まひろが起きたのは昼だった。
この時間では明らかに大学には間に合わない。そして連絡する術もない。
愛里寿とのゲームは、今日は臨時休業だ。明日謝罪を込めて何か作ろう。
そんなことを思いながら開く携帯。新着メールがかなりの量溜まっている。
「プラウダ、聖グロ……サンダースにアンツィオ。何これ、ギャルゲ?」
内容は、記憶通りなら昨日約束した件。いや、厳密に約束をしたわけではないが、話の流れからそうなってしまった話。
昨日の夜。まほが降りてから自分も後を追うと、何故かこれまでに会った各校の隊長達が揃うという眩し過ぎる光景に出会した。ただし、継続は除く。
みほに気付かれた為に話に入ると、矛先は変わらずまひろについての話題に。大洗チームとはまた違った攻め方をされたのが印象的だった。
まほとみほが居たからという理由だけなのだが、まひろは黒森峰以外の高校に直接行ったことはない。大洗にも忙しさ故に行けていないのが現状だ。
確か、それを切り出したのはまほだった。
そして……。
「なら、今度聖グロリアーナに招待するわ。お茶会として」
そのダージリンの爆弾的発言を皮切りに、他の隊長達も我が校こそと名乗りを挙げた。
彼女らには、まほが東条という苗字を既に語っている為、その辺も理由に入るだろう。戦車道連盟がどう動くかは分からないが、スポンサーから直接支援を受けることは禁止されていない。
まぁ、その内な?
そう適度にぼかして終わらせた話だった。
――の、だが。
「これ、約束なんてしてませんとか言えない感じになってるんだが……」
メールの内容は、文に差異はあれど共通して詳しい日取りの確認。確かにアポ無しで行く気はないが、デートのお誘いなら有難くお断りしたい。
理由は至極個人的なことで、まひろは東条の名についての事象に積極的に関わりたくないのだ。むしろ出家したいとすら考えている。
だからこそ、彼女らの招待はやんわりと断る予定なのだが……。
『約束の話だけど』
『約束した件だけれど』
『約束よ!』
『約束した話なのだが』
何故こうも一貫して約束したことになっているのか。むしろ断る方向性に持って行ったはずだったのに。
まひろのポリシーとしては、約束は必ず守る。これは彼が彼らしく生きると決めた時に心に刻んだ一種の誓いだった。あるいは、無力を痛感した現実への反抗。
だから、まぁ、約束を破るわけにはいかない。
『少し忙しくなるから、ちょっとスケジュール消費の時間をくれ』
一斉送信して、布団の上で仰向けになる。
まひろがいるこの旅館には一応大洗も泊まっていたはずだが、既に学園艦に戻っているだろう。
その証拠に、大洗チームからも何通か届いていた。
適当な返信をやり、ようやく一息つく。
今更に気が付いたが、枕元に何か置いてある。紅白の厚着したジジイが来るにはまだ季節が早い。
まぁ、相手は凡そ分かる。
置いてあるのが、自分が好きないちごオレと、置いた本人が好きらしい干し芋ならば。
――サイド みほ――
まひろが床についたほぼ同時刻。
大洗はチームで部屋割りを決めた為、あんこうチームであるところの彼女らは、ガールズトークに花を咲かせていた。
「ねぇ、みぽりん。まひろさんって、モテるよね?」
「えっ?」
「いや、だってほら。顔もいいし、性格も明るいし、通ってる大学って結構有名な所でしょ?」
「それに、色々なスポーツや体験をなさっていた様ですし。昨日聞いた話では、華道のご経験もあるとか」
「そうなのか。凄いな、あいつ」
「もう、弱点がないって感じですよねっ?」
「あ、あはは……」
みほに考えたこともなかった価値観が発生する。
今思えば、まひろは凄く優秀だ。さらにそれを奢らない。
モテる、と言うならば昨日も他校の隊長達に間接的な取り合いを受けていた気もする。
「そういえば昨日。最後の方は他の隊長とかと話してたな」
「あ、そうだった。ねぇみぽりん。あの時、何話してたの?」
「えっと、今度高校に遊びに行くとか行かないとか……」
「まひろ殿が学園艦に遊びに行くんでありますか?」
「う〜ん、どうなんだろう?」
「まひろさんは何と答えたんですか?」
「行くってまでは言ってなかったけど、他の皆さんが呼ぶ気満々みたいだったかな」
「呼ぶ気満々か」
「それってモテモテってことじゃないっ!?」
「そ、そうなの?」
「普通は、気に入らない人を呼んだりはしませんよね」
「それは、たしかに……」
「でも、まひろ殿が戦車道の隊長に気に入られるのも分かる気がします。戦車道の話が通じる男子ってあんまりいませんから」
「経験者は語る、か」
「あはは、お恥ずかしながら」
秋山が照れながら誤魔化す一方、みほはひたすらに困惑していた。
まひろがモテるのは、まぁ分かる。だが、それを自分はどう思っているのか。正直、難しい。
自分に恋愛経験というのがないからなのか、まひろのことは『お兄ちゃん』としてしか見たことがなかった。
だから、上手く反応ができない。
そんなみほの考えを察したのか、あるいはただの当てずっぽうか。武部がみほに迫りながら問う。
「でさ。そこの所、みぽりんとしてはどうなの?」
「え……?」
「だって、好きなんでしょ?」
「――――!っ……え、えぇ!?」
「どうしてみほさんが驚いているんでしょうか」
「え、いや、だって私……」
「違うんでありますか?私はてっきり、西住殿はまひろ殿に恋してるものとばかり」
「西住がまひろのことを話す時は大体テンションが高かったからな」
「え、そ、そうだった!?」
「うんうん。たまに萎んじゃう時もあったけど、それはどちらかと言うと照れるからとかだったよね?」
「う、うぅ……」
自分でも知らなかった。
自分は、その、好きなのだろうか。
いや、確かに嫌いではないが、しかし。今ある感情が恋愛のそれかと言われれば、自信はない。
それに……。
たとえそれらを無視して考えても、難しい。
「……私、まひろくんのこと……す、好き、なのかな?」
「それ聞いちゃうんだ」
「好きか嫌いかで言ったらどっちなんだ?」
「それは、多分好きだと思う。でも、それとこれとはまた違う気がして……」
「違わないよ!」
「えっ」
「みぽりん。好きだって思うなら伝えるべきだよ!じゃないと、言えないまま終わっちゃうんだよ?」
「言えないまま……?」
「まひろさんは他の隊長にも人気みたいだし、うっかりしてたら取られちゃうよ」
「それはまた話が別な気がしますけど」
「それにこういうのは押しが肝心なの!気持ちを伝えないと始まらないってっ」
「……う、ん」
「まぁ沙織の自論はともかく。西住がしたいようにするのが一番じゃないか?」
「私が、したいように……」
「そうですよ。西住殿の気持ちが大切なんですから」
「私の、気持ち……」
多分、まひろは心に決めた人がいる。そして、それは恐らく――。
だがその事と、自分の気持ちは別の話……かもしれない。
――まひろくんには迷惑になるかもしれないけど……。
それでも、この気持ちに嘘はない。本当に伝えるかどうかは置いといて、今は少し……話がしたい。
「……ちょっと、まひろくんの所に行ってくる……」
「うん!それがいいよ!」
「気持ちを伝えるんですか?」
「それは分からないけど、でも、話してくる」
「そうでありますか。では、お気を付けてっ」
「うん。麻子さんもありがとう」
「気にするな」
「……ふふっ。うん」
「どうかしたんでありますか?」
「ううん、なんでもない」
思わず出た微笑みを我慢しながら言い残し、みほは部屋を出た。
上階に登るついでにまひろが好きな飲み物を買い、彼がいる部屋へと移動する。
旅館である為入口に鍵はない。
襖を開けて中に入る。
「し、失礼します」
今更ながらノックを忘れてしまった。それだけ緊張しているのだろう。
部屋に入ってみほが真っ先に見つけたのは、布団に横たわるまひろ――と、それを見ている角谷杏だった。
「――えっ」
「あ、西住ちゃん?」
「え、……あ、えっと」
「ん?え、あ……」
部屋は照明が薄くされており、ハッキリとではないが顔くらいなら判別できる明るさだ。
構図でいえば、入口にみほ。彼女から見て正面に、横になったまひろと彼の枕元に角谷という状況。
時間はそれなりに深夜近く、みほが入ってくるまでは角谷とまひろは二人きりだったということになる。
というかこの状況ならもう……。
「お、お邪魔しました」
「待って、違うから。多分西住ちゃんが思ってるようなことはないから」
珍しく焦った様子の角谷は、出ていこうとするみほを止めて弁明した。
説得と説明に十分ほど費やして、二人はまひろが見える位置に並ぶ。
「お礼、ですか?」
「そそ。ほら、旅館とか祝勝会のやつとかでお世話になったでしょ?だから、これ」
そう言って角谷は持ってきた干し芋を持ち上げる。
「あぁ。でも、多分まひろくんが起きてたら受け取らなかったと思います」
「へぇ、なんで?」
「ありがとうって言ったら、気にするなとか、当然の事だからいい、とか言って誤魔化す様な人だから」
「それは困った人だね〜。こっちは感謝してるのに受け取らないって言うのは」
困った人……そうかもしれない。
今までもよくあったからこそみほは別段気にしていなかったが、彼はこちらの気持ちを躱していることになる。それは、少しひどい。
あるいは、彼は自分達を遠ざけようとしていたのだろうか。だとしたら、こうして会いに来る説明がつかないが。
どの道、みほが彼に対して好意的な印象を持っていることだけは、否定出来ない事実なのだ。
そういう意味では、起きていなくて良かったと。みほは少し複雑な心境に至る。
もし、今日ここで彼に気持ちを伝えても、多分誤魔化された気がする。それは一種の拒絶であり、否定だ。
そうならなかったのは、良かった。
「で、西住ちゃんは何しに?」
「あ、えっと……私も、お礼に」
「そっか。でも起こしちゃ悪いし、今日は戻ろっか」
「そうですね」
「あ、でも、お土産くらいはいいよね?」
そう言うと角谷は立ち上がり、まひろの枕元に干し芋の入った袋を置いた。そのまま彼女は、先に行くよとだけ言い残して、部屋を出た。
「…………」
薄暗い部屋には、自分と眠るまひろ以外誰もいない。
静かな寝息を立てるまひろの顔の横に、角谷が置いていった物がある。
……それが、言い様のないムズムズとしか感覚を引き出す。
武部に言われて気付いたが、確かにまひろはケイやダージリン達から気に入られている。それに、今だって角谷からプレゼント(のようなもの)を、お礼とはいえ贈られた。
思い返してみれば、自分はいつもまひろに貰ってばかりだった。もしも貸し借りなんて形にするならば、一生で返せるか分からないくらいに借りができていることだろう。
「……ちょっと、悔しい」
彼は自分が何もできないと言うけれど、実際は違う。沢山助けて貰ったし、支えて貰った。
そんな彼だからこそ、他校の隊長達も彼を認めているのだろう。
更に言うと、自分よりも積極的な人達だからグイグイ距離を縮めている。
……自分の方が、長い付き合いなのに。
「…………」
少しだけ、みほは嫉妬していることを自覚した。
嫉妬――それだけ彼に思うところがある。
……あぁ、そうか、と。
みほは眠る彼の顔を見つめる。
恋愛経験なんてない。異性に対してどうこうという感情を持ったこともほとんどない。強いていえばボコくらいだ。
そんな彼女は、今理解した。
みほにとって、彼はずっと『お兄ちゃん』だった。
自分には姉もいるが、彼にはそれとは別の何かをずっと感じていた。安心するとか頼りになるとか、そういうことではない何かを。
多分それが、この気持ちなのだろう。
もしかしたら、まひろには迷惑なことかもしれない。彼の事情も家の事情も知っているからこそ、そんな心配をしてしまう。
だが、それでも――。
「――好きだよ、『お兄ちゃん』」
少しドジで、時々抜けていて、けれど戦車道になると鬼神のような強さを持つ、普通の少女は――。
今、初恋を自覚した。
――サイド アウト――
重大な危機――メインヒロイン不明。
一応西住姉妹と島田愛里寿をヒロイン的なポジションに置いておいたつもりなんですけど、これどうしましょ。
自分で書いておいて困惑しています。
感想頂けるとありがたいです。
追記
すこし誤解を産む表現であとがき書いてしまいました。
メインヒロインよりもヒロインしているキャラが出てきて我ながら困惑しているという意味です。
分かりにくい表現ですみません。