戦車道大会、決勝。
会場でもあり、戦車道の聖地とも呼ばれるそこは、想像される激戦を一目見ようと溢れかえるような人々が集まっていた。
そんな人混みを避けるように、まひろは広い草原に立つ。
だがそこには、見慣れぬ光景が広がっていた。
「なんだこれ……」
そこにはたくさんの制服姿の女子生徒達が倒れていた。何かあったのだろうか。
ひとまず息はある。
まひろは一番目立つ、ツインテールの少女を揺すりながら起こした。
「……なん、だ?もう、朝か」
「朝と言うより午前だな。こんな所で寝てると風邪引くぞ」
「……あぁ、すまない。……ところで、私は何故ここに……」
「知らねぇよ。試合の観戦かなんかじゃないのか?」
「……試合……観戦……っ!」
意識がいまいちハッキリしていなかった少女はすぐに目を見開いた。
彼女は飛び起き上がると、周りの女子学生を起こして回る。
「おい、起きろッ!試合が始まるッ!」
「ドゥーチェ……そこはチーズに決まってるじゃないスか〜……」
「パスタの話はしていない!さっさと起きろッ、ペパロニ!」
寝惚けた皆を起こす度に、彼女のツインテールが忙しく揺れている。
まひろは手伝ってやろうかとも考えたる。が、余計なお世話はこの位で納めておこう。試合もそろそろだ。
「おい、そこの……えっと、何だ!」
「何だってなんだよ」
そんなまひろをツインテールが呼び止める。
「名前だ、名前」
「ん?まひろだ」
「そうか。まひろ、私はドゥーチェ、アンチョビ。助けてくれてことには礼を言うぞっ」
「気にすんな」
そういって彼は踵を返す。
本当はアンチョビなる名乗りに何か言いたかったが……。
まぁしかし、ダージリンのような前例もあるため、それはもし次会ったらにすることにした。
寄り道故に、試合開始の号令を聴くことができなかった。既に試合は開始している。
まひろは遅れながらに状況を確認出来るところまで移動する。
大洗は定石通りというべきか、やはり一丸となって行動。もとより数が少ない為、別働隊をつくるのは難しいだろう。
対して、黒森峰はあれだけの隊を率いながら森を直進する。ショートカットによる超速の電撃戦法。ゴリ押しどころではない。
はっきり言って容赦ない。相手は数も疎らなチームだというのに。
だが、そうするだろうとまひろは予想――否、知っていた。
まほは手加減なんてしない。全力を持って迎え撃つ。いや、叩き潰すと。
「大人気ないわね」
「黒森峰もそれだけ本気、ということでしょう」
ここまで試合や隊長である二人のことしか考えていなかったまひろ。それ故に、大小の差が大き過ぎる二人に気が付いていなかった。
突然の声に、まひろは少し離れたところに見える二人を覗く。その光景には少々驚いた。
身長差もそうだが、なぜ肩車?パッと見親子にすら思えてしまう。
だが、見覚えのある制服はプラウダのものだ。前にチラッと見かけた記憶が正しければ、あのロリっ子がカチューシャだろう。
「――ん。何?カチューシャに何か用?」
「あ、いや。お目にかかれて光栄だと思っただけだ。カチューシャさん」
「あなた分かってるわね。そう、カチューシャは凄いのよ!」
「カチューシャ。彼は恐らく歳上です」
「え、の、ノンナ!先に言いなさいよっ!」
「いやいや、別にいいって。敬語だと逆に調子が狂うから」
「そ、そう?」
なんというか、思っていたよりもちゃんとしていた。と、まひろのカチューシャに対するイメージはこんなものだった。
ダージリンから聞いていた話ではもっと偉そうにふんぞり返っている想像をしていたが、どうやらその辺、立場や規律みたいなところはしっかりと考えるタイプらしい。
あるいはそれも、隊長になるくらいなら当然か。
「知ってるみたいだけど、一応名乗っておくわ。カチューシャよ」
「ノンナです」
「まひろだ」
「……まひろ」
「ノンナ?……あぁ、そういうこと。あなたね?ダージリンが言ってた怪しい男って」
「怪しいって」
あの人、俺の事どんな目で見てんだよ。つか、そんな聞き方したら誰も知らないって答えそうなもんだな。
「あなたは、どっちの応援?」
「両方、かな?どっちが勝っても嬉しい」
「変な答えね」
「カチューシャはどっちなんだ?」
「た、だだの観戦よ!でも、カチューシャに勝ったんだから、ミホーシャには勝って欲しいわね」
「ミ、ホーシャ?」
「西住みほさんのことです」
「あぁ」
ノンナが言うには、カチューシャは気に入った相手をそう呼ぶらしい。
もし自分が認められたらマヒーシャになるのかと、くだらないことを考えてみたりする。語呂が悪い。
つまらない思考もそこそこに、小さく息を吐き出して頭を切り替えた。
カチューシャとノンナが視線を移して見つめる先、すなわち戦場にまひろも目を向ける。
展開は大きく変化した。
奇襲に近い先制が刺さり、大洗の戦車は一機撃破される。
だがその後、スモークやワイヤーによる協力型の戦車登山で、大洗は早くも陣地を確保した。
足の遅いポルシェティーガーを他の戦車で引っ張るといつ奇策には、流石のカチューシャも感嘆の声を上げていた。
――――。
「西住流に逃げるという道はない。――こうなればここで決着をつけるしかないな」
「――受けて立ちます」
誰もが息を呑む。
大洗と黒森峰。その両フラッグ車が、囲まれた校舎のリングで一騎打ちを始める。
この展開、いやここまでの展開を予想できた者は、会場中を探してもまひろだけだろう。
大洗は全軍による撹乱と分断、そして撃たれて戦闘不能のポルシェティーガーの車体すら利用して、この好機を作り出した。
これは偶然の産物ではない。みほが勝つ為に出した――最善手である。
恐らく、勝つだけならば黒森峰は、西住まほは余裕をもって力で押し込めばいい。
だが、西住流はそうではない。
今こうして全力でぶつかり合う戦車同士の戦いに、一対一の戦いに『逃げる』ことはできない。援軍を待つという時間稼ぎは、それ自体が逃げであり、彼女にとっては負けと同義なのだ。
そしてそれを知った上で、みほはここに賭けた。
次々と大洗の戦車が戦線を離脱していく。いくら重戦車故に機動力では勝るとはいえ、これだけの実力差があれば当然の流れだ。
――やがて、最期の一撃になるだろうと。
素人にすら伝わる緊張感の中、戦車は動き出し――。
交わされる弾丸。擦れ、やがてちぎれる履帯。火花を散らしながら移動するIV号。
――超旋回から、黒森峰の迎撃砲が、IV号を射線に捉える。
そして、二撃の着弾音が鳴り響き――白い旗が空に舞う。
『黒森峰フラッグ車、走行不能。――大洗の勝利っ!』
呼吸すら忘れるほどの沈黙から一秒、会場は轟く歓声に包まれた。
みほ達の戦いに称賛の拍手を送ってくれたカチューシャに、まひろは笑顔で礼を言う。カチューシャは何が何だか分からないといった面持ちだった。
それもそうだろう。
まひろはみほの立場を知っている。だからこそ、カチューシャの拍手が嬉しかっただけなのだから。
みほのやり方を認めてくれる人がいる。それだけで、それだけがとても嬉しい。
「この後は表彰式ですね」
「カチューシャ達はもう行くわ。あなたは?」
「俺は……」
もちろん行く――と、答えられなかった。
正確には口に出さなかった。理由は、ポケットのバイブレーションである。
すまん、と確認を取ってから携帯を見る。
送られたメールは簡潔な、そして業務的なもの。
『話がある。連絡をくれ。
From:東条まこと』
「……用事ができた」
「……そう?」
プラウダのいるところからできるだけ離れて、まひろはメールの相手に掛け直す。
「……まひろか」
「何か用か?親父」
「……三日後、会議がある」
「それが?」
「大洗に関するものだ。お前も、参加するか?」
「――は?」
色々な意味がこもった言葉だった。
まず会議とはなんなのか。何故それを自分に言っのか。そして何故、自分をその会議に出そうとしているのか。
分からない。少なくとも、今までそんなことをしようとする男ではなかった。あの、東条まことという男は。
「……何が狙いだ?」
「ただの確認だ。お前は出ることができて、お前に出る意志があるかないかの。その確認だ」
「仮に出るとして、俺はその会議で何ができるんだよ。そもそも何の会議かも知らないってのに」
「何ができるかはお前次第だ。その会議は、大洗廃校についての話だからな」
「……な、え?」
何を言っているのか分からない。
なぜわざわざ会議をする?会議とは話し合いで何かを決めることだ。
大洗の廃校については、とっくに結論が出ているはず――大洗は、優勝したのに。
詳細の追求に走ろうとしたまひろに、父の声は突き放す様に聞こえてしまう。
「手続きはしておく。参加するなら、メールで送った場所と日時に待ち合わせだ」
返答も待たずに、まことは一方的に通話を終わらせる。
まひろはひたすらに混乱した。
角谷が話をつけた約束は戦車道大会で優勝すること。現に、もうすぐ終わってしまうが、表彰式の主役は大洗だ。
なのに、何故?まだ大洗は、廃校の危機を間逃れていない?
……分からない。
結論が出せぬまま、まひろは力なく大洗の元へと歩いた。
感想、誤字報告ありがたいです。
これからもよろしくお願いします。