恥ずかしがり屋な提督が鎮守府に着任してました。   作:グラヌンティウス

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誤字脱字の報告ありがとうございました。



第1話 -ハンドベルの精霊-

 

 

 日中、午後一時過ぎ。外。

 鎮守府敷地内、運動場での事である。

 

 

「おっそいわねぇ……」

 

 

 叢雲が腕を組み、露骨にイライラとしている。

 いつもの制服姿ではない。小豆色のジャージ姿だ。

 髪も後ろで一纏めにしている。

 

 

(トイレにでも行ってんのかしら?)

 

 

 軽く眉間に皺を寄せながら、そんな事を思う。

 叢雲の前では、数匹の妖精達がわいのわいのと騒いでいた。

 機嫌の悪そうな叢雲を気にする様子の者は、一匹もいない。

 皆、大した事など考えてなさそうな顔で、楽しそうにしている。

 叢雲は睨むようにジロリと妖精達を見たが、直ぐに空へと目を逸らした。

 天気は晴れだが、空は雲が大半を占めている。雲は分厚く白い。

 ――と、庁舎の方から駆ける足音が近づいてきた。

 視線を向けると、特Ⅰ型駆逐艦一番艦の艦娘――吹雪の姿があった。

 叢雲と同じジャージ姿。急ぎ、こちらに走ってくる。

 

 

「ご、ごめん叢雲ちゃん、おまたせ!」

 

「遅い。何やってたのよ」

 

「ちょっと、着替えのジャージ探すのに時間掛かっちゃって……」

 

「ったく……」

 

 

 吹雪の言葉に、叢雲が小さく溜め息を漏らす。

 只でさえやる気は無いのに、姉への呆れで気が滅入るばかりだ。

 

 

「だから昨日言ったじゃないの。準備しとけって」

 

「返す言葉もございません……」

 

 

 肩を落とし、しょんぼりと吹雪が言う。

 吹雪は三日前、数匹の妖精達とは別に、急遽転属でやってきた艦娘だった。

 彼女の前の所属先は、とある前線基地――いや、『元』前線基地だった。

 詳細は軍規に触れる為不明だが、どうやら大規模な人員整理があったらしい。

 それで、何やかんやあって、人事的ないざこざが色々と発生したらしく――

 気付いた時には、何故かこの鎮守府に転属が決まっていたとの事だった。

 ちなみに、本来ならば実務経験者の吹雪が秘書艦職に就くのが相応なのだが――

 本人は『ここでは叢雲ちゃんが先輩だから』と断っている。

 

 

「……まぁ、いいわ。とっとと始めて終わらせましょ」

 

「そうだね」

 

「はーい、全員注目! ほら、こっち見なさーい!」

 

 

 手を叩き、叢雲が大声で妖精達に呼び掛ける。

 お喋りしていた妖精達が、なんだなんだと二人に顔を向けた。

 叢雲が妖精達全員を確認し、これからの行動について説明を始める。

 

 

「いい? それじゃ、これから運動場の草むしり始めるわよー」

 

「くさむしり?」

 

 

 妖精の一匹が不思議そうに首を傾げた。

 その妖精が別の妖精に尋ね、会話が連鎖するように続く。

 

 

「くさむしりってなんです?」

「くさをむしることです」

「ねこそぎじぇのさいど」

「ついにわれらもはなのひを?」

「もりあがってまいりました」

「ふくしゅーはよいものですな」

「このうらみはらさでおくべきかー」

「きぶんそーかーい」

「これってはっぴー?」

 

 

 何故か喜び、盛り上がっていく妖精達。

 特に気にせずに、叢雲が言葉を続ける。

 

 

「早く片付けられれば、その分お菓子の時間が取れるわよ。だから頑張りなさい」

 

「「「おかしー!?」」」

 

 

 叢雲の言葉に、妖精達が揃って目を輝かせる。

 

 

「かんむすさん、そのおはなしまじです?」

 

「マジよ」

 

 

 叢雲が何事でもないように言う。

 すると、妖精達は歓喜の声と共に、全身で喜びを表現し始めた。

 跳び跳ねる者。くるくると回り、踊り出す者。

 手を取り合ってステップを踏む者――実に様々だ。

 

 

「やたーやたー」

「うほほーい」

「ひゃほー」

「かんむすさんばんざーい」

「たいようのこばんざーい」

「やはりじだいはちゅうこうせいですなー」

「やこうせいはさーちあんどですとろい?」

「んだんだ」

「いぎなーし」

 

「はい、じゃあ始めー。作業に取り掛かりなさーい」

 

 

 叢雲の言葉に、妖精達が「おー」と元気良く返事をする。

 辺りに散っていく妖精達を確認し、叢雲は一つ溜め息を吐いた。

 その様子を見て、吹雪が叢雲を羨望の眼差しで見つめる。

 

 

「す、凄いね叢雲ちゃん。あんな奔放な妖精達を纏め上げるなんて……」

 

「そう? どこもこんなモンじゃないの?」

 

「前に私がいた所の妖精達は――何て言うか、もっとシャキっとしてたかな」

 

「まぁ、訓練校のと比べても気が抜けてるけども……誤差の範囲でしょ」

 

「誤差――で済ましていいのかな、これ……」

 

 

 和気藹々と働く妖精達を見ながら、吹雪が苦笑いを浮かべる。

 何か言いたげにしている姉だったが、叢雲には大体予想が付いていた。

 大方、妖精達が無邪気過ぎる事への困惑だろう。

 妖精は通常、軍務に励む者らしく、規律正しくあろうとする習性を持つ。

 分かりやすく言葉にするならば、軍隊的幼稚園児とでも言おうか。

 真面目の中に、可愛らしさが光っている――そんな感じの存在だ。

 しかし、ここの妖精達は何故か、些か『楽』の感情に溢れ過ぎていた。

 ――いや、正確には『ここに来てから』こうなった。

 着任した時は、確かに一般的な性格の妖精達だったのだが……。

 

 

「ま、いいじゃない。そんな細かい事気にしなくても」

 

「叢雲ちゃん――なんか、投げ遣りになってない?」

 

「別に――ほら、私達もさっさと取り掛かるわよ」

 

「う、うん」

 

 

 叢雲に急かされ、吹雪も草むしりに取り掛かる。

 

 

 

 

 

 

 一方、その頃――

 大淀は執務室で事務仕事をしていた。

 執務室なので当然、提督も一緒だ。

 共に、事務仕事に励んでいる。

 

 

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

 

 

 再設されたばかりの鎮守府の為、本格的な実戦任務はまだないものの――

 その代わりと言っていいのか、今は書類と格闘する仕事が多かった。

 書類は殆どが兵站関係だ。本来は提督・秘書艦の仕事ではない物もある。

 担当者が不在の為、細かい事も全部自分達で片付けなければならないのだ。

 

 

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

 

 

 なお現在、秘書艦の担当は叢雲なのだが――

 提督の命により、一時的に大淀が秘書艦の仕事を行っていた。

 別に、頼りがないから……とかいう理由では決してない。

 叢雲は訳あって訓練校を早出した艦娘である。

 ここでの仕事は頑張っており、成果も早々と出しているのだが――

 現状、誰の目にも無理をしているのが明らかな具合だった。

 なので、素直でない叢雲の性格も考慮して――

 色々と理由を付けて、今は気分転換も兼ねた別の仕事を割り当てていた。

 ――ちなみに、この叢雲に対する気遣いは全て提督の案である。

 

 

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

 

「……………………」

 

 

 確認を終えた書類の束を整理しながら――

 大淀は恐る恐ると提督に視線を向けた。

 南瓜の被り物の上に官帽。細長い、針金を連想させる身体。

 相変わらずの人外――人間離れした容姿である。

 最初に顔を会わせてから、既に数日経過していたが――

 大淀は未だに、この提督の存在に慣れていなかった。

 それどころか、疑念を積もりに積もらせている有り様である。

 最近に至っては、『提督深海棲艦説』が大淀の頭の中では有力視されていた。

 

 

(だって、どう見たって人間じゃないし……) 

 

 

 実は先日、大淀は秘密裏に大本営に資料を請求していた。

 請求したのは、ここの提督の個人情報及び経歴等の重要データだ。

 初日に執務室で見たものが信じられず、自ら直接確かめる事にしたのだ。

 しかし、大本営から送られてきた資料は、初日に見た資料と全く同じ物――。

 つまり〝彼〟は、国に正式に認められている歴とした提督だったのである。

 他の提督と同様、試験を合格し、学校に入り、教育を受け、訓練をこなし――

 少なくとも、そういった条件を全てクリアして、彼は今この場にいるのだった。

 ……とても信じられない話だが。特に、面接が通ったところとか。

 

 

(もしかして、既に中央は何者かに支配されてるのでは……)

 

 

 妙な考えが大淀の頭をよぎる。

 その時、執務室に置かれている大きな柱時計が『ボーンボーン』と鳴った。

 突然の音に大淀が肩を跳ねらせる。柱時計に視線が向く。

 時刻はいつの間にか、午後三時になっていた。

 

 

「…………」

 

 

 大淀が再び提督に視線を向ける。

 提督は、相も変わらず執務に没頭していた。

 普通ならば『仕事熱心だなぁ』等の感想が出てくるのであろうが――

 生憎、大淀が抱いたのは正体不明の恐怖だけだった。

 申し訳ないが正直、執務机に向かう格好すら不気味に見えている。

 だって――ほら。机では腕だけがゆらりゆらりと筆記の為に動いてるだけで――

 なんか、死霊使いに操られているゾンビみたいなんだもの。

 そもそも、生き物としての覇気がまるで感じられない。

 

 

「て、提督。よろしいでしょうか……?」

 

 

 とはいえ――相手は上司で、今の自分はその部下にして秘書である。

 大淀は少しばかり勇気を振り絞って、提督に話し掛けた。

 怖いだの不気味だので固まっていては、仕事にならないからだ。

 

 

「午後も三時になりましたし、切りよく休憩を取られては……」

 

 

 恐る恐るといった大淀の意見具申。

 すると、その声に反応したのか――

 書類を書く提督の動きが、急にピタリと止まった。

 大淀が何事かと、不安気な表情をしたまま身構える。

 そのまま、しばらく固まる両者だったが――

 やがて、提督がすぅと手を伸ばし、机の端に置かれた〝とある物〟を手にした。

 

 

「……?」

 

 

 大淀が怪訝そうに眉を寄せる。

 提督が手にしたのは小さなハンドベルだった。

 銀色の金属製。本当に銀なのかは分からない。

 妙な物を見る視線を向けてくる大淀を他所に、提督がハンドベルを軽く鳴らす。

 一度、二度と――金属製のベルにしては、随分と柔らかな音だった。

 音は何故か、振られたベルから聞こえなかった気がするが――

 そう思った直後だった。突然、穏やかな男の声が聞こえた。

 

 

「お呼びでしょうか、シャイガイ提督」

 

「!?」

 

 

 驚いた大淀が、声のした方向に振り向く。

 大淀の視線の先――執務室の角に、いつの間にか一人の男性の姿があった。

 老齢の白人である。拵えの良い、執事が着るような服を着ている。

 姿勢も良く、表情も穏和。漂う雰囲気も紳士的で――

 その姿は絵に描いたような、実に見事な英国執事だった。

 

 

「え……!? ……!?」

 

 

 大淀が困惑した様子で、提督と謎の執事を交互に何度も見やる。

 一体、この紳士な執事は何者なのか。二人は知り合いなのか?

 というかコイツ、ドアも開けずにどうやって執務室の中に入ってきたのか!?

 次々浮かんでくる疑問に、大淀が頭をこんがらかせていると――

 提督がゆらりと動き、謎の執事に一枚のメモ用紙を差し出した。

 謎の執事が「失礼します」と、丁寧にメモ用紙を受け取る。

 そして、内容を黙読した後、品の良い微笑みを浮かべ――

 「かしこまりました。それでは少々お待ち下さい」

 と言い、そのまま礼儀正しく退室していった。

 

 

「…………」

 

 

 静かにドアが閉められ――

 提督とポカンとしている大淀が、執務室に残される。

 大淀は怪訝と困惑――複雑な表情をしながら、またもや提督に顔を向けた。

 正直、まともな返答は微塵たりとも期待していないが――

 それでも、詳細は訊いて置かなければならない。

 

 

「あ、あのー、提督?」

 

「…………」

 

「先程の――し、執事? みたいな方は、お知り合いですか?」

 

「…………」

 

「あの……すいません、提督? 聞いてます?」

 

「…………」

 

「もしもーし」

 

「…………」

 

「…………」

 

 

 キャッチボールにも、ドッジボールにもならない会話。

 いや、そもそも受け答えが成立していない為、会話ですらない。

 案の定の反応に、大淀も色々と諦めて口を閉ざす。

 ――しかし、無視されている訳ではないのは、なんとなく分かっていた。

 ここに着任してから、ただの一度も提督の声を聞いたことはないが――

 それでも、向こうからの軽いジェスチャーや筆談で意思疎通は図れている。

 見た目が見た目なので、大淀は提督を信用できていないが――

 これ迄の仕事ぶりや叢雲への気遣い等から、性格が悪くないのは確信していた。

 加えて、幾分かのユーモアというのも――確実に持ち合わせている。

 初日の歓迎会での格好がいい例だ。……ウケの良さは別として。

 

 

(……もしかして、わざと黙ってる?)

 

 

 そういえば話し掛けた際に、身振り等の反応が無かったのは今回が初では――?

 そう思っていると、ドアがノックされ、謎の執事が執務室に戻ってきた。

 礼儀正しく「失礼します」と入室してきた彼の片手には、一つの丸いトレイ。

 そのトレイの上には、ティーカップが二つと小皿に乗せられた羊羹があった。

 謎の執事が「お待たせしました」と、提督の前にティーカップを置く。

 困惑気味の大淀の前にも、ティーカップと羊羹の乗った小皿が置かれた。

 大淀がティーカップの中身を覗き込むように見る。

 緑茶――いや、煎茶だった。ほのかに深みのある香りがする。

 

 

「大淀様」

 

「……! は、はい?」

 

 

 名前を呼ばれ、大淀が若干身を引きながら返事をする。

 謎の執事が、品良く微笑みながら説明を始める。

 

 

「こちらの煎茶でございますが、羊羹の甘味に合うよう一般的なお茶よりも濃く、渋みが強めに――所謂、パンチの利いたお茶となっております。ですので、まずは羊羹を一口召し上がっていただいてから、お茶の方をお召し上がり下さい」

 

「は、はい……」

 

「それでは提督、大淀様。失礼いたします」

 

 

 謎の執事が一礼し、礼儀正しく執務室から出ていく。

 大淀は不安気に、ちらりと提督の方を見た。

 既に提督はティーカップを片手に持ち、茶を口に運んでいる。

 無論、その茶は提督の口までは届いていない。

 例の如く南瓜の被り物に阻まれ、豪快にだばだばと机や床にこぼしている。

 ――これは休憩時間に入った、ということでいいのだろうか?

 

 

「…………」 

 

 

 マイペースな提督から視線を戻し――

 大淀は再び、自身の前に置かれたお茶と羊羹を見た。

 ティーカップに日本茶。洋風の小皿の上には、小さく切り分けられた羊羹。

 和洋折衷……とはちょっと意味が違うと思うが――

 意外にも、ちぐはぐな印象や違和感は全く感じられない。

 むしろ、どこかのオシャレな喫茶店で出てきそうな……。

 

 

(こんな立派な洋食器、うちの鎮守府にあったかしら……?)

 

 

 そんな事を思いながら、やや躊躇い気味に――

 大淀が小さなフォークで小皿の羊羹の一切れを口にする。

 すると、大淀の目が『くわっ』と驚きに見開かれた。

 羊羹はとても美味しかった。それはもう驚きを隠せない程に。

 しかし、大淀が驚いたのは〝そこ〟ではなかった。

 この羊羹の味――艦娘ならば知らない者はいない。

 これはアレだ、間宮さんのヤツだ。手作りの。間違いない。

 しかし、ここの鎮守府にはまだ間宮さんは着任していないし……。

 

 すると、執務室のドアが数回強くノックされた。

 同時に「入るわよー」と、声が聞こえる。叢雲の声だった。

 大淀が返事をするより先にドアが開かれる。

 執務室にジャージ姿の叢雲と吹雪が入ってきた。

 叢雲は勝手知ったる風に。吹雪は恐縮気味に。

 ――どうやら吹雪も、提督の姿にはまだ慣れていないようだ。

 大淀は吹雪に妙な親近感を覚えた。

 

 

「し、失礼しまーす……」

 

「司令官ー。全部終わったわよ、運動場の草むしり」

 

 

 叢雲がやれやれといった様子で報告を始める。

 その態度には、己の任務への不満がありありと現れていたが――

 昨日までの燻った雰囲気は、明らかに緩和されていた。

 ――どうやら提督の思惑通りにいったらしい。良い気分転換になったようだ。

 恐らくこれからも、週一程度の頻度でこういった秘書艦交代があるだろう。

 彼女が無理をしなくなるその日までは。

 

 

「命令通り、妖精達には食堂の冷蔵庫に入ってるケーキ全部あげといたわ。でも、なんか冷蔵庫にメチャクチャいっぱいケーキが入ってたんだけど、ホントにあれ全部あげて――あら、休憩中?」

 

 

 提督の片手に持たれたティーカップに気付き、叢雲が尋ねた。

 喋らない提督に代わり、大淀が「え、えぇ」と困惑気味に頷く。

 

 

「つい先程、提督に休憩を提案しまして……」

 

「ふーん……。じゃあ折角だし、私達も一緒に休憩しましょ」

 

「へ?」

 

 

 叢雲の言葉に、隣にいた吹雪が目を丸くする。

 すると、叢雲はズカズカと提督の執務机の前まで歩を進め――

 なんの躊躇いも無く執務机の上のハンドベルを手にし、音を鳴らした。

 本日二度目。何処からともなく鳴る柔らかなチャイム音。

 その音に、吹雪が「え? え?」と狼狽えるように辺りを見回す。

 そして――

 

 

「お呼びでしょうか、叢雲様」

 

「ぴゃッ!?」

 

 

 突然の男の声に、吹雪が驚きの声を上げる。

 謎の執事は、またもやいつの間にか部屋の角に立っていた。

 吹雪が謎の執事を見つけ、『誰だコイツ!?』という視線を投げ掛ける。

 一方、叢雲は何事もなかったかのように中央の応接ソファに座り――

 そのまま当然の如く、慣れた調子で謎の執事に注文をし始めた。

 

 

「デーズさん、お茶とお菓子お願い。――あ、お茶は紅茶ね」

 

「茶葉の種類にご希望はございますか?」

 

「おまかせでいいわ。お菓子も同じ」

 

「かしこまりました」

 

「吹雪はどうする?」

 

「へ、私っ!?」

 

「うん」

 

「え、えーと――そ、それじゃあ叢雲ちゃんと同じヤツで……」

 

「かしこまりました、吹雪様」

 

 

 謎の執事が品良く吹雪に微笑む。

 吹雪もつられて、ぎこちない照れたような笑みを浮かべる。

 先程と同様、謎の執事は礼儀正しく退室していった。

 それを最後まで見送ってから――吹雪が叢雲に尋ねる。

 

 

「――む、叢雲ちゃん。あの人誰?」

 

「ん? あぁ、デーズさんよ」

 

「デーズさん?」「デーズさん?」

 

 

 吹雪と大淀の声が重なる。

 吹雪は兎も角として、大淀の反応は意外だったらしく――

 叢雲はきょとんとしながら大淀に尋ねた。

 

 

「え、何? 大淀さんも知らなかったの?」

 

「今日初めて会いましたけど……」

 

「そ、そうなの? てっきりもう知ってるかと……」

 

「それでその……な、何者なんですか? あのデーズさん、という方は」

 

「提督からは『個人的に雇ってる執事』って聞いてるわ」

 

「個人的に?」

 

 

 大淀が提督に視線を向ける。

 固まっている提督だったが――急にその首がガクンと落ちた。

 突然の衝撃的挙動に、吹雪が「ひえっ!?」と悲鳴を上げる。

 正直、大淀もビックリしたが……悲鳴を上げる程ではなかった。

 普段から提督を気味悪がっていたので、耐性があった――のが理由だろうか?

 そして、今の提督の挙動だが――恐らく、肯定を意味する頷きだろう。

 それと、つい先日着任した吹雪に対する〝からかい〟の意味もあるかもしれない。

 ――まぁ、要はタチの悪いコミュニケーションだ。

 

 

「ちょっと。人の姉に妙なトラウマ植え付けるような真似やめてくれない……!?」

 

「…………」

 

 

 叢雲が睨みながら提督に言う。

 怒られた提督は、落とした頭をゆっくりと戻していった。

 ――どうやら、反省したらしい。心なしかシュンとしている。

 一方で、吹雪は「む、叢雲ちゃん……!」と、何やら一人感動していた。

 後で話を聞いてみたところ、姉扱いしてくれた事がとても嬉しかったらしい。

 

 

「ったく……。で、話を戻すけど――」

 

「あ、はい」

 

「なんでも――うちの鎮守府のサポートの為に提督が雇ってる執事らしくてね。ちょっとした用事なら、いつでも呼び出して使ってくれて構わないって話だったわ」

 

「ちょっとした用事、というと――?」

 

「掃除とか、休憩の際のお茶や軽食とか、食器の後片付けとか――そんな感じの雑務よ。お茶や軽食とかは、希望を伝えればどんなものでも作ってくれるわ。それも直ぐに」

 

「ど、どんなものでも……ですか?」

 

「うん。ケーキでもクッキーでも、ラーメンでもステーキでもカレーライスでも、なーんでも。……材料をどうしてるのかは、さっぱり分かんないけど」

 

 

 叢雲の言葉を聞き、そういえばと大淀が思い出す。

 先程デーズさんが現れた時、提督がメモ用紙を渡していたが――

 もしや、この間宮さんの羊羹は、提督が頼んだから出てきたのだろうか?

 大淀がそう思っている間も、叢雲の言葉が続く。

 

 

「それで、デーズさんの呼び出し方だけど――」

 

「な、なんだかランプの精霊みたいだね。『呼び出し方』って言い方すると……」

 

 

 吹雪が困ったような笑みを浮かべて言う。

 すると、叢雲は真顔で吹雪を指差し――

 「それ、ビンゴ」と、至極真面目に言った。

 

 

「? ビンゴ?」

 

「基本的にデーズさんの事は、執事の格好したハンドベルの精霊だと認識してくれて構わないわ。――さっき見てたから分かると思うけど、デーズさんはあのハンドベルを鳴らすと突然視界の外……大体部屋の角から現れるから。それ覚えておいて」

 

「へ!? あの人って、元々あそこに居たんじゃなかったの!?」

 

「それが違うのよ。多分、瞬間移動か何かで――」

 

「瞬 間 移 動 っ!?」

 

 

 叢雲の発言内容に、吹雪の顔が驚愕に染まる。

 執務室に「お待たせしました」とデーズ氏が戻ってきたのは、その直後だった。

 爽やかな柑橘系の香りが、ふわりと室内に漂った。

 

 

 

 

 

 

 それから数日後――

 時刻は午後十時と半。夜空の三日月が綺麗に見える日だった。

 鎮守府の庁舎内は、ほとんど真っ暗だった。

 既に消灯時間は過ぎている。灯りは非常口の誘導灯くらいだ。

 夜戦夜戦と騒ぐ輩も未着任の為、非常に静かな夜である。

 

 その静寂の中を、大淀は懐中電灯を片手に歩いていた。

 コツリコツリと、廊下を歩く足音がやけに大きく聞こえる。

 大淀は日々の最後の仕事である、夜間巡回を行っている最中であった

 なお、大淀の担当は最初だけであり、次の巡回は別の者が担当する。

 ――やがて、大淀は執務室のある廊下に辿り着いた。

 歩きながら、ふと――執務室の方に視線を向ける。眼を細める。

 ドアが僅かに開いており、中から光が漏れていた。

 微かに話し声も聞こえる。大淀は仕方なさそうにため息を吐いた。

 そして、執務室前まできてドアをノックし――部屋に入る。

 

 

「失礼しますよー」

 

「!」「!!!」

 

「これはこれは大淀様」 

 

 

 入室してきた大淀に、デーズ氏が微笑みと共に一礼する。

 執務室には、三人の姿があった。

 一人はデーズ氏。相変わらずの英国執事なハンドベルの精霊。

 もう一人は吹雪。申し訳なさそうに苦笑いを浮かべている。

 そしてもう一人は、球磨型四番艦の重雷装巡洋艦娘――大井であった。

 片手にはフォーク。大淀を見て、目を丸くしながら固まっている。

 大井は五日前に、北上と共にここの鎮守府に転属されてきた艦娘だった。

 前の所属先は、とある『元』前線基地――つまりは吹雪と同じ場所。

 その為か、ここにきた経緯も吹雪とほとんど同じである。

 

 吹雪と大井は中央の応接ソファに座っていた。

 テーブルの上には、ハーブティーと小皿に乗ったお菓子類――

 詳しくは、カモミールティーと切り分けられたシフォンケーキがあった。

 ちなみに、そのシフォンケーキは大井の前にしかない。

 吹雪の前には、ティーカップに入ったカモミールティーだけだ。

 大淀はそれらをたっぷり眺めた後に――呆れたように大井に言った。

 

 

「大井さん……」

 

「な、なんですか?」

 

「いい加減にしないと、太りますよ」

 

「だ、大丈夫ですって! とっても美味しいですし……」

 

「……今日で五日連続ですよ。この夜のお茶会は」

 

「しっ、心配いりません! ちゃんと対策はしてますから! ほら、お茶は美肌とダイエットで有名なジャーマンカモミールのハーブティーですし、ケーキだってほら! 甘さ控え目のシフォンケーキで――」

 

「…………。吹雪さんも断ってもいいんですよ? 毎日毎日――」

 

「あ、あはは。す、すみません……」

 

 

 必死に言い訳する大井の向かい側で、吹雪が苦笑いを浮かべる。

 大井は五日前の着任初日に、見事にデーズ氏に胃袋を掴まれていた。

 事の始まりは、北上と共に着任の挨拶に行った時である。

 人外な提督の姿を見てビビりまくる二人に――

 提督が緊張を解いてもらおうと、デーズ氏を〝召喚〟したのが切っ掛けだった。

 初めこそ警戒していた二人だったが、お茶と菓子を提供され態度は一変。

 特に、甘党の大井はデーズ氏をいたく気に入り――

 ハンドベルの説明を聞いてからは、もう毎日毎日私的に使用していた。

 

 ちなみに、提督からのお願いにより――

 執務室からハンドベルを持ち出す事は、原則禁止となっている。

 大井が執務室でお茶会を開くのは、それが理由だった。

 時間帯が消灯後なのは、単に邪魔が入りにくくする為だろう。

 それと、この大井主催のお茶会に、何故北上がいないのかというと――

 『寝ている北上さんを無理矢理起こすなんてできません!』

 という、非常に大井らしい理由があった。

 ――なお、吹雪は単なる巻き込まれである。戦友だから~とかは、一切ない。

 初日、消灯時間間際に『目が合った』という理由だけで強制参加させられていた。

 

 

「まったく……。今日は、早めに切り上げて下さいよ?」

 

 

 大淀が仕方なさそうにそう言い、自身もソファに腰を下ろす。

 そして、デーズ氏に二人と同じお茶をオーダーした。

 お茶会が長引かない為の見張り――兼、休憩の為だ。

 それからしばらく、三人で他愛のない世間話をしていると――

 執務室のドアが、静かにキィと開いた。

 デーズ氏は既に室内だ。三人の側に行儀良く控えている。

 では一体誰なのか――と、三人がドアの方向に視線を向ける。

 

 そこには寝間着姿の、二人の艦娘の姿があった。

 暁型の一番艦と二番艦――暁と響であった。

 

 

 

 




SCP-662 - Butler's Hand Bell 
by Rick Revelry 
http://ja.scp-wiki.net/scp-662


SCP-2932 - Titania's Prison
by djkaktus
http://ja.scp-wiki.net/scp-2932

特別出演――妖精さん。
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