誰か私に萌えとは何かを教えて下さい。
「……もしもし」
彼女――西住まほ――には似合わず、不安げな声が電話の向こう側から聞こえる。
「もしもし?今週の土曜って空いてる?」
「えぇ、はい。午後からの予定は無いです。午前は戦車道がありますが」
「そっか。じゃあ一時くらいでそっちに行くよ。お茶でもどう?」
特に不機嫌ということもないようで、まほはすんなりと了承した。
電話を切り、
許婚と会うのは久しぶりだ。大学が忙しかったから、実際に顔を合わせるのは半年ぶりになるだろうか。
「準優勝、ねぇ」
十分にいい成績だろうと思う傍らで、それでも西住流はと語られる彼女を想いながら、まひろは寝ぐせをつまんだ。
週末。
約束の時間と後日決めた場所に、まひろは寝ぐせも直さず立っていた。
「すみません、遅くなりました」
「一、二分でとやかく言うほど小さくないよ、俺は」
急ぎ足で来たのだろう。まほは少しの間を置いて息を整えると、制服姿のまま背筋を伸ばす。
「誘って頂きありがとうごさいます」
「こちらこそ、ありがとう。それより敬語はいいって。いつも通りでよろしく、まほ」
「っ!……すまない。久しぶりで少し、な」
無理もない。半年ぶりに会った一つ上の異性に対して、西住まほが丁寧な対応をしようとするのは彼女の生活や性格からも当然の流れだ。
「気にしなくていいよ。それより、中入ろう。今日は少しばかり暑いし」
彼の提案に、まほは自分が思ういつも通りの返答を返す。
だが内心、やはり優しい人だと。昔馴染みの背中を見ながら思う。
急ぎで来たから少しだけ汗をかいていて体も僅かに熱を帯びている。狙ってか無意識にか、まひろはそんな彼女を思って言い出したのかもしれない。
昔から変わらず、彼は優しい。
そんな思いを、まほは表情ごと飲み込む。流石に長い付き合いとはいえ、こういったことは恥ずかしさがあるのだ。
まひろが事前に見つけていた喫茶店へと二人は入る。中は適度に冷房が効いていて中々に心地がよかった。
「相変わらずみたいだな」
「そっちもな。あ、遅ればせながら隊長!準優勝おめでとうございます」
わざとらしい敬礼をつけて、まひろは目の前の少女に賞賛を送る。
今までのまほの経歴を考えれば、賞賛の声は何度も聞いたのは言うまでもない。
それでも、屈託なく笑い、心から送られる彼の言葉は、どんな名誉のある賞よりも心に響いた。
……しかし――。その先を考えるのを、まほは意識的に拒んだ。
「それは、本当に遅れているな。それに祝いの言葉は前に貰っている」
「書面でだろ?こういうのは直接言わないと言った気にならん」
「フフッ、そうか」
普段から大人しい、戦車に乗っても冷静な彼女らしく、零した笑いは控えめだった。
まほは注文したコーヒーカップに口を付けると、すぐに対面にいる彼を見る。
「そういえば、何か用があったのか?」
「別に?まぁ強いていえば、ちょっと心配でな」
「心配……」
まひろは優しい。
だからこそ、そんな彼が心配するとしたら何かと考える。そして、その答えはすぐにある事件に行き着く。
いや、実際に事件というほど大仰なものではないのだが。
「みほ、上手くやってるといいな」
「……あぁ。そう、だな」
まほも彼と同じ思いだ。
だが、転校した西住みほ――妹をこういう事態に追い込んだのは自分でもある。あの時、自分がしっかりとしていれば、みほもこんなことにはならず、優勝だってできただろう。
あの準優勝という結果は自分の不手際だった。実の母にも、一緒に戦ってくれた仲間にも、応援してくれた人達にも――なにより、妹であるみほに申し訳ない。
「しっかし、心配だ」
「そう、かもしれないな」
「あ〜心配だよ。なんたって戦車道の時はともかく、普段は意外にドジだし不器用だし、ついでに何考えてるのか時々分かんねぇからなぁ」
彼は決して悪気があって言ってはいない。それが分かるからこそ、まほは反論することなく、小さく頷いた。
「え、自覚あんの?」
「え、……え?」
「いや、俺が言ってんの――まほのことだぞ?」
「……ん?」
ちょっと待って欲しい。そんな懇願が真っ先に浮かぶまほ。
一体、いつの間に話の主役が自分になったのか。まひろはみほが心配で自分に話を聞きに来たのではなかったのか。
懇願はすぐに困惑に変わる。それを察したのか、まひろは面白そうに笑う。
「俺、最初からまほに会いに来てるんだぞ?」
「え、あ、あぁそうだな」
「みほが心配ならそっちに行ってるって」
まひろは自分を心配して会いに来た。それは嬉しいことではあるが、みほは心配ではないのだろうか。いやそもそも……。
よく分からない感情にまほは戸惑いながらも言葉を紡ぐ。
「私が心配だった、のか?」
「そりゃあな。まぁ、みほも含めて戦車道以外はどっかぬけてるのもあるし、みほの転校の理由聞けばな?」
「……それは、言葉もないな」
自分は戦車道で、彼自身も大学で忙しかったからこそ、ここ半年は連絡もまばらだった。メールや電話のやり取りがゼロだった訳でもないが、それでも昔と比べればかなり少ない。
「みほと連絡は取ってるのか?」
「いや……どうしても気まずくて……」
「まぁ、気持ちは分からなくもないが。でもメールくらいしてもいいんじゃないか?連絡先、知らないわけじゃないんだろ?」
「あ、あぁ。そう、だな。今度、できれば……」
「おう、そうしろ。まぁ強制はしないけど。何か話して一区切りしとかないと、お互いにアレだろ?」
そうだな、と。まほは笑みこそ作れないがまひろの意見を肯定する。
そしてやはり、優しい人だと思う。
いつも誰かを気にかけて、周りを笑顔にしてくれる人だ。
言葉はキツくないけれど、ダメなときは叱ってくれる人だ。
照れくさいが、彼はかっこいい。まほの素直な気持ちはそれだった。
「ところで、大学は大丈夫なのか?」
「ん?そりゃもちろん。わざわざ半年かけて今年の分の単位稼いだに決まってんだろ。全部じゃないけど」
「相変わらず、凄い行動力だな」
「一点集中の短期決戦型なんだよ」
「あぁ、そうだった」
思えばいつもこうだった。
彼はいつも、こんなくだらないことを言っては自分を笑わせようとしてくれる。
頭の上で跳ねている寝ぐせよりも、誰かのことを考えてくれる人なんだ。
――そんなことをまほは思う。
――まひろ視点――
「送ってくよ。というか、会いたくないけどしほさんに挨拶しといた方が良いだろうし」
まほと実質的なデートの帰り、俺は西住流現当主であるところの西住しほ――まほやみほの母親と顔を合わせねばならない。
いや、強制ではないが、一応マナーというかそういう感じだ。
「そうか。なぁ、まひろ」
「なんだ?」
「時間もあれだろうし、泊まっていくか?」
至って正常な男子なら誰もが飛び跳ねて空中で二回転半横捻りでも繰り出さんレベルのお誘いだ。流石にそこまではしないか。
しかしこと西住まほからの誘いとなると、俺としてはそこまで、それこそ飛び跳ねるほど嬉しいとは思わない。
勿論嬉しくないわけがないのだが、なんだろうか。
言ってしまうと、まほは恋愛対象にならない。
可愛いやつだと思うし、守ってやりたい気もする。けれどそれは、どちらかというと妹のような感覚に近いのだ。実の妹(ではないが)に欲情するのは、流石にどうでしょうか。
まぁ逆に言えば、こういったお誘いにも何ら抵抗はないということだ。
「それじゃあ、お邪魔になるかな」
「分かった」
「あ、そうだ。一宿の恩に、一飯は俺が請け負おう。カレーでいいか?」
「あぁ。是非食べたい」
こと器用さに定評のある俺だ。料理くらい朝飯前だ、文字通り。
「ただいま戻りました」
「おかえり、まほ」
「お久しぶりです、しほさん」
「まひろか」
相も変わらず無愛想。というか冷静沈着の方が性に合ってるかな。
まほの母、西住しほが俺を呼び捨てにするのはそこまでおかしいことではない。
俺の実家――東条家は戦車道への補助金を払っていて、言ってしまえば大手のスポンサーなのだ。
西住家とは昔からの付き合いがあり、その跡取りになるであろう俺とまほ、みほは、歳が近いこともあって幼い頃からよく一緒にいた。まぁそれもあって、どっかのバカが縁談を持ち出したんだが……。
俺は実家にいるよりここに訪れている事の方が多いのではと思えるくらいに敷居を跨いでいるので、しほさんからすればかなりの顔馴染みなのだ。俺は苦手だが。
「変わりないようで何よりです」
「人間そう簡単に変わりませんから。それより、キッチンを借りても?」
「何か作るの?」
「しほさん、本日の夕飯はカレーです」
まぁ苦手だからといって変に遠ざけるようなことはしない。親しき仲にも礼儀ありというが、親しくなければ礼儀も程々ってね。
しほさんに台所の使用と一泊の許可を貰い、俺は一人でキッチンに向かう。場所知ってるし。
その後、特製のカレーを三人で食べ、なんのトラブルもなく俺は寝床に入る。ラッキースケベなんてあるわけないだろ。
俺はマンガの主人公じゃない。だからそんな展開がある訳でもない。
だから――俺はいつも足りないんだ。
書いてみて、あれ?重くなりそう?
誰か私に萌えとは何かを教えて下さい(切実)。
ボチボチ書いていく予定です。
2020/03/19
一部修正しました。