西住まほは俺の嫁……らしい。   作:江波界司

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タイトルは誤字じゃないです。


因縁の中

 約束の日。

 

「……来たか」

「遅れてはねぇぞ」

「時間きっかりだな。五分前にはいて欲しいものだが」

「知らん」

 

 東条まことの指定した日時と場所で、ある意味因縁の親子が落ち合う。

 

「車を待たせている。行くぞ」

「……ああ」

 

 それなりに値の張る車の後部座席に、まひろとまことは並ぶ。

 移動が始まっても彼らは終始無言。一番気まずいのは運転を務めているまことの助手的立場の者だった。

 約30分の時間を費やして着いたのは、それは無駄にでかいビル。

 まひろの超個人的な印象を言うなら、偉そうなスーツ姿のおっさん達が面倒な会議をしてそうな場所である。

 例えば――。

 

「お久しぶりです、東条さん」

「辻さん」

 

 そう、例えばこんな、七三分けのメガネな役人みたいな人が。

 辻廉太。正真正銘、文科省の役人。

 彼がここにいるのは言わずもがな、これから行われる会議に用があるからだ。

 

「…………」

「そちらがお子さんの」

「東条まひろです、よろしくさん」

「随分と軽薄な挨拶ですね」

「悪いですね。あんたには個人的に恨みがあってな」

 

 敬語が機能していないのは三人とも理解している。

 まひろと辻が直接会うの初めてである。だが、まひろは角谷からある程度の話を聞いていた。

 角谷がつけた話も、それの対応についても。

 

「俺は約束を守らねぇ事が嫌いな質でね」

「約束、ですか」

「大洗の件、分かってんだろ」

「それは、これから話し合うんですよ」

「それが今日の会議だ」

「…………」

 

 車の中でも、今でもまだ、まひろはまことの行動理由を聞いていない。

 何故自分はこれから、因縁のある二人と並んで戦わなければならないのか。

 それは、今はどうでもいい。

 必要であり重要なのは、これから何をするかだ。

 

「……寝ぐせくらい治したらどうだ?」

「生憎、これは俺のアイデンティティなんだよ」

 

 並ぶ三人は、会議室へと足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

 

「――ですから、今取り組んでいるプロジェクトも踏まえれば、大洗の廃校は妥当とは言えないのではないでしょうか?」

「いや、そもそもとして話を進めていたのは君だろう。正確には学園艦教育局か」

「それは……いえ、しかし」

「君が言うプロジェクトというのは戦車道についてのものだろう。考慮するなら、むしろ大洗の廃校は進めるべき方針ではないかね?」

「…………」

 

 会議とはなんだったろうか。

 今行われているのは、一方的な意見の押し付け。傲慢で理不尽な、暴力的で高圧的な力の行使に他ならない。

 そして分かってしまう。今ここで、まひろにできることはないと。

 目の前で並び陣どる彼らは、同じだ。東条まことのような――社会人であり政治家だ。

 彼らは感情論では動かない。決定している上に多数の合意がある、そんな大義名分があるからこそ、それらをひっくり返せる材料もない。

 辻はできる限りの食い下がりを見せるが、やはり多数派による圧力には耐え兼ねる。

 そんな彼の隣で無言を貫く父、まこと。彼が話さないのは諦めからか、それとも。

 どちらにせよ。まひろもまた、口を開くことすら叶わなかった。

 

 

 

 

 

 会議の結果は、あまり芳しくない。

 辻が得た成果は結論の持ち越しであり、それ以上の好転はありそうになかった。

 

「辻さん、でしたっけ?」

「なんですか、東条くん」

 

 正直恨みはある。大洗を追い詰めたのは他でもない彼だ。

 だが、辻は辻でやれる限りのことはした。それはさっきの会議で理解している。

 思い付くのは中間管理職。板挟みの中で状況打破は難しく、それでもすべき事には取り組む姿はそれに近い。

 まひろの中で、辻廉太の印象は少し変わった。

 故に――。

 

「社畜メガネって呼んでいいですか?」

「いいわけないでしょう!というかどうしたらそういう発想が出て来るんですか」

「恨みと敬意を表した結果です」

「本来真逆のものでしょう、それはっ」

 

 辻はこの後も仕事があるらしく、慌ただしい足取りでビルを出て行った。

 ロビーには行き交う何人かと、二人の親子がいる。

 

「で、結局何がしたかったんだよ」

「……何か、学んだか?」

「……。あぁ、そうだな。取り敢えず親父は役に立たねぇってことは理解したよ」

「そうか」

 

 今日まひろは、東条まことのいる世界を見た。

 権力がものを言い、力が正義とされる中世のような理不尽な世界。彼はこんな中で戦って来たのだ。

 

「それと、自分が無力だって再確認した」

 

 まことは立場的な意味でも、あの会議では無言を貫いた。

 そしてまひろは、それ以前の問題。元来いることすら不遜な立場だ。

 多分どれだけ力を尽くしても、あの世界では戦えない。今の自分では、大洗を守ることはできないだろう。

 

「どうするつもりだ」

「他の方法を探す。挫折には慣れてる」

 

 彼は今までに沢山の道を踏み出した。そして、そのどれもで挫折を経験している。

 東条まひろは凡人だ。決して彼には突出した才能はない。だからそれを努力で埋め続けた。

 しかし進む過程で、どこかで必ずぶつかるのだ。――天才という、決して届かない壁に。

 彼は歩んだ道の数だけ、その壁にぶつかり続けてきた。

 

「……貸し借りは無しだぞ」

「そんな気は無い。……お前は、お前のやり方をすればいい」

「…………」

「私は、こんなやり方しかできなかった……」

 

 それは懺悔か。それとも言い訳か。

 どちらにせよ、返す言葉をまひろは持たない。

 あの世界で生きるのに、一体どれだけのものを諦めればいいのだろうか。想像もできないし、したくない。

 そんな犠牲の天秤に、母を乗せたなど思いたくない。

 父のようにはならない。それがまひろの覚悟だ。

 守りたいものと、諦めるべきもの。その両方を取ってみせると。

 吊り合わせる代償を払うために、まひろは動いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とはいえ、やはりできることは少ない。

 議会でも決定間近の話をひっくり返すのは難しく、その為の材料も足りない。

 さらにまことの力を借りるもの避けたいとなればこれ以降の会議への参加もできず、そもそも参加できても意味がないだろう。

 差し当たり、まひろが動けるのは金銭面。何かしらの行動を今後取るにしても、先立つものがなければ選択肢は限られるだろうからだ。

 高校生の身なら、金を稼ぐ手段は社会人ほど多くはない。その中で、東条家としてまひろ個人が使える金にプラスするならば、やはりこれだろう。

 バイト――ではなく、株である。

 名家である東条家の一人息子として生まれ育てられたまひろは、幸か不幸か経済関係にある程度の理解を持っている。

 社会の動きが分かれば、極論株稼ぎは負けることなく金を得られる。まひろには持ってこいであり、もっとも効果的な手段なのだ。

 ……まぁ現実そうなるかは別だが。

 

「……、はぁ……」

 

 まひろのため息の理由は、つまりそういうことである。

 もとよりまひろが使える金額は決まっていて、他の株主と比べればそう高くはない。出せる金額が少なければ動く金額も少ないため、やはり思うようには伸びがないのだ。

 とはいえ、学生という立場から考えれば遥かにでかい金を得てはいる。それが目的に遠く及ばないだけであって。

 それにいくら金を稼いだとしても、やはり何もする術がないというのが痛い。

 辻がどこまで粘れるかは分からないが、延期された結論は近い内に出るだろう。その時、まひろに何ができるか。

 ……。

 

「はぁ……」

「……大丈夫?」

 

 そろそろめり込むのではないかと言う程テーブルに項垂れる青年に、島田愛里寿は彼に貰ったマカロン(手作り)を少しずつ食べながら聞いた。

 

「まぁ、大丈夫だ」

「そう?なんだか、疲れてると思うんだけど」

「疲れてるのは否定しないけどな。あれだ、やることがあるのに出来ないことばっかでさ」

「ん………ん?」

「ちょっと忙しいってことだ」

 

 まひろは弱音を吐かない。仮に言うとしても、決して誰かには言わないだろう。

 少なくとも、愛里寿はまひろがそういう人間だと考えている。

 話した回数は多くはないし、別段したいし訳でもない。だが、それでも彼が「辛くて逃げたい」と言った事はないし、そんな姿を想像もできない。

 時々、何故彼はそうなのかと。何故そうあれるのかと考えた事があった。その時は、いつも同じ結論に至る。

 きっと彼は強いのだ。そう、愛里寿は思う。

 自分のような戦車道とか思考力とかではない、もっと根本的な何が彼は強いのだ。

 だからきっと、聞いても教えてはくれないだろう。

 まして自分は13歳だ。心配をかけまいとする大人の考えは、なんとなく分かってしまう。

 

「……」

 

 ……だが、と。愛里寿は両手で掴んだ半月状のマカロンを見つめる。

 何かのついでやお詫びだとか、そんな言い訳を作りながら彼はこうしてお菓子をくれた。それは彼なりに、貰ったことに対する申し訳なさを緩和させようとしていた、のかもしれない。

 そういう意味では彼の予定を崩してしまうことになるが――。

 

「ねぇ。……何か、あったの?」

 

 愛里寿は勇気――戦車道に励む時に匹敵するほどのそれを持って問うた。

 対してまひろは、彼女の目に何かを感じたのだろう。

 一瞬の間を置いてから、愛里寿を落ち着けるように口を開く。

 

「面倒な事が起きそうでさ、近い内に。それを未然に防ぐのが、ちょっち大変なんだよ」

「うん」

「まぁでも、これは俺の分野だからな。だから――大丈夫だ」

「……うん。そっか」

 

 はぐらかされた気もするし、暗にお前は関係がないと言われた様な感じもする。

 けれど、それでも愛里寿は、少し嬉しかった。

 本当はそんな事ではないとしても、あのまひろに頼られた気がしたのだ。あの、どこまでも優しくて、意地っ張りで、どこまでも諦めが悪い――ボコみたいな彼に。

 多分今の彼に必要なのは、相談とか優しい言葉(うそ)ではない。そして何が必要なのかは、愛里寿には分からない。

 しかし、愛里寿がまひろの助けになりたいことは、誰も否定することのできない、一種の真実だ。

 

「ねぇ、まひろ」

「ん?」

「……何ができるか分からない、けど。……私は、もっと頼って欲しい」

 

 自分は子供だ。まだ年端もいかない少女だ。

 そんな戦車道だけの自分に、彼の為にできることがいくらだけあるかは、数えるまでもなく、多くない。

 けれど、それでも頼って欲しい。我儘かもしれないし、こんなことは実の母にも言ったことはない。

 ……それ程までに、自分は彼を思っているのか。

 分からないが、少なくとも感謝はしている。彼のおかげで、アズミ達と話す機会も増えたし、お菓子も貰った。ボコも助けて貰ったし、何よりこうして一人でいただけの時間を無くしてくれた。

 恋焦がれてはいなくとも、思い焦がれた想いは本物だ。

 

「……だから、何でも……言って、欲しい」

 

 途切れ途切れの言葉は、恥ずかしさからか。

 だが弱気にすら聞こえる声の裏には、確かな彼女の想いがある。

 まひろはそれを、感じることはできなかったが、察することはできた。

 

「――なら、約束してくれないか?」

「約、束……?」

「ああ。『前向いて進む』って」

 

 よく分からない。どころか全く分からない。

 暗喩に比喩を重ねたような、一切具体性のない言葉に、愛里寿は分かりやすく困惑する。

 そんな彼女の姿が、過去の記憶と重なった。

 まひろはほぼ無意識に語り出す。

 

「昔さ、(おんな)じ約束した子がいるんだよ。そいつも戦車道やってるんだけど」

「…………」

 

 下手な相槌すら放棄して、愛里寿はただ真剣にその話を聞く。

 

「その子には、心配して欲しくなかった。だから、前を見て欲しいってな?後ろは俺が守る!なんて、小さい頃は考えてたし」

「後ろ……」

 

 戦車道という共通点が、愛里寿に思考の猶予を与える。

 けれど、やはり何一つ明言されていないものの推測は叶わなかった。

 

「それで、そいつが前見て進んでると、俺も安心できんだよ。よかった、大丈夫そうだって」

「――――」

「だから約束してくれ。『前向いて進む』って」

 

 安心できると、彼は言った。

 自分にはこの約束の本当の意味は分からないけれど、彼には確かに意味のあるものなのだろう。

 それが自分のできることなら、すべきことなら――。

 愛里寿は迷わなかった。

 

「分かった。約束」

「おう」

「でも――」

「んっ?」

 

 そっと差し出した右手を止めて、愛里寿は俯く。

 約束するなら、彼もだ。

 自分はお返しがしたい。恩返しがしたい。

 だから、返す。

 

「まひろも約束」

「え?」

「『何かあったら、話して』」

「…………」

 

 逆に、まひろの方が沈黙した。

 これを守るなら、今ある状況を愛里寿に聞かせねばならない。それは、避けたいことだ。

 気まずさではない無言の躊躇いに、愛里寿は優しく微笑む。

 

「私は、まひろに頼って欲しい。でも、多分まひろは、頼りたくないんだと思う……」

「いや。それは」

「分かってる。……だから、話せる時でいいから、話して欲しい。……お願い」

 

 ……。

 全く、ズルい。こんな風に頼まれて、断れるはずがない。

 まひろは頼りたくない訳ではなく、背負わせたくないのだ。

 この二人の条件は、約束は、最初から矛盾している。

 だが、まひろが破らぬ限り愛里寿もまた、約束を守り通すだろう。そういう信頼に似たものは、確かにあった。

 

「――ああ、分かった」

「じゃあ、約束」

 

 一度は引こうとした右手を愛里寿は再び伸ばし、それにまひろも応える。

 小さな小指に、男の小指が絡まり。やがて、(ちぎり)の如く指の結び目が切られた。

 そっと微笑む二人の間には、離れた指とは対称的に堅く結ばれた誓いがある。

 ……今更ながら、13歳の少女に手玉に取られた気がする。天才少女とはよく言ったものだ。

 末恐ろしいなと、まひろは魔性ではないはずの少女を見ながら、同じく天才と呼ばれた彼女を思った。

 そして、呼ばれなかった彼女も――。

 

 

 

 

 

 

 その後、やって来た三姉妹(仮)にロリコン認定されたまひろは、正義の名の下にバミューダ・ギルティ・アタックを受けた。ヘッドロック、罵倒、蔑んだ目と。三様の攻撃は心身共に堪える。

 一切愛里寿に事情を聞かない三人の断罪人にまひろができたのは、マカロンを添えたささやかな弁明だけだった。

 

 

 




役人さんと知り合いました。
そして少女と約束しました。
かなり迷走気味ですが、これからも更新します。
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