。

 ゲーム開始前の作戦時間は30分。リアスたちは渡された資料に目を通しながら、作戦会議を始める。

 

 まずは本陣について。

 リアスたちはデパート東側2階の飲食フロア周辺。ソーナたちはデパート西側1階の食材品売り場周辺だ。『兵士(ポーン)』が昇格(プロモーション)するためには、それぞれが相手本陣に踏み入らなければならない。

 回復薬『フェニックスの涙』は各チーム一つずつ支給される。グレモリー眷族はそれに加えてギャスパーの神器を封じるための眼鏡も渡された。彼の神器が暴走すれば、ゲームそのものが台無しになる恐れがあるからだ。

 

「うぅぅ……まだあんまり使いこなせなくて……みなさん、すみません……」

 

「あまり気にすることはないよ。どちらにしろ、こうまで障害物になるものが多いと『眼』の効果は余り望めないしね。ヴァンパイアの能力だけでも十分さ」

 

 恐縮するギャスパーを木場が慰める。

 一同からしてみれば、こうしてギャスパーがまともに戦えるようになっただけでも大したものである。訓練期間中、黒歌に(あと小猫に)色々ちょっかいをかけられたせいかもしれない。

 

「それにしても、『デパートを破壊しつくさないこと』というルールは僕らにとって不利ですね。イッセーくんのパワーにゼノヴィアのデュランダル、副部長の雷撃も封じられてしまう」

 

 今ゲームに定められたルールの一つに、バトルフィールドへ無暗な被害を与えてはならないというものがあった。

 大出力の派手な攻撃が売りであるグレモリー眷族にとって、これでは持ち味を封じられたようなものだ。

 難しい表情になった木場に、リアスは答える。

 

「ええ、そうね。でもこれがレーティングゲーム。単純にパワーが大きいだけで勝てるようにはできていない。バトルフィールドやルールによって、戦局は180度変化する可能性もあるということよ。ここを突破できなければ、この先のゲームでも勝ち抜くことはできないわ」

 

「実際の戦場でも、今回のように実力を活かせない状況に立ち会うことがあるかもしれません。それを考えれば、これはいい機会なのかもしれませんわね。チームバトルの屋内戦に慣れるのに、このゲームは最適ですわ」

 

 リアスの言葉に頷いて賛同した朱乃は、この状況を好意的に捉えて発言する。

 しかしながら、他の眷族はともかく山にこもりっぱなしだった一誠は、パワーを抑えながら戦う訓練など積んでいない。

 心中を不安で満たす一誠だったが、ともあれ作戦は決まっていく。

 そうして与えられた時間を半分ほど残し、あとはゲーム開始を待つだけとなった。

 

 

 

 

 

 

 

                  ―○●○―

 

 

 

 

 

 

 

 ゼノヴィアは張り切っていた。

 教会でも噂となっていた悪魔界の疑似戦争遊戯・レーティングゲーム。その初陣の場であることも勿論だが、彼女にはもう一つの理由がある。

 それはこのゲームがどこかで観戦しているだろう師――と仰ぎたい人物である暮修太郎に、自分の実力を見せつける機会でもあるからだ。

 

 彼がシトリー眷族の指導に加わると聞いた時、当然の如く彼女は穏やかでいられなかった。

 どういうことか直ちに問いただしたいところだったが、しかしそこでゼノヴィアは考えた。今までの経験から言って、このまま問い詰めたところで彼の意志は変わらないだろう、と。最悪、逆に鬱陶しいと遠ざけられてしまう可能性だってある。

 ならば、今回は大人しく自分を鍛え上げることにして、彼から少しでも見直してもらうよう努力した方が建設的だ。

 

 そうして彼女は死に物狂いで修行に取り組んだ。

 デュランダルの制御を中心に、一誠から借り受けたアスカロンも使えるよう特訓した。黒歌との模擬戦闘では盛大にぶっ飛ばされたが、その甲斐もあって自分自身から見ても以前より強くなったと実感できる。新しい技だっていくつか編み出したのだ。

 そのお披露目が今この時。

 

 相手だって手強いだろう。リアスの親友にして学園生徒会長であるソーナ・シトリーは、戦略家だと聞いている。

 ゼノヴィアの仲間たちも破格だが、あちらの眷族も優秀だ。下馬評では八割がたこちらが勝つと予想されているらしい。だからと言って油断をすれば、容易く相手に勝利をもぎ取られかねない。

 故に、油断も慢心も無い。修太郎からすれば荒削りだろうが、教会の戦士として幾多の戦いを潜り抜けてきたゼノヴィアは、その行為がどれほど致命的なものか知っている。

 戦場独特の雰囲気を味わう中、彼女は研ぎ澄まされていた。

 

 木場祐斗もまたゼノヴィアと同じく、このゲームへと気合を入れて臨んでいる。

 かつてのライザー・フェニックス戦では『王』を守る『騎士』でありながら早々に退場してしまった。コカビエル戦ではせっかく覚醒した自身の禁手も通じず、会談でのフリード戦でもまた同様の無様を晒した。

 話を聞くだに恐ろしい魔人へ一矢報いた一誠と比べれば、なんと情けない戦果だろう。悔しくてたまらない。

 

 その思いを払拭すべく――相棒として赤龍帝・兵藤一誠と対等であるために、またリアス・グレモリーにふさわしい『騎士』であるために、このゲームに向けて一から自分を鍛えなおした。

 師であるルシファー眷族の『騎士』沖田総司の下で、それこそ基本の基本から。

 禁手の使い手となったことによる自惚れは無い。たとえ強力な神器を持っていようと、使い手が人格を持つ限りその感情は弱みでしかないからだ。

 

 それに――暮修太郎。

 あの超絶の剣士を一度でも目にすれば、得物の強弱など些細なことに思える。彼は木場の聖魔剣よりも威力に劣る刃で、コカビエルの防御を切り崩して見せた。

 人とは思えない速力と、剣の切れ味すら数段向上させる圧倒的な技量、同じ戦闘タイプの木場としてはどうしても意識せざるを得ない。ゼノヴィアが憧れるのもわかるというものだった。

 

 地道な特訓を経て、以前よりも自分が強くなった自覚はある。あとは成果を出すのみ。

 今も総身のオーラを静かにたゆたわせる彼の心構えに隙など微塵も無い。

 

 そうしてゲーム開始数分後、グレモリー眷族が誇る二人の『騎士』は、薄暗い立体駐車場を歩いていた。

 このデパートで相手の陣地へと移動するルートは三つ。

 一つはショッピングモールをまっすぐ行くルート。

 もう一つは屋上を経由してのルート。

 そして最後にここ、立体駐車場からのルートだ。

 

 いくら大きいと言えど、デパートの広さは限られる。人間が移動するのであれば、この三つ以外のルートは無い。おそらく、遭遇戦となるだろう。

 ここで大事となるのは戦力配分だ。

 リアスはソーナが『女王』に昇格した赤龍帝の力を警戒すると読み、一誠をショッピングモール側から侵攻させることで相手戦力をそちらへ集中させるようにしむけた。

 本命は木場たち。機動力と突破力に優れた彼らならば、一誠に刺客を送ったことで守りの薄くなった本陣に突撃し、『王』を討ち取ることができる。

 

 戦略としては妥当なところではあった。

 たとえシトリー側が木場たちの作戦に気付き迎撃しようとも、そうなれば今度は一誠側が手薄になる。一誠が『女王』となる機会を作ることもできるだろう。

 あちらがどのように対応しても、ある程度はこちらにとって有利な状況になる。やや眷族の性能に頼り過ぎな面はあるものの、それもまたチームの強みだ。

 

 二人の『騎士』は、物陰に隠れながら少しずつ進んでいく。

 薄暗い駐車場の中にあって、しかし悪魔の視力はいささかも落ちない。くっきりと視界内を把握しながら、車両用の坂道を下り一階に差し掛かった時、ひとつの影を見つけた。

 

 張りぼての車両が並ぶ中、白色灯の下に人影が見える。

 駒王学園の女子制服に身を包んだ細身のシルエット。腰に日本刀を携えたその姿は、シトリー眷族『騎士』巡巴柄。

 周囲に他の眷族はいない。完全に彼女一人だった。

 一誠を迎撃するために駐車場の防備は薄い――リアスはそう予想していたが、まさしくその通りだった……のだろうか?

 

「……SAMURAIスタイルか?」

 

 ゼノヴィアが呟く。

 巡巴柄はいつも首後ろの左右で二つ括りにした髪型だったはずだが、目の前に立つ彼女は所謂ポニーテールを結っていた。

 精神統一のためか瞑目していた両目を開けて、巡が木場たちへ視線を向ける。

 静かで鋭い目だった。

 以前までに見た彼女とはまったく違う。パーティーで会った時には普段通りだったはずだが、まさか髪型一つでここまで変わったわけではあるまい。戦闘態勢、と言うことなのだろう。

 

「キミ一人だけかい?」

 

 木場が尋ねる。

 たとえどこかに伏兵がいたとしても答えることは無いだろうが、一応だ。

 それに対する返答は、腰の刀を抜き放ったことで知れた。

 

「言葉は無粋……か」

 

 応答するようにゼノヴィアが腰の聖剣――アスカロンを抜き、木場も手元に聖魔剣を創り出す。

 二対一と言うあちらにとって圧倒的に不利な状況。しかしこれも勝負、手心など加えていられない。

 

(手早く沈めて先へ進む――!)

 

 グレモリーの『騎士』たちは同時に前へ出た。

 理想的な『騎士』としての才能を持つ木場と、優れた身体的素養を持つゼノヴィアは、その俊敏性をいかんなく発揮して敵『騎士』へと襲い掛かる。

 巡が卓越した使い手であることは知っているが、この猛攻を捌ききれるかと言えば不可能である。そう思っての行動だ。

 それは間違っていない。思考として当然の判断であり、誰もが同じように考えるだろう――「ソーナは戦力の配置を間違ったのだ」、と。

 

 だがしかし――。

 

「あなたたちは何か勘違いをしてる」

 

 初めて巡が口を開く。

 

「攻めるのは、私たちよ」

 

 それを聞いた瞬間、木場の腕が跳ね上げられた。

 

「――!?」

 

 懐を見れば巡の姿。日本刀の柄頭で聖魔剣を弾いたのだ。

 それよりも驚くべきはその速さ。『騎士』の特性を引き出して各種敏捷性を高めた木場ですら追いきれなかった。

 以前沖田に聞いたことがある。おそらく古武術――縮地の動き。

 

(この体勢は、まずい――!)

 

 そう思いながら、しかし前傾姿勢をとって疾走する際中の彼はすぐさま退くことができない。

 柄頭がわき腹に突き刺さる。かすれるように息を吐き出しながら、弾き飛ばされた木場は車両に激突した。

 

「おおおおおおおっ!!」

 

 木場を一蹴した巡へとゼノヴィアの剛剣が迫る。

 聖なる刃に赤龍帝の力が加わったアスカロンが秘める威力は莫大だ。ゼノヴィア自身のパワーも合わさって、容易に受け止められる斬撃ではない。

 しかし巡は真っ向からそれを迎え撃った。

 

 刹那、衝撃が解き放たれ大気を揺らす。

 刃同士が衝突する瞬間、巡は膝を深く曲げる。そのまま身体を沈め、バネの如く反発する力が丹田を通して刀に伝われば、両者の放った斬撃の威力が均衡。直後、素早く掬い上げる動きで刀身を滑らせ、絡め取るように聖剣を床に撃ち落とした。

 

「な――――!?」

 

 驚愕するゼノヴィア。

 今の全てが一秒にも満たない刹那の間に行われたことだ。彼女には何が起きたかわからなかったろう。

 深く床に突き刺さったアスカロンの刀身を押さえながら、巡の日本刀が滑り上がる。

 それにゼノヴィアが反応できたのは、彼女が持つ生来の反射神経と修太郎にさんざん痛めつけられた経験からくる本能的なものだ。剣を引き抜きつつ素早く背後に跳んで回避するも、襟元の布が切り裂かれる。

 

 退くゼノヴィアに巡は凄まじい速さで踏み込みながら日本刀を引き絞り、筋肉のしなりを解放して鋭い突きを放った。

 流れるような連撃に、たまらず横に逃れるゼノヴィア。一つ判断が遅ければ頸動脈が切り裂かれていた。

 続けざまに大きく跳躍し、距離を離して聖剣を構えなおす。

 

 その時、体勢を立て直した木場が声を張り上げた。

 

「ダメだゼノヴィア! 彼女は――」

 

 言葉が終わる直前に、巡は駆け出していた。

 木場たちを完全に無視して、リアスたちのいる本陣方面へと。

 それに反応して素早く追いかけるゼノヴィアだったが、もはや遅い。駐車場2階に繋がる坂道が幾重もの光の壁で覆われ、隔離される。見れば、通路の天井と床の四隅に魔法陣が仕掛けられていた。

 

「しまった……!」

 

 木場の口から悔しげな声が漏れる。

 敵の目的は木場たちと同じく速攻による本陣侵攻だったのだ。

 しかし、まさか無視されるとは。あちらは完全に『王』狙いと言うことか。

 隔離障壁はおそらくゲーム開始直後すぐにここへ来て設置したのだろう。この調子では敵本陣への道も塞がれているに違いない。

 

「……どうする木場。デュランダルのオーラを使えば、この程度の障壁なら破れるが」

 

「そうだね……でも」

 

 実のところ、障壁はそう問題にはならない。

 時間をかけて用意したものならばともかく、ゲーム開始から数分程度しか経っていない状況で張れる障壁の強度など高が知れている。何やら見た事の無い術式で編まれているようだが、木場とゼノヴィアの攻撃力ならば少々時間はかかるとしても突破できるだろう。

 だからこの場合問題となるのは、進退の判断だった。

 

 リアスを守りに戻るか、このまま本陣へ攻め入るか。

 

 普通ならばこのまま攻め入るところだ。

 本陣にはリアス、朱乃、アーシアの3人が残っている。ギャスパーは変化して索敵に出ているが、流石に敵が本陣へと近づけば気付くだろう。巡一人が特攻したところで、他を無視して『王』を獲れるとは考えにくい。

 だが本当にそうだろうか? そのような思いがよぎってしまうのは、敵の凄まじい技量を肌で感じたからだ。

 彼女の速さは明らかに尋常ではない。反応速度も動作速度も木場たちより一段階は上をいっている。

 これが、修太郎がつけたという訓練の成果なのだろうか? もしもそうならば、他のシトリー眷族はどれほど強くなっているのか?

 

 予測するに、一誠たちがいる方面からも敵が侵攻しているだろう。そしておそらく、その数はここよりずっと多い。

 ソーナが駐車場へ巡一人だけを配置したのは、彼女なら確実に遭遇戦を回避・突破できると確信していたからだ。事実、木場もゼノヴィアも彼女を止めることができなかった。

 ここに配置していない分は、ショッピングモール方面で展開しているに違いない。少なくとも、三人以上はいると見るべきだ。

 

 もしもそれら全てが合流した場合、リアスたちは果たして耐えられるだろうか。

 木場には予測できない。

 

 しかし逆に、この機会をチャンスとしてもいい。

 攻撃に手を回している以上、敵本陣も守りは手薄となるだろう。この点は当初の作戦で想定されていた通りである。

 あの注意深いソーナがわざわざわかる穴を作るだろうかと言う疑念はある。

 あるいはこの状況こそが罠かもしれない。

 

 迷う、がしかし、このような場面など実戦となれば何度も訪れるだろう。ここは眷族の力を信頼して、木場たちは当初の役割を果たすことにした。あまり思考に時間をかけては相手の思うつぼに嵌まりかねない。

 

「……よし、行こうゼノヴィア。部長たちには敵がそっちに行ったことを知らせて、迎撃してもらおう」

 

「ああ、わかった。少しばかり心配だが、残りのメンバーならうまくやるだろう」

 

 敵本陣方面に走りながら、木場は通信機器を通してリアスへ連絡をかける。

 しかし、通信機器から漏れ出てくるのはノイズの音だけだった。

 

「……ジャミングがかかっている。お見通しというわけか。ギャスパーくんが気付いてくれればいいけど……」

 

「要は私たちが素早く終わらせられれば問題は無いんだ。行くぞ!」

 

 二人の『騎士』は敵本陣へと駆ける。

 しかし木場はついに心中の不安を消し去ることができなかった。

 

 

 

 

 

 

 

                  ―○●○―

 

 

 

 

 

 

 

「あれ、小猫ちゃん、何持ってるんだ?」

 

 一誠と小猫はショッピングモールの物陰から物陰へと移りながら進んでいた。

 自動販売機の陰に隠れた一誠は、同じく隣に佇む小猫を見て問いかける。

 彼女は手に小さな車輪を持っていた。

 

「ああ、これは『火車』です」

 

「『火車』……って何?」

 

「本来は猫又が使う妖術なのですが、仙術の訓練に時間がかかり過ぎたせいでそこまで習得する暇が無かったので、姉さまがそれを使えるような道具を渡してくれたんです」

 

 そう言って何やら力を込めると、車輪から激しく炎が吹き上がる。

 

「う、うわっ!!」

 

 いきなり目の前が燃え上がり驚く一誠だったが、炎が治まるとそこには大きな車輪が現れていた。

 

「これが、『火車』?」

 

「はい。なんでも姉さまが昔術式付与(エンチャント)を修行する一環で作ったものらしくて、使いどころが無いまま死蔵していたのだそうです。姉さまは火車を普通に使えるので」

 

「へえ、どう使うんだ?」

 

「それは――えいっ」

 

 小猫は巨大な車輪の外輪部分を掴み、少し後ろへ下がった後、勢いよく振り回した。

 重い風切り音と共に燐火が舞い、車輪の一撃が一誠の鼻先を掠める。

 

「このように敵をぶっ叩きます」

 

「うわ、うわっ! びっくりした!! ちょっ小猫ちゃん、いきなりは止めてくれ!」

 

 突然のことに驚き、一誠は冷や汗を流す。

 単純すぎる攻撃方法だがしかし、『戦車』の特性も合わさって凄まじい威力を窺わせる。どうやら車輪はある程度サイズ調整ができるらしく、この分であれば周囲に無暗な被害を撒き散らすことも無いだろう。

 

「ぶっ叩く以外にも色々な使い方がありますが、それはまたの機会ということで。ひとまずは進みましょう」

 

「ああ、そうだな」

 

 車輪を元の大きさに戻した小猫と共に、ショッピングモールを進む。

 相手にこちらが本命と見せかけるためにも、慎重に事を運ばなければならない。

 今の小猫は猫耳と尻尾を生やし、猫又としての姿を見せている。その方が敏感に自然の気を感じ取れ、且つ制御もしやすいらしい。そもそもこの姿が彼女本来のものなのだから、当然と言えばそうなのだろう。

 しかし、猫耳。小猫の可憐な容姿と相まって何とも可愛らしいものだ。一誠は内心で感嘆の声を上げた。

 そうしてしばらく進むと、小猫が何かを感じ取ったのか歩みを止める。

 

「――――っ!」

 

「どうしたんだ、小猫ちゃん?」

 

 突然前方を睨みだした小猫に声をかける。

 彼女の猫耳と尾がせわしなく動き、まるで何かを探るような動作を始めた。

 そうして手元の火車を燃え上がらせ、大きく変化させる。

 

「先輩、敵です! 前方から猛スピードで、数は4人――あと10秒もありません、戦う準備を!」

 

「なっ!?」

 

 その報告に驚愕する。

 いくら相手にとって一誠が本命だとしても、一気に4人とは本気だ。あるいはこのまま攻め込む気かもしれない。覚悟していたとはいえしかし、やらねばなるまい。

 神器を解放し、赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)を出す。そうして倍化を開始した。

 禁手化するにはある程度の時間――約1分30秒程度が必要だ。一対一ならばともかく、複数との戦闘で変身するのは至難の業だろう。

 

 そうして戦闘態勢を整えると、前方から猛スピードで迫ってくる影が見えた。

 四人、と小猫は言ったが、影の数は一つ。近づいてくるにつれてその正体が明らかになる。

 

「あれは――何だ?」

 

 見た目は黒い球体だった。

 太く長い六本の触手を生やし、それを用いて天井、壁、床に張り付いてはしなやかに跳躍、凄まじい速度で立体軌道を描きこちらへ迫ってくる。

 何だあれは。

 シトリー眷族は、主であるソーナ以外の全員が人間ベースの転生悪魔だ。あのような奇妙な生命体は存在しないはず。まさか、ゲーム直前に新規加入した者がいるのか? しかしそのような話は聞いたことが無かった。

 

『相棒、あの黒い物体からドラゴンの力を感じる。これは……ヴリトラか』

 

「ドラゴン……まさか、匙?」

 

 全貌を確認して間もなく、球体は一誠のいる地点へ到達し――そのまま通り過ぎる。

 てっきり襲い掛かってくるかと思っていた一誠は、呆けた顔で見送ってしまった。

 

「無視、いや、突破された……!? 部長狙いか!」

 

「嫌な予感がします。追いましょう、いきますよ先輩」

 

「えっ、小猫ちゃ……うわっ!」

 

 一誠の手を掴んだ小猫は、反対側の手を火車の軸穴部分に当て、力を込める。すると車輪が炎を噴き上げつつ回転を始め、次の瞬間小猫たちを運びながら疾走した。

 凄まじい速度だ。先を行く球体に追いつけないまでも、距離を引き離されることはない。

 相手は追ってくる一誠たちに気付いたのだろう。球体の一部がほどけ、内部から人影が現れる。白髪の女生徒だ。確か、シトリー眷族の『僧侶』花戒桃と言ったか。

 

 花戒が手をかざすと魔法陣が展開され、無数の光が放たれた。光は一誠たちの前に着弾し、幾重もの網状障壁となって立ちはだかる。

 

「関係ない……ぶち抜きます」

 

 しかし小猫は止まらない。火車を燃え盛らせ、勢いよく突撃した。

 高速回転の摩擦エネルギーと紅蓮の炎が放つ熱量で、次々と障壁を引き千切っていく。しかし、明らかに速度は落ちた。みるみる内に相手は遠ざかる。

 

 全ての障壁を突破し、本陣へたどり着いた一誠が見たものは激しい戦闘風景だった。

 意外なことに戦況は防戦一方。防御障壁に閉じこもるリアスたちを、シトリー眷族が攻め立てている。

 敵は『兵士』匙元士郎、同じく『兵士』仁村留流子、『僧侶』花戒桃、そして『戦車』由良翼紗の4人。

 

 黒い球体の正体は予想通り匙だった。

 見れば右腕の神器『黒い龍脈(アブソーブション・ライン)』はかつて見たトカゲのような可愛らしいものではなく、右腕全体と肩までを覆う鎧のような形になっている。

 幾重にも黒蛇が巻き付いた腕からは無数のラインが伸び、それらが編み合わさって複数の拳を形作っていた。ライン一本一本を筋線維が如く編み込んだ黒腕は、その強靭性を如何なく発揮して連撃を放ち、リアスたちの防御を激しく揺さぶる。

 おそらくあのラインで以って同じように先ほどの球体を形成し、他3人を運んだのだろう。修業期間中に何があったか知らないが、見違えるような進化だ。

 

 花戒が空中にいくつもの魔法陣を展開し、牽制の弾幕を撃ち放つ。

 リアスたちが反撃に移ろうとする隙を的確に突く連続射撃は、驚くべき正確さだった。結果として、リアスたちは防御を固めざるを得ない。

 その障壁も、次々と割り砕かれては再生成されていた。仁村と由良の猛攻によるものだ。

 手足に魔法陣を纏わせた彼女たちの攻撃は、一撃目で障壁を揺らし、二撃目で罅を入れ、三撃目で完全に砕く。高出力を誇るリアスや朱乃の魔力を打ち破るとは、どうやら彼女たちは障壁の効果を弱める方法を持っているようだった。

 敵の攻撃は、最終的にアーシアの張った障壁が止めている。もしも彼女まで防御に加わっていなければ、既に防衛線は瓦解しているだろう。

 

「部長ッ!! ――くっ、頼む小猫ちゃん!」

 

「わかっています」

 

 このままでは危ない。

 地を疾走する小猫たちは、車輪を段差にぶつけて大きく跳躍した。

 空中をしばし浮遊する火車。

 そのまま小猫が一誠を敵――由良へと投げ飛ばす。

 

「うおおおおおおっ!!」

 

Explosion(エクスプロージョン)!!』

 

「兵藤くん――赤龍帝か!」

 

 倍化を終えた一誠と由良の拳が激突し、両者ともに後方へと大きく吹き飛んだ。

 相当パワーを向上させた一撃だったはずだが、由良に目立ったダメージは無い。激突の瞬間、由良の拳に防御膜が張ってあったのを一誠は確認していた。

 つまり戦果は全くない。だが、これで敵の攻勢に隙ができた。

 

「イッセーさん!」

 

「よくやったわイッセー! よし、今よ朱乃!!」

 

「見ていてくださいイッセーくん!!」

 

 障壁が解かれ、朱乃の手に大気を震わせるほどの力が集まる。

 黄金のオーラが紫電と共に悲鳴のような劈き声を生じさせ、そうして莫大なエネルギーの塊を作り上げた。

 

 ――雷光。

 

 元来が雷の魔力を得意とする朱乃だが、そこに自らの血筋――堕天使幹部バラキエルの力も加えて生み出した聖なる雷。それがこの力だ。

 彼の堕天使が誇る代名詞とも言うべき雷は、元より強大な破壊力を持つとともに、悪魔にとって天敵とも言える光の性質をも併せ持つ。それも踏まえれば威力は倍どころではないだろう。

 

 朱乃のような大出力のウィザードタイプが備える利点は、広域攻撃によって対多数戦闘で圧倒的アドバンテージを獲得できる点にある。

 多くの客を招き入れるために飲食店フロアの入り口は壁で隔たれておらず、大きく開かれている。範囲を調整すれば必要以上の破壊を振りまくことは無いだろう。敵は全て前方におり、いましがた仲間の一誠も射線を逃れた。

 

 容赦の必要は、無かった。

 

「はあああっ!!」

 

 気合いと共に手を振りぬけば、黄金雷が扇状に広がって放たれる。

 この雷の直撃を受ければ、如何に『戦車』の耐久力を以ってしても一撃昏倒は必至。『僧侶』である花戒でさえ、朱乃の出力を真っ向から受け止めるほどの障壁は張れない。

 これで4人まとめて撃破(テイク)。戦況は一気にこちらへと傾く。

 リアスはそう確信した。

 しかし。

 

「それを待っていました、姫島先輩ッ!!」

 

 絶望的な光を前に吼える男が一人。

 匙元士郎だ。

 緊張に顔をこわばらせながら、しかし恐怖の色は一切無い。黒い右腕を前に突き出し、無数のラインを纏め編み上げる。素早く、正確に、思考ではなく反射神経をフル稼働させ――そうして作り上げた巨大な蛇の群れが、仲間に向かう雷光を全て呑み込んだ。

 

「そんな……!」

 

「なんですって!?」

 

 驚愕するリアスたち。

 匙の神器はラインを繋いだもののエネルギーを吸収する能力を持つ。しかし、その吸収量には限界があるはずであり、全部ではないにしても朱乃の雷光まるごとなどキャパシティオーバーもいいところだろう。本来であれば自殺行為に等しい所業だ。

 そこで彼は、蛇が雷光を呑み込み終わるが否やラインを全て切り離した。

 

「それじゃあ……お返ししますよっ!!」

 

 切り離すと共に射出されたラインがリアスたちに接続しようと伸びる。

 しかし吸収限界を迎え、臨界を超えた黒蛇は黄金に膨れ上がり、リアスたちへと到達する前にその中身を解放した。驚く彼女たちにそれを躱す術は無い。

 迸る閃光が周囲を眩く照らし、凄まじい破壊音が辺りに轟く。

 

「ぶ、部長ぉぉーーッ!!」

 

 目の前の光景に目を見開き、叫ぶ一誠。

 わずかの間に起きた出来事だ。彼が介入する暇など無かった。心中を不安と焦燥が支配する。

 故に、迫る由良の姿に気付いたのは吹き飛ばされる直前だった。

 

「呆けちゃダメだ兵藤くん。戦いの途中だよ。臆せば死ぬ、ってね」

 

 大威力の蹴りをまともに喰らった一誠は2階から叩き落とされる。未だに倍化は健在であるため深刻なダメージは無いが、脳を揺らされて受け身をとることができない。このまま1階の床に激突すれば意識を失ってしまう可能性があった。

 それを救ったのは小猫である。火車を乗り回して一誠の身体を受け止めた。

 

「ぐ、うぅっ……ご、ごめん、小猫ちゃん……。そうだ、部長は!?」

 

「落ち着いてください先輩。部長たちは、まだやられていません」

 

「え……」

 

 小猫の猫耳がぴくりと動いている。リアスたちの気を感じているのだろう。

 確かにアナウンスも流れていない。ならば彼女らはまだ戦えるということだ。

 安堵に一息吐く一誠。

 

「もう大丈夫ですか? それじゃあ、いきます」

 

 火車を自身の身長の半分にまで縮めた小猫は、一誠の手を掴んで2階へ跳躍する。

 濛々と煙が立ち込める中、はたしてリアスたちは無事だった。

 見れば、薄緑の光壁が彼女たちを覆っている。

 光壁の主はアーシア・アルジェント。堅牢な守りの力は、サポートタイプの彼女に黒歌が授けた高性能防護壁だ。それを用いて、見事リアスたち全員を守り切っていた。

 

「ちっ、できればこれで決めときたかったんだけど……」

 

 ぼやく匙は、しかし戦闘態勢を解いていない。

 右腕から無数に伸ばしたラインを鞭のようにしならせながら、いつでも攻撃できるよう構える。

 他のシトリー眷族も同様に、再度突撃する態勢を見せた。

 

「匙……その力は、いったい……?」

 

 一誠は匙に問いかける。

 力は既にリセットされ、赤龍帝の籠手は再度倍化を開始していた。

 

「特訓の成果ってやつさ。なんせ、成長しないとマジで死ねるからな。大したもんだ――ろッ!!」

 

 不敵に笑う匙は、素早くラインを伸ばす。

 狙いはフロア照明。次の瞬間、全ての明かりが眩く弾けた。魔力の過剰伝達によりスパークさせたのだ。

 一誠の視界を閃光が焼く。

 

「甘いわ!!」

 

 しかし、リアスと朱乃はラインが照明に繋がれた瞬間、敵の意図を読み取り目を守っていた。

 そのまま突撃する匙たちを障壁と魔力波動で迎え撃つ。

 雷光を吸収し返すことに成功した匙の神器だったが、リアスの消滅魔力までは吸い取れない。花戒の魔法射撃が大半迎撃してくれるものの、相殺できずに飛んでくる攻撃に関してはラインを犠牲にすることで自分と仲間への防御とし、出来るだけ回避行動をとりながら突き進むしかなかった。

 

「――そこです!」

 

「くっ!」

 

 小猫も視界を潰されながら、しかし気の探知を使って敵に攻撃を加えることができた。

 一誠に迫る由良へと火車の一撃を加え、弾き飛ばす。

 

「ちっ、堅いなッ!!」

 

 匙の猛攻も、仁村の障壁破壊も、アーシアと朱乃が展開する防御を崩せない。

 一誠も迎撃に加わり始め、徐々に押されていく匙たち。次第に、こちらが攻撃を仕掛ける側となる。

 数に劣り、防御も抜けない。

 ここに来て、シトリー眷族に不利な状況となったのは明白だ。

 しかし、彼らは攻撃を止めない。

 

 退却してもいいはずだ。むしろそうすべきだろう。

 大きく成長した匙の神器は確かに恐ろしい。しかしながら、消滅の魔力を有したリアスとの相性は最悪であり、彼女がいる以上この場においてはもはや脅威ではなくなった。

 何よりも、彼らは闘気を纏った小猫相手に防戦一方だ。吹き上がる火車の火炎と、振るわれる重い一撃に対応できていない。

 これからの戦闘は分の悪い賭けになる。何故退却しない? 皆を一度に高速で運べるのは匙だけであり、彼が倒れないうちに退かなければ、確実に逃げる手段が無くなると言うのに。

 まさか犠牲(サクリファイス)戦法だろうか。しかし、それにしては戦い方が消極的に見えた。

 まるで、何かを待っているような――。

 

「リアス部長、新手です!! 気を付け――」

 

 小猫が叫ぶ。

 瞬間、肩に軽い衝撃が走った。

 直後に熱いものが吹き出し、そして激痛を発する。見れば、リアスの肩に小刀が突き刺さっていた。

 

「――え?」

 

 驚愕に声を漏らしたのはリアスではなくアーシアだ。

 今まで堅牢を誇っていた自身の防壁があっけなく貫かれたことに驚いていた。

 

「その障壁、北欧式と魔力の混合でしょ? あの人とロスヴァイセさんの読み通り。流石」

 

 声の主は巡巴柄。

 いつの間にか飲食店フロアに姿を現した彼女は、次の瞬間には目の前まで迫っていた。

 構えから解き放たれた日本刀は、もはや誰にも止めることはできない。リアスを切り裂かんと袈裟がけに走り――。

 

「だ、ダメですっ!!」

 

「……あっ」

 

 明かりを失い薄暗闇となった空間に、鮮やかな赤が舞う。

 背中を斬られ、目の前に倒れ込むアーシア。信じられないと言うように、リアスは彼女を見つめた。

 リアスをかばって負った傷は明らかに致命傷だ。

 

「――よかっ、た……」

 

 そう最後に言い残して、アーシアは消えた。

 

『リアス・グレモリーさまの「僧侶」一名、リタイヤ』

 

 無慈悲にもアナウンスが響き渡る。

 

「リアス!!」

 

「部長、危ないッ!!」

 

 一瞬呆けたリアスは、朱乃と一誠の声に立ち直る。時間にして一秒にも満たない短い間だがしかし、もはや遅かった。

 巡の刀が逆風に走る。朱乃が張った障壁を魔法で打ち破り、その勢いは止まらない。魔力を練って放つ時間も無かった。

 この一瞬で、ゲームの勝敗は決まった……かに見えた。

 

「――ッ!!」

 

 日本刀の刃がリアスに触れる前に、巡の動きが急停止する。

 力を入れるも、動かない。理由は、足元にあった。

 フロア内を満たす薄暗闇。その影から無数の手が伸び、巡の動きを止めていたのだ。

 

「この力は……ギャスパー!」

 

『す、すいません部長、遅くなりましたぁ!!』

 

 フロアの闇が蠢いて、そこから蝙蝠が飛び立つ。

 それらが渦を巻くようにして集まると、眼鏡をかけた金髪赤目の美少年が現れる。今の今まで索敵任務をこなしていたギャスパー・ヴラディだ。

 

「ギャスパーくんまで戻ったか……ここが限界だな。回復役を撃破しただけでも十分だ。巡、みんな、撤退するぞ」

 

 ギャスパーの姿を確認するや否や、匙たちが退却の構えを見せる。

 

「くっ、やらせるか!」

 

「逃がしません」

 

 吼える一誠たちをよそにラインが縦横無尽に走り、他の4人を捕まえると瞬く間に引き寄せ、黒い球体を作り上げた。一誠と小猫が攻撃を加えるが、しなやかに編まれた球体の防御を貫くことができない。逆に小猫の攻撃が天井方向へと大きく弾き飛ばしてしまう。

 球体はそのまま6本の触手をしならせて壁に張り付き、高速で跳躍し去って行く。

 残された一誠たちでは、もはや追うことは叶わなかった。

 

 




お待たせしました更新です。
何こいつら普通に強い。そんな話。

しかもさらりと小猫が武器を手に入れてたり、ギャスパーがニンニクで沈まなかったり。

シトリー眷属の中でも、匙と巡さんが飛びぬけて強化されています。特に巡さん。
木場もゼノヴィアも弱くありません。彼女が強くなったのです。理由などは次回以降。
シトリー眷属はみんなロスヴァイセから魔法を教わったことで攻・防・補のどれもある程度こなせるようになりました。
ただ、全体的に火力(パワー)が足りない。
そのせいで、グレモリー眷属に正面からぶつかるとどうしても力負けします。というか、それが普通です。
……サイラオーグ? あれは例外。

しかし、この作品のリアスたちは苦戦ばっかだなぁ。そのうち活躍させたいところ。

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