恥ずかしがり屋な提督が鎮守府に着任してました。   作:グラヌンティウス

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続投、デーズさん。
SCP-662 - Butler's Hand Bell 
by Rick Revelry 
http://ja.scp-wiki.net/scp-662

誤字脱字報告ありがとうございました。



第2話 -夜更かし-

 

 

 ふと夜中に目が覚め、暁はベッドで寝返りを打った。

 寝間着姿。顔を覆っていた掛け布団を喉元まで下ろし、耳を澄ます。

 聞こえてくるのは、他の艦娘の寝息だけだった。

 ぐぅぐぅという寝息は北上。すぅすぅという寝息は叢雲。

 くかーくかーと寝息を立てているのは、昨日転属してきた深雪だろう。

 暁はなんとなく身体を起こし、ゆっくりと室内を見回した。

 寮代わりの仮眠室。常夜灯の下では他の艦娘達がベッドで就寝中だ。

 現在、ここの鎮守府に着任している艦娘は、特務艦の大淀含め計八名。

 必要な人員が揃っておらず、夜勤の類はまだ行われていない。

 その為、消灯時間にはほぼ全員が仮眠室にいる筈なのだが――

 

 

(あれ……? 吹雪と大井さんがいない……)

 

 

 寝惚け眼を擦りながら、暁が二人の不在に気付く。

 正確には吹雪と大井だけでなく、大淀も不在なのだが――

 大淀は巡回の為に不在と暁も理解している為、数に入れていない。

 二人共、お手洗いにでも行ったのかしら――?

 そう思う暁だったが、その考えは直ぐに自分で否定する事となった。

 何故なら、二人のベッドの上には各々の寝間着があったからである。

 わざわざ着替えてからトイレに――なんて真似は絶対しないだろうし……。

 だとすれば一体、吹雪と大井の二人は何処に消えたのだろうか?

 

 

「……むー」

 

 

 腕を組んだ暁の顔が、どんどん難しくなっていく。

 謎を前に、既に眠気は遥か彼方へと吹き飛んでいた。

 やがて、暁は自身の隣に視線を向けた。

 隣のベッドの上には、大福のように丸まった掛け布団。

 暁が自身のベッドから降り、隣のベッドに近づく。

 そして、その大福布団をゆさゆさと揺らし始めた。

 

 

「ねぇ、響。響ってば……」

 

 

 すると、布団がもぞもぞと動き始め――

 中から響が、まるで寝起きの亀のように頭を出してきた。

 無理矢理起こされた者特有の煩わしそうな表情で、何事かと暁に尋ねる。

 声はくぐもっており、聞けば直ぐに眠いと分かる声だった。

 

 

「……どうしたのさ、暁。……トイレ?」

 

「違うわよ……! ねぇ、聞いて響。吹雪と大井さんがいないの」

 

「……それこそ、トイレにでも行ったんじゃないのかい?」

 

「でも、ベッドの上にはパジャマがあるのよ。普通、着替えてトイレになんて行かないでしょ? 鎮守府の外にお出掛けする訳じゃないんだし……」

 

「……じゃあ、何か……ほら、えーと……アレだよ。仕事中なんだよ、きっと……」

 

 

 響が眠そうな様子を隠さずに、適当に言う。

 暁は眉をひそめた。

 

 

「仕事中? なんの?」

 

「なんのって……んー、あぁ、ほら。あの二人、最前線からの転属だろう……?」

 

「うん」

 

「だから……多分――提督と現場の情報共有でも、してるんじゃないのかな……」

 

「こんな夜遅くに?」

 

「時間……夜しか、取れなかったんだろうね……」

 

「なるほど……あれ? でも、最前線から転属だったら北上さんもなのに――」

 

「それは……ほら、大井さんの優しさだよ……」

 

「優しさ……?」

 

 

 暁が不思議そうに首を傾げる。

 だが直ぐに「あぁ」と合点がいったように頷いた。

 

 

「寝ている北上さんに気を使ったのね」

 

「うん、そうそう……。だから暁も……これからは……」

 

「よし。――それじゃあ響、早速一緒に確かめに行きましょう!」

 

「――はぁ?」

 

 

 響の閉じかけていた目が、まん丸となった。

 何を言っているんだい君は――と、その視線は訴えかけている。

 しかし、暁は気付かない。ぽかんと固まる響に言葉を続ける。

 

 

「提督と話合いをしてるなら、二人の行方は十中八九執務室ね……! もしかしたら食堂で会議中の可能性もあるけど――いずれにせよ、巡回中の大淀さんには気をつけないと……!」

 

「いや、暁? 私は――」

 

「それじゃ、現場を押さえに行くわよ!」

 

 

 現場ってなんだ――

 そう思う響を布団から引きずり出し、暁が意気揚々と仮眠室から出ていく。

 静けさが戻る室内。再び、各々の寝息だけが聞こえるようになる。

 ――ところで、暁のベッドの枕元には一冊の本があった。

 文庫本の小説だ。大きさは大人の掌程度はある。

 子供向けの探偵小説だった。三日前、暁が提督から貸してもらった本だ。

 執務室の本棚にあった本であり――勿論、本棚には他にも様々な本があった。

 例えば、目につく物では、〝桃白白〟や〝金遊記〟という珍妙な題名の本。

 辞典なのか〝英独和国典〟という類の本も幾つかあった。

 ちなみに、秘書艦の叢雲は〝新旧旧旧旧旧新旧〟とかいう本を読書中だ。

 何故か今日、『深雪に数ページ食べられた』と憤慨していたが。

 

 

 

 

 

「――ねぇ、暁。明日、吹雪か大井さんに直接聞いちゃ駄目なのかい?」

 

「駄目よ。聞いても絶対にはぐらかされるわ」

 

 

 色々と観念した響の問いに、暁が自信満々に答える。

 二人は非常灯の目立つ、真っ暗な廊下を歩いている最中だった。

 暁が先頭に立ち、後ろの響の手を引きながらずんずんと前進していく。

 両者共に足は裸足だ。暁発案の足音を立てない為の工夫である。

 

 

「絶対って……随分な自信だね」

 

「当然よ。だって『しゅひぎむ』って決まりがあるもの」

 

「……守秘義務、かい?」

 

「うん。だから私達が何を聞いたって、まともな答えは何一つ返ってこないわ」

 

「そ、そう――なの、かな……?」

 

 

 言い切る暁に、響がたじろぐように言う。

 身内に少し尋ねるくらいで、守秘義務も何もないと思うのだが――

 というか、そもそも暁は――私の姉はこんな性格だっただろうか?

 普段の暁なら、真夜中の廊下など怖がって歩きにもいかない筈だが……。

 

 

「……暁。ちょっといいかい?」

 

「なに?」

 

「その――今さら聞くのもアレなんだけどさ」

 

「? うん」

 

「一体全体、どうしてそんなに吹雪と大井さんの行方に拘っているんだい? いつもの暁なら、気になっても、こんな真夜中に確かめに行かないと思うんだけど……」

 

 

 湧いた疑問を暁に尋ねる。

 廊下の曲がり角から頭を出し、左右を用心深く確認中の暁だったが――

 それを聞くと、響の方を向き「ふっふーん♪」と得意気な顔になった。

 その様子見て、響が直感する。表情に若干の呆れた感情が混じる。

 ――あぁ、これはアレだ。確実に何らかの作品に影響を受けたヤツだ。

 カンフー映画を見た後に、自分も達人になった気がするような――アレである。

 そういえば――と思い出す。暁は毎日、就寝前に提督に借りた本を読んでいた。

 もしや、それの影響だろうか――?

 

 

「いい質問ね、響」

 

「Спасибо――で、どうしてなんだい?」

 

「ふふ、それはね――」

 

「それは?」

 

「謎が私を待ってるからよ! それ以外には何もないわ!」

 

 

 暁が胸を張り、宣言するように堂々と言う。

 表情には出さなかったが、響は心の中で深くため息を吐いた。

 同時に、早く何とかせねば――という気持ちも湧いてくる。

 正常でない姉を助けられるのは、今、自分しかいないからだ。

 

 響と暁は、三日前にここの鎮守府にやってきた艦娘だった。

 どちらも出身は、数ある訓練校の一校。教育と訓練は全て済んでいる。

 二人は訓練校を卒業したばかりであり、ここが初の配属先であった。

 提督が大本営に要請していた増員――その第一派の一部である。

 現在、二人がこの鎮守府で行っている仕事は、演習場の整備であった。

 着任の儀(大淀命名。提督への挨拶~デーズ氏によるお茶のコンボ)の後――

 提督から直々に指名・任命された仕事である。

 一ヶ月以内に、訓練校の標準演習場と似た場所を作るのが目標だ。

 ――なお、二人は後五日ほどで任務を達成出来ると踏んでいる。

 材料もあるし、癖は強いが妖精達も実に働き者で――仕事の進みが早いからだ。

 

 

 

 

 

「ほら、見なさい響少年。執務室のドアから光が漏れてるわ……!」

 

「少年って……。私は君の妹だけど」

 

「探偵団ではお決まりの呼び方よ。団員はみーんな少年なの!」

 

「……あぁ、うん。覚えておくよ」

 

 

 響がげんなりとした様子で言葉を返す。

 暁の言うとおり、廊下に面した執務室からは光が漏れていた。

 更に、耳を澄ますと幾つかの声も聞こえてくる。

 楽しげな声だ。会話をしている。人数は一人、二人――三人。

 間違いなく吹雪に大井、そして大淀の声だった。

 

 

「予想通り、秘密会議の場所は執務室で間違いなかったようね……!」

 

「そうだね。でも……」

 

「でも?」

 

「秘密会議にしては、少し賑やか過ぎやしないかい?」

 

「そう言われれば……そうね」

 

「それに何故か、巡回中の筈の大淀さんもいるみたいだし」

 

「むー……」

 

「もしかして会議なんかしてないんじゃないかい? ……言い出しっぺが、こんな事言うなんて非常に申し訳ないけれども」

 

 

 響の言葉に、暁がまたも腕を組んで悩み始める。

 しばらくそのままだったが、やがてカッと目を見開いた。

 そしてやや興奮気味に響に言う。目が輝いていた。

 

 

「ここはやっぱり、直接この目で確かめるしかなさそうね……!」

 

「……楽しそうだね、暁」

 

「加賀さんじゃないけど、なんだか気分が高揚してるわ!」

 

「そう」

 

「いい、響? そーっと近づくわよ! そーっとよ!」

 

「……хорошо」

 

 

 大声を出しながらそろりそろりと進む暁に、響が大人しく付いていく。

 執務室前に到着すると、二人はドアの隙間からそーっと中を覗いた。

 執務室の中には、吹雪と大井と大淀とデーズ氏の四人がいた。

 デーズ氏を除いた全員が、中央の応接スペースのソファに座っている。

 テーブルには三人分のティーカップ。大井の前だけお菓子がある。

 お茶の香りだろうか、甘酸っぱいフルーティーな香りもする。

 吹雪達は楽しげに談笑していた。大井も幸せそうにお菓子に舌鼓を打っている。

 その様子は秘密会議とは掛け離れており――完全にお茶会のそれであった。

 デーズ氏の存在もあり、いいとこのお嬢様の集まりにも見える。

 

 

「……特に、会議してる訳ではなさそうだね。普通に談笑してる」

 

「すんすん……この香り――紅茶かしら? 青リンゴみたいな……」

 

「多分、ハーブティーじゃないかな」

 

「ハーブティー?」

 

「うん。名前は忘れたけど、この香りはノンカフェインのヤツだよ」

 

「ノンカフェイン――って事は……」

 

「そうだね。夜中の秘密会議は無かったって事だ。こういう時間帯に開く会議なら、コーヒーか濃いめの紅茶を眠気覚ましに淹れる筈だからね」

 

 

 響の言葉に、暁が「むー」と唸る。

 納得がいかない顔をしていた。

 

 

「――さて、これで謎は解けた訳だけど……気は済んだかい?」

 

「ま、待ってよ響。何で集まっているかの謎が、まだ解けていないわ……!」

 

「聞こえる世間話から察するに、ただのお茶会だと思うんだけど」

 

「で、でも、なんでお茶会をこんな夜中に開くのよ。変だと思わない……?」

 

「やむを得ない事情でもあったんだろうさ」

 

「そのやむを得ない事情を探るのが、私達暁探偵団でしょ!?」

 

「……ごめん暁。私、入団した覚えはないんだが」

 

「それよりも――どうして大井さんだけがお菓子を食べてるのかしら……? そもそもあれケーキみたいだけど、一体何のお菓子――」

 

「ちょっ、暁、前に出過ぎ――」

 

 

 響の注意も虚しく――

 執務室を覗く暁が、更によく見ようと頭を前に出す。

 すると――どうやら目測を誤ったらしい。

 暁が額をドアにゴチンとぶつけた。

 意外と威力があったらしく、ドアが静かながらもスムーズに開く。

 二人がヤバいと思った時には既に、執務室の全員の視線が集まっていた。

 吹雪達は素で、デーズ氏は大仰にぽかんとしながら、その場に固まっている。

 一方の暁と響も、その場に完全に固まっていた。

 どうすればいいのか――とも考えていない。頭が真っ白になっているのだ。

 

 

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

 

 

 静寂に包まれる室内。

 しばらく柱時計の時を刻む音だけが聞こえていたが――

 その沈黙を破ったのは、意外にも大井だった。

 

 

「いらっしゃい、二人とも♪」

 

 

 全員の視線が大井に集中する。

 その中でただ一人――吹雪だけが、驚愕の表情を浮かべていた。

 北上と甘い物以外には、決して向けられることのない大井の笑顔――

 それが、暁と響の二人に向けられていたからである。

 

 

「ほら。席空いてるから、こっちにいらっしゃいな♪」

 

 

 大井が満面に笑みをたたえ、自身の隣をぽすぽすと手で叩く。

 狼狽える二人だったが、結局は大井の言葉に従った。

 なんだか断ったらいけないような、妙な圧力を感じたからである。

 ソファに座ると、とりあえず響は大淀の方を見た。

 少し考えた後、申し訳なさそうに口を開く。

 

 

「あー、えっと……ごめんなさい大淀さん。ちょっとトイレに行きたくなって、暁に付いてきてもらってたんだ。だけど暗くて帰り道が分からなくなって、うろついてたら――」

 

「ここに着いた、と?」

 

「うん。そしたら明かりがドアから漏れてたから、何かなって思って……」

 

「そ、そうでしたか……」

 

「――その、ところで」

 

 

 言葉の途中で、響は改めて周囲を確認した。

 テーブルには三つのティーカップと、一つのシフォンケーキ。

 応接スペースの側には、品良く佇んでいるデーズ氏。

 ソファには、緊張した面持ちの暁と――

 理不尽に対し開き直ろうと努めている大淀――

 困惑を紛らわす為の苦笑いを浮かべる吹雪――

 そして、非常に充実感に満ち溢れた大井が座っている。

 

 

「これは、何の集まりなんだい……?」

 

 

 やや遠慮がちに大淀に視線を戻し、響が尋ねる。

 しかし、その問いに答えたのは隣の大井だった。

 ソーサーとティーカップを各々片手に持ちながら――

 やけに芝居がかった澄まし顔で、静かに力強く言った。

 

 

「これはね――〝淑女の会〟よ……!」

 

「淑女の会?」「淑女の会……?」

 

 

 目を丸くする暁と、眉根を寄せた響の声が重なる。

 大淀と吹雪も、暁と響の表情を足して割ったかのような表情をしていた。

 デーズ氏を除く全員から視線を集める中――

 大井は全く調子を変えずに、言葉を続ける。

 

 

「そう。――ほら。私達艦娘って、深海棲艦との戦いで日々心が荒んでいくじゃない」

 

「まぁ……うん」

 

 

 響が取り敢えずといった感じで頷いた。

 一方の暁はというと、ふむふむと真剣にその話を聞いている。

 大井の話がペラペラと続く。

 

 

「それは仕方ないにしても――やっぱり私達艦娘は女性であるわけで、気品と優雅さを併せ持ったエレガントな淑女の姿は忘れちゃダメだと思うのよ。だから、その心を忘れない為――もしくは、再確認する為に私が立ち上げたのが、この〝淑女の会〟よ……!」

 

「はぁ。それは……なんというか――」

 

「すごいわ、大井さん! そんなスイコーなリネンの会を立ち上げるなんて!」

 

 

 微妙な反応の響とは裏腹に――

 暁は物凄く感動した様子で、大井に言った。

 ちなみに、吹雪と大淀は『初耳だ』と言いたそうな顔をしている。

 それでも二人が何も言わないのは、普段とは全く違う大井の態度が理由だ。

 いきなり妙なキャラ作りを始めた大井に、二人とも呆気に取られているのだ。

 

 

「――という事で二人とも。この会は一週間に一回、この時間帯に開かれるから――参加したければいらっしゃいな♪」

 

「する! 大井さん! 私、毎週参加するわ! 響もするわよね!?」

 

「――え? う、うん」

 

 

 突然、暁に話を振られて――響が思わず頷いてしまう。

 すると、大井は笑顔でデーズ氏にオーダーを始めた。

 

 

「それじゃあデーズさん? このコ達に、淑女に相応しいお茶をお願い。――あぁ、それと……私にももう一つ、淑女に相応しいケーキをお願いしますね♪」

 

「かしこまりました、大井様」

 

 

 ちゃっかり自分の注文も混ぜながら――

 大井がデーズ氏に二人の分のお茶を頼む。

 デーズ氏がお茶等を携え戻ってくるのには、一分と掛からなかった。

 暁には、カモミールミルクティー。シナモン入り。

 響には、カモミールとペパーミントのブレンドティー。

 そして大井には、綺麗に飾り付けられたシフォンケーキが振る舞われたのであった。

 

 

 

 

 

 それから数時間後――

 時刻は午前二時。草木も眠る丑三つ時。

 先程のお茶会の面々も、流石に全員が夢の中の時間帯である。

 お茶の効果なのか、響は直ぐに寝つくことが出来ていた。

 今も、いつものように布団の中で丸まってすやすやと寝ている。

 ――が、突如、響は布団ごとその身をゆさゆさと揺さぶられた。

 地震か――!? と思い、目を覚ます響だったが、直ぐに違うと気づいた。

 

 

「ねぇ、響……起きてるでしょ……? ねぇ、響ってば……」

 

 

 暁の声だった。か弱い、今にも泣きそうな声である。

 布団から頭を出すと、案の定泣きそうな顔をした暁が側にいた。

 その表情を見て響が察する。これは――間違いなくトイレだ。

 そういえば、暁は寝る前(正確には消灯前)には必ずトイレに行くが――

 今回のお茶会の後は、浮かれていたからか、そういった行動は取ってなかった。

 響は少し考えた後に、わざと眠そうに「なんだい……?」とぞんざいに尋ねた。

 目も頭もはっきりと覚醒していたが――まぁ、ちょっとした意地悪だ。

 二度も向こうの勝手で起こされたのだ。バチは当たるまい。

 

 

「暁……何か用事なら、明日にしてくれないかい……? 私は眠いんだよ……」

 

「だ、ダメよ響……! ま、まだ、寝る前のお手洗い済ましてないじゃなぃ……!」

 

「大丈夫だよ。私の膀胱はまだまだ空き容量が……」

 

「よ、容量とかそういう問題じゃなくて……。ほ、ほら……レ、レディたる者、寝る前のお手洗いは、ひ、必須でしょ……? だ、だから、ほら――わ、私も一緒に付いていってあげるから……」

 

「だから、私は大丈夫だってば……」

 

「うぅぅぅぅ~……。で、でもぉ……」

 

「……はぁ、分かったよ。……本当に暁も一緒にきてくれるんだろうね?」

 

「! う、うん! うんッ! も、勿論よ! だって私はお姉ちゃんでレディだもん!」

 

 

 暁が『地獄に仏』とでも言いたそうに、喜びに満ち溢れる。

 先程の暗闇をものともしない勇敢さは、何処へ消えてしまったのか――?

 あまりの滑稽さに、思わず吹き出しそうになる響だったが――

 同時に、そんな姉の態度と性格にひどく安心感を覚えた。

 礼儀正しく真面目であろうと努め、どこか抜けているも妹思い。

 そんな、爪先立ちで背伸びしているお子様。自称一人前の優雅なレディ――

 やはり、これが本来の私の長女――艦娘、暁だ。

 

 

 

 

 

「……ねぇ、暁」

 

「な、なに、響……?」

 

「そんなにくっつかれたら歩きにくいんだけど……」

 

「こ、これは……ひ、響が心細くならないようにと思って……」

 

「……あぁ、私の為なのか。ありがとう、暁」

 

「こ、これくらい……ちょ、長女として、と、トーゼンよっ……!」

 

「……確かこっちだったよね、トイレって」

 

「う、うん……」

 

 

 片腕に抱きつき、すっかり縮こまった暁と一緒に――

 響が、やや気分良く真っ暗な廊下を歩いていく。

 深夜に入っている――と自覚しているからだろうか。

 暁に先導されて通った時よりも、廊下の暗さが増しているように感じた。

 廊下に響くスリッパの足音も、どことなく冷たく感じる。

 静けさにより耳が研ぎ澄まされていくのも、はっきりと分かった。

 目が利かない分、音で情報を集めようとする無意識の働きのせいだろう。

 今なら、海中の潜水艦娘並に耳が良くなっているのではなかろうか。

 ――そんな事を思いながら、廊下の角に差し掛かった時だった。

 

 

「ひいっ!?」

 

「!?」

 

 

 暁が突然、ひきつけを起こしたかのような声を上げた。

 暁の歩みが止まる。響の片腕を抱き締める力が急に強くなる。

 何事かと暁の顔を覗く。暁は小刻みに震え、ひどく怯えていた。

 

 

「ひっ……響っ……! ひびきぃ……!」

 

「なっ……ど、どうしたのさ急に――」

 

「おと、音……! 足音、あしおと、急にっ……!」

 

「足音?」

 

「ほ、ほら、ほらぁ! 近づいてきてるよぉ……!」

 

「……?」

 

 

 半泣きで抱きつく暁の頭を撫でながら、響が耳を澄ます。

 すると――暁の言う通り、確かに足音のような音が聞こえた。

 ひたり、ひたりと、徐々にこちらに近づいてきているのが分かる。

 一体、何処から――と、響が音源を探す。が、さっぱり分からない。

 音はあちこちから聞こえている。どうやら、廊下で反響しているらしい。

 しかし、反響するほどの足音なら、もっとダカダカとうるさい筈だが――

 そう思っていると、突如――前方から強い光を当てられた。

 いきなりの事に驚き、響が肩を跳ねらせる。暁も「ぴいッ!?」と驚く。

 次に――二人は意外な人物の声を聞くこととなった。

 

 

「ん……? あれ? 駆逐艦じゃん」

 

 

 声を耳にし、響が目を凝らして前を見る。

 そこには、寝間着姿の北上が懐中電灯片手に立っていた。

 普段編まれている髪は下ろされ、足にはスリッパを履いている。

 

 

「何やってんのさ。こんな夜遅くに、こんなトコで」

 

「――き、北上さん? あ、暁。北上さんだよ。ほら、何も怖くないって」

 

「き、北上さん……?」

 

 

 響の片腕に抱きついている暁が、涙目で前を見る。

 一見、そうでもなさそうに見えるが――内心、響も結構動揺していた。

 心臓がどくどくと脈打っているのが、自分でも分かる程だった。

 

 

「お子様はおねんねの時間帯だよー」

 

「いやその――うん。それには私も同意するけど……」

 

「冗談冗談。まぁ、その様子だと――どう見ても用事はトイレだよねぇ」

 

 

 北上が縮こまった暁を見ながら言う。

 すると、北上は「それじゃ、行こっか」と二人に言った。

 ぽかんとする響に、北上が言葉を続ける。

 

 

「あたしも用事は同じだからさ。――やっぱりジュースでもお茶でも、寝る前にガブガブ飲んじゃあダメだねぇ。こーんな夜中に起きる羽目になるんだもんねぇ……」

 

「――北上さんも何か飲んだのかい?」

 

「ちょっと喉乾いて自販機からね。ほら、食堂にあるじゃん、キーボード入力で紙コップの。隣に『ご自由にお使いください』って、アメリカの小銭がいっぱい入った瓶が置かれてるヤツ」

 

「あぁ。ウォッカとかも出るヤツだね」

 

「え、うそ。あれ酒も出んの!?」

 

「叢雲はワインとかシャンパン頼んでたよ」

 

「う~ん。なーんか、その内規制されそうだねぇ……」

 

「蟒蛇の艦娘達が配属されたら、嫌でもそうなると思うよ。――それはそうと、暁? せめて摺り足でもいいから一緒に進んでくれないと、私もこの場から動けないんだけど……」

 

「で、でもぉ……」

 

 

 響の苦言に、暁が震えながら答える。

 ――と、ここで、響はとある事に気づいた。

 そういえば――先程の足音は、裸足で歩いているかのような足音だった。

 ひたり、ひたり――だったか。ぺたり、ぺたり――だったか。

 どちらにせよ、近づいてきていたのは確実に履物の類は履いていない。

 ――そして、今出会った北上はスリッパを履いている。

 

 

「どうかした?」

 

「――ねぇ、北上さん。ここに来る途中で、誰かに会ったりした?」

 

「? いや、別に誰にも」

 

「…………」

 

 

 北上の答えを聞き、響が難しい顔になる。

 訝しむ北上だったが、結局はどうでもいいやと振り返った。

 懐中電灯の光が、進む先――廊下の角を照らす。

 ――しかし、光が照らしたのは廊下だけではなかった。

 目の前。廊下の突き当たり、左右の分岐点のちょうど中央。

 そこに、異様な長身痩躯の人型の姿があった。

 

 

「ふおおおぉぉッ!?」

 

「うわあっ!?」

 

「!!! ……!! ……!」

 

 

 三者三様の驚きぶりだった。

 北上はタップダンスを踊るように足をバタつかせ――

 響はオーソドックスに全身を跳ね上げ――

 暁は完全に腰を抜かしたのか、その場にペタンと座り込んでしまった。

 ――裸足。身体とは酷く不釣り合いな程に長い両腕。

 白い軍服。ハロウィンの南瓜頭と官帽。死人のような肌。

 片手には、灯りの点いていない懐中電灯……。

 ――響は身構えながら、驚いた様子で口を開いた。

 

 

「し、司令官――かい!?」

 

「へ? ……あ、ホントだ。なーんだ、提督じゃん」

 

 

 ホッとした北上が、改めて懐中電灯で長身痩躯の人型を照らす。

 続けて「何やってんの?」と尋ねようとしたが――

 その前に、提督の全身を眺めて『あぁ』と納得した表情になった。

 

 

「提督さぁ。巡回中はせめて懐中電灯くらい点けようよ……」

 

「…………」

 

 

 北上の言葉に、提督は見せつけるように手持ちの懐中電灯を操作した。

 しかし、電池切れなのか電球がいかれているのか、灯りが点かない。

 恐らく、巡回の途中で異常をきたしたのだろう。

 

 

「あぁ、壊れてんのねソレ……」

 

「…………」

 

「――そんじゃさ、私の貸したげるから一緒にトイレに付いてきてくんない? そんで、巡回ついでに仮眠室までのエスコート――ってなことでどう?」

 

「…………」

 

 

 北上の提案に、提督がコクリと頷く。

 北上は響と暁に顔を向けて言った。

 

 

「ほら、よろこべー駆逐艦。提督が護衛してくれるってさー」

 

「あ、あぁ、うん。――暁、よかったね。司令官も一緒に付いてきてくれるって」

 

「…………」

 

「……暁?」

 

 

 響が隣の暁の顔を覗き込むように見る。

 暁は響に抱きつくのをやめて、床にへたり込んでいた。

 真顔で、一時停止された映像のように固まっている。

 顔の前で手を振ってみても、なんの反応もない。

 妙に思う響だったが――原因は直ぐに分かった。

 ふと、視線が下に向く。あっ……と、察した。

 暁が腰を下ろしている場所に、水溜まりが出来ていた。

 北上もそれに気づいたらしい。なんともいえない表情を浮かべている。

 

 

「…………」

 

「あ、暁? し、心配ないよ。皆には秘密にしておくから――」

 

「ま、まぁ、我慢してた所に――だからねぇ……。無理もないっていうか……」

 

「……………ふぇぇ……」

 

 

 二人のフォローが心に刺さったのだろうか。

 固まっていた暁が、急に涙ぐみ始めた。

 ――すると、何処からともなく、猛烈な駆け足の音が聞こえてきた。

 同時に「北上さ~~~んッ!!」という大声も響いてくる。

 先程の北上の叫び声を聞いて飛び起きてきた、大井の声だった。

 

 

 

 

 

 朝。響と暁は提督に執務室に呼び出された。叢雲伝いに。

 部屋に入るないなや、二人が目を丸くする。

 執務机の前では、提督が土下座のポーズで固まっていた。

 叢雲が秘書机で執務を執り行いながら、二人に尋ねる。

 

 

「なんか、私が執務室に来た時からこのままなんだけど……。心当たりある?」

 

「いや、まぁちょっと……」

 

 

 響が言葉を濁すように言う。

 暁が恥ずかしそうにモジモジとする。

 妙に思う叢雲だったが、特に気にせずに話を進めた。

 

 

「まぁ、言いたくないんなら別にいいけど……」

 

「ごめん。――ところで、用事ってなんだい?」

 

「あぁ、えっと――なんか『暁に渡すものがある』とかって話だったわ」

 

「わ、私に?」

 

「えぇ。――それで、『響は証人』だって」

 

 

 そう言い、叢雲が中央の応接スペースに視線を移す。二人もそれに続く。

 応接スペースのテーブルの上には、1つの箱が置かれていた。

 大きいリボンが結ばれた、如何にもなプレゼント箱だった。

 形は正方形。大きさは三〇センチ程だろうか。

 少なくとも、バスケットボールはすっぽり入るだろう。

 箱には、提督の字で《おわびです。よろしくおねがいします》と書かれている。

 暁と響が首を傾げ、『はて?』といった視線をその箱に向ける。

 すると突然、箱が二~三度ガタガタッ――と、動いた。

 ビクッと驚き、暁と響が揃って半歩後退る。

 箱への視線が、『妙な物を見る目』から『不審な物を見る目』に変わる。

 一方、叢雲は迷惑そうな目で箱を見ながら、やはり迷惑そうに口を開いた。

 

 

「さっきから何度かガタガタ動いてるのよ。猫でも入ってるのかしら?」

 

「ね、ねこ――なのかい? これに入ってるのって……」

 

「さあ? 適当言っただけ。――兎も角、早く開けちゃってよ。じゃないと、箱がガタガタ煩くて執務に集中出来ないし、提督も土下座のまま動かないし――」

 

「あ、暁。大丈夫かい……?」

 

「……う、うん」

 

 

 どうやら意を決したらしい。暁が真剣な面持ちで頷いた。

 響が「ホントに?」と本気で心配して尋ねる。暁が若干不安そうな顔になる。

 箱は簡単な作りだった。リボンが解かれると同時に、箱が四方に開く。

 

 箱に入っていたのは、雫型の『何か』だった。

 少なくとも有機物だ。大きさは箱と同じ程度。色はオレンジ。

 底にはよく分からない出っ張り。中央に一つの青い目が――

 ――と、急にその青い一ツ目が、キョロリと動いた。

 暁と響が困惑に固まる。叢雲は普通に執務を続けている。

 視線が暁の顔に向く。直後、甲高いざわめきがその『何か』から発せられた。

 高調子の音だが、不思議と嫌な感じはしない。むしろ、好意的なものを感じる。

 そう二人が思った直後だった。その『何か』が動きだし、テーブルから下りる。

 そして、暁の足下まで移動し、彼女の側を楽しそうに回り始めた。

 まるで、懐いたイエネコや子犬のように……。

 

 

「ひ、響……こ、これ、なに?」

 

「……む、叢雲は、何か知ってるかい?」

 

「んー? 生き物っぽいし、ペットってことでいいんじゃない?」

 

 

 執務を続けながら叢雲が適当に言う。

 後日、その雫型の『何か』には、暁により名前がつけられた。

 その名も〝索敵ちゃん〟。目が良さそうという理由での命名だった。

 なお、その索敵ちゃんが、名前通りの予想外な大活躍を見せるのは、もう少し先の話である――。

 

 

 

 




SCP-207-JP - 大いなる創作のために 
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SCP-207-JP実験記録
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SCP-294 - The Coffee Machine 
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SCP-131 - The"Eye Pods" 
by Lt Masipag
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次回、提督大暴れの巻。よろしくおねがいします。

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