――――。
「……君は、優しいな」
「そんなんじゃねぇよ。……約束、守れよ?」
照れ臭さを誤魔化すように、少年は少女から視線を外しながら言う。
対して少女は、そんな素振りを気にすることもなく応えた。
「ああ。西住流に誓って」
「いや――」
西住流に約束を破らないという掟はない。だが、西住流そのものが彼女の誇りであり、それに賭けるというのだから、彼女の思いは本物だろう。
しかし、それを少年は嫌がった。
「これは、俺とお前の約束だ。だから……えっと、つまりだな……」
「…………」
言葉にならない。
少年も、少女も、その先は無言の間をつくるしかなかった。
――やがて、俯きかけた少年が顔を上げる。
「俺はお前の枷になりたくないんだ」
恐らく今の少年の歳で、彼と同等の覚悟を持ってそう言える者は、世界が広くとも殆どいないだろう。
年端もいかない少年は、ある種――人生を賭けた。
その覚悟を察し、認め、少女は押し黙る。
――覚悟が、違う。
子供の話だ。妄言だとも、机上の空論だとも、究極的には冗談だとも言えるかもしれない。
が、しかし。少女の前に立つ彼は、決してそんな半端な物言いはしないし、していない。彼は本当の意味で、本当に賭ける覚悟がある。
そんな彼に、自分の賭けた誇りは――安くなくとも釣り合わない。その事が、やけに悔しく思えた。
……二人の思いは明らかに歳相応のそれではないだろう。
「なら、私は……私自身に誓おう」
西住流でも、誰かの姉でもない――ただの自分自身に。
「それなら、良かった。……のか?」
「……さぁ?」
「…………」
「…………」
黙り込んだ二人は、互いに見合わせた顔から破顔する。
控えめながらも心から笑う少女と、可笑しさと嬉しさに笑う少年の顔は、まさしく歳相応のそれだった。
「――うおぉぉぉっ!」
寮のベッドで跳ね起きたまひろは、数秒前に見た夢から思わず叫んだ。
「……記憶、あるんだよなぁ。……つかあれ、割と黒歴史級のセリフじゃねぇか?」
枷になりたくないんだ。
本心から言ったと今でも分かっているが、面と向かって言ったのはきつい。特にお互いに一生忘れないレベルの約束の後というのがまた……。
「……んでも」
その事とは別にして、やはりあの約束は今も続く程に硬い。忘れぬ限り、守られ続けるだろう。それは、嬉しい。
そんな事を思い出したのは、きっと愛里寿と話したからだ。
あの時と違うのは、愛里寿には代わりの条件を出されている。
まぁ、だからと言って、彼女に今ある状況を話してはいない。愛里寿が出した条件は、『話せるなら』だから。
けれど、愛里寿の気持ちを無下にするのもできれば避けたい。それはまひろの本心だ。
彼女は頼って欲しいと言った。本当に頼るかはともかく、まひろが大切な誰かを巻き込みたくない気持ちが大きく障害となる。
「……俺、友達少なくね?」
考えてみると、まひろには何の裏表もなく頼れる人間が余りいない。
知り合いは殆どが歳下だし、歳上はクソ親父と社畜メガネ、そして西住しほくらいだ。
かなりランクを下げるならそこそこの知り合いは残るが、少なくとも大洗の件に力添えできそうな者はいない。
改めて現状のどうしようも無さを感じて、まひろは少なからず落ち込む。
――故に、突然のコール音にひどく驚いた。
通知画面には、西住まほとある。
「もしもし、まほ?」
「ああ。今、大丈夫か?」
「めっちゃ暇だが」
まほから直接電話が来るのは珍しい。普段はメールがほとんどなのだ。
何かあったのかと思い、軽い口調とは対称的な心境でまひろは内心構える。
「何かあったのか?」
「大洗がやると言っていたエキシビションマッチの話だが」
「あぁ、あれ。もう話ついたのか」
「黒森峰は入れなかった。参加チームは、聖グロリアーナ、プラウダ。それと大洗側に知波単学園だそうだ」
「そっか、残念。まぁ、まほとみほが共闘したら誰も勝てねぇわな」
「それは分からないが」
「それで?報告ってだけじゃないんだろ?」
それだけならメールで事足りる。
「ああ。――その試合、一緒に見に行かないか?」
「……ふぇ?」
思い切り構えてからの空振り。いっそ空を切ったバットがホームランするくらいの空かしに、まひろはどこから出たのかも分からない声を出す。
「……えーっと、どゆこと?」
「観戦みたいなものだ。みほやダージリン達の戦いからは学べる事も多いだろうしな」
「いやそこじゃなくて」
「……実はエリカを誘ったのだが、断られてな。一人でも行こうと思うが、まひろも行くんだろ?」
「……まぁな。日取りが分かれば行くつもりだった」
「だから、現地で会うのだろうし一緒でも変わらないだろうと思ってな」
あの逸見が断ったと言うのは若干の引っ掛かりを覚える。多分隊長大好きっ子なんだろうし、何か理由があったのだろうか。
それはともかくとして、今までにはなかったデートの誘いにまひろは少々動揺する。今朝の夢の所為だ。
「都合が悪いか?」
「いや、ちょっと意外だっただけだよ」
「意外?」
「まほから何かしようって、今まであんまりなかったからさ」
「…………」
デートと呼ばれそうなことは何度も経験している二人だが、そのほぼ全てがまひろからの誘いだ。
「……確かに、あまりそういったことはなかったな。悪かった」
「悪くはねぇよ。それにエスコートは紳士の基本だろ?」
「君が紳士か。あまりそんなイメージは湧かないな」
「そりゃそうだ。紳士よりもドラ息子だし」
まほからの誘いは快く承諾し、エキシビションマッチが行われる日程を聞いた。
この試合は大洗優勝を記念したものらしい。
優勝して、守り切った彼女らへの賞賛の一幕。
……それを邪魔したくはない。
まほと挨拶を交わしてから電話を切り、まひろはすぐにメール制作のページを開く。
相手は、辻――社畜メガネだ。
短い用件のメッセージを送ると、割かしすぐに返信が来た。
「…………」
結果は、予想通りに最悪なもの。
今なら手が空いているだろうと、まひろは電話を掛ける。
「辻です」
「まひろです。廃校の件、やっぱり無理そうですか?」
「ええ。というより悪化している様にも」
辻が言うには、大洗の廃校の話が持ち上がった事で、するか否かではなくその時期についての再考が始まっているという。
その結論はもう少し先になるらしいが、場合によっては今より悪い結果になりかねない。
「もしそうなった場合、あなたの口から伝えますか?まひろ君」
「……いえ、俺はこの件に何も関わっていないので」
「そうですか」
断ったのは、二つの理由があった。
一つは辻の状況を察してのもの。彼がまひろを使おうとしたのは、一種のスケープゴートだろう。
上の命令で動こうとも、それなりの所から横槍は来るかもしれない。それを、名前だけでも東条家から借りれば幾分か防げる可能性がある。
二つ目は、まひろ自身のこと。いや、理由と言うよりはもっと感情的な動機。
ここで了承したら、負けだ。
それは説得も廃校の撤廃も諦めることを、感覚的に覚えてしまう行為なのだ。だから彼は、意味がなくともそれを避けた。
「では」
「ああ」
やはりこの人は頼れない。
だがそれ以上に頼りない自分に、彼はまた幻滅した。
大洗優勝記念エキシビションマッチ、当日。
まひろは会場へと足を運んだ。まほとは現地集合としている為、今は単身である。
開始まではもうしばらく掛かるだろう。
時間に余裕があるまひろは、モニター席以外でいい場所がないか散策をする事にした。
「やぁ、また会ったね」
聞こえた声は自分の視界の外、見下ろした街とは反対側だ。振り向いた先に、見知った制服と車を見止める。
散策を開始してから少し経ち、やや高めの丘でまひろは継続高校の三人と再開した。赤毛の少女は車の運転席に、残る二人は車の外で風に当たっている。
「久しぶりだな、ミカ。それにミッコと、……えっと」
「アキです。この前はありがとうございました」
「いや、何もしてないんだけど」
「いえいえ。ミカを連れて来て頂きましたし」
「偶然そっちを見つけただけだって」
ペコペコと頭を下げるアキに少しばかり居心地の悪そうなまひろ。
そんな二人を見て、ミッコが口を開いた。
「なんか、ミカに似てる」
「へ?」
「そうかな?」
「ほら、なんて言うか、ミカの答え方にそっくり」
「あ、確かに」
「えぇ……」
不快感とまではいかないが、あまり嬉しくないまひろの感情が漏れる。
この前会った時、まひろはミカをめんどうなタイプとして見た。それが自分も当てはまると言われているのだから快くはないだろう。
「嫌そうな顔をするね」
「別に嫌ってわけじゃないけどな」
「けれど好印象には見えない表情をしているよ」
「俺が顔に出やすいタイプかどうかはまだ分からないんじゃないか?」
「君がどんな性格であれ、嫌そうな顔をしたことは事実だよ」
「大事なのは表情じゃなくて感情だろ?」
「「うわぁ……似てる」」
本当に性格が似ている訳ではないが、まひろがはぐらかす時に使う屁理屈に似た言い方は確かにミカのそれに近しい。
「似てねぇよ。それより、三人は何してるんだ?」
「あ、観戦です。もうすぐ大洗のエキシビションマッチが始まるので」
「そっか。あ〜、あと敬語はいいぞ?」
「けれど、そこまで親しくない相手に敬語を使わないのは、少し馴れ馴れしいんじゃないかな?」
「お前は馴れ馴れし過ぎると思うが」
「君も大概だろう?」
「んじゃ、お互い様ってことで」
「やっぱり似てる……」
本人達は否定するだろう――というかしているが、物の言い方以上に風格というか、受ける印象が似ている。ミッコもそうだが、アキは特にそれを感じていた。
「ところで、まひろの大学生活はどうだい?」
「どうって……まぁ順風満帆だな、多分」
「それは良かった。いい友達がいるんだろうね」
「友達か。……まぁ、そうだな。いるいる、めっちゃいる」
「凄くいなさそうな物言いな気がするんですが……」
「いや、友達なのかよく分からないんだよなぁ、あの人ら」
「へぇー。どんな人達?」
「えっと、やたらと攻撃的に絡んでくる先輩方、かな」
「それって、嫌われてるんですか?」
「さぁ?」
「嫌われているかはともかく、絡まれるのは良くも悪くも興味があるからだよ」
「悪い意味の興味とか嫌だな」
「それでも、楽しいと思えるのは友達がいるからだろう?」
「まぁそうな。昼に話してゲームするくらいの仲だけど」
嘘ではない。別に約束をするのだって友達限定ではないのだし、それに……友達以上の関係と言えるほど、互いを知っている訳でもない。
だが、それでもまひろは彼女を友達だと思っている。彼女からもそう思って貰いたいが、それは流石に我儘か。
「そうかい。なら、大切にしなよ?」
「なんか重みのある言い方だな」
「そうして欲しいと思っているのさ。――友達と仲間は似ているけれど、友達がいることと仲間がいることは違うからね」
「……?」
「おっ!そろそろ始まるみたいだよ、ミカ」
ミッコの声に、車の外にいた三人が反応した。
「まじか。……やべ、待ち合わせ」
「約束があるのかい?」
「ああ。悪いけど、俺は行くから」
「気にしなくていいさ。いつも忙しいみたいだね、君は」
「否定はしねぇよ。じゃあな」
「はい。また機会があったらお会いしましょう」
「ばいばーい」
三人の顔を見ながら別れを告げて、まひろはその場を後にした。
そんな彼の背中が見えなくなった頃、特設のデッキに乗ったアキはミカに問う。
「……ねぇ、ミカ。さっきのって、どういう意味?」
「さぁ?なんの事か分からないな」
「ほら、友達と仲間はーみたいな話」
「意味を知ることは、そんなに重要な事なのかな?」
「えぇ……。意味が分からないと、言った意味がないでしょ?」
「言った意味は後からついてくるのさ」
いつもの如くはぐらかされ、アキはため息をつきながら手すりに項垂れる。
そんな彼女らの事情を知る由もなく、どうやら試合は始まったらしい。
……まひろは待ち合わせに間に合っただろうか。
アキは内心思いながら、首に下げた双眼鏡を手に取った。
ミカ難しい……。
なんかミカの回が好評だったみたいで嬉しいです。
感想、誤字報告お待ちしております。