まひろがまず行ったこと――それは大洗の現状をいち早くたくさんの人々に知らせることだった。
ネットや持っている人脈を使い、まひろは角谷の話を正確に世に出す。
大洗側に委員会が要件を通達してから僅か一時間。
大人に騙された不遇の少女達の話は、瞬く間に日本中に広がった。
とはいえ、いくらバッシングを受けようと、抗議の声が響こうと会議室は動かない。それはまひろ自身理解していた。
だがこれだけの
まひろは一心不乱に、『東条まこと』の人脈からコンタクトを取った。
時間が許す限り、スケジュールや意見を合わせての打診。
空いた時間は株に費やし、例え大勝でなくとも安定して金を稼ぐ。
権利と資金を得るために、まひろは迷うことなく睡眠時間を犠牲にした。
まひろが心身共に死力を尽くし始めて数日後、杏子から連絡が入る。
「……おう。進展はあったか?」
「はい。戦おうと思います」
「……戦う?」
杏子曰く、委員会は戦車道の世界大会準備に集中している。それこそが付け入る隙だと彼女は判断したらしい。
「蝶野教官に協力していただくことになっています。それで――」
「分かった。西住流の説得はこっちがやろう。高校戦車道連盟の名前が必要だろ?」
「ありがとうございます」
「……けど、いいんだな?」
「……はい」
「多分、フェアな戦いにはならない。それでも――」
「それでも、私達は戦います。そうすることで、守れるなら」
――守れるなら、か。
既に通話の相手が消えた携帯をベッドに放り、時計を見る。
「……今日、何日だ?」
最後にカレンダーを確認したのはいつだっただろうか。
西住家。
「お久しぶりです。西住しほさん」
「…………」
東条まひろがしっかりとアポをとった上で、西住しほのもとを訪れていた。
「それで、用とは?」
「大洗の件、すでに耳に入っているとは思いますが」
「……ええ、確かに。それで、私に何を期待してここにいるのか、聞かせていただけますか?東条さん」
「西住しほさん。大洗存続の為に、力を貸して頂けないでしょうか」
いままでになく他人行儀に、事務的に話をする二人。
今彼らには、一切の個人的思考を切り捨てる必要があった。
「現状、大洗の廃校は避けられません。ですが、戦車道を歩む少女達を守ることもまた、戦車道を教え、導く者の勤めではないでしょうか?」
「…………」
「それに、何よりこのまま、負けたままで終わる西住流ではないはずです」
「……確かに、このまま大洗がなくなれば、黒森峰がリベンジする機会も、無くなることになる」
西住しほは、ゆっくりと首肯し、まひろの提案を受け入れた。
「ありがとうございます」
「詳しい話については、蝶野さんを通して、でいいのかしら?」
「はい、それで。では、この辺りで失礼し――」
まひろは立ち上がり、倒れた。
「えっ……」
視界が横になってから約十秒。
まひろは自分が倒れたことを理解した。
「まひろ!?」
「だ、いじょうぶです、しほさん。ちょっと立ちくらみしただけなんで……」
今度こそ体を支えながら立ち上がり、まひろは一礼して部屋を出た。
戸を閉めて、廊下の果てを見つめる。
視界がぼやける。焦点が合わず、色んなものが歪んでいる。
(だめだ……まだ)
自分自身を否定して、まひろは歩き出した。
「よう、まほ」
「……っ、まひろか」
「どうした?」
「いや、なんでもない」
西住しほと話した部屋から歩いて数分。
まひろは廊下でまほを見つけた。
彼女には珍しく動揺が見え、何かあったのだとまひろは察する。
だが、深くは追求しなかった。
「今から、時間あるか?」
「予定は無いが、どうした?」
「頼みがある」
何時になく真剣な顔に、まほは居住まいを正す。
「しほさんに、俺がここに泊まる許可貰いたいんだ。手伝ってくれないか?」
「え……?」
「あー、やっぱり難しいか」
「いや、そうではなくてだな」
これまで、かなりの回数彼は西住家に泊まっている。
何を今更許可を取る事に緊張がいるのか。
「別に珍しいことではないし、私がいなくても許可は貰えるだろう」
「えっと、そうじゃなくてだな……」
「ん?」
「
「…………ん?」
まほはいつもより少し大きめに、小首を傾げた。
何故まひろが緊張するかが分からなかった。
「……何か問題があるのか?」
それくらい、いいだろうと。
「いや大ありだろ。年頃の男女だぞ俺ら」
「それはそうだが、……いや、確かにそうか。そうだな……」
確かに、一緒に寝た経験は今までにあるが全て幼少期。
この年で同じ部屋で寝るのは倫理的な問題が多少……というかかなりある。
「そもそも何故私の部屋なんだ?」
「確かまほ部屋にPCあったよな?それ借りたいんだ」
「……なら、別に他の部屋でもいいんじゃないか?」
「……それも、そうだな。悪い、動揺し過ぎた……」
「いや、気にするな。泊まる許可は私が取っておこう。PCも持って行ってくれて問題ない」
「ああ」
ありがとう、と笑顔で伝えて去るまひろ。
「…………」
その背中を、見えなくなるまで彼女は見ていた。
「副会長」
「なんだぁ!この忙しい時に!」
「大洗戦車道チーム宛に、手紙が……」
「それは西住の方に持っていけ!」
河島の怒鳴り声にも似た指示に従って、手紙はあんこうチームの所へ。
「手紙?誰から?」
「えっと、『戦車道関係者、及びスポンサー代表』……からみたい」
「スポンサーの代表さんが、西住さんに?」
「というより大洗に、だな」
「西住殿、内容はどうですかっ?」
「え、えっと……」
要約すると――。
『戦車道大会において優勝という快挙を果たしたにも関わらず、尚廃校の危機にある貴校。
戦車道関係者とスポンサーを代表して、反対運動の援助を行う』
「つまり、どういうこと?」
「……資金援助みたいだな」
「大洗の通帳に振り込まれるんですか?そもそも廃校になると決まった時点で無くなってそうなものですが」
「どうやら違うみたいですよ」
西住は、同封されたもう一枚の紙を広げる。
そこには引き下ろしに必要なパスワードと、口座内の金額が記されていた。
その金額――二千万円。
「ど、ど、どういうこと!?」
「資金援助みたいだな」
「それは分かってるわよ。分からないのはこの金額と出処!」
「そういえば、この件、結構ニュースになってるみたいですよ?」
「何故それを言わない」
「いや〜、色々ありすぎて」
「ということは、これ全部募金ってことですか?」
「でも、スポンサー代表って書いてあるし……」
詳しい話は会長が帰って来てから、という結論を出し彼女らは部屋に戻った。
その日、内容の酷似した封筒が、プラウダや聖グロリアーナを初めとする戦車道大会の出場校に届いた。