西住まほは俺の嫁……らしい。   作:江波界司

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ちょっと長めです。
詰め込み過ぎな感はありますが、ご了承ください。


策士の選択肢

 雪上を駆け巡る戦車は、やがて寒さを吹き飛ばさんばかりに火力という熱を帯びる。

 大洗とプラウダの隊が激突し、放たれた弾丸の先では白旗が上がった。

 先制する大洗。その勢いは止まらず、プラウダは逃走を余儀なく選択する。戦果も成果も順調だ。

 ――否、順調過ぎる。

 

「――これは」

 

 まひろの隣で、ダージリンが意味深な笑みを浮かべていた。

 その意味を、彼もまた理解している。そして画面の先、戦車の中から顔を出しているみほの表情にも、同様が見られた。

 この形、およそプラウダが得意とする包囲戦の誘導だろう。

 それを知ってから知らずか、大洗は止まらない。

 みほに策があるのだろうか。いや、さっきの表情は……と。思考するまひろの中では、二連勝のという今大会の成績がチラつく。

 勢いとは諸刃の剣。斬れ味こそ良いが、過ぎれば身を滅ぼす。

 

「カチューシャは今頃、この光景を嘲笑っていることでしょうね」

「…………」

 

 カチューシャを直に知らない以上、まひろはなんの推測もたたない。

 分かるのは、今大洗が包囲され、追い詰められ、ボロボロの戦車と共に建物に逃げ込んだということだけ。

 

「大洗、ピンチですね」

「かもな」

 

 得意と言われるだけあって、陣形も中々に上手い。

 力が分散しないように戦車を配置し、敢えて守りの甘いところをつくる。間違いなく誘いの二重包囲だが、逃げ切るためにはそこを潜る選択もあるだろう。

 逆の手、一発逆転を狙ったフラッグ車への攻撃は――後ろに控えた部隊が迎撃し、さらに包囲。

 

「流石って言うだけあるわな。完璧に近い」

「あら?随分と弱気な発言ね」

「いや?……こんな言葉を知ってるか?『完璧主義では、何もできない』」

「――――」

「……ウィンストン・チャーチル、ですね」

 

 本来はあれこれと想定してしまうからこそ実行に移せない、という意味だったか。

 だが今のプラウダ、カチューシャには皮肉で伝わる。

 完璧だからこそ、付け入る隙があると。

 

 

 

 

 

 

 

 まひろの言葉がその結末を示すかのように、事態は動いた。

 沈黙を破った大洗は反撃を開始――包囲網の最も堅い部分へと進行する。

 単独に動く38tが撹乱し、大洗の部隊は危機的状況を打破した。

 38tが撃破され、そこからは雪上鬼ごっこが始まる。

 全火力で追うプラウダを、IV号と三突が高地を利用して躱す。

 どちらが先にフラッグ車を撃破するか。

 正真正銘、時間との勝負になった。

 

「……さっきから、プラウダ戦車の射撃率おかしくね?」

「ブリザードのノンナ。狙撃の名手、といったところかしら」

 

 明らかに一機だけ、ほかの追随を許さずに狙い撃つ戦車。ノンナの狙撃が確実に大洗の数を減らしていく。

 そして――。

 着弾の音が白い雪を弾けさせた。

 

『プラウダフラッグ車、走行不能。大洗の勝利!』

 

 別動していた三突が雪に車体を埋めながら、逃げ回るフラッグ車を撃ち抜いた。

 ノンナの放った弾丸は、文字通り紙一重で致命傷に至らず。

 準決勝は、大波乱の勝利者を生んだ。

 

「決勝進出、おめでとうございます」

「俺に言ってどうすんだよ」

「これから彼女達の所へ行くのでしょう?よろしくお伝え下さい」

「あぁ。そういう」

「ところで残念なことに、茶葉を切らしてしまいました。紅茶のおかわりは、次の機会でよろしいかしら?」

「構わないよ」

 

 雪上の茶会を後にするまひろ。その足で、彼は大洗の元に向かう。

 ――正直、一度まほの所へ行こうとも考えたが……それは無粋だろう。

 きっと大丈夫だ。そう彼女を信じることにした。

 

 

 

 

 

 

 大洗におめでとうと伝えに来たまひろは、そこで落ち込みかねない話を聞くことになった。

 ――大洗が廃校になる。

 会長の角谷から聞かされた話は、この試合で他のメンバーも知ったばかりの裏の話だった。

 角谷が取り付けた約束は、戦車道の大会で優勝すれば廃校を撤廃させるというもの。かなり無茶な話だが、それしかなかったのだ。

 角谷とまひろは、雪の降る夜空の下で互いを正面に見ていた。

 

「……今まで言わなかったのは、プレッシャーをかけたくなかったから、か」

「まぁね。……西住ちゃんには、無理して欲しくなかった」

「そうか」

 

 飄々としていた彼女の表情が曇る。

 

「今更になるけど、何かあったら言ってくれよ。できることはする」

「迷惑をかけたくなかった」

「それこそ今更だ。角谷が俺を信用できないのは分かるが、何も知らずにいた事の方がつらい」

「信用してなかったわけじゃない。……すまない」

「いや、いい。それに謝るのは俺の方だろう。口だけで、何もできてない」

 

 約束を取り付けたのは角谷がまひろと知り合うより前で、大洗は戦車道でここまで来た。

 今更、負けてもいいだろうという話にはならない。

 戦車道以外のところでまひろが説得に動くなりしようとも、優勝という肩書きがなければ無意味に終わるだろう。

 そのことは、角谷も理解していた。

 

「西住ちゃんには、結局無理させちゃったかな……」

「いや、無謀だとしても、無理はしてないはずだ。みほは、ここが好きでやってる」

「……そっか」

「そろそろ行くよ。用事ができた」

 

 既にみほに伝えるべき事は伝えていた。

 プラウダの二人と話しているみほを横目に、まひろはその場を去る。

 ……ところで、なんでロリっ子が高校の制服着てんの?

 

 

 

 

 

 

 

 東条家の屋敷――まひろの実家。

 仏壇の若い女性の写真に手を合わせるまひろは、どうにか落ち着こうと念じていた。

 大洗の件は、まほには話さなかった。かなり迷ったが、そのことと戦車道を結び付けさせたくはなかったのだ。

 決勝で、彼女らはぶつかる。きっとまほは、一切手加減なく叩きのめすだろう。それでこそ西住流であり、それでこそ西住まほだ。

 だから、その事とこの件は、別の話にしなければならない。

 

「……帰ってくるのは、かなり久しぶりだな」

「用事があるだけだ。――親父」

 

 わざわざ電話でアポを取ってまで、まひろは実の父と話す機会をつくった。

 スーツを着こなす風格のある大人は、その事実を追求することなく佇む。ただ無言で、要件だけを待つように。

 

「あんたなら、大洗の件も知ってたはずだろ」

「それがどうした」

「なんで言わなかった?」

「言う機会があったか?」

「メールなんていつでも送れるだろ」

 

 気がつけば、まひろは強く拳を握っている。

 それを知っていて尚、まことは何を思うのかも分からない鉄仮面で言う。

 

「言わなかった私を非難しに来たのか?」

「違う。言わなかった理由を聞きに来た」

「――言う必要がなかった」

「――っ、……」

 

 憤りが歯に痛みを感じさせるほどに力ませる。噛み締めた口は、容易に開かない。

 あるいは、開かない方が良かった。

 理論も理性も無視して――まひろはただ感情を吐き出した。

 

「また……それかよ」

「…………」

「で、次はなんだ。俺には関係ないってか?――んなわけねぇだろ。当事者にすら、あんたは必要ないってほざくんだろが」

「…………」

 

 まひろのありったけの感情にすら、まことは無言と無表情を貫く。

 

「あんたが何もかも、勝手に決めんなよ。少しは理屈抜きで周りを見やがれ」

「…………」

「確かに、ガキには決め兼ねる話かもしれねぇこともある。けどよ、それと感情は別問題だ」

「…………」

「許婚の話もそうだ。なんでお前が決める?少しは人の思いも考慮してから議論しろよ。それとも――そんなに強い女が好きか?」

 

 反抗期はなかった。違う、ただ反抗しなかっただけだ。反抗するだけの力がなかっただけだ。

 長年溜め込んだ感情が、関を割ったように溢れ出す。

 

「あの時、なんであんたは側にいてやらなかった?また仕事って逃げんのかよ。そんな言い訳ばっかで何もできなかったら、今度はその現実から目を背ける。役職がなんだよ、功績がなんだよ。――あんたは、ただ弱い自分を見たくないだけだろ!」

「…………」

 

 言い切った。吐き出した。言いたかったこと、溜め込んだものを全部。

 もちろん、こんなのはただの文句だ。大洗のこととは何も関係がない。

 そんなことは理解している。その上で、まひろは言ったのだ。思いの丈を、全て。

 実の息子の思いに、彼――まことは、ようやく口を開く。

 

「言いたいことはそれだけか?」

「――――」

 

 淡白という言葉すら甘く感じられ程に、東条まことは何も言わぬまひろを見て踵を返す。

 どこまでも冷静で、冷淡で――感情をどこかに忘れてきた様な仕事人間。……否、ただの父親失格。

 

「……なんで、ありがとうの一言も言えねぇんだよ。……この、クソ親父」

 

 部屋を出た彼には聞こえない抵抗は、こだますることなく消える。

 

 

 

 

 

 

 

 まひろの母は、幼い頃に亡くなっている。

 もとより病弱で、入院することが常だった。

 そんな彼女はある時重い病気にかかり、本当の意味で寝た切りになる。子供の身ながら、まひろは何度も一人で見舞いに行った。父と行った記憶は、ない。

 弱っていく母を見ながら、まひろは自分の弱さを嘆いた。今の医学では、どうにもならないと、聞かされていた。

 やがて、母はこの世を立つ。

 最後に聞いた母の声が、今でも耳に残っていた。

 

『あの人は……私なんかで、幸せって、感じてくれたかしら……』

 

 体が弱く、決して博識だったわけではない人だった。気弱ではなく、優しいだけが取り柄のような人だった。そんな母は、最後まで東条まことのことを気にしていた。

 けれどあの人は、東条まことは、母を愛してはいても、気持ちを伝えはしなかった。

 今だって、なにか出来ないかと医療関係者への打診や援助を続けている。

 ……それでも、彼は彼女の問いには答えなかった。答える間もなく、彼女はいなくなった。

 まひろは思う。

 何故あの時、まことは来なかったのか。

 最後までどうにかしようと動いていたから?諦められなかったから?

 違う……そんなのは自己満足で、ただ自分を正当化しているだけだ。

 たった一言、母にありがとうと伝えることが何故できなかった。

 衰弱していく母を見ていた彼は分かる。日々元気を無くしていく母の姿は、弱く無力な自分を見せつけられているようだった。まひろはそんな母から目を背けず、ただ何もできない現実逃避向き合った。

 けれど、東条まことはそれから逃げた。悪あがきですらない、ただの現実逃避。

 だから決めた。

 ――彼のようにはならないと。

 

「…………」

 

 一人、ここ半年は入ることすらなかった実家の自室で、まひろは静かな天井を見上げている。

 まひろは自分が無力なことを知っている。それがとても嫌いだった。

 だがそれでも、そんな自分を否定しない。

 弱い事実を、自分を受け入れようと。その上でできることをしようと決めていた。

 恐らく、今の大洗の廃校撤廃のためにできることは、何も無い。

 それでも……まひろはただ、できることをする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よう、まほ」

「ああ」

 

 大会の準備期間中ではあるが、まひろは僅かな時間を合わせてまほの下を訪れた。場所はまた、前に来た喫茶店である。

 

「何か用だったか?」

「いや、なに。ちょっとした激励だよ」

「激励?」

 

 明後日はいよいよ決勝。黒森峰と大洗、西住まほと西住みほがぶつかる。

 まひろは彼女らがどれだけ戦車道に思い入れがあるか、そして守りたいもが大事かを知っている――つもりだ。

 だから、後顧の憂いなく戦って欲しい。そう願う。

 

「みほのことは気にすんな。もし、しほさんが勘当するとか本当にやり出したら、俺が全力で止める」

「……っ」

「だから安心して、思いっきりやって来い」

 

 自分が気にしていたことを、まるで心を覗いたかのように言い立てる彼。

 まほはそんな彼を見ながら、ただ安堵する。そしてすぐに、その落ち着きは感謝に変わった。

 西住まほの複雑な心境を知るのは、多分自分だけだと。だから自分がどうにかするしかない。そう決めていたからこそ、ブレそうな覚悟を保てていた。

 けれどそんな不安定な思いは、彼がいるだけで一度崩れる。

 形をなくした思いは、不安や心配な姉心を全て包んで再構築され、形を変える。

 もっと安定した、安心という状態に――。

 

「――ありがとう」

 

 心からの言葉。西住流でも、西住みほの姉でもない――純粋な気持ちから出たもの。

 それでも、きっと彼は――。

 

「大したことじゃねぇって。それに、俺がしたいだけだからさ」

 

 やはり、そう言うだろう。

 けれどそれは大したことなのだ。

 西住しほを止めるなど、普通はできようがない。たとえハッタリでも、そんなに説得力を持っていえるはずがないのだ。

 彼は謙遜するが、西住まほは彼を凄いと思っている。

 その行動力も、誰かのためにそこまでしようと思う思考も。自分にはできないことを、簡単にやってのけることも。

 素直に、カッコイイ。

 

「みほは強いぞ?」

「ああ。分かっている。だが――」

「西住流に逃げるという道はない、か」

「たとえ相手が誰であっても、私は全力で戦う」

「流石だ」

 

 激励というなら大成功だ。

 まほは後ろめたい全てを振り切って、大洗との一戦を見据える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……もしもし?まひろくん?」

「あぁ、俺俺」

 

 大会前夜。遅くなり過ぎない時間帯で、まひろはみほに電話をかけた。

 本当は会いに行きたかったが、みほと話すなら電話越しの方が何かと都合が良かった。彼女のために。

 

「どうしたの?」

「いや、明日がいよいよだろ?心配で寝れてないとかないかと思ってな」

「うん、大丈夫。お姉ちゃんは、黒森峰は強いけど、皆の為にも頑張るから」

「そっか。不安なことはないか?」

「ない……って言ったら嘘になる、かな」

「なら、話せよ?聞いてやる」

「えっ?」

 

 あまりにも予想外な返しに、みほは思わず聞き返す。

 意味よりも意図が分からなかった。

 

「心配事とか不安要素とか弱音とか、今のうち全部言っとけ」

「えっと……?」

「そういうのがあるなら、なくなるまで言え。明日言わなくて済むように」

「…………」

 

 今、西住みほは隊長だ。

 だから、彼女は皆を勝たせるために、大洗を守るために頑張ろうと決めていた。今も、目の前のPCは想定させる部隊とその攻略法を練っている。

 みほは誰にも弱音は吐かなかった。チームメイトに心配させたくなかったし、そんな姿の隊長ではありたくなかった。

 多分、無意識下で彼女は自分への負担を無視している。

 そのことを、電話越しの声にみほは自覚した。

 

「……お姉ちゃんなら、下手な陽動は看破してくると思う」

「ああ」

「黒森峰の戦力を考えたら、一番確実なのはフラッグ車と一対一に持ち込むこと。でも、火力で劣るから時間稼ぎもギリギリの勝負になる……」

「確かに」

「黒森峰の弱点は意表を突くことだけど、連携を乱すことも場合によっては難しいかもしれない」

「黒森峰のペースで戦うことになれば、かなり難しいだろうな」

 

 ポツポツと語り始めた内容は、明日への不安と隠していた弱音だった。

 

「皆には、廃校のことがプレッシャーになるかもしれない」

「みほは大丈夫か?」

「どう、かな?私も……気にしてるとは思う」

「そっか」

「それに――」

「ああ」

 

 頭に浮かぶ想定と想像。その最悪のシナリオは後を絶たない。

 みほは、自分自身が思っている以上に不安要素を抱えていたことを知る。

 諦める気も、引く気もない。けれど、勝てるかどうかは別問題。

 相手はあの西住まほだ。油断も偶然が生む判断ミスもないだろう。

 今まで戦ってきた高校が弱いわけではない。それでも今までのようには行かないと思える程に、黒森峰は強い。

 けれど――勝ちたい。

 そう思うことが、逆に勝たねばという考えを引きずり出す。

 

「――廃校のことは心配しなくていい」

「……っ!」

 

 優しく、諭すような声にみほは声にならない声を漏らした。

 

「もし負けたらなんて考えなくていい。その時は俺がどうにかしてやる」

「まひろ、くん……」

「金だけはあるしな?学園艦に金が掛かるならその分払って、それでも足りないなら働くかな、国で」

「そこまでしなくても……」

「それくらいの覚悟があるってことだよ。みほやまほが戦うのに、俺が見てるだけじゃむず痒いって」

 

 そこまでさせるのはみほの方が申し訳ないと思ってしまう。いくら想定の話とはいえ。

 けれど彼なら、それくらいやってしまいそうだ。彼は自分が思っている以上に、そういう行動力がある。

 まひろは覚えていないだろうが、あの戦車道のボードゲームも一度は買うことをしほに否定させれている。それを、園児くらいの少年が説き伏せて(とまではいかないが)購入に漕ぎ着けたのは当時から今でも驚きだ。

 自分は知らない内に無理をしていたのかもしれないが、彼はそんな自分がまだまだ余裕だと思えるくらいに無茶をする。

 それも、誰かのために。

 

「……私、勝つよ」

「おう」

「まだ、皆と戦車道を続けたいから」

「みほならできるかもな。まほは、西住流は強いけど――」

「伝統なんて爆発しろ」

「そういうこと」

 

 あれだけ不安なことを話したのに、口にしたのに。

 顔も見えない二人は、心からの笑顔を浮かべた。

 

 

 

 

 




なんか書いていたらすごく重い話になってしまった気がします。
そしてラブコメってなんだっけ感が……。

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