『ロストレガシー』   作:宇宮 祐樹

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『イミテーション:胎内回帰』
鼓動よりの目覚め


 

 それはまるで、胎内のようだった。

 

「……これは」

 

 海底遺跡へと続く道に、隠れるようにして通っている洞窟の果て。

 長くうねる道を抜けた先に、その広大な空間はあった。

 周囲を岩の壁でぐるりと囲まれた、見上げるほどの天井を持つ、薄暗い球状の空間。洞窟の構造上の関係なのか海水は侵入しておらず、ゆるやかな傾斜になっている床には、蜘蛛の巣のように中心から広がる道が通されていた。

 水から上がり、その道の一つへと足をつけながら、呟いた男がもう一度当たりをも渡す。

 

「何かの施設か? しかし……こんなものは、資料のどこにも……」

 

 小さな呟きと共に、松明が灯る音がする。

 ひっそりとした小さな灯りは、彼の身にまとう白色の鎧――ラギアクルス亜種の防具を照らしていた。

 かつ、かつと慎重な足跡を響かせながら、彼はその空間の中心へと歩いてゆく。

 

「……む」

 

 果たして、胎内の奥底には、一つの棺があった。

 外壁と同じ様な岩で造られた、紅い筋の通る棺。

 人間ひとりが入れそうなそれを見つけた時、彼はその棺の蓋が既に開かれていることに気が付いた。

 松明に照らされた床が、ぼろぼろに砕かれた棺の蓋を暗闇へ浮かばせる。

 そして、その灯りは、ぽっかりと口を開ける棺の中までを照らし出し――

 

「………どういうことだ?」

 

 それは、一糸纏わぬ少女の形をしていた。

 

 

 言い渡されたのは、海底遺跡の調査だった。

 モガの村近海に存在する、海底に構えられた戦闘基地が、それの名前である。

 いつ建てられたのか、誰によって造られたのかも定かではないが、今のところはギルドの管理下に置かれており、大海龍や冥海竜の討伐の際に、限定的に使われることがある施設だ。

 事の顛末としては、その付近の海域で突発的な地震が起きた、と言う話であった。

 以前にもそんな報告は何度か存在し、今回のそれも同様に、大海龍の出現が危惧されている、とのことである。

 そんな経緯を経て、海底遺跡の損害の調査、および大海龍の出現の是非を確認するために派遣されたのが、ルークスという一人のハンターであった。

 そんな彼はいま、ナバルデウスではなく、一人の裸体の少女を見つめている。

 

「…………どういうことだ」

 

 疑問ではなく、こんどは呆れと共に、吐き捨てた。

 地図でいう一番から二番へと続く道は崩れ落ちており、引き返そうと思った際に、ルークスはそこに小さな洞窟が拓けているのを見た。 

 明らかに整備されているそれを放っておくこともできない。それに、何の成果もなく帰還し、ギルドマスターに愚痴を言われるのも面倒である。

 仮にもG級の称号を背負っているハンターとして、そう振る舞うのは良くない気がした。

 

「……寝ている、わけではないか」

 

 棺の少女は母体の中の赤子のように、四肢を折りたたんだまま動くことはない。

 しかしながらその様子は、死んでいるというよりは、ずっと眠っているままのように見えた。

 

「とにかく、遺体ならギルドに報告が先か……? いや、しかし動かしてもいいものか……ああ、くそ。どうすれば……」

 

 珍しく饒舌になりながら、ルークスが呆れたように天を仰ぐ。

 そこには、天井から垂れ下がっている、いくつかの管があった。

 

「……あれは?」

 

 血管のような、赤色と蒼色の管。太さは人間の腕ほどであろうか。

 それらはいくつもが絡み合って地上へと垂れ下がっていて、しかしその先は食い破られたように断線してしまっている。

 突如として現れた物体に、ルークスは松明を真上へと掲げ、そちらへと歩いた。

 

「ますます、分からなくなってきたな」

 

 どうやら管は他にもあるらしく、ルークスが歩くたびに、天井から垂れ下がるそれが灯りへと照らし出される。

 そうして最初に見た管の真下へと辿り着いたとき、その一つだけが無事であること、ルークスの眼が捉えた。 

 管の中には遠目ではよく分からないが、ガラスのような何かが埋め込まれている。

 まるで星を見通す望遠鏡のような、鈍いレンズの輝きに、吸い寄せられていくようで。

 

「なんだ……? いや、違う……見られて――」

 

 そして、響き渡ったのは、

 

『認証に成功しました』

 

 男とも女ともとれない、感情の込められていない声だった。

 それと同時に、その空間の全体が淡い明かりによって照らされる。

 そして、ルークスはその空間が半壊しており、入って来たところの反対側に、巨大な穴が開いていることに気が付いた。

 

「な……!?」

『有機生命体の存在を確認。これよりイミテーション・プログラムを起動します。担当者様はご希望の生態デバイスを選択してください』

「……誰だ? 誰か、どこかにいるのか!?」

『なお、現在システムに物理的エラーが発生しており、一部の生態デバイスは使用できない状態になっております。また、『スルト』は現在アクセス不可の領域に存在すると想定されています』

「おい、そこの君か!? まさか、まだ生きているのか!?」

 

 松明を投げ、急いで棺の中の彼女の元へと駆け寄るが、当然ながらその少女は身じろぎひとつしない。

 直後、真上にある管の全てがうねうねと蛇のように動き出し、辺りを確認するような素振りを見せ始めた。

 

『なお現在、この領域は完全な持続が困難な状況下にあります。担当者様は指示を出したのち、すみやかに安全な場所まで避難してください』

「おい、だから俺は担当者などでは……!」

『繰り返します。現在、この領域は完全な持続が困難な状況下にあります。担当者様は、指示を出したのち、すみやかに安全な場所まで避難してください。繰り返します。現在――』

「……クソ、聞く耳もないか。なら、せめて彼女だけでも……!」

 

 淡々と繰り返される言葉を振り払いながら、ルークスが棺の中の彼女へと手を伸ばす。

 思わず触れたその肌は、柔らかく、まるで命の宿っているような、ほのかな暖かさがあった。

 

「……生き、て…………?」

 

 どくん、と。

 空間の全てに、心の鼓動の音が、響き渡った。

 

「な……っ」

『生態デバイスの選択を認証しました。「レーヴァティン」、起動します』

 

 それは、永い眠りからの目覚めのようにも思えた。

 細い脚が、岩肌へひたり、と静かな音を鳴らす。

 その体は、十代の前半ほどに見えた。

 背中までに伸びる髪は赤みのかかった黒色で、体つきは見かけの年齢よりも少し幼く見える。顔立ちは完全に少女のそれであり、しかしながらその瞼は未だに閉じられたまま。

 棺からひとりでに体を這い出した彼女に、ルークスは既に距離を取り、背中に装備した太刀へと手を伸ばしていた。

 黒い刀身――ジンオウガ亜種のもの――が、ひっそりと顔を覗かせる。

 

「基軸システム、全て正常に作動。感覚情報の起動――成功」

 

 薄い唇でそう言葉を紡ぎながら、彼女はゆっくりと瞼を開く。

 

「生態デバイスの起動に成功しました」

 

 夕焼けの色に染まった双眸には、白い鎧を身に纏う男が映っていた。

 

「……生き返った、のか?」

「いいえ。正確には、思考回路を指定されたデバイスへと移行しただけです。意識をこの体へと乗り換えた、と言った方が伝わりやすいでしょうか」

「意識の乗り換え……?」

「簡潔に説明するならば、先程喋っていた私と、今ここで喋っている私は同一の存在です。よろしくお願い致します、担当者様」

 

 刀を握る手を、ルークスは弱めることができなかった。

 けれど少女は彼の敵意を察することもなく、その後ろへと視線を向ける。

 ぼんやりとした視線の先には、ぽっかりと外壁に空いた壁の暗闇。

 しかしながら、少女はその先の、ここではない何処かを見つめているようだった。

 

「状況の確認を行います」

 

 どくん、と再び、空間が鼓動する。

 それと同時に、外壁へとまるで血管が走るように、夥しい数の紅い筋が通っていった。

 けれどその一つが行き場を失ったように淡くなってゆき、それに続くようにして筋はだんだんと色を失っていく。

 最後に残ったのは、指先で数えられるほどの数であった。

 

「……今のは何だ」

「この空間の現状確認を行いました。以下:破損状況の進行を確認。また、『スルト』の座標検索にも失敗。現在『スルト』は私の管理下ではなく、何者かの管理下、または単独での行動をしていると予測されます」

「……つまり?」

「あの壁の崩落は、ここにあった生態デバイスによるものです。それにより、この空間の崩壊が引き起こされる可能性があります」

 

 ぱらぱらと落ちてくる石のかけらが、彼とルークスとの間で音を立てた。

 

「不明なエラー、経過年数の既定値の超過を確認。また、動力の供給も通常の五十パーセントまでの低下を確認」

「単独での『スルト』の捜索、そしてその主導権の確保または破壊の達成、および当システムの保存は非常に困難を極めます。また、『スルト』の単独の行動は無作為な破壊活動の可能性を含みます。よって、目的の達成には本デバイス外の活動エネルギー、およびいくつか尽力を必要としています」

 

 じっと見つめる彼女は、とてもある何かを言いたげで。

 

「……もしかして、助けろと言っているのか?」

「人間の言葉で伝えるのなら、それが該当します」

 

 まわりくどいその言い回しに、ルークスが溜め息を吐いた。

 

「なんだそれは」

「申し訳ありません。まだ、人間の言葉については学習が未発達です」

「……それで、助けるというのは……ここから連れ出せばいいのか?」

「私への救助は不要です。ここでの救助は、どこかの大陸、またはそこに住まう生命のことを指します」

「…………どういうことだ」

「簡潔に申し上げますと、このままではどこかの大陸の一つが壊滅します」

「は?」

 

 淡々と告げられたその言葉に、ルークスが思わずそんな声をもらす。

 しかしながら、その同様に、彼女は冗談だのからかうだのの姿勢を見せることはなかった。

 

「いきなり、何を……」

「外壁の損傷度、また付近の海域の熱量の上昇から、『スルト』はおそらく不明な外的因によって暴走状態にあると仮定されます」

「……暴走?」

「はい。私の管理下にない『スルト』は、壊滅的な大陸の焼却、またそこに住まう生命体の根絶の可能性を含みます」

「そんな事、あるはずが――」

 

 口ではそう言ったけれど、ルークスはそれを疑うことはできなかった。

 あたかも死んでいたような少女が、生き帰って伝えてくれたその言葉を、疑う事などできなかった。

 常識が崩れていく音がする。

 既に、ルークスは正常な判断を下す事ができなくなっていた。

 

「お前は……いや、お前らは、何なんだ?」

 

 震えるような声の問いかけに、少女はこちらを見つめたまま、

 

「私たちは、かの厄災を討つもの。人の手によって造られた、(レーヴァティン)

 

 聞き慣れない単語に、ルークスは眉を顰める。

 

「……人間ではない、ということは理解できた」

「正しい理解です。我々をそうした分類に当てはめるのなら、それは龍に該当すると考えられます。もっと正しく表すのなら、龍に近き兵器、と」

「……けれど、今の君は人間に見える」

「はい。この生態デバイスは有機体との情報の伝達……いわゆる、対話のための体です。龍と人とで対話をするのは、困難を極めます」

「確かにそうだが」

「ですが、いま私とあなたはこうして話をできる。そうでしょう?」

 

 対話のための体。それに、龍に近き兵器という言葉。

 絡まる頭をほぐれさせるように、ルークスはぽっかりと空いた巨大な空間を見渡した。 

 

「そして、我々が『スルト』と呼んでいるものは、いわゆる決戦用に造られた生態デバイス……つまり、抗うための体です」

「抗うため?」

「はい。破壊ではなく、守るための力。生命を亡ぼすのではなく、その賛歌を謡うための龍。それが、本来の私であり――竜機兵(イコール・ドラゴン・ウェポン)と呼ばれているものです」

 

 イコール・ドラゴン・ウェポン――竜に等しき兵器。

 そんな馬鹿げたものの存在は、眼の前の彼女によって、すんなりと証明されてしまう。

 けれど、兵器だと自ら綴った、彼女のその表情は、どこか悲しげに見えた。

 

「……我々の力は、命を守るためのものです。けれどそれが今、どこかの命を奪おうとしている。このままでは、何の罪もない命が、無へと帰してしまう。それは、私たち本来の在り方ではありません」

 

 胸の前で手を合わせる彼女は、まるで人間のようにも思えて。

 

「だから、助けてください。この生命の溢れる大陸を、災厄よりお守りください――担当者様」

 

 まるで、祈りを捧げる聖女のように。

 人によって造られたそれは、そんな人間らしい言葉を吐き出した。

 

「……馬鹿げて、いる」

 

 果たして、しばらくの沈黙を破りルークスが放ったのは、侮蔑の言葉であった。

 なんとも突飛な話だ。眠っていた少女を目覚めさせたら、大陸一つをかけた闘いへと導かれるなど。

 今時の絵本にもない、陳腐な絵空事だとルークスは考えただろう。

 しかしながらそれは現実となって、今ここに彼の前で繰り広げられている。

 そしてまた、助けを求められているのも、事実であった。

 

「……ルークス」

「?」

「担当者と呼ばれるのは、あまり好きではない」

 

 まずはそこからだ、と付け足して、後ろに回した手を話す。

 驕りなのだろう。英雄譚のようなこの少女の助けに、応えたかった、それだけのこと。

 けれど、無機質な、けれどどこかに静かな光を湛えているそれを、見捨てることなど、できるはずもなかった。

 

「助けよう。その望みに、俺は全てをもって、応えよう」

 

 たとえそれが、人間でなく――竜であろうと。

 手を、差し伸べたのだろう。

 

「……承認しました。担当者様――ルークス様を、個別認識します。これからよろしくお願い致します、ルークス様」

「様、は抜けないのか」

「お嫌いですか?」

「……どちらでも良い。名前を呼んでくれるのなら、何でも」

 

 こてん、と首を傾げる彼女に、ルークスが答える。

 人間らしいその振る舞いに、彼は得体の知れない違和感を覚えていた。

 

「お前は?」

「?」

「……名前だ。俺も教えたのだから、そろそろ聞かせてほしい」

「個体名はありません。我々は全て、『レーヴァティン』で識別されています」

「……少し、呼ぶには長いな」

「では、認識可能な範囲での改名を要求します。そちらの方が効率的です」

 

 ふと考えるようにして、ルークスが顎に手を当てる。

 

「……レヴィ」

「はい」

「それで、いいか?」

「識別は可能です。それでは、これからは本デバイスのことを『レヴィ』と呼称するようお願いします、ルークス様」

 

 淡々と、抑揚のない無機質な声のまま、少女――レヴィはそう告げる。

 そして、それに既に慣れつつあるルークスは、彼女のぼんやりとした視線を受けたまま、その向こうにある大きな崩壊痕を見つめていた。

 

「……それで、これからどうすればいい」

「第一目標は『スルト』の捜索にあります」

 

 すぐさま答えたレヴィが、くるりと踵を返し、張り巡らされた道を歩いていく。

 そんな彼女の後ろを、ルークスは溜め息と共に追い始めた。

 

「そいつはどこに?」

「方角以外の詳細は不明です。よって、長期の捜索活動が予想されます」

「……長旅になる、ということか」

「そのためにはまず、我々の戦力を確保しなければなりません」

 

 そして、彼女が足を止めたのは、自らの背丈よりも大きな、瓦礫の前であった。

 おそらくあの穴が崩壊によって、天井から落ちてきたものなのだろう。

 よく見れば、その周囲一帯にも、同じような瓦礫が、地面にごろごろと転がっていた。

 しかしながら、あるのはその崩壊痕だけで。

 

「武器はどこにある」

「この、下に」

 

 指を差したレヴィにそって見下ろすと、ルークスはそこに血管のような紅い筋を見た。

 それをなぞるように、瓦礫の向こうの壁へと視線を投げると、そこには先程露わになった赤い筋が残っている。

 周囲を見渡せば、残っている赤い筋は同じように床へと走っており、そのどれもが瓦礫によって塞がれていた。

 眼の前の瓦礫へと手を添えながら、ルークスの行動を汲んだのか、レヴィが答える。

 

「崩壊の余波により、一部生態デバイスが使用不可になっています。まずは、この障害を撤去し、使用可能な生態デバイスを把握することが必要になります」

「なるほどな」

「手を。この瓦礫をレヴィ単独の力で撤去することは、不可能だと判断しました」

 

 言われるがままに瓦礫へと手を当てて、ルークスが力を込める。

 意外にも瓦礫はあっさりと崩れ落ち、その下にあるものへと、彼の眼が奪われる。

 それは、先程レヴィが入っていたものよりも巨大な、地面へ埋め込まれた、紅い筋の通る棺だった。

 その大きさはまるで、飛竜であれば一匹そのまま入ってしまいそうな――

 

「これはまだ使用可能です。回収します」

 

 紅い筋へとレヴィが触れると、どくん、と空間が鼓動する。

 同時に埋め込まれていた棺の扉が、横へと開き、せり上がるその中から、それが姿を現す。

 広大な空間へと、大きな翼を広げるのは。

 

「……リオ、レウス?」

 

 はるか高き、紅の竜。猛々しく空を駆ける、蒼天の支配者。

 それは、天空の王者――リオレウスの、その姿であった。

 

「はい。この生態デバイスは、リオレウスを模倣して造られています」

 

 答えるレヴィに、今一度ルークスがその姿を見据える。

 現れたリオレウスは、しかしながら全身が岩のようなもので形作られており、一見すれば全くの別物にも見える。

 所々に流れている橙色の筋は、まるで血液の流れを表すように、一定の明るさで点滅している。それだけで言えば、このリオレウスは、生きているようにも見えた。

 だが一切として動く様子を見せないそのリオレウスと地面との隙間に、レヴィが体をもぐらせる。

 慣れた様子の彼女とは正反対に、ルークスは佇むその火竜をまじまじと見つめていた。

 

「……さっきの言葉通りなら、このリオレウスの中にも乗り移れるのか?」

「万全の状態ならば、その通りです。しかしながらこのデバイスは内部構造に損傷が見られ、全身の三十八パーセントが動かない状態にあります」

「じゃあ、何の為に出したんだ?」

「これを取り外すために、起動させました」

 

 いつのまにか戻って来たレヴィが、その手の内にある何かを、ルークスへと見せる。

 どくん、どくんと脈を打つそれは、紛れも無い心臓のように見えた。

 

「それは?」

「生態デバイスを構成する基軸部分です。我々を造った人間は、これを不死の心臓と呼びました」

「不死の心臓、か」

「はい」

 

 それこそ、おとぎ話に出てきそうな単語に、ルークスが訝しげな視線を向ける。

 けれど、彼女の小さな手でとくとくと跳ねる心臓は、確かに止まることはないように見えた。

 その後ろにあるリオレウスの像は、いつの間にか紅い光を失っている。

 それはまるで、死んだようだった。

 

「……それが、武器になるのか?」

「はい。このようにして」

 

 ぐちゅり。

 水音と共に、レヴィの白い肌が、紅で染まる。

 細い指の間から流れる血で、彼女が心臓を握りつぶしたことに気が付いたのは、少し経ったころだった。

 

「何、を」

「不死の心臓の機能回収です」

 

 淡々と告げながら、紅に染まったレヴィがその手を口へと運ぶ。

 手にこびりついたその血を、彼女は舌を大きく突き出しながら、まるで子供が飴を味わうように、ぺろぺろと舐め始めた。

 指先と離れた舌先とに、赤い糸が結ばれる。

 

「充分ですね。リオレウス型の心臓の機能は健在です」

 

 小指についたそれをちゅ、と舐めとって、レヴィはそう呟く。

 それを糸口として、彼女の背後にあるリオレウスの形が、ぼろぼろと崩れ始めた。

 しかしながらその破片は地面へと堕ちることはなく、小さな背中へと集まっていく。

 そうして形作られたのは、一対の翼であった。

 

「……それが、武器か」

「周囲の物質を集積し、一定の形へと変化させる不死の心臓の機能の一つです。これを利用して、我々はイミテーション・プログラムを起動することが可能になります」

「さっきのリオレウスも、それで作ったのか」

「はい。ここにある生態デバイスの全てが、不死の心臓によって、既存の竜種を模倣したものになります」

「……明らかに、現代の技術ではないな」

 

 翼の調子を確認すると、ばさり、と土煙が舞う。

 レヴィの小さな体が浮くと同時に、ルークスが呆れたようにそう放った。

 そして、その彼女の後ろには、まるでこちらを誘うように、ぽっかりと空いた大穴が見えて。

 

「……なあ、レヴィ?」

「はい、ルークス様」

「ここにあるのは、ぜんぶあのリオレウスみたいに真似されている奴なのか?」

「はい。この世界にある、全ての竜を模倣したものとなっています」

「……それなら」

 

 球状になった、何もない空間。

 それは、まるで巨大な何かを包み込む、胎内のようにも思えて。

 

「いなくなった『スルト』は、何の模倣品だ?」

 

 その問いかけに、やはり彼女は淡々と答えるのみであった。

 

「……『スルト』は我々の通称です。決戦用に造られたあの戦闘デバイスは、情報の秘匿のため、専用の名称が設定されました」

「だろうな。そんなモンスター、少なくとも俺は聞いた事がなかったから」

「そして、『スルト』とは黒龍を模倣した、生態デバイスのことを指します」

「黒龍……それは、あのおとぎ話の?」

「今のこの時代では、そう伝承されているのですね」

 

「『スルト』はかの黒龍――ミラボレアスを模した、対黒龍決戦超龍機兵(イコール・ドラゴン・ウェポン)。破滅をもたらすものではなく、生命の賛歌を謡うために造られた、大地と豊穣の化身」

 

「――人々はそれを、グラン・ミラオスと呼びました」

 

 

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