恥ずかしがり屋な提督が鎮守府に着任してました。 作:グラヌンティウス
申し訳ありませんが、提督の大暴れは後編にて……。
誤字脱字報告ありがとうございました。
よく晴れた日の事である。
鎮守府演習場。海面を疾走しながら、深雪は軽く息を吸った。
手には連装砲。装填されているのは演習用の代用弾だ。
砲のグリップの握りを確認する。次に、前方に集中する。
視線の先には、今回の演習相手の艦娘――大井の姿があった。
向こうも完全武装だ。砲は勿論、魚雷もしこたま装備している。
深雪は左右の味方に視線を送り、何処か不敵な笑みと共に速度を上げた。
右には秘書艦――叢雲。連装砲と魚雷を装備。手には長槍。
左にはZ1――通称レーベ。砲二門と魚雷を装備。手には小銃型単装砲。
深雪の増速を合図に、叢雲とレーベが各々同時に左右に展開する。
これから大井打倒の為に、とっておきの戦法を試すのだ。
深雪はバカ正直に直進しながら砲を構えた。
大井に照準を合わせようとするが――当然、上手くいかない。
大井は不規則に蛇行しながら後退していた。狙いが付けにくいのだ。
更に、大井は深雪の直進を妨害するように砲を撃っていた。
足下に――もしくは前方の視界を遮るように、次々と水柱が上がる。
恐らく、これで減速した所に、砲と魚雷の集中砲火をブチ込む算段なのだろう。
深雪は「うーし」と腹を括ると、身を屈め、更に直進の速度を上げた。
続けて、照準は大まかに、弾をバラ蒔くように砲を連射させる。
大井の行動を抑制、及び、狙いが自分一人に集中するように――
兎に角、撃って撃って撃ちまくる。
急速に大井との距離を縮めていく深雪だったが――
やがて、大井は突撃してくる深雪の側面を取るように動き始めた。
砲撃で数本の水柱を上げられ、深雪の視界が上手い具合に遮られる。
一瞬、大井を見失う深雪だったが、直ぐに見つけなおして砲を構え直す。
――しかし、ここで深雪の直感が働いた。相手は最前線で鍛えられた艦娘だ。
僅かなミスもチャンスも命に直結する事は、身に染みて分かっている筈。
――そう思った直後だった。深雪は偶然、直進してくる魚雷を見つけた。
計五本。等間隔に並んで、深雪目掛けて一直線に突き進んできている。
恐らく、水柱で視界を遮られた時に放たれた物だろう。なんていやらしい。
当然ながら、魚雷は航跡視認が困難な酸素魚雷だ。発見は奇跡といえた。
深雪は慌てながらも、なんとか魚雷の進路を見極めた。
前進を止めずに、向かってくる魚雷と魚雷の間に逃げ込む。
魚雷はギリギリ足下――深雪の直ぐ両隣を、真っ直ぐ通過していった。
だが、ホッとしてなどいられない。大井を見ると既に砲を構えていた。
やっべ――と心の中で呟きながら、落ちていた速度を上げる。
次の瞬間、深雪の耳に幾つもの砲撃音が聞こえた。
大井が涼しい顔で回避運動を取る。彼女の側に幾つか水柱が立つ。
レーベの砲撃だ。艤装の砲二門と小銃型単装砲による苛烈な援護だった。
その隙に、深雪はその場からスタコラサッサと離脱する。
レーベは全砲門を乱射させながら、全速で大井に突撃していった。
練度の差か性格の差か――同じ直進でも、深雪のような無謀さはない。
大井は回避運動を取りながら「へぇ」という感心した表情を浮かべた。
そして『付き合ってやる』と言わんばかりに、砲を撃ち返し始める。
砲の数も連射速度もレーベが勝っているが、精度は大井に分があった。
牽制も織り交ぜ、一発、二発、三発と着実にレーベに当てていく。
一方、至近弾はあるものの、大井に命中弾はまだない。回避が上手なのだ。
やがて、その砲撃戦に叢雲も参加し始めた。しかし、状況は変わらない。
どうも、フェイントが上手いらしい。砲撃が誘導されている節がある。
――だが、それもこれまでだ。
深雪は〝所定の位置〟に着くと、自らもその砲撃戦に参加した。
ただし、今度は闇雲に突っ込んでいく方法ではない。
大井とは一定の距離を保ちながらの立ち回りである。
深雪も砲撃を開始すると、大井は流石に回避に専念し始めた。
既に叢雲もレーベも、一定距離を保っての砲撃を始めている。
深雪はしめしめと喜んだ。――よしよし、なんだかんだで計画通りだ。
第一段階である『三人での包囲』は成功したといって良いだろう。
後はこのまま、円の動きで目標を中央に固定するように包囲を続けながら――
頃合いを見て砲撃・雷撃、持っている火力の全てを速やかに集中。
最後は、叢雲が槍の突撃をお見舞いして――華麗にフィニッシュだ。
すると、レーベから全員に向けて通信が入った。怒声のような声だった。
『ミユキ! ムラクモ! 今だッ!』
『了解!』
「よっしゃあッ! 喰らえぃッ!」
三人の内で、最も戦闘経験のあるレーベの号令。叢雲の声も聞こえる。
深雪は気合いと共に、手持ちの魚雷を全弾景気良く放った。
続けて、横に動きながら、やはり大雑把な照準で砲を連射する。
回避運動に徹する大井を目で追いながら――深雪は勝利を確信した。
様子を見る限り、砲撃の回避で手一杯といった感じだ。
これでは三方向からの魚雷を避ける事は、まず無理だろう。
更に、自分も含めて三人全員、放った魚雷は全てが時限式だ。
これならば、例え避けられても、魚雷の傍に居たならば爆発に巻き込める。
事前にそう三人で考えた末の攻撃だ。何もかも計画通りだ。
だが、ここで大井が予想外の行動を見せた。
回避運動を取りながら、一斉に、自身の周囲八方に魚雷を放ったのだ。
やぶれかぶれか――? 深雪が眉根を寄せる。
すると、轟音と共に、大井の周囲に大きな水柱が何本も立った。
通信から叢雲の声が聞こえてくる。興奮気味な声だった。
『やった!?』
「いや、こいつは――」
『二人とも、まだだっ!』
魚雷の爆発が早すぎる――
そう言葉を続けようとしたが、レーベの声に遮られた。
同時に、深雪は大井の放った魚雷の正体に気づく。
――あれは自分達が放ったのと同じ、時限式の魚雷だ。
ただし、自分達の魚雷よりも設定されている時間は遥かに短い。
恐らく、元から魚雷の迎撃用に用意していた代物だろう。誘爆させたのだ。
そして――立ち上がった各水柱が、その頂点まで達した時だった。
突如、大井が水柱の一本を食い破り、前方に突き進んでいった。
全速なのだろう、凄まじく速い。進路の先には叢雲の姿があった。
大井が砲を構え、直進しながら次々と休みなく発砲する。
砲弾は、ほとんどが命中弾だった。たちまち叢雲が爆炎に包まれる。
『――――!!!』
「叢雲ォっ!?」
『ッ……! ミユキ、援護に行くよ! 右後方からお願い!』
「お、おうッ!」
ノイズに掻き乱された叢雲からの通信を耳に――
深雪がレーベと共に、叢雲に砲撃を続ける大井に迫る。
その直後――爆炎の中から、叢雲が勢い良く飛び出してきた。
ズタボロの格好で長槍を構え、正面の大井目掛けて猛然と突進していく。
大井は減速していたが、二人の激突は避けられそうにもなかった。
そして、両者が交錯した瞬間――叢雲が大井の直ぐ後方で宙に舞った。
大井が槍を避けたと同時に掴み、勢いを利用しブン投げたのだ。
確かアレは――合気道の技だ。杖取りとかいうヤツの一種の筈。
――尤も、本来の技よりも、だいぶ豪快な投げ方になっているが。
まるで、防波堤からの投げ釣りのような――
深雪がそう思った瞬間、宙にいた叢雲に砲弾が命中した。
当然、大井の砲撃だ。更に、落ちていく間にも二発三発と当てていく。
そして、ようやく海面に着水すると――今度は轟音と共に水柱が上がった。
深雪が驚く。魚雷の爆発だった。いつの間に放ったのか。
高々と打ち上げられた叢雲が、腹からド派手に海面に落下する。
大淀から『叢雲撃沈判定』の通信が入ったのは、丁度その時だった。
深雪が「わーお」と複雑な表情で感嘆の声を上げる。
「さっすが、元最前線基地の元教艦様だぜ。容赦ゼロだ、チキショー!」
『ミユキ!』
「わーってるって! 次の手だろ!?」
『うん! それじゃあ、手筈通りに!』
「おう! いよーし、行っくぞーッ!」
深雪は身体を限界まで傾けて、更に疾走した。
レーベは左側から。深雪は右側から。
二人は蛇行を繰り返しながら、全力で大井に襲い掛かった。
波状的に肉薄しては、至近距離から砲を乱射する。
しかし――これでも、大井にはまともに砲撃が当たらなかった。
急加速と急反転の繰り返し。二度と同じパターンのない蛇行。
それでいて、こちらには的確に砲撃を当ててくるから始末に負えない。
こんな技術差どうしようもねえじゃん――と、半ば諦めかけた、その時だった。
偶然か何かの間違いか、深雪の放った砲弾が大井の片足の直ぐ隣で炸裂した。
超至近弾。大井の身体がぐらりと傾く。
深雪とレーベが同時に、驚喜に叫んだ。
『Gut!』「よぉしッ!」
この速度の中だ。コケたら――まず、タダじゃ済まない。
そして、倒れた状態から、立ち上がる際の時間も重要だ。
こちらからしてみれば値千金――黄金の時間と言っていい。
その間に集中砲火し、ケリをつけられれば――
と、思った次の瞬間――深雪とレーベは目を剥いた。
大井が砲を片腕に持ち替え、海面に向けて撃つ。
百分の一秒ほどもない――まさしく、刹那の出来事だった。
海面に激突寸前の大井が、砲撃の反動で浮き上がったのだ。
そして深雪達が瞬きをしている間に、体勢を立て直してしまった。
『なっ――!?』
「うっそだろオイ!?」
深雪がわめいた。レーベも驚愕する。
直後、深雪の視界が衝撃と共に爆炎に覆われた。
続けて、片足に衝撃。バランスが崩れ、海面に転がる。
大井の砲撃だった。通信にノイズが走る。レーベも同じ目にあってるらしい。
こんにゃろ――と、視界の利かない中、深雪が砲を前に向ける。
丁度その時だった。真下から、轟音と衝撃が襲ってきた。
何事――!? と、思った時には既に、深雪は宙に浮いていた。
あぁ、と察する。魚雷が真下で爆発したのか――と。吹き飛ばされたのだ。
ふと、下に目線がいく。レーベがズタボロの格好で仰向けで倒れていた。
目が合った気がしたので――取り敢えず、苦笑を浮かべる。
大井から追撃の砲撃を食らったのは、それから直ぐだった。
演習場の見学席は、ちょっとした高台にあった。
演習場全体を見渡せ、かつ、不意の流れ弾が来にくい場所だ。
尤も、演習用の代用弾は特殊であり、爆発は派手だが殺傷性が極めて低く――
仮に、流れ弾が見学席に直撃しても、大した怪我は負わない仕組みだ。
最悪でも、気絶と衣服がズタボロになるくらいで済む優れ物である。
演習終了後、ズタボロの深雪達三人は提督のいる見学席へと向かっていた。
自ら――本人達による演習の結果報告と、これからの指示を貰う為だ。
ちなみに艤装は、演習の終了後に船渠の整備担当の妖精達が預かっている。
艤装の整備や修理は、基本的に船渠の整備担当の妖精の仕事なのだ。
深雪は大仰に肩を落とすと、そのまま一つため息を吐いた。
そして、どこか気の抜けた様子で口を開く。
「いやー、しっかし……スッゲー強かったな大井さん」
「そうだね……。手も足も出なかったよ……」
レーベも深雪と似たような調子で言う。
レーベは三日前に、Z3――通称マックスと共に転属してきた艦娘だった。
吹雪達と同じように、無茶な人員整理で混乱中のとある鎮守府から――
提督が〝謎の手段〟を用いて、どさくさ紛れに引き抜いてきたのだ。
「なんなんだろうな、アレ。撃っても撃っても当たんねぇんだもん」
「技術差――なんだろうけど、なんか信じられないよね。凄すぎて……」
「予知能力使ってたりしてな。それだとあの動きも納得なんだけどなー、アハハ」
「! そうか、予知能力か……!」
「……いや、レーベ? 今の話、冗談だかんな?」
「え? ……あ、冗談だったの?」
「逆に聞くけど、どうして本気にしたんだよ……」
「だって――オーイさんって、たまに凄い閃きするじゃないか。この前だって、廊下で擦れ違ったら、いきなり『キタカミさんが困ってるッ!?』って叫んで何処かに走り出していったし……」
「あぁ……。あれは――まぁ、ビョーキみたいなモンだから」
深雪は苦笑いを浮かべると、ちらりと叢雲の様子を確認した。
……見事に不機嫌な面をしている。悶々と何かを考えているようだった。
深雪の視線に気付いたレーベが、同様に叢雲に視線を向ける。
具合が悪そうに見えたらしい。レーベは心配そうに叢雲に尋ねた。
「ムラクモ? 顔色が優れないけど――どうしたの?」
「…………」
「……? ねぇ、ムラクモってば」
「――! な、なに? 呼んだ?」
気付いた叢雲が、少しびっくりしながらレーベに顔を向けた。
レーベが顔を曇らせる。ますます心配した様子で再び尋ねた。
「ムラクモ……もしかして疲れてる?」
「へ? いや別に……」
「でも、なんか上の空だったし……」
「だ、大丈夫よ。――ちょっと考え事してただけ」
「考え事?」
「……それよりもレーベ。一つお願いがあるんだけど」
「? なに?」
「今度から――自主訓練付き合ってくれないかしら。気が進む時だけでいいから」
「それはいいけど……」
「ん、ありがと。――あ、深雪は絶対に協力しなさいよ!? 今日はわざわざ、アンタのヘンテコな作戦に、真面目に付き合ってやったんだから」
「おいおいおーい、なーんで深雪様にはそんなに辛辣なんだよー! このこの~♪」
「ちょっ、引っ付かないでよ鬱陶し――脇腹突っつくな、コラ!」
「なんだぁ? 生意気言う口はこうしてやるー!」
「ひゃっ!? ひょっほ、ひゃひひゅんひょよ!? ひゃへひゃひゃいっへ!」
「あっはっはっはっは!」
「ふ、二人とも、落ち着いて……」
叢雲の両頬を引っ張って、じゃらけながら――
深雪は『よかった。そんなに落ち込んでないみたい』と、心中で安堵した。
実は、深雪は提督から叢雲の経緯を聞かされていた。
それで性格上、自身には無理や無茶も厭わない叢雲の為に――
提督は密かに、深雪に精神的な補助役を頼んでいたのである。
叢雲と姉妹である深雪は、その役目を喜んで引き受けた。
なお、この役目は長女たる吹雪にも与えられている。
ただ、吹雪は過干渉になりがちなので、色々と釘を刺されているが。
しばらく歩いて、三人は提督のいる見学席に辿り着いた。
演習場を一望出来る以外は、よくあるプールサイドのような場所だ。
提督は、よくある日除けシェルターの下にいた。ベンチに座っている。
その側には、何やら雑談をしている大淀と吹雪と北上の姿。
深雪は片手を上げ、親しげに「ただいまー」と近づいていった。
北上から「おー」と。大淀や吹雪からは、お疲れ様といった声が返ってくる。
「いやーもー、ボッコボコだぜちくしょー! 強過ぎだっつーの!」
「良かったじゃん。駆逐艦にはいい経験でしょ、現実見れてさ」
「いやでも北上さんさぁ、普通手加減とかするだろうがよお! 十中八九こっちが負ける――って分かるくらいの実力差があるんだしさぁ!」
「してたよー、大井っちは手加減。ねぇ、ブッキー」
「うー、まぁ――はい、そうですね。珍しく……」
「え、マジで? アレで?」
深雪が信じられないとばかりに目を丸くして言う。
すると、急に演習場にサイレンの音が響き渡った。
大淀が通信で、全艦娘に第二戦目の開始を告げる。
深雪は演習場を一望した。四人の艦娘の姿を見つける。
艤装を身につけた暁と響とマックス。相対して大井。
暁達は単縦陣を元に、蛇行しながら大井へと迫っていった。
大井も蛇行しながら、様子見のように後退していく。
よくよく見ると、大井の魚雷発射管は幾つか空だった。
深雪が眉間に皺を寄せる。
「……もしかして、大井さん連戦?」
「えぇ、連戦です」
深雪の疑問に大淀が少々困ったように答える。
そのままの調子で言葉が続く。
「せめて弾薬は補給して下さいと言ったんですが……」
「はぁ!? 弾薬もそのままなのかよ!?」
「ま、大井っちは、その気になれば衝角戦もワケないから」
「す、凄いんだね、オーイさんって……」
レーベが驚きを通り越して呆れたように呟く。
しばらく演習の様子を見ていた一同だったが――
暁に撃沈判定が下された所で、提督が長い腕で深雪の肩を叩いた。
はて、と深雪が振り向く。提督は庁舎を指差していた。
首を傾げて数秒考え――ようやく意図に気づく。
入渠してこいと言っているのだろう。多分。
「叢雲、レーベ。司令官がとっとと入渠してこいってさー」
「あ、うん。分かったよ。行こっか」
「…………」
「叢雲ー?」
「……分かってるわよ。今、行くってば」
どこか未練ありげに叢雲が返事をする。その視線は演習場に向いている。
深雪は大袈裟にため息を吐くと、叢雲の手を取り、強引に引いていった。
目を丸くし「ちょっと!?」と抗議する叢雲に、にししと笑みを向ける。
「心配すんなって! 訓練なら、いくらでも協力するからよ!」
「……! そ、それは――まぁ、ありがと」
「あ、そうだ。何なら折角だし、司令官にも色々協力してもらおうぜ。道着持ってたし」
「道着?」
「そうそう。この間見たんだよ。洗濯したのか、道着と黒帯干してるところ」
「……へぇ」
「多分、空手の道着じゃねえかな? 今度聞いてみて、何か教えてもらえるようなら教えてもらおうぜ。もしかしたら、衝角戦で使えるかもしれないしさ! な?」
「…………。――そう、ね。一回、話を聞いてみるのもいいかもしれないわね」
叢雲が仕方なさそうな微笑みを浮かべて言う。
その後、深雪達は入渠手続きを済まし、風呂場へと直行した。
身体を洗い、湯船に浮いてる幾つかのアヒル隊長達を尻目に、湯に浸かる。
しばらくすると、演習の終わった暁達も風呂場へとやってきた。
それなりに賑やかになったのは、言うまでもない。
数日後、深雪は吹雪と叢雲の二人と共に海に出ていた。
鎮守府の近海である。三人は警備の任務中だった。
警備とはいえ、この鎮守府初となる艦娘の出撃が伴う任務である。
旗艦は叢雲。単縦陣で、前に吹雪、後ろに深雪と挟まれている。
順番が決められ、ローテーションで行われる手筈のパトロールだが――
暫くの間、順番関係無しに、叢雲だけが連続で旗艦を務める事になっていた。
勿論、強制などではない。本人の強い希望によるものだ。
当然、損傷を受けた場合は、全快するまで次の旗艦を外れる事になっている。
時刻は午前十一時に差し掛かろうとしていた。
前を進む吹雪が「叢雲ちゃん」と、後ろの妹に声を掛ける。
叢雲は「ん」と返事をすると、直ぐに鎮守府に通信を入れた。
「こちら叢雲、エリアCに異常は無し。次の場所に移動するわ」
青い空。白い雲。穏やかな海面。
凪の中、少し緊張した面持ちで叢雲が報告する。
そんな叢雲の後ろ姿を見ながら、深雪はうんうんと一人頷いた。
緊張しているが、問題は何もない。初任務の時は誰だってこんなモンだ。
訳有りで卒業した為、付け焼き刃な実力がコンプレックスのようだが――
この調子だと、それもやがては跡形もなく解消される事だろう。
――まぁ、近海警備と数回の戦闘経験しかない自分が評価するのもアレだが。
そう思っていると、深雪は叢雲が首から何かを下げている事に気付いた。
長い後ろ髪に隠れて見えにくかった為、速度を上げて側まで近づいてみる。
並走して前を覗くように見た所で、ようやくそれが何なのか分かった。
お守りだ。神社で授与している、よくある形のヤツである。
出撃前は何も付けていなかった筈だが――いつ身につけたのだろうか?
「なぁ、叢雲ー」
「なによ――っていうか、勝手に隊列崩さないでよ」
「ゴメンゴメン。ちょっと気になってさ」
「何が」
「ほら、お守り首から下げてるじゃん。どうしたのかなーって思って」
「あぁ、コレ?」
「うん。出撃前は何も下げてなかったじゃんか」
「……出る直前に、司令官から押し付けられたのよ。後で落ち着いてる時に受け取る――って言っても、全然聞く耳持ってくれなくて。……だから、仕方なく首から下げてるのよ」
叢雲が少し照れ臭そうに言う。
確かに出撃の際、司令官が直々に見送りに来てくれていたが……。
見かけによらず気配り上手なんだなー、と一人心の中で感心する。
しばらくすると、深雪達は次のエリアへと辿り着いた。
所定の位置に戻った深雪が、軽く周辺を見回す。
景色におかしいところはない。実に平和な海だ。
叢雲もそう思ったらしい。言葉を漏らすようにポツリと呟く。
「パッと見、異常は無し――と」
「海の中までは分かんないけどな」
「だからパッと見、って言ったじゃない。――吹雪、お願い」
「りょーかーい!」
叢雲の言葉に、吹雪が景気の良い返事と共にソナーを使用する。
そして、単縦陣で進んだまま、三回程ピンガーが打たれた後だった。
吹雪がいつもよりも少し真剣味のある声で、二人に話し掛けてきた。
「ねぇ、叢雲ちゃん。深雪ちゃん」
「んー?」「なに?」
「ちょっと戦闘準備を整えた方がいいかも」
「はぁ? 何よ急に――」
訝しむ叢雲だったが――
一応、言われた通りに砲や魚雷の調子を確認した。
深雪も叢雲と同様、自身の武装の調子を確認する。
――何も問題はない。いつでも攻撃可能だ。
最前線で幾度も深海棲艦と死闘を繰り広げた吹雪の意見だ。無下には出来ない。
深雪はそう思いながら、長女に発言の理由を尋ねた。
「どうしたよ。敵でも見つけたのか?」
「敵――っていうよりは、徴候みたいなものだけど……」
「徴候?」「徴候ォ?」
「うん。ここら一帯の魚達がヤケに大人しいから、多分――って思って」
「それ初耳なんだけど――魚が大人しいと敵襲来の徴候なの?」
「別にそういう訳じゃないけど……」
「? じゃあ、どういう訳なのよ」
叢雲が実に素直な表情で尋ねる。
吹雪は「う~ん」と算数の問題が解けない小学生のように唸ると――
一度唇を捻じ曲げ、非常に言い辛そうに口を開いた。
「え、えっとぉ…………か、勘――かな?」
「か、勘?」
「いや、全くの当てずっぽうってワケじゃないよ!? なんて言うか、こう――非常にビミョーな変化だから、言葉にするのがちょっと難しいっていうか――」
「……なんにせよ、異変は感じてる訳ね?」
「それは――うん。間違いなく。絶対」
吹雪が神妙に頷く。
――その時、全員に緊急の通信が入った。
救援・救難を求める通信だった。全周波数で垂れ流されている。
酷いノイズに混じって「Help!」だの「ベーイ!?」だの悲痛な声が聞こえた。
一緒に、銃撃音や発砲音。爆発音も聞こえてきている。
深雪は思わず声を荒らげた。
「叢雲!」
「分かってるわよ! 今、司令部に通信入れて――」
しかし、叢雲は直ぐに司令部への通信を諦めた。
叢雲が舌打ちする。悪態を吐いた。
「あぁ、ったくもう! 通信が妨害されてるわ!」
「マジで!?」
試しに――と、深雪も通信を使用してみる。
確かに、どの周波数もノイズでしっちゃかめっちゃかになっていた。
唯一聞こえる意味のある音は、救援を求める声だけだ。距離が近いのだろうか?
それでも、ノイズに紛れて僅かに聞こえる程度だが。
「どうするよ、二手に別れるか!? 救援と鎮守府に戻るのとで」
「……そうね、ここは――」
叢雲が判断を下そうと口を開く。
水平線に一人の艦娘と敵艦載機の姿が現れたのは、丁度その時だった。
提督と共に、任務に出掛ける艦娘達を見送った後――
大淀は通信を担当しながら、執務室で秘書艦の仕事を手伝っていた。
秘書艦は暁だ。雫型の謎生物、索敵ちゃんと共に執務を取り行っている。
なお、秘書艦の件だが、叢雲の執務慣れと艦娘の人数増加もあり――
今週の始め――というか今日から、提督の提案により当番制に変更されている。
主な執務――書類仕事では、暁が記入し索敵ちゃんがチェックを行っていた。
書類に不備があると、索敵ちゃんが甲高いざわめきで教えてくれるのだ。
その共同作業の為か、書類の捌け具合が普通よりも早い気がした。
――まぁ、明石や間宮等の各部責任者が、ようやく着任したのも大きいのだが。
「よし、これでオシマイ……っと! 司令官、他にお仕事はあるかしら?」
書類に判を押した後、暁が提督に聞いた。
提督が静かに首を横に振る。暁の表情がパァと明るくなった。
ちなみに提督は現在、窓際の小さな植木鉢に水やりをしている最中だった。
トマトの植木鉢である。小ぢんまりとした全体。中玉の実を三つ程付けている。
まるで盆栽だ、トマトの。そういうものが実際にあるのかは知らないけども。
「ふふん。それじゃあ、暁はレディに相応しい、ユーガでブリリアントなお茶の時間を取ることにするわ! ――という訳だから……司令官、デーズさん呼んでもいい?」
恐らく、エレガントと言いたかったのだろうが――
指摘すると、なんだか可哀想な感じになってしまうので黙っておく。
提督は暁の要求に対し、快く(?)ハンドベルを手渡した。
暁が無邪気で晴れやかな笑顔を浮かべ、提督に礼を言う。
そして応接スペースのソファに座ると、大淀も休憩に誘ってきた。
通信機に入る連絡もほぼ定期的で、特にやる事もないので誘いに応じる。
以降はしばらく、暁と共にお茶の時間を楽しんだ。
大淀はその最中、暁の振舞いが〝それっぽく〟なっていた事に気付いた。
以前は、背伸びしたお子様の感じが全面に出ていたが――
今の紅茶を嗜む暁の姿は、気品ある良家のお嬢様っぽくなっている。
一体、何があったのか――という疑問はない。成り行きは全て知っている。
ある日から暁は『一流のレディには、一流のマナーが必要よ!』との理由で――
空き時間を利用し、デーズ氏から礼儀作法を教えてもらっていたのだ。
一流の英国執事から、一流の英国式礼儀作法をひと通り――である。
「……暁さん、随分と上達しましたね。仕草というかなんというか――」
「そう? ありがとう大淀さん!」
暁が嬉しそうに礼を言った。ここは良い意味で子供っぽい。
そして、改めて決意した表情で言葉を続ける。
「でも、まだまだ一流のレディには程遠いわ! 形式は覚えたけど、ぎこちなさが残ってるから――もっと自然な感じに振る舞えるように努力しないと……!」
「その意気です、お嬢様」
デーズ氏が深みのある笑顔で激励する。
なお、デーズ氏のお嬢様呼びは、暁の要求によるものだ。
本人曰く――『未熟者だという事を忘れない為の戒め』との事。
……どうやら、お嬢様という呼び方にあまり良いイメージがないらしい。
そんな事を思っていると――突然、執務室の扉がノックされた。
暁が『はい、どうぞ』と入室を許可する。扉が開かれる。
入ってきたのは響だった。確か今日は、妖精達と共に門の修繕をしている筈……。
すると、響に続いて、二人の艦娘が執務室に入ってきた。
大淀は目を丸くした。軽巡と軽空母の艦娘――天龍と龍驤であった。
両者共に、既に改二の状態である。
「ここに転属されたって聞いたから、案内したんだけど……よかったかな?」
「あ、うん。ありがとね、響」
「どういたしまして。――それじゃあ二人とも、до свидания」
「お、おう」「ど、どもなー、響」
天龍も龍驤も、二人とも困惑しながら響に礼を言う。
二人の困惑については――まぁ、大体見当が付いていた。
第一に――こってこての英国老執事の姿。
第二に、バスケットボール程の一ツ目・雫型の謎生物の存在。
第三に、提督の格好をした異様な長身痩躯の人型の化物の姿。
第四に、それ等を全く気にせずお茶を嗜む艦娘二人……。
それら全てが相乗され、混ざりあった末の反応だろう。
大抵の場合、提督を初見の者は、その異様な姿に恐れをなすのだが――
今回は情報量が多かった為に、恐怖が薄れ、困惑という形になったのだ。多分。
「あ、あのさぁ。ちょっと聞きたいんやけど……ええかな?」
「はぁ」「? どうしたの?」
口を開いた龍驤に大淀が頷く。暁の声と重なった。
龍驤が迷うように言葉を続ける。
「えーっとな、まずは当たり前の事やねんけど――」
「?」
「任務娘の特務艦が――大淀やんな?」
「えぇ、まあ。はい」
「で、暁が秘書艦……と」
「そうよ」
そりゃ当然――と、暁が頷く。
大淀は龍驤の視線が左右に揺れるのを見た。
あぁ、と理解する。大淀は龍驤が尋ねる前に先に答えた。
窓際でトマトの剪定している提督を手で示す。
「提督は、あちらの軍服着た方です」
「……じゃあこのおっちゃんは誰?」
「執事のデーズさんです。鎮守府のサポート役に提督が雇ってます」
「どうぞお見知り置きを。天龍様、龍驤様」
デーズ氏が笑みと共に一礼する。
天龍と龍驤が「はぁ、どうも」と間抜けた礼を返す。
それからしばらく、言葉に困ったかのような沈黙が続き――
天龍が凄くわざとらしく、何かを思い出したかのように口を開いた時だった。
「あっ、そーだそうそう! そ、そーいえば龍田のヤツなんだけどよ! ちょっと引き継ぎの事で面倒が起きたみたいで、こっち来るの数日遅れるってさっき本人から――」
『――! ――れ……ッ! ――誰かーッ! オイ、誰か応答してくれってえ!』
突然、砂嵐のようなノイズ音と共に――
深雪の切羽詰まった、泣きそうな声が聞こえてきた。
これは明らかにただ事ではない。
大淀は直ぐに通信機にすっ飛んでいった。応答する。
「こちら司令部です! どうしましたか!?」
『やった、繋がった! 叢雲! 繋がったぞ!』
「深雪さん!?」
『大淀さん、直ぐに援軍送ってくれ! 敵艦隊が近づいてきてんだ!』
「敵艦隊が!?」
深雪の報告に、執務室内が緊張感に包まれた。
ノイズ混じりに深雪の言葉が続く。
『敵は主力艦隊規模! 損害は叢雲とガンビアさんが中破!』
「へ? ガ、ガンビアって――海外艦のですか!? 何で!?」
『なんか単艦で襲われてたから救援に入ったんだよ! ――それより早く援軍頼むって! 今、吹雪が一人で残って殿やってんだ! あの数は流石にヤバいって!』
「分かりました、直ぐに援軍を派遣します! 深雪さんはそのまま海域のデータをこちらに送って下さい! ――提督!」
声を飛ばし、提督の方に振り向く。同時に、提督が壁の赤いボタンを押す。
すると、庁舎内――いや、鎮守府全体にサイレンの音がけたたましく響き渡った。
このサイレンの音は――特殊緊急警報の音だ。
出撃可能な艦娘は、即座に敵迎撃の為に出撃せよ――
そういう意味合いを持つ重要な警報音である。全国共通の警報だ。
まさか、今押した壁のそれが警報のボタンか――? と思うが、後回しにする。
冗談抜きで、今はそれどころではないからだ。マジで。
あんなのは、全て片付いた後に明石に任せればいい。
「暁さん!」
「任せて大淀さん! 秘書艦暁、これから迎撃艦隊の旗艦を務めるわ!」
「天龍さんと龍驤さんも出撃を! 暁さんの補助をお願いします!」
「うっし、任せとけッ!」
「よっしゃ、お仕事やな! 駆逐艦龍驤ちゃんの出来るところ見したるでえ~! ――って、だーれが駆逐艦やねん! ウチはクーボや! 軽空母の――ごぶァッ!?」
「!?」「!?」「!?」
鈍い音、断末魔のような悲鳴 。全員が一斉に目を剥く。
目の前で、何やら一人喚いていた龍驤が急に吹き飛んだからであった。
数瞬の滞空の後――龍驤はそのまま芸術的に床に転がった。
仰向け。ピクリとも動かない。白目を剥いて気絶している。
顔には、赤い物がべっとりと全体的に付着していた。
血――ではない。色が余りにも鮮やか過ぎる。
大淀はハッと気付いた。これは――トマトだ。
ふと植木鉢の方に視線を向ける。実が一つ無くなっていた。
「…………。えっ、と……」
訳が分からず、固まった一同を代表するかのように――
大淀が、絞り出したかのような困惑の声を口から漏らす。
――その直後であった。世にもおぞましい叫び声が聞こえてきたのは。
「███████████████████████!!!」
大淀が何事かと声の方向に振り向く。
なんと声の主は提督であった。南瓜頭の顔を両手で覆い、酷く苦悶している。
提督はまるで嘆き悲しむように泣き叫び、やがて支離滅裂に叫び始めた。
一体どうしたのか――と聞きかったが、奇妙な恐怖で口が開かなかった。
暁と天龍も同様らしい。顔を見ると明らかにビビっていた。
そして――それから、一、二分程が経過した時だった。
突如、提督がその場から駆け出し、壁を突き破り外に出ていってしまった。
叫び声が徐々に遠くなっていく。大淀は壁に空いた大穴に慌てて駆け寄った。
何かが海に飛び込んだような音が聞こえたのは、丁度その時であった。
「叢雲、吹雪から通信だ! 敵が一旦退いてったってよ!」
「! そ、そう。よかった……」
「――あ。叢雲、首に下げてたお守り……」
「ん? あぁ。衝角戦の最中、敵に引っ掛かったのよ。仕留めようとしたら退いてったから、そのまま持っていかれたわ」
「衝角戦……あー、そういえば強襲されてたな。何匹かに」
「まぁ、お守りの効果かもね。アレで中破で済んだんだし……」
「だとしたらスゲー効果だよな。何入ってたんだろ、あのお守りの袋の中」
「普通だと御札とか写真とかが入ってるらしいから――アレもそうなんじゃないの?」
「そうかなぁ……」
「――ンな事よりも深雪。アンタ無傷なんだから、もっと牽引に力入れなさいよ。こっちは通信機器もイカれたくらいにボロボロなのよ?」
「わ、分かったよ。――なあ、ガンビアさん。ちょっと速度上げるからな」
「りょ、了解デスゥ……」
SCP-662 - Butler's Hand Bell
by Rick Revelry
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SCP-131 - The"Eye Pods"
by Lt Masipag
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SCP-504 - Critical Tomatoes
by BlastYoBoots
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次こそ、提督大暴れの巻。
でも、ちょっぴり期間空くかも。