恥ずかしがり屋な提督が鎮守府に着任してました。 作:グラヌンティウス
またも前編後編。すまぬ。
前回の誤字脱字報告ありがとうございました。
※注――この世界のトマトは人を選びます。
軍事施設には大抵、立入禁止の部屋が幾つかある。
勿論、ここの鎮守府も例外ではない。
むしろ、他より多いほうだ。
睦月型四番艦――卯月は暇を持て余していた。
今日は非番である為、訓練の予定もなければ遠征の予定もない。
大演習の準備は面倒でヤル気がなく、手伝いたくない。
司令官は仕事に忙殺されている為、構ってもらえないだろうし――
新しい寮の部屋でゴロゴロするのも、なんか気分的に違う。
那珂ちゃん達の〝カラオケ〟に付き合うのも――気が向かない。
時刻は午前十時頃。普段ならばそれなりに忙しい時間帯。
卯月は、ただブラブラと鎮守府内を彷徨っていた。
なにかおもしろいことないかな――と、風の向くまま気の向くままに。
そして、鎮守府庁舎一階。廊下。
特に訳もなく、目に入る掛け看板を片端から反転させて歩いていた時だった。
視線の先――進行方向に人影が一つ現れた。背が高い。
超弩級戦艦の艦娘、大和だった。何かを、或いは誰かを探している様子だ。
目が合うと、親しげながらも行儀よく声を掛けられた。
相変わらず見事な大和撫子ぶりである。
こちらが妙な敗北感を覚えるほどに。
「……? 卯月さん、どうされました?」
「――なんでもないぴょん。っていうか、それはうーちゃんのセリフぴょん! 大和さんは何してるぴょん?」
「ちょっと提督を探してまして……何処かで見かけませんでしたか?」
「あー。司令官なら、今そこの部屋に入ってったぴょん!」
卯月が後ろの部屋を適当に指差す。
全くの嘘だが――この行為に悪意はない。
卯月には虚言癖の気があった。一応、自覚はしている。
――だが、改める気は更々なかった。それこそ誰に言われようとだ。
だって、これがうーちゃんの自然体だっぴょん。ぷっぷくぷー。
「そうですか。ありがとうございます、卯月さん」
「どういたしましてぴょん」
笑顔でそう答え、大和が部屋に入るのを見送る。
その後再び、卯月は当てもなく鎮守府を歩き始めた。
――そういえば、少し小腹が空き始めたかもしれない。
そろそろ、食堂で一服するのもいいかもしれないぴょん。
ケーキが食べ放題とか、ここの鎮守府は本当にいい職場だぴょん!
卯月が足取り軽く、ルンルン気分でその場から離れていく。
大和との一部始終を見ていた『一つ目』には、最後まで気づくことはなかった。
ドアでは、裏返された『立入禁止』の掛け看板がゆらゆらと揺れていた。
暗い、真っ暗な部屋だった。
一寸先も見えない――諺にもあるような状況である。
色々と躊躇する大和だったが、取り敢えず呼び掛けてみた。
「あの、提督? いらっしゃいますかー?」
返事はなかった。なんとなく一歩踏み出す。
すると、センサー式だったらしい。パッと部屋の照明が点いた。
まぁまぁ広い部屋だ。小学校の教室程度はあるだろう。
そんな部屋の中央には『とある物』が鎮座していた。
「……?」
大和が不思議そうに眉根を寄せる。
視線の先は、一台のベッドがあった。
いや、これは診察台――というよりも手術台だろうか?
三本のロボットアームが特徴的な――大きめの手術台である。
無機質な白い照明に照らされているのも相まって、なんか不気味だ。
部屋全体を見回してみるが――その手術台以外、他には何もない。
「これは……?」
これが手術台ならば、用途は一つしかないだろう。外科だ。
しかし、ならば何故こんな所に? 船渠か工廠ならまだ話は分かるが……。
そんなことを思いながら、大和が物珍しさに引かれて手術台に近づいていく。
――そして、ある一定の距離を超えた瞬間だった。
突然、三本のロボットアームが、大和目掛けて素早く伸びた。
大和が目を剥く。次の瞬間、彼女は手術台の上に仰向けになっていた。
困惑しながらも身を起こそうとする、が――出来ない。
直ぐに気づく。首、手足、胴に革帯が巻き付いていた。
つまり、身体が手術台に拘束されていたのである。いつの間にか。
「え――えぇ!? ちょ、ちょっとなにコレ!? なにコレちょっ――モガッ!?」
慌て、騒ぐ大和に開口器が取り付けられる。
直後、大和の視界に三本のロボットアームが入り込んだ。
その各々の先端には、メス、注射針、ドリル等の医療器具が見える。
しかもドリルは、歯医者さんが使うような精密チックな物ではなく――
……ねぇ、ちょっと待って。待ってってば! ちょっと!?
それ絶対、土木工事の掘削とかで使うヤツでしょ!? デカ過ぎますってッ!
「がーッ! アガーッ!! ガーッ!?」
必死に助けを叫ぶも、開口器のお陰で言葉にならない。
そうこう足掻いている内に、大和の目の前で特大ドリルが回転し始めた。
荒々しいエンジンの爆音と共に、力強い鉄の回転音が部屋中に響き渡る。
そこには、医療に必要不可欠な精密さなど欠片も存在していなかった。
ふざけんなとばかりに、大和は必死に脱出を図るが――全くうまくいかない。
やがて、回転する特大ドリルは大和の口内目掛けて突き進み――
「█████████████████████████!!!!!」
エンジンの爆音以上。部屋中に響き渡る超弩級の悲鳴。
しかし、部屋は防音加工されている為、声は外に届くことはなかった。
廊下で倒れている大和が発見されたのは、それから数十分後のことである。
「えーと、状態は見ての通り昏睡中ですが――その辺は特に心配いりませんね」
鎮守府庁舎内、医務室。
精密検査用機械から出力された診断書を見ながら、明石が気楽に口を開く。
暁は眉根を寄せながら、首を傾げた。
「その内、目を覚ますってこと?」
「うん。脳波は安定してるみたいだし――あと二、三時間くらいで起きるんじゃないかしら」
「よかった……。大変な事にはならないのね」
暁が安心した様子でため息を吐く。
心の底から安堵した様子だった。相変わらず分かりやすい。
響はそう思いながら、姉からベッドに横たわる大和に視線を移した。
安らかな顔だ。まるで寝ているようである。
響が倒れた大和を発見したのは約一時間前だった。
暁と共に、資料室で探し物をしている司令官に援軍として向かっていた時だ。
偶然、廊下で気絶している大和を発見し、医務室へと運んだのである。
勿論、暁や資料室にいた司令官と協力して――だ。
「――ねぇ、明石さん」
「ん? なに? 響ちゃん」
「大和さんのこと『心配ない』って言ってたけど――その前に『その辺は』って言ってたよね」
「……あー」
「もしかして、他に何か問題があるのかい?」
「えぇ!? そうなの明石さん!?」
「んー、まぁ、うーん、問題って言えば問題なんだけど……」
歯切れの悪い返答。
明石の視線がちらりと横滑りする。
その視線の先には、提督の姿があった。
横になった大和に付き添うように、椅子に座っている。
すると、提督の南瓜頭がカクンと頷きを見せた。
躊躇する明石だったが――やがて、根負けしたかのように口を開く。
「……ねぇ、暁ちゃん。響ちゃん。出来れば今から話すことは、あまり口外してほしくないんだけど……それでもいい?」
「へ? う、うん」
「……いいけど、そんなに大事なのかい?」
「結構、ね。だって大和さん、人間やめちゃってるんだもの」
「はい?」「はい?」
思わず飛び出る、姉妹揃ってのすっとんきょうな声。
ふと無意識に――響の視線が提督に移った。
南瓜頭。長い両腕。針金の如し体躯。深海棲艦のような肌。
どちらかというと、司令官の方が人間やめてると思うのだが……。
いや、そもそも司令官は人間なのだろうか?
すごく今更な疑問だけれども。
「――先に言っておくけど、艦娘と人間の違いが云々じゃなくて、『改造人間』的な意味での人間やめてるって意味だからね」
「なんか、よく分からないんだけども……」
「まず歯からだけど――」
「ハ? ハって――口の中の?」
「うん。その歯。――で、大和さんの歯なんだけどね。さっき調べたら、超高密度セラミック製の歯になってたのよ。一本残らず」
「ちょーこーみつどせらみっくせい?」
明石の言葉に、暁が目をパチクリとさせる。
まるで妖精さんみたいな顔だ。これは間違いなく理解出来ていない。
響は直ぐに、意味を噛み砕いて説明した。
「……普通の歯よりも、とても頑丈な歯って意味だよ、暁」
「そ、そうなの? 明石さん」
「簡単に言えばね。スペック的には――マンホールみたいな固い無機物も、煎餅みたいにバリバリ噛み砕けるくらいには頑丈な筈よ。下顎骨も筋肉も、普通じゃないみたいだし――」
診断書とにらめっこしながら、明石が大和の説明を続ける。
下顎骨に限らず、骨は全身が未知の軽合金製の人工骨。
筋肉も未知の合成繊維製で、単純な腕力でも常人の数十倍の力を発揮可能。
皮膚もこれまた未知の人工皮膚であり、非常に優れた耐熱・防弾・腐食性を保有。
髪の毛は特殊な金属糸になっており、放熱索的な役割を持つと考えられる。
内臓もほぼ全てが人工臓器であり、用途不明の物も幾つか見つかっている。
身体を廻る血液中にも、ナノマシンらしき物の存在が確認された。
更に、体内には、他の人工臓器に紛れて超小型の原子炉が――
「げ、原子炉って……」
「正確には核融合炉だけど――あ。一応、安全は確認出来てるから安心してね」
「そう言われても……本当に大丈夫なのかい?」
「現代技術で考えれば問題ありまくりな筈なんだけど……。でも、どうしてなのか放射線も全然出てないし、それなら何も問題ないから別にいいかなーって。それに――」
「……それに?」
「この原子炉――どうも何かの補助的役割を担う為の物みたいなのよ」
「補助?」
明石の言葉に、響は目を細めた。違和感に気づいたからだ。
あまり知識は無いが、原子炉といえば莫大なエネルギー源だ。
発電に利用すれば、その地方一帯の電力を余裕で賄える筈の物である。
それ程の物が、何故補助の役割などに回されているのか――?
例えるならば、四十六センチ砲が副砲として扱われるようなものだ。
つまり、ミスマッチ極まりないといいたいのさ。私は。
「原子炉――なのに補助なのかい?」
「うん。多分、主動力は心臓部にある〝TAER〟って器官だと思うんだけど……」
「TAER?」
「正式名称は――えーと、テスラ-アンボロー・エントロピー反応炉? ……聞いたことないなぁ、なんだろこれ?」
近眼持ちのように診断書に顔を近づけながら――明石が首を傾げる。
テスラといえば、有名なのは発明家のニコラ・テスラだが――
響がそう思っていると、医務室の出入口から物音が聞こえてきた。
聞き覚えのある『ざわめき』だった。高調子の。甲高い。
話に付いていけず頭を機能停止させていた暁が、覚醒した表情になった。
「索敵ちゃんだわ!」
暁が嬉々として医務室の出入口に駆けていく。
実は、索敵ちゃんは三日ほど前から行方不明になっていた。
風呂上がりで、さあ部屋に戻ろう――とした所で忽然と姿を消したのである。
なお、こういうイリュージョンは今回が初めてではない。
索敵ちゃんは好奇心が強い為、勝手にいなくなることが度々あるのだ。
例えば――食堂の換気ダクトの中で迷子になっていたこともある。何故か。
「索敵ちゃん、あなた三日も何処に行って――きゃッ!?」
暁がドアを開けた瞬間、索敵ちゃんが素早く医務室に入ってきた。
そして、大和が寝ているベッドの周りを高速でグルグルと回り始める。
それも、例の甲高いざわめきを発しながら――だ。
突然の足下での騒動に、明石は慌て、響は目を丸くした。
「わわわっ!?」
「うわっ、ととと……」
「ちょ、ちょっと、索敵ちゃん」
暁が困惑しながら戻ってくる。
すると、索敵ちゃんは猛スピードで出入口に戻っていった。
廊下に飛び出し、数秒こちらを見つめてから再びグルグル回りだす。
皆、不思議そうにその行動を見ていたが――急に、暁の表情がハッとなった。
閃き、電流走る――といった具合である。端から見た様子は。
「響、追うわよ!」
「へ? 追うって――」
「決まってるじゃない! 索敵ちゃんよ!」
暁に『ガシッ』と片腕を掴まれる。
凄い力だった。まるで万力である。艤装も付けてないのに。
「あの様子――絶対、大和さんについて何か知ってるわ!」
「そ、そうなのかい?」
「間違いないわ! あれは『付いてきて』って意味よ!」
目を探照灯の如く爛々と輝かせ、暁が走り出す。
文句や反論を言う暇などなかった。掴まれていた片腕をぐいと引かれる。
響は文字通り、引きずられながら医務室を後にするのだった。
竜巻かゲリラ豪雨のようだった。
暁と響の、凄まじい勢いでの医務室からの退室。
明石はしばらくポカンとしていたが、やがて苦笑いを浮かべた。
振る舞いが〝レディ〟らしくなってきたと評判の暁だが――
やはり、見た目通りの『らしさ』というものは覆い隠せないらしい。
まぁ、何にせよ元気があるのは良いことだ。うん。
「パワフルでいいですよねぇ。――あ、提督。大和さんは私が見てますので、執務に戻ってもらっても――おや?」
振り返った明石が、提督の手元の物に気づく。
椅子に座っている提督は一つの『箱』を両手で持っていた。
バレーボール程の大きさ。透明なプラスチック製の箱である。
中には何やら、ピンクというか紅色の丸い塊が入っていた。
あれは――粘土だ。恐らく、小麦粉粘土だろう。幼児が遊ぶヤツ。
「提督、どうしたんですかそれ?」
取り敢えず、気軽に尋ねてみる。
つい先程――というか今の今まで何も手にしてなかった筈だが……。
そう疑問に思っていると、提督はその箱の蓋をなんの躊躇もなく開けた。
すると、どういう訳か――箱の中の小麦粉粘土が一人でに動き始めたのである。
グニャグニャと勝手に。まるで生き物のように。
驚きとあまりの気味悪さに、思わず一歩後退る。
――と、引いた片足が『ぽふっ』と何かにぶつかった。
枕にぶつかったような――そんな感触。一体なんだと振り返る。
明石の足下に、一体のゴリラのぬいぐるみが立っていた。
食堂。まだ人もまばらな時間帯。
卯月はテーブルに頬杖をつきながらテレビを見ていた。
早めだが、既に昼食は済んでいる。ピザとケーキ三つはもう胃の中だ。
今は食後の休憩中である。食堂の自販機のコーラを飲みながらの。
『――では次のニュースです。先程、米軍は今日未明、深海棲艦に占領されたニューヨーク市の奪還作戦を開始し、成功させたことを明らかにしました。報道官によると、米陸軍は今作戦の要として量産された決戦兵器、ジョージ・ワシントン元大統領全七機を全て投入。激戦の末に、全ての深海棲艦をニューヨーク市から叩き出したとのことです。現在、ニューヨーク沖では、通常艦艇と艦娘で編成された新大西洋艦隊が大規模な追撃戦を行っており――』
「へー。アメちゃんもなかなか大変ぴょん」
ニュース番組を見て、なんとなく独りごちる。
そして、そろそろおいとましようかなと考えていた時だった。
食堂の外。廊下から、何やら騒がしい音が聞こえてきた。
はてと出入口に顔を向ける。第六感がイヤな予感を捉える。
次の瞬間――何かが猛スピードで食堂に突入してきた。
卯月が目を見開くと同時に、凄まじい衝突音が食堂に響き渡る。
音のした方を向くと、幾つもの椅子やテーブルが盛大に散乱していた。
よく見ると二名――扶桑や大鳳が大破状態で転がっている。
「…………」
一体何事と思いながらも、そそくさと食堂の出入口へ向かう。
卯月は自身の勘を信じきっている。戦場では何度も世話になっていた。
これから間違いなく面倒が起きる。近寄らないが吉ぴょん。
そう確信しながら食堂を出ると、遠くから駆け足の音が聞こえてきた。
顔を向ける。駆逐艦の暁と響だった。こっちに猛然と走ってくる。
瞬間、卯月は弾かれるように二人から逃げ出した。
無意識だった。感覚が――第六感が卯月の身体を動かしたのだ。
直ぐに、後ろから大声が聞こえてくる。
「響、卯月が逃げたわ! 追かけるわよ!」
「な、なんで卯月を?」
「怪しいからよ! やましいことがないなら逃げる筈ないわ!」
「でも、索敵ちゃんは食堂に――」
「卯月が優先よ!」
何で追いかけてくるぴょん!?
心の中でそう叫びながら、卯月が廊下を走る。
悪戯に関しては百戦錬磨の卯月である。逃走も上手だった。
人通りの多い廊下を選んでは、その間を縫うように駆けていく。
しかし、響は兎も角として、暁も負けてはいない。
爆走することで前方に威圧感を放ち、人を自発的にどかして突き進んでくる。
卯月はむぐぅと顔を顰めるが――ここで、とあることに気付いた。
そういえば、ここからもう少し進めば執務室がある。
ならば『あの手』が使えるぴょん。イチバチだけど。
階段を駆け上がり、廊下を突き進み――執務室の前に到着する。
扉を開け、中へと転がり込むと、複数の人物から注目を受けた。
今週の秘書艦である龍驤と休憩中の大井、そしてデーズさんの三人である。
「な、なんやねん卯月。いきなり飛び込んできて……」
龍驤が目を丸くしながら訊ねてくる。
大井とデーズさんも同じような表情だった。
卯月は龍驤の質問を無視し『とある物』の位置を確かめる。
――よし。絶好のポジションだぴょん。これなら。
「……?」
龍驤が怪訝な表情を浮かべる。
その直後、執務室の出入口前に暁が姿を現した。
目が合う。卯月がほくそ笑む。龍驤が企みに気づく。
「ちょい、待て待て待て待てや卯月、早ま――」
「ふとんが吹っ飛んだぴょん!」
「おまっ!?」
言うやいなや、卯月は倒れ込むように前へと伏せた。
執務室に軽快な破裂音が響いたのは、それから直ぐだった。
ハリセンで引っ叩いたかのような音だった。卯月が顔を上げる。
目の前――執務室の出入口の前では、暁が倒れていた。
顔には真っ赤なぐちゃぐちゃとした物――潰れたトマトがへばりついている。
司令官のトマトの盆栽だ。執務机の上にあったヤツである。
何故か冗談を口にすると体当たりしてくる、妙な性質を持ったトマトだ。
今回はそれを利用し、衝突の瞬間に回避。直線上の暁にぶつけた訳である。
尤も、トマトの挙動は人によりけりなので、自爆する可能性も大いに――
(……!?)
突然、稲妻に貫かれたような感覚が卯月の身体を襲った。
これは――この感覚は覚えがある。忘れる訳がない。殺気だ。
それも強烈な。かつて遭遇したことのある中枢棲姫が放っていたような。
卯月がぎこちなく、殺気の放たれている方向に顔を向ける。
そこには、顔面にトマトの直撃を受けた大井の姿があった。
長椅子に座り、ティーカップを片手に持ちながら、その場に固まっている。
なお、大井の前方には龍驤が、側頭部にトマトを食らって倒れていた。
状況から察するに――龍驤には二発のトマトが飛んだのだろう。
一発目は見事回避し大井に。二発目も直線上からは避けたが、変化球で――
――とまぁ、大体そんなところだろう。真相は。
「大井様」
デーズさんが大井にハンカチを手渡す。
大井がハンカチを受け取り、無言で顔を拭く。
張り詰めていく執務室内の空気。
息を飲む。卯月は即座に判断した。
(こりゃ、ヤベーぴょん)
瞬時に、第六感が逃げ切る為の最短距離を導き出す。
卯月は駆け出すと、開いていた窓から勢いよく飛び出した。
二階から外へ。中々の高さだったが着地は成功。再び駆けようとする。
すると、上から凶悪な怒声が聞こえてきた。
「くそウサギィィィィィィィィッ!!!」
思わず上を見る。
執務室の窓。怒気を顔に貼り付けた大井の姿が見えた。
その手には大きなバケツ。既に『中身』を放った後だ。
二階から放たれたバケツの『中身』が、豪快に命中する。
ばしゃん! と。――通りすがりの山城に。
「…………」
頭からオレンジ色の粘液にまみれた山城が、暗い影を落とす。
一緒に歩いていた時雨が、恐る恐る声を掛けた。
「や、山城。大丈夫?」
「……不幸だわ」
「……お風呂、入りに行こっか。今なら空いてるだろし。僕も付き合うからさ」
「……時雨、本当にごめんなさい。私なんかの不幸に付き合わせてしまって……」
「気にしないでよ。僕と山城の仲じゃないか。だからほら、元気出して――ね?」
「うぅ、優しさが染み入るわ……。これが本当の不幸中の幸いね……ふふ。ふふふ……」
「……? 山城?」
「ふふ、ふふふふ、ふへっ、ふはへへはへは! はへへひへひひひひっ――!」
「や、山城!?」
「あはははははは! あははははあはひひひっ! ひひひ! ひふへっ! ひー!」
突然、山城が狂ったかのように爆笑しだす。
いや、これは――狂ってなどいない。山城はとても幸せそうだ。
オレンジ色の粘液まみれのまま、地面に倒れ、晴れやかに笑い転げている。
まるで、大型のペットとじゃれ合っているかのようだ。
珍しい光景に時雨共々目を丸くしていると――山城の頭にバケツが直撃した。
トタンの――薄金物特有の衝突音と共に、笑っていた山城が沈黙する。
「チッ!」
上から、凄まじい舌打ちが聞こえた。
大井だ。恐らく、投げたバケツの狙いが外れた為だろう。
直後、大井が執務室の窓から身を踊らせた。
追いかけてくる気だ。逃げるぴょん!
「待てぇゴラァッ!!!!」
待てと言われて待つバカなどいない。
大井が着地するよりも先に、卯月はその場から駆け出した。
向かう先は運動場だ。朝潮達が『大演習』の準備をしている場所である。
人も物もごちゃごちゃしてるし、撒くとしたらこの場所しかない。
「ねぇねぇ、朝潮ちゃん。この資材何処に持ってけばいい?」
「それはヲ級の那珂ちゃんさんの所ですね。――あ、港湾の那珂ちゃんさんは、そのままヲ級の那珂ちゃんさんの班を手伝ってあげて下さい。力仕事が多い筈でしたので」
「りょーかーい!」
「お願いしますね。……えっと、次は――天龍さん、すみません作業中」
「おぉ。どうしたよ、朝潮」
「先程、神威さんから連絡がありまして。注文の品が届いたとのことでしたが」
「おぅ、了解。――それじゃ、悪いな校長先生。少し席外すからよ」
「えぇ。こちらはお任せ下さい。――あぁ、時津風さん。儀式ではないのですから、トンカチはもっと繊細に扱って下さい。でないと、自分の指を打ってしまいますよ?」
「Let's have fun!」
「ねぇ、叢雲ちゃん。ちょっと――」
「んー? なに? 吹雪」
「あっちで雪風ちゃんが、鋸で木材切ってるんだけど――いいの?」
「げ、嘘!? あれ正面ステージに使うヤツよ!? 今すぐとめなさいッ!」
運動場。作業の喧騒の中、卯月は駆けながら後ろを確認した。
大井の足は予想以上に速かった。ぶちギレているせいもあるだろう。
卯月は取り敢えず、その辺の物を手当たり次第、足止めとして後ろにバラ蒔いた。
釘、金槌、カメラ、雑誌、猿の彫像、アヒルの玩具、丸くない奴、等々……。
事が起きたのは、昼なのに何故か『火』の灯ったランタンを放った後だった。
ランタンが地面に落ち、ガラス部分が小気味良くパリンと割れる。
すると、中の火が、近くにあった垂れ幕の一つに燃え移った。
マッチ程の火がメラメラと燃え広がり、あっという間に巨大な炎に変貌する。
予想外の火災に顔を歪める卯月だったが――ここで更に予想外のことが起きた。
なんと、燃え盛る炎が一ヶ所に収束し、人の形をとり始めたのだ。
この異常現象には流石の大井も驚き、一体何事かと足を止める。
卯月がこれ幸いと思った時には、既に人型の炎は放火に勤しんでいた。
周辺の可燃物を、片っ端から燃やして回っている。
「おいおいおいおいヤベーだろコレぇッ!? 朝潮ーッ! 朝潮ーッ!」
「深雪さん、どうし――な、な、何ですかコレぇッ!?」
「ちょっと深雪! どうしたのよこの火事!?」
「分かんねえよぉ! 気づいたら燃えてたんだって!」
「と、兎に角、消火です! 深雪さんは消火器を! 叢雲さんは消火栓に向かって下さい! 協力者はその辺の那珂ちゃんを適当に捕まえて下さい!」
「お、おう!」
「了解! あ、雪風、吹雪! あんた達は深雪と一緒に――」
「み、み、皆さん大変です! え、英語の先生が!」
「Are We Cool Yet?」
「おおおお!? 全焼してんじゃんかよぉッ!?」
「ケミカル。ランチのベンチ、マントルが饒舌に火を噴き上げて?」
「ふむ。やはりバーベキューは迫力が違いますな。実に神々しい」
「スペアリブ!」
「ゆ、雪風は消火器を取りに急ぎます!」
「み、深雪ちゃん! 深雪ちゃん!」
「なんだァ吹雪!?」
「なんか人の形した炎がいっぱいこっちに――アチチチチチチチ!?」
「うおおお!? なんだコイツら、こっち来ンじゃねぇッ! 共振パンチッ!」
悲鳴。絶叫。黒煙。火炎。爆発音。
運動場で繰り広げられる、阿鼻叫喚の地獄絵図。
卯月はこの混乱に乗じ、再び庁舎へと戻ったのであった。
火事が『鎮圧』されたのは、それから十数分後のことである。
話では、叢雲と深雪の活躍が華々しかったらしい。
SCP-662 - Butler's Hand Bell
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SCP-131 - The"Eye Pods"
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SCP-710-JP-J - 財団神拳
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SCP-999 - The Tickle Monster
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SCP-3092 - ゴリラ戦
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SCP-457 - 燃え盛る男
http://ja.scp-wiki.net/scp-457
次回、後編。うーちゃん確保編。
あなたはどっちのペスト医師が好きですか?
-
寡黙でミステリアスなペスト医師。
-
お喋りでハイテンションなペスト医師。