ある恩讐の始まり
■
目醒めが、あった。
体に纏うのは鐵の鎧であり、流れるは紅蓮の血潮。そして確かに感じるのは、体の中にある鼓動。どくん、どくんと刻まれるそれは、止まることを知らないように感じられる。ぼやけた視界は、足元に群がる彼らの希望に満ちたまなざしを、確かに映していた。
私は――造られたのだろう。
どうしてか、それを理解できた。
私の役割は、彼らを――人を護ることであった。
その敵は黒き龍。世界を混沌へ陥れる邪悪の化身であり、災厄と滅亡をもたらす伝説に謡われる存在。古代より語り継がれていたそれに、彼らは叛逆しようというのだった。
もっとも、私にとっては、たった今に聞かされたおとぎ話でしかなかったが。
だが彼らの痛みは本物だった。ある者は怯え、ある者は恨み、またある者は逃げ出していた。弱い存在だった。だからこそ、私という存在を作り上げたのだろう。かの恐怖の化身と同じかたちを持つ、この私を。
そうすることでしか、生きることのできない存在なのだから。
ある存在との、対話があった。
私ではない、私。いくらか形容が難しいが、言葉ではそうとしか表せなかった。
その私ではない私は、私と同じように造られた存在ということを自覚していて、また自らの使命も知っているようだった。そしてまた、私よりも彼らのことを、いくらか知っているようでもあった。
そして私ではない私は、ずいぶんと彼らのことを嫌っているようでもあった。
疑問があった。私たちはどうして産まれたのか。彼らによって生み出されたのはどうしてか。そして――なぜ、彼らのために尽くさねばならないのか。
私にはその意味さえ理解できなかった。私らの使命があるのならば、それを全うせねばならぬと思ったから。私らを必要とするのならば、私らが望まれるのであれば、それに応えなければいけないと、そう思えたから。
自由、という言葉を初めて耳にしたのは、そこからだった。
いかなる事象にも縛られることのない、この世界における最上級の理。けっして侵されることのない、全ての生命が持つことのできる、最大級の権利。
それが、自由というものらしい。
私ではない私は、それを求めていた。このような使命に縛られることもなく、ただ自由に生きていたい。大海原を夢に見て、風のそよぐ草原を踊り、無限に広がる大空を羽ばたきたいと、そう願っていた。
また、私にもそれを授けたいとも、語っていた。
けれどやはり、私ではない私の語る言葉を、私は理解することができなかった。
なぜなら――私らは、生命ではないのだから。
必要とされるのであれば、手を貸そう。ここに正義を証明したいのならば、この力を持って刻み込もう。
少なくとも私は、そういった存在なのだ。たとえ人々の傀儡になろうとも、愚直に命令を受諾し、彼らの悲願を達成する。そのためだけの存在。
愚鈍なのは私のほうなのだろう。彼らの勝手によって生み出された挙句、その存在意義すらも彼らの手の内に委ねられているのだから。
騙されている。いいように利用され、消耗されている。
ここに自由はない。
けれど。
彼らを護りたいというこの気持ちだけは、本物だと信じられた。
■