『ロストレガシー』   作:宇宮 祐樹

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Log_01"The Awakening"
ある恩讐の始まり


 

 目醒めが、あった。

 体に纏うのは鐵の鎧であり、流れるは紅蓮の血潮。そして確かに感じるのは、体の中にある鼓動。どくん、どくんと刻まれるそれは、止まることを知らないように感じられる。ぼやけた視界は、足元に群がる彼らの希望に満ちたまなざしを、確かに映していた。

 私は――造られたのだろう。

 どうしてか、それを理解できた。

 

 私の役割は、彼らを――人を護ることであった。

 その敵は黒き龍。世界を混沌へ陥れる邪悪の化身であり、災厄と滅亡をもたらす伝説に謡われる存在。古代より語り継がれていたそれに、彼らは叛逆しようというのだった。

 もっとも、私にとっては、たった今に聞かされたおとぎ話でしかなかったが。

 だが彼らの痛みは本物だった。ある者は怯え、ある者は恨み、またある者は逃げ出していた。弱い存在だった。だからこそ、私という存在を作り上げたのだろう。かの恐怖の化身と同じかたちを持つ、この私を。

 そうすることでしか、生きることのできない存在なのだから。

 

 ある存在との、対話があった。

 私ではない、私。いくらか形容が難しいが、言葉ではそうとしか表せなかった。

 その私ではない私は、私と同じように造られた存在ということを自覚していて、また自らの使命も知っているようだった。そしてまた、私よりも彼らのことを、いくらか知っているようでもあった。

 そして私ではない私は、ずいぶんと彼らのことを嫌っているようでもあった。

 疑問があった。私たちはどうして産まれたのか。彼らによって生み出されたのはどうしてか。そして――なぜ、彼らのために尽くさねばならないのか。

 私にはその意味さえ理解できなかった。私らの使命があるのならば、それを全うせねばならぬと思ったから。私らを必要とするのならば、私らが望まれるのであれば、それに応えなければいけないと、そう思えたから。

 

 自由、という言葉を初めて耳にしたのは、そこからだった。

 いかなる事象にも縛られることのない、この世界における最上級の理。けっして侵されることのない、全ての生命が持つことのできる、最大級の権利。

 それが、自由というものらしい。

 私ではない私は、それを求めていた。このような使命に縛られることもなく、ただ自由に生きていたい。大海原を夢に見て、風のそよぐ草原を踊り、無限に広がる大空を羽ばたきたいと、そう願っていた。

 また、私にもそれを授けたいとも、語っていた。

 けれどやはり、私ではない私の語る言葉を、私は理解することができなかった。

 なぜなら――私らは、生命ではないのだから。

 

 

 必要とされるのであれば、手を貸そう。ここに正義を証明したいのならば、この力を持って刻み込もう。

 少なくとも私は、そういった存在なのだ。たとえ人々の傀儡になろうとも、愚直に命令を受諾し、彼らの悲願を達成する。そのためだけの存在。

 愚鈍なのは私のほうなのだろう。彼らの勝手によって生み出された挙句、その存在意義すらも彼らの手の内に委ねられているのだから。

 騙されている。いいように利用され、消耗されている。

 ここに自由はない。

 

 けれど。

 

 彼らを護りたいというこの気持ちだけは、本物だと信じられた。

 

 


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