恥ずかしがり屋な提督が鎮守府に着任してました。   作:グラヌンティウス

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プロローグ -シャイな提督-

 

 

 

 海辺。

 その鎮守府は正に僻地といえる、閑散とした有り様であった。

 特Ⅰ型駆逐艦五番艦の艦娘――叢雲は、門の前で深い溜め息を吐いた。

 肩には、大きめのショルダーバッグを掛けている。

 天気は曇り。そのせいで辺りは薄暗く、少々肌寒い程度には気温も低い。

 陰鬱な気分になるが、それは天気のせいだけでは決してなかった。

 

 全く、つまんない事してくれるわね――

 

 叢雲の中にはそんな思いがあった。

 初の配属先が決まった叢雲に、艦娘訓練校の教艦達は同情的だった。

 辞令書を手渡された後、「力になれず、心底申し訳ない」と謝罪された程だ。

 寮を出る時などは、鹿島教艦に泣きながら謝罪されたりもした。

 更に「向こうで困った事があったら、何でも相談してね」とも言われている。

 「出来る限り……いえ、絶対に力になりますから! 何が何でも必ず!」

 鹿島教艦は決意した表情で、激励するが如く手を強く両手で握りしめてくれた。

 

 まぁ、別にアテになんかしてないけども。

 今回もそうだけど、一介の教艦に出来る事なんて高が知れてるし。

 

 叢雲がすっかり不貞腐れた表情で門をくぐる。

 その時、後ろから「叢雲さん?」と声が聞こえた。

 女性の声だ。訓練校でも散々聞いた事のある声だった。

 恐らく、向こうも同じだろう。ただし初対面だが。

 

 声に応えるように、叢雲が振り向く。

 そこには、大淀型一番艦軽巡洋艦の艦娘――大淀の姿があった。

 直ぐ隣には、彼女の物であろう大きめのキャリーバッグ。

 「あなたもこの鎮守府に?」

 そう尋ねながら、早足で大淀が叢雲に近寄ってくる。

 心なしか、少し安堵しているような表情だった。

 その気持ちは分からないでもない。

 

 

「そうよ――って、あなた『も』?」

 

「えぇ、私も今日ここに配属された身でして」

 

「ふーん……ま、宜しくね。暫くは人数少ないだろうし特に」

 

「えぇ、宜しくお願いしますね」

 

 

 大淀が微笑みと共に挨拶を返す。

 二人は立ち話もそこそこに、庁舎に向けて歩き出した。

 寂れた鎮守府敷地内の通りを、二人が真っ直ぐ進む。

 

 

「――で、大淀さんは何やらかしたの?」

 

 

 暫くして、叢雲が大淀に尋ねた。

 

 

「いけ好かない上官の頭でも引っぱたいた?」

 

「はい?」

 

「それか、お偉いさんの汚職を告発したとか――」

 

「い、いえ、そういうのは特に何も……」

 

 

 困惑しながら大淀が答える。

 叢雲は意外そうな表情を浮かべた。

 

 

「え、嘘、本当に? 何もしてないの?」

 

「え、えぇ。……叢雲さんは、何か身に覚えが?」

 

「んー、まあ。私が――って言い方とは、だいぶ違うけど」

 

「というと……誰かの失敗を庇ったとか?」

 

「逆。むしろ天誅食らわせてやったのよ」

 

「は、はあ……そうですか」

 

 

 大淀が苦笑いを浮かべながら、曖昧に返事をする。

 恐らく、突っ込むと面倒そうなのを感じ取ったのだろう。

 

 叢雲がこの鎮守府に配属されたのには、約一ヶ月前に原因があった。

 当時、叢雲はまだ艦娘訓練校の一生徒であった。

 艦娘訓練校とは、特定の場所で生まれる艦娘が通わされる教育機関である。

 海洋で発見される艦娘を除けば、基本艦娘はここで艦娘としての教育を受ける。

 訓練校は全国に存在し、国防に直結する為、教員も殆どが優秀なのだが――

 残念な事に、例外という物は何事にも存在する。

 

 叢雲の通う訓練校の校長――

 そいつが、とんでもなく最悪な人物だったのだ。

 

 その校長は、完全に親の七光りで現在の職に就いている男だった。

 四十代前半といい歳なのにも関わらず、我儘で公私の区別がつかない。

 何かと高級たる親の威光を笠に着て、他者に尊大な態度を取る。

 更に、艦娘には教艦だろうが生徒だろうが関係なく行うセクハラ――

 要するに、生まれ以外は人として最低野郎だったのである。そいつは。

 

 勿論、そいつの生徒及び教艦からの評価は、マリアナ海溝の底より低かった。

 通常ならば、こんな奴は即刻弾劾されて失職するのがお決まりである。

 しかし、前述した『親』の存在が、それを完璧に防いでいた。

 上げられる汚職の報告を、権力を利用し全て意図的に握り潰していたのだ。

 それにより、この訓練校では長い間悪政(?)が敷かれていたのだが――

 とある事件を境に、その磐石が崩れ出す事となる。

 ある日、鹿島教艦にセクハラしていた校長を、叢雲が力一杯蹴飛ばしたのだ。

 蹴飛ばされた校長は、これ迄の行いが祟ったのか、運悪く階段から落下。

 そのまま病院へと担ぎ込まれ、骨折と全身打撲で全治六ヶ月の診断を下される。

 

 当然、その後にも一騒動あった。

 結果だけ見れば、『艦娘が人間に牙を剥いた』という大事件である。

 隠蔽工作で世間には拡散しなかったが、軍上層部では大騒ぎとなっていた。

 深海棲艦に唯一まともに対抗出来る存在、それらの人類への反乱――

 最終的には、そんな大事に発展する危険性があったからだ。

 故に、事情が説明され、全てが明るみに出た際の上層部の動きは迅速だった。

 校長は懲戒免職の後、投獄。親の方も、現在の地位の剥奪処分を受けた。

 こうして、訓練校には久々に平和な日々が帰ってきたのだが――

 この後、もう一悶着起きる。

 

 騒動の終結から一週間後だった。

 関係者である叢雲に突然、艦娘としての配属命令が下されたのだ。

 基礎訓練課程を修了していない艦娘に対し、これは異例の事であった。

 しかも、配属先は『再設』される鎮守府で、初期艦としての配属。

 これは『教育中の新人を新店舗の責任者にする』程に無茶な命令だった。

 教艦達は「何かの間違いだ」と何度も上に問い合わせるも、返答は常に同じ。

 この時、叢雲や教艦達は薄々感づいていたが――

 その通り、この不可解な配属命令には、元校長の親が深く関わっていた。

 汚職で貯め込んだ金を使い、顔の利く上層部の者達に頼み込んでいたのだ。

 自分や息子を陥れたあの艦娘に、一泡吹かせてやってくれ――と。

 

 こうして、叢雲は再設される鎮守府へ、初期艦として配属されたのだった。

 一応、基礎訓練課程は急ぎで最後まで行われたが、付け焼き刃に等しい。

 一時の正義感で動いた結果がコレかい――と、叢雲は心中で後悔していた。

 尤も、反省は微塵たりともしていないが。

 不安や心配は勿論あるが――まぁ、なるようになるだろう。

 

 

「……しっかし随分と寂れてるわね、ここ」

 

 

 周辺を見ながら、叢雲が眉間にしわを寄せて言う。

 彼女の言う通り、この鎮守府の敷地内は確かに寂れていた。

 先程の門も錆び付いていたし、塀にはびっしりと這い回る蔦。

 地面も、整地されている所も含め、雑草が生え放題となっている。

 

 

「再設って言うから、てっきりリフォームとかされてると思ってたんだけど」

 

「水や電気――必要最低限の物以外には、お金は掛けられてないとの話です」

 

「整備担当の妖精達とかはいないの?」

 

「予定では確か……妖精達の着任は今日から数日後ですね」

 

「え、じゃあなに? 私達が一番乗り?」

 

「いえ。上層部の話では、既に提督が着任しているとの事ですが……」

 

「そうなの? なら、出迎えとかしてくれてもいいのに――」

 

「……なんでも、シャイな方だそうです」

 

「――はぁ?」

 

 

 叢雲が素っ頓狂な声を上げた。

 そのまま、大淀に訊ねる。

 

 

「シャイ……って、恥ずかしがり屋って意味よね、確か」

 

「一般的にはそうですね……あ、この建物が司令部のようですね」

 

 

 二人が、一軒の古びた洋館の前に立ち止まる。

 相当に年季の入った、赤煉瓦造りの建物だった。

 例に漏れず、壁にはびっしりと蔦が這い回っている。

 窓ガラスなどは、殆どにヒビが入っている有様だ。

 叢雲が呆れ気味に呟くように言う。

 

 

「……想像はしてたけど、これは酷いわね」

 

「そうですね……」

 

「これ本当に司令部なの?」

 

「そこにある表札を信じるなら……まぁ、兎も角、入ってみましょうか」

 

 

 大淀がすたすたと玄関の扉に歩み寄っていく。

 叢雲は一瞬躊躇したが、諦めるようにその後ろを着いていった。

 肩を落とし、心底嫌そうな調子で言う。

 

 

「外側がこの有様って事は、やっぱり中も幽霊屋敷よね……」

 

「まずは掃除でしょうね、やる事は」

 

「はぁ……。着任してからの初仕事が掃除とか、なんか調子狂うわね」

 

「仕方ないですよ」

 

 

 言うなり、大淀が扉を開け中へと入る。

 叢雲が後に続く。

 

 

「失礼しま……」

 

「? どうかし……」

 

 

 庁舎内に入った二人が、目を見開く。

 驚愕の余りその場に固まる。

 

 

「…………」

「…………」

 

 

 予想に反して――と言うべきか。

 古びた外観とは裏腹に、司令部の内部はとてもとても綺麗だった。

 きちんと磨かれた壁。きちんと磨かれた天井。

 まるで透明な程に、ピカピカに拭かれた室内ガラス。

 床には塵一つ無く、隅々までが丁寧に清掃されている。

 最早過剰とも言える程に、司令部の内部は清潔感に満ち溢れていた。

 ポカンとしていた二人だったが、暫くした後に、叢雲が口を開いた。

 

 

「……す、すっごいピッカピカね」

 

「え、えぇ……ん?」

 

 

 ――と、大淀が足元に一枚の紙が落ちている事に気づた。

 その紙を拾い上げる。叢雲が訊ねる。

 

 

「なにそれ?」

 

「……書き置き、ですね。ここの提督の」

 

「書き置き?」

 

 

 大淀の言葉に、叢雲が怪訝そうに眉をひそめる。

 紙には、妙に丸文字な文章と、鎮守府の敷地内の地図が書かれていた。

 大淀がその文章を読み上げる。

 

 

「……ようこそ。新規着任の艦娘及び特務艦は、荷物を司令部の仮眠室に置いた後、共に執務室へ出頭する事。なお、各艦娘の寮の部屋割りだが、現在、寮は損傷が激しく居住に適さない状態である為、暫くは司令部庁舎の仮眠室を仮部屋とする事。よろしくおねがいします。……提督より」

 

 

 そう言い、大淀が叢雲に紙を差し出す。

 叢雲がその紙を受け取り、紙面に目を通す。

 文章をたっぷりと黙読する。

 

 

「………………」

 

「取り敢えず……その書き置きの通りに動きましょうか」

 

「そ、そうね。そうしましょ」

 

「ではまず、仮眠室に荷物を置いて……」

 

「その後に、一緒に執務室に出頭、着任の報告……ね。分かったわ」

 

 

 それから十数分後――

 

 

「……で、ここが執務室と」

 

「そのようですね」

 

 

 荷物を置いた叢雲と大淀は、司令部の二階中ほどにいた。

 目の前には『提督執務室』との表札が引っ掛かった扉がある。

 

 

「……それじゃ、とっとと報告しましょ。聞きたい事も色々あるし」

 

 

 そう言い、叢雲が扉をノックする。ドアノブに手を掛ける。

 やや恐る恐るといった感じで、二人が執務室に入る。

 庁舎内の廊下や他の部屋と同様、執務室もやはり清潔感に溢れていた。

 室内には荘重な執務机と椅子、そして本や雑貨で埋まった幾つかの書棚。

 中央には、四角いテーブルと革張りソファーのある応接スペース。

 更に壁には、印象派の立派な絵画が額縁に入れられ、綺麗に飾られている。

 天井の照明から放たれる光も、明るく柔らかい光だ。

 部屋としては、居る者の心を和ませる、実に快適な空間と言える。

 しかし――執務室には、肝心の提督の姿が無かった。

 

 

「?」

「?」

 

 

 きょとんとする二人。

 ふと、大淀が視線を隣に移す。

 その時だった。

 

 

「ひっ!?」

 

 

 大淀が小さな悲鳴と共に後退り、背中から叢雲にぶつかった。

 叢雲が眉間に皺を寄せ、何事かと大淀の方を向く。

 

 

「ちょっ! 何す、ん……………」

 

 

 叢雲が顔を青くし、その場に固まる。

 二人の視線の先。執務室の隅、オシャレな大型観葉植物の隣。

 そこに、体育座りをしている一人の人間がいた。

 

 ……いや、正確には『人型の何か』だ。

 確かに人間と同じく、頭があり、胴体があり、腕と足がある。

 服も、一般的な提督が着ている軍服を着用している。

 頭には官帽と何故かハロウィンの南瓜の被り物をしているが、それも些事だ。

 何故なら、この『何か』は、それ以外が人間から逸脱していたからである。

 

 まず、両腕だが、身体とは酷く不釣り合いな程に長かった。

 その身体も、身長はあるが肉付きがまるで無い。針金を連想させる細さだ。

 手などから見える素肌は死人のように白く、色素が無いようにも見える。

 

 

「…………」

「…………」

 

 

 得体の知れない『何か』を前に、二人が謎の恐怖で凍りつく。

 一方、その『何か』も、体育座りをしたままピクリとも動かない。

 訪れる、沈黙の時間。

 ややあって、大淀が恐る恐る口を開いた。

 震えた、探るような、か細い声だった。

 

 

「て、提督……です、か?」

 

 

 訊ねるも、返事は無い。

 『何か』は相も変わらず、体育座りをしたままである。

 再び訪れる沈黙の時間。静寂。

 すると突然、その『何か』の左手がゆっくりと動いた。

 二人がギクリと肩を震わせる。揃って半歩、後退る。

 その『何か』の左手は、ある一点を指差した。

 

 

「…………?」

「…………?」

 

 

 二人が『何か』が指差している先に視線を移す。

 『何か』が指差すその先。中央の応接スペースのテーブル。

 その上には、一つの大きめの茶封筒が置かれていた。

 

 

「………。えっ、と…………」

 

 

 大淀が困惑しながら中央のテーブルに近づく。茶封筒を手に取る。

 茶封筒の表には、『必読』との文字がデカデカと書かれていた。

 

 

「?」

 

 

 大淀が『何か』の方に視線を向ける。

 その『何か』は手を引っ込め、元の体育座りの姿勢に戻っていた。

 視線を茶封筒に戻す。警戒しながら、茶封筒を開ける。

 茶封筒の中には、ホチキスで一組に綴じられた書類が入っていた。

 大淀が不審な物を見るような表情で、書類を取り出す。

 書類の一枚目――表紙には『極秘』の判子が押されていた。

 いつの間にか大淀の隣に来ていた叢雲が、書類を横から覗き込む。

 不安な表情を浮かべながら、大淀に言う。

 

 

「ご、極秘ってあるけど」

 

「え、えぇ。ですが『必読』ともありますし……」

 

「大丈夫なの?」

 

「………………多分」

 

 

 自信無さげに、大淀が小さく呟く。

 顳顬に脂汗を浮かべながら、一枚目の書類を捲る。

 次に現れたのは『当鎮守府のしおり』と書かれたページだった。

 デフォルメされた鎮守府の建物と、手を振るテディベアの絵も描かれている。

 堅苦しい文章を予想していただけに、二人は明らかに拍子抜けした。

 大淀が視線で叢雲に訊ねる。叢雲が視線を合わせて答える。

 大淀は視線を書類に戻し、次のページへ書類を捲る。

 

 捲った先のページには、提督による文章が書かれていた。

 可愛らしい丸文字な手書きの挨拶文――自己紹介文である。

 文字の形は少々アレだが、書かれている文章は至極まともだった。

 むしろ、堅苦しい文章に片足を突っ込んでいるとも言っていい。

 黙って書類を読み進めていた二人だったが、やがて叢雲だけが顔を上げた。

 体育座りをしている『何か』を見ながら、複雑な表情を浮かべ、呟く。

 

 

「……認めたくないけど、『アレ』が司令官みたいね」

 

「自己紹介文の身体的特徴を見る限りは……そうみたいですね」

 

「っていうか『素顔を見たら問答無用で即解体』とか、何なのよ一体」

 

「『写真や映像にある素顔を見ても駄目』とも書いてありますよ」

 

「無駄に徹底してる所がなんかムカつくわね……。何処の国のスパイよ」

 

「あ、叢雲さん。次のページ捲っていいですか?」

 

「え? あぁ、うん」

 

 

 叢雲の返事を受け、大淀がページを捲る。叢雲も視線を戻す。

 次のページには『これからの予定』という文字が書かれていた。

 その文字の下には、一週間分の予定が活字で見易く記されている。

 読み進めていくと、二人の目が同時に最後の文章に辿り着いた。

 またもや、手書きの丸文字な文章だった。

 

 

《午後七時に、食堂で夕食も兼ねた歓迎会を行う予定です。よろしくおねがいします》

 

 

「…………」

「…………」

 

 

 二人が書類から目を離し、困惑気味な視線を『提督』に向ける。

 当の本人は相変わらず、俯きがちに体育座りをしたままだった。

 

 

 

 そして、時間が流れ――

 時刻は午後七時、その少し前。

 叢雲と大淀は庁舎の食堂に向かって歩いていた。

 現在、この鎮守府にいる艦娘は叢雲と大淀の二人だけである。

 大淀は任務娘の特務艦である為、叢雲は必然的に秘書艦となった。

 二人共、既に簡単な雑務はこなしている。

 叢雲にとっては初めての秘書艦業務であったが、特に問題はなかった。

 書類仕事に少し手間取る所もあったが、それも慣れれば大丈夫だろう。

 

 

「……素朴な疑問なんですけど」

 

 

 大淀がやや神妙そうに口を開いた。

 叢雲が素直に尋ねる。

 

 

「何?」

 

「歓迎会の夕食って、誰が準備してるんでしょうか?」

 

「誰って、そりゃあ――」

 

 

 そこまで言って、叢雲が言葉に詰まった。

 言われてみれればそうだ。一体、誰が夕食の準備をしているのだろうか?

 この鎮守府に居るのは現在、自分と大淀と司令官の計三人。

 通常、考えられるのは間宮さんや鳳翔さんだが、それも今はいない。

 妖精達もおらず、ならば業者かと言えば、それも考えがたい。

 ここは公的機関である。業者ならば、電話か何かで断りを入れてくる筈だ。

 自分と大淀さんは、言わずもがな除外。

 となると、残るは――

 

 

「………………司令官?」

 

 

 やや間を置いて、叢雲がポツリと言った。

 大淀が不安そうに言う。

 

 

「夕食の準備――出来るんでしょうか? その……『彼』は」

 

「だ、大丈夫でしょ。わざわざ予定立ててるくらいだし――問題ないわよ、うん」

 

 

 苦笑を浮かべ、まるで自分に言い聞かせるように叢雲が言う。

 

 

「そ、それにほら。もしかしたら、料理が趣味なのかもしれないじゃない?」

 

「あの見た目で――ですか?」

 

「『人は見かけによらない』って言うじゃない、昔から」

 

「今更ですけど、そもそも〝人〟なんですかねアレ……」

 

「し、心配ないわよ。一応、司令官に任命されてる奴なんだし」

 

「確かに、身分はハッキリしてるみたいですが……」

 

「流石に上も、得体の知れない奴を一鎮守府の頭にしたりなんかしないわよ」

 

「それは――まぁ、そうですけども……」

 

 

 納得出来ない様子で大淀が口ごもる。

 やがて、二人は鎮守府食堂の前へと着いた。

 和風の引き戸だ。木とガラス製。年季が入っている。

 ひとつ深呼吸をして、叢雲が引き戸に手を掛ける。

 戸を開けると、案の定『提督』が俯き気味に席に座っていた。

 南瓜の被り物の上には、官帽ではなくパーティー用の三角帽。

 恐らく、彼なりに場の雰囲気を盛り上げようと考えての格好だろう。

 

 しかし、幸か不幸か、二人の関心は直ぐに『別の物』に向いた。

 

 

「わぁ……」

「おぉ……」

 

 

 目を丸くし、二人が感嘆の声を漏らす。

 提督が座る席のテーブルの上。

 意外な事に、そこには様々な料理が並んでいた。

 スライスされたトマトを筆頭としたサラダ類。

 幾つかのフライドチキンやコロッケ。

 チーズとバジル、トマトソースのオーソドックスな大きいピザ。

 何故か全て軍艦巻だが、寿司なんかもある。

 デザートにケーキもだ。可愛らしい苺のショートケーキがある。

 更に、グラスに入ったスパークリングワインもあった。

 

 

「趣味――だったんでしょうか?」

 

「分かんないけど……と、取り敢えず、座りましょ。なんか待ってるみたいだし……」

 

 

 叢雲がそう言い、二人が恐る恐るといった調子で席に座る。

 すると、提督が目の前のグラスを手に取り、スッと軽く持ち上げた。

 訳が分からずに、きょとんとする二人だったが――

 やがてその意図を察し、慌ててグラスを片手に取る。

 二人共、困惑気味に「か、乾杯……」と言い、軽くグラスを持ち上げる。

 直後、提督はグラスを口へと運んだ。南瓜の被り物の上から。

 グラスの中身が南瓜の被り物に跳ね返り、だばだばと床に落ちる。

 あっけにとられる叢雲と大淀だったが、続くように二人もグラスを口に運んだ。

 なんて事のない、普通に美味しいスパークリングワインだった。

 

 

 

 こうして、再設された鎮守府は、再び歯車を回し始めたのである。

 

 

 

 

 





料理は至って普通のヤツです。いいね?
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